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永島 啓太, 二本栁 友彦 2025.05.08

「おいしさ」から海洋環境回復へ、共に企てる仲間を増やす
シーベジタブル流・つづく事業の育て方

環境課題を解決するビジネスを、持続的に成長させる秘訣とは?

環境課題解決と事業性を両立する事業の推進は、容易ではありません。ビジネスモデルの構築が難しいのはもちろん、経済状況の変化に加え目まぐるしく変わる生活者ニーズへの対応など、数多くのハードルが待ち受けています。

そんな中、サステナブルな事業を推進する鍵となるのが多様なステークホルダーとの関係づくりです。思いを共にするチームのメンバーや協業パートナー、クライアント、VC、ユーザーコミュニティなど。多様な仲間たちの存在が、自分たちが提案する新しい価値を社会にスピーディに浸透させるのを後押しします。

ロフトワークの地域共創ユニット「ゆえん」は「つづく地域をつくるには?」を問いに掲げ、自治体や企業の方々の価値創造や課題解決にともに取り組むパートナーとして伴走しています。ゆえんが2024年からシリーズで開催しているトークイベント「つづくデザインの秘密」では、持続的に成長する事業やプロジェクトを実践している企業や地域のプレーヤーをゲストに、それらを続けていくための方法やマインドセットを伺っています。

3回目となる今回は「つくる・めぐるの関係を広げる。つづく事業の育て方」をテーマに開催。ゲストは、合同会社シーベジタブルのマネージャー 寺松千尋(てらまつ・ちひろ)さんです。シーベジタブルは日本各地に拠点を展開し、環境負荷の少ない方法で海藻の陸上栽培と海面栽培をしながら、海洋環境の回復に向けた活動を実践。さらに新しい海藻の食べ方を提案したり、百貨店との催事やレストランとのコラボレーションメニューの開発など、多様な企業と共に海藻の価値を広げ続けています。

シーベジタブルの活動が広がり、続いている秘密はなんなのか。ゆえんユニット リーダー二本栁友彦(にほんやなぎ・ともひこ)と、ロフトワークのクリエイティブディレクター永島啓太(ながしま・けいた)が話を聞きました。

髪の毛を結んだ女性がマイクで話している様子
シーベジタブル マネージャー 寺松さん
二人の男性。左側に黒髪・ボブヘアーの男性、右側にメガネをかけた短髪の男性が座ってマイクで話をしている様子
ロフトワーク ゆえん ユニットリーダー二本栁(左)と、ロフトワーク クリエイティブディレクター 永島(右)

向き合っているのは、激減する海藻の問題

合同会社シーベジタブルは2016年に、海藻の研究者をしていた蜂谷潤さんと、日本全国の農山漁村を訪ねながらさまざまなプロジェクトの伴走役として活動してきた友廣裕一さんが「青のりの供給が減って困っている」というメーカーからの相談をきっかけに設立。世界で初めて、地下海水を利用した青のりの陸上栽培を開始しました。現在は海藻の種苗研究、生産(陸上栽培・海面栽培)、さらに商品開発や料理開発など、海藻の価値を伝えていく活動まで、一貫して取り組んでいます。

寺松さんは創業期からシーベジタブルに参画。バックオフィスや開発チームの立ち上げなど、その時々で必要とされる役割を担ってきましたが、現在はBtoBの営業やマネジメントを担当しています。

これまでシーベジタブルの事業成長を共にしてきた寺松さん。同社のどんなところに惹かれたのでしょうか?

「高知で海藻のことだけをひたすら研究している人たちがいると聞いて、会いに行ったんです。そこで働いている人たちの目の輝きに心を奪われて。こういう大人たちといっしょに仕事がしたいと思ったのが、入社を決めた理由です」(寺松さん)

海辺の工場のような場所を上空から撮影した写真。丸い水槽の中がたくさん並んでおり、その中に大量の筋青のりが育成されている。
「すじ青のり」の陸上栽培の様子
スライドを投影しながら話す、寺松さん。スライドにはわかめやこんぶ、ひじき、あかもく、とさかのりなど様々な海藻の名前が並んでいる。
日本の海には、まだあまり知られていない種類の海藻が数多く存在している

海藻と聞くとワカメやモズク、昆布などが頭に浮かびますが、寺松さんによると日本の海域に生えている海藻は約1500種類。そのすべてが食用になるそうです。なかにはタンパク質を多く含むものもあり、ヨーロッパやアメリカでは栄養面以外にも、動物飼料、代替タンパク質、バイオプラスチックなど食品用途以外で海藻への注目が高まりつつあります。一方日本での収穫量は、海苔がこの18年間で50%に、天然の真昆布の水揚げ実績は9年間で99%と、驚異的なスピードで減少しているといいます。

「最近、コンビニでは海苔が巻かれていないおにぎりが増えてきていますよね。実は、海苔の価格高騰によるところが大きいんです。私たちが陸上栽培に取り組み始めたすじ青のりも、主産地であった四万十川での収穫がピーク時の60トンでしたが、2020年度には0kgに激減していました。

さらに2020年頃に代表らが日本中の海に潜って見たところ、磯焼けによる海藻の減少がものすごいスピードで進行していることがわかりました。海藻は、陸上でいう草木のような役割をしています。小さな生物の住処となり、魚の居場所として生態系の重要な下支えをしているんです

ボートに乗って、養殖された赤いとさかのりを収穫する男性。
シーベジタブルの海面栽培の様子
とさかのりの海上養殖の様子の写真。海の中に大きな網が吊るされており、たくさんの赤い海藻がその中で育成されている。

こうした課題を知ったシーベジタブルは、地下海水を利用し、水温の安定した環境で青のりを育てる陸上栽培技術を世界で初めて確立しました。さらに海藻の種苗生産技術を確立し、30種類以上の海藻を自社ラボで育成しながら、現在では陸上と海面合わせて30箇所以上で海藻を栽培しています。

「日本では、三陸でワカメが養殖されていることは有名ですが、ほかの地域で海藻が養殖されている事例はあまりないと思うんです。山菜採りのように、これまで天然の採取に頼っていたやり方から発展してこなかったという流れがあって。シーベジタブルは、その海域に合った海藻を栽培することで“養殖藻場(もば)”と呼ばれる、海の生態系を回復させる機能を持つ環境をつくっています。そんな循環をつくっていくために活動を続けています」

シーベジタブルのプロダクトの写真。すじ青のり、あつばアオサ、とさかのり、ひじきなどの茶色いパッケージが並んでいる。
シーベジタブルは海藻を使ったさまざまな食品や調味料などを開発し、オンラインストアでも販売している

多様なメンバーが集まり、輪が広がっていく

シーベジタブルの活動で特徴的なのは、さまざまな人を巻き込みながら事業を展開している点です。例えば、すじ青のりの生産現場では、地域の障がい者の就労支援施設の利用者や高齢の方々が海藻を育てる水槽の掃除や、すじ青のりを収穫・乾燥する作業などのルーティンワークを担っています。

「実は水槽の洗浄が品質に大きく関わる部分なのですが、徹底して綺麗にしてくださるので、高品質の青のりができるんです。私たちは付加価値のある青のりを販売することができて、彼らにも一定の賃金をお支払いできるようになっています」

養殖場で働く男性の写真。水槽のすじ青のりを収穫しようとしている。
収穫された筋青のり。鮮やかな緑色の藻がトレーの上に並んでいる。

「シーベジタブルは、どんどん関わる人が増えていて、社員や業務委託も含めると70人くらいの組織になりました。数十年ずっと海藻だけ研究してきたメンバーもいれば、星付きレストランで料理をしてきたシェフ、造船会社の技術者をやっていたエンジニアなど、多種多様なバックグラウンドを持つメンバーで構成されています」

中でも、シーベジタブルの転機となったのが、シェフの石坂さんの存在です。あおさの味噌汁やひじきの煮つけ、和物のような一般的な和食の食べ方ではなく、ドリンクやスイーツなど、海藻の新しい楽しみ方を自分たちで開発し、クライアントや生活者に提案できるようになりました。

「都内にあるテストキッチンでは、石坂を筆頭に海藻料理の開発や調味料の開発に取り組んでいます。世界一のレストランと呼ばれたNomaが京都でポップアップを開催した際には、私たちが育てた海藻がしゃぶしゃぶとして提供されました。海藻を今までにない調理方法でおいしく食べるというムーブメントが、密かに起こっていると感じています」

テストキッチンの様子。3人の若いシェフが、食材や調味料を前に話し合いをしている。
ザルの上に様々な海藻が載っている。土鍋に入ったしゃぶしゃぶのスープがその横に並んでいる。
noma Kyoto 2023で提供された「海藻しゃぶしゃぶ」
海藻を使ったコース料理の写真。
photo:Nathalie Cantacuzino
海藻を使った、丸いチョコレートケーキの写真。
photo:Nathalie Cantacuzino

シーベジタブルは、2023年にBtoC向けにオンラインストアを開設したほか、飲食店や食品メーカーとのコネクションを増やすために展示会にも積極的に出店。海藻を使った商品開発やコラボレーションも数多く実現してきました。2024年は、日本橋三越本店や新宿伊勢丹の食品フロア全体を巻き込んだ特別イベント「EAT & MEET SEA VEGETABLE」を開催し、活動の機会が急速に広がっています。

実績を重ねていくと、お声掛けいただく機会が広がっていくことを実感しています。これからはさらに海藻の種類や収量も増やしていくので、さらに多様な方々とコラボレーションしていきたいですね。新しい海藻の食文化をつくることで、豊かな海を育んでいくようなビジネスモデルを展開していけたらと思っています」

場から醸成されるコミュニティを活かして

仲間を巻き込みながら事業機会を広げていくシーベジタブルの話に続いて、ロフトワークのクリエイティブディレクター永島が登壇。紹介したのは、ロフトワークが2021年から開催してきた、世界のサーキュラー(循環型)デザインを対象としたアワード「crQlr Awards(サーキュラー・アワード)」です。

眼鏡をかけた短髪の男性がマイクで話している様子。

世界には、クリエイターや企業、自治体・行政などが、サーキュラーエコノミーの実現に向けて取り組むプロジェクトが数多く存在しています。こうしたプロジェクトを世界中から募り、未来のインサイトを発掘・紹介していく活動としてスタートしたのが、crQlr Awardsです。これまでの4年間で、世界47カ国から600以上の応募作品が寄せられました。2024年には143のプロジェクトが集まり、29の受賞作品を選出しています。

テーブルの上で、スマートフォンを分解して修理している様子。
誰でも簡単に分解して修理やカスタマイズができるように設計されたスマートフォン「FAIRPHONE」

「サーキュラーエコノミーに関する取り組みを進めようとすると、分解や再利用しやすい製品デザインができるデザイナー、使い終わったものを回収してくれる物流の仕組みなど、さまざまなステークホルダーとの関係を構築する必要があります。その製品を使いたいと思う消費者の意識を醸成するところまでを含めて、多くのピースが噛み合って初めてサーキュラーエコノミーを実現できるんです。

crQlr Awardsには、サーキュラーデザインの実践者や、審査員として有識者やエキスパートの方々が、さらに循環型のビジネスを支持・応援するコミュニティのメンバーが集まります。受賞者と一緒に展示会やイベントを行うことで、さらなる関係性やプロジェクトが生まれるきっかけにもなっているんです」(永島)

FabCafeで行われた、サーキュラーアワードの展示の様子やミートアップの様子。

crQlr Awardsが広がり続けている重要な要素のひとつが、世界各地に展開しているクリエイターコミュニティ「FabCafe(ファブカフェ)」の存在です。カフェとしての場に、3Dプリンターなどのデジタルアプリケーションの機器が備わっていることで、地域の中でものづくりを中心にしたコミュニティを醸成しています。現在は東京だけでなく、飛騨や京都、名古屋、国外まで含めると13拠点に広がり、この4月には新たに大阪にもオープンを予定しています。

FabCafeを起点にしたローカルネットワークを通じて、世界各地のクリエイターやコミュニティと関係を接続することができています。世界のデザインやものづくりのトレンドをキャッチアップできる場であり、循環型のビジネスに取り組むクリエイターや起業家の成長を後押しするハブにもなっています。今後もさまざまなステークホルダーとコラボレーションしながら、サーキュラーエコノミーに対する理解と共感を深め、相互にサポートしていく活動を広げていきたいと思っています」

仲間づくりのコツは、その道の「名人」を増やすこと

イベント後半では、参加していた方々から寄せられた疑問や質問に答えつつ、気になるトピックについてざっくばらんに話していきました。

二本栁 たくさん質問が集まっていますね。僕がすごく気になった質問が「おいしさと理念、どちらが伝わっていきやすいか」というものです。自社の活動を広げていくときに、おいしさを入り口にするのか。理念をしっかり伝えるところを先にするのか。寺松さん、いかがですか。

寺松さん(以下、寺松) 私たちはおいしさをすごく大事にしています。やっぱり人の欲求に訴えかけるものじゃないと持続していかないですよね。私たちは食品や食文化を扱っているので、自分たちの商品を食べてもらうためには、まずはおいしいかどうかが重要だと思います。

3者によるクロストークの様子。左から、ボブヘアーの男性、眼鏡をかけた短髪の男性、右側に若いポニーテールの女性。

永島 僕からはこちらの質問を紹介します。「海の環境変化によって養殖の成功と失敗が左右されるため、販売にたどり着くまでに時間を要する事業だと感じました。長期でサポートしてくださる企業さんがいらっしゃるんですか」とのことです。いかがですか?

寺松 まさしく陸上栽培をスタートしたときには、大手メーカーさんが青のり不足に困っていたので、拠点の立ち上げから一緒に行いました。現在取り組んでいる海上栽培に関しては、これからパートナーさんをどんどん増やしていきたいフェーズです。実はちょうど、企業向けの共創プログラムを開始したところなんです。

永島 本当だ。まさに今日、プレスリリースが出ていますね。

寺松 ありがたいことに、応援したいとか一緒にやりたいという企業さんも少しずつ増えてきました。長期的にお話したり、実際に生産拠点がある海に来て海藻のことを知っていただきながら、一緒にできそうなことを相談していきたいんです。将来的には、企業名がついたシーファーム、海藻の畑みたいな藻場を増やしていけたらと考えています。

永島 ただ支援や寄付を受けるということではなく、仲間をつくっていくんですね。実際にシーベジタブルさんは、パートナーとなる方と一緒に海に潜るなどの体験を共にしていますが、そういった活動が仲間をつくるポイントになりそうです。これまでに日本中の海を調査してきたというお話もありましたが、シーベジタブルのみなさん自身が、地域に入り込んで課題に向き合っていくことで、現在のコミュニティを醸成してきたように感じています。

二本栁 拠点を開拓したり、そこで働く人たちとの関係はどう構築してきたんですか。

寺松 シーベジタブルの共同代表は2人とも、拠点開発のために、よく衛星写真を見ていたんですよ。地形を見ると「ここはいい海藻が育ちそうだ」ってわかるみたいで。「そういえばこの地域に知ってる人がいるから、聞いてみよう」と実際に足を運ぶと、そこから新しい人のつながりができて広がっていくことがよく起きるんです。

ポニーテールの女性とメガネの短髪の男性が談笑している様子。

二本栁 そうやって新しい拠点をつくろうとしたとき、地元の漁師さんとコンフリクトが起こったりはしないんですか。

寺松 実は、新しいことをやってみたいと考えている漁師さんって、たくさんいらっしゃるんですよ。どんどん魚がとれなくなってきていて、このままのやり方ではダメだと思っていたり、将来に明るい希望を持てていない漁業者さんも少なくありません。将来的には、私たちがやっている海藻の生産が漁師さんにとって、安定した収入の一つのような形にしていけないかなと思っているんです。

永島 シーベジタブルさんはこうした流れを「戦略的ではなかった」「たまたまだった」と言っていますが、仲間をつくっていくためのコミュニケーションがすごく上手に見えますね。

寺松 海藻って、身近にあるようで、意外に知られていない領域で。ニッチなので、ちょっと知るだけでもみなさん「名人」になったような気分になるんですよ。今日話を聞いてくださったみなさんも、すでに海藻名人になってきているんじゃないですか?

面白いことに、人って名人になると他の人にも伝えたくなるんですよね。「海藻って1500種類もあるらしいよ」って。この面白さがあるから、いろいろな人を巻き込んだプロジェクトになっているのかなと思います。

永島 楽しみながらお互いにメリットが生まれるというか、親しみが持てる関係性を築いていくことがポイントになりそうですね。今日はいろいろとお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

執筆:中嶋 希実
イベント記録写真:村上 大輔
編集:岩崎 諒子/ゆえんunit マーケティング・編集

右から、永島、寺松さん、二本栁のスリーショット。

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