
共創空間とミュージアムは、溶け合っていく
乃村工藝社と考えた空間づくりの未来
企業が持つ「場」の役割が変わりつつある現在。企業ミュージアムやR&Dラボは、今や共創のハブとなり、社内外の多様なステークホルダーとつながる「エコシステム」として機能することが求められています。
こうした背景のもと、ロフトワークと株式会社乃村工藝社は、「企業の未来を体現する場のデザイン」をテーマにイベントを開催。乃村工藝社による空間設計の実践を伺いながら、ロフトワークの「共創空間づくり」を振り返り、これからの企業が持つ場の役割と可能性を探ります。
各社の実践の先に見えてきたのは、共創空間や企業ミュージアムが「未来をともに志向する仲間」を育てることの可能性と、それを支えるビジネスモデルのあり方。語られた示唆を、レポート形式で振り返ります。
志や価値観でつながる仲間をつくり、価値創造の可能性を広げる空間体験
はじめに登壇されたのは、株式会社乃村工藝社のプランニングディレクター・柳原朋子さん。大手民間企業を中心に、ブランドコミュニケーション空間を企画・制作してきました。

柳原さんがこの15年間のなかで手がけた企業ミュージアムや関連施設の数は、およそ30箇所。イベントではご自身の知見をもとに、変化しつつある企業の目的と、いま求められる企業空間の役割について語られました。
空間を計画する前段階として、企業の方に丁寧な聞き取りを行っていくという柳原さん。そこで突き詰めていくのは、「そもそもなぜ、企業ミュージアムをつくるのか?」という問い。議論を重ねるうちに、企業ミュージアムという言葉だけでは括れない空間の在り方が見えてくるといいます。
企業に寄り添いながらミュージアムや共創空間をつくるなかで、柳原さんはその目的がより本質的に、求められる機能はより多様になってきたことを感じていました。
企業が本質的に目指したいことを実現するためには、その機能を果たす空間の計画が必要になります。目的達成に必要な体験を設計し、適切なステークホルダーに体験してもらうことで、企業活動への理解と認知を促し、協力的なステークホルダーになってもらう。それが企業のコミュニケーション空間をつくるための目的であり、そうして培われた関係性は、共に未来を志向する仲間に変わると考えられます。
過去に柳原さんが担当した事例のなかでも、そうした「未来を志向する仲間づくり」に特化してつくられた事例として、農業学習施設「KUBOTA AGRI FRONT」が紹介されました。

株式会社クボタが設置・運営するKUBOTA AGRI FRONTは、「“食と農業”の未来を志向する仲間づくりの場」をコンセプトとした農業学習施設。 子どもから大人まであらゆる人が、体験を通して未来を考える場所を目指して設立されました。
この場所の体験のメインとなるのが、施設のコミュニケーターと共に行う体験プログラム。来場者は「農業経営ゲーム」を通して持続可能な農業経営の仕事について学び、テクノロジーをつかって栽培された野菜の植物工場を見学し、ここで生産された作物をカフェで味わう。それらの様々な体験を通して、食べることの喜びと、食と農業の課題を知ります。
ここでは、「食と農業に関わる課題を本質的に解決するためには、農業従事者の方だけでなく、フードバリューチェーンに関わるすべての人が食と農業の未来を考えることが大切」という思いのもと、プログラムが計画されています。

柳原さんは、企業の理念を実現し、社会に対して良いインパクトをつくるために、空間の価値は高まっていると語ります。企業が本質的に目指していることを改めて見つめ直し、それによって企業のつくる空間も多様化している現在。これまで携わってきたプロジェクトを振り返ってみると、共通しているのは「志や価値観で繋がった仲間を作る」ことが、企業の価値創造・提供価値の可能性を広げていくということでした。
CSRからCo-CSVへ、空間のアクティベーションを促進する
続いて登壇したのは、ロフトワーク LAYOUT事業部の責任者を務める松井 創。共創施設「SHIBUYA QWS」やインキュベーション施設「100BANCH」をはじめ、施設の計画・施行から運営まで担ってきた松井は、施設の運営とは「土を耕すような仕事だ」と考えてきたといいます。土壌としての施設の状態が良くなることで、そこから新しい芽(価値)が出ていくことを目指します。

松井は、空間が完成してからがスタートラインであり、設計と運営計画を両方すること、そこに生まれるコミュニティに開業後も関わることが重要だと考えています。集まった人々が自由にやりたいことを実現できるよう、ロフトワークは土を耕すように施設をケアし、その場所のあり様を更新していきます。

そうした実践の事例として紹介されたのが、パナソニックセンター東京内に2021年4月に開設されたクリエイティブミュージアム「AkeruE」。子どもたちの創造力を育むことを目的とし、ロフトワークは乃村工藝社と共に本施設の事業構想から空間設計、展示キュレーション、開業後の施設運営を総合的にプロデュース。LAYOUT事業部が、2024年末まで3年間、施設を運営してきました。
本施設では、子どもたちが施設に通いながら、3ヶ月間かけてつくりたいものをつくる「アルケミストプログラム」を実施。「子どもたちに、クリエイターになってもらう」をコンセプトに、子どもたちの主体的なクリエイティブを支援。その創造性の活発化を支えてきたことで、パナソニックと次世代との大切な関係醸成を促しました。
場所に関わる多様なステークホルダーが同時に活発化することで、新しいコミュニティや体験が生まれていくことを実感したロフトワーク。人の集まる場所とそれを取り巻く関係者たちは、「エコシステム=生態系」のように見えたといいます。

自然界において美しく保たれる生態系の循環は、ビジネス領域においてもアナロジーとして当てはめられるのではないか。そう考えたロフトワークは、空間作りにおいて重視してきた場所の耕し方を「ビジネスエコシステムをつくること」と捉え、共創空間などの場づくりを継続していきます。
松井はさらに、今年夏に開業する新たな施設を紹介。名古屋大学キャンパス内に開設される、公共施設「ComoNe」の取り組みに触れました。

「土壌づくりと土から生まれる価値」をコンセプトとして計画された本施設。土の中のような生態系のある場所を目指し、そこに三つの機能を込めました。「パブリックスペース」「コクリエーション」「ミュージアム」という三つの機能が施設に同時に存在することで、新しい価値創造が生まれる可能性を考え、モデル化しています。

ComoNeでは、大学が新設する「ミュージアム」の機能を重要視し、企画しています。研究によって見出された新たな可能性や、共創空間から生まれた価値をいち早く世間の人に見ていただくため、アートやテクノロジーを交えて、論文以上、実用化未満の作品としてインタラクティブに展示するなど、一般の方々からも新しい可能性が見える状態を仕掛けています。
ここで重要になるのが、取り組みにまつわるステークホルダーを広く想像し、その全体が共存共栄する仕組みを構想し、エコシステムを動かしていくこと。そこには施設の運営者や利用者だけでなく、施設活用のパートナー、場に集まる情報や社会の資源などが含まれます。さまざまな業界・地域・組織が共同で社会課題を解決することで、そこに関わる企業が共に社会的価値を生んでいく、「Co-CSV」を実践する世界になっていくはずです。

松井は、「企業ミュージアムはどう進化するのか」を考えることが出発点になるわけではないと語ります。「そもそも社会と企業とは、どこへ進めばいいのか?」という論点こそが大重要であり、企業ミュージアムはあくまでも社会と企業の進化を支える1つの手段に他なりません。
社会や企業の目的を果たすためにどういった場をつくるべきか考えるとき、土壌と土壌以外の環境要因(=エコシステムの要素)を整理し、互いにどのような相互作用を構想し、全体としての調和や循環をどう編集したり、デザインしていくかを考えることが、ヒントになると松井は語りました。
ディスカッション「企業の未来を体現する『場』とは?」

イベントの最後には、「企業の未来を体現する『場』とは?」をテーマとしたディスカッションを行いました。
未来の場を考えていく今回のイベントを開催するにあたり、これまでの企業ミュージアムや共創空間の変遷について振り返っていた登壇者たち。
かつての企業が持つ場は、自分たちの企業や製品をどうPRするか、それによってどう市場を拡大していくかという情報発信や販売促進の視点が多かったが、2000年代以降から緩やかにその役割は変化し、対話や共創を目的とした場へと移り変わってきました。

この振り返りを受けて、ロフトワークの松井は「企業PR館・ミュージアムと共創施設は、近づいていくのではないか」と指摘。たとえば、共創空間から生まれたものを企業ミュージアムのような場でいち早く見せることで、世の中からの反応をすぐさま得ることができる。
打ち上げ花火的に企業の発信を見せるのではなく、自分たちの足元にある企業のアイデンティティや日々の営みをそのまま晒すような場所になれば、日常的な接点として企業が社会へと開いていく場になります。
乃村工藝社の柳原さんも、「これまでの空間においては、『いかに表向きにいい顔をするか』のお化粧を手伝う感覚もあった」と話します。一方で、現在は「いち早く腹割って話すか」の方が重要になってきている感覚があるといいます。

ありのままの企業を開いていく場をつくる上で、トークセッションで前述した「Public(公共)」「Museum(ミュージアム)」「Co-work・Co-creation(協働・共創)」という3つの要素がグラデーションのように同時に存在することが重要になってくると語る松井。クローズドなオフィス部分で生み出された価値創造や研究の成果を世の中に開き、多くの人からの認知と関係性の構築を行うために、「Public(公共)」「Museum(ミュージアム)」の機能が必要になります。
日々の仕事を見せることがそのままショールームに繋がるという考え方を、乃村工藝社も身をもって実感しているといいます。共催者として観客席で見守っていた担当者・山口茜さんを見つけた松井は彼女を呼び込み、お話しを伺うことに。

乃村工藝社台場本社に開設したスペース「Creative Lab.」は、乃村工藝社が空間に関する研究を行い、生まれた価値を発表し、研究活動をきっかけに新しい関係性を培い「交流」するための場で、研究開発組織「未来創造研究所」の活動拠点です。2025年にこの場所が完成したことで、山口さんは「リアルの場の力をひしひしと感じている」といいます。

三つの機能を持つことで大学の研究とその価値を外に開こうとした「ComoNe」もまた、近しい営みだと言えます。専門性を磨きあげていくほどに、結果として研究領域が放射線状に細分化されていってしまいがちな大学のような教育機関、R&D施設にも、土壌を耕し、外から風を送り込むような運営が必要になってくると松井は語ります。
土壌を耕したことで、細分化されていたそれぞれの領域が混じり合い、化学反応を引き起こしていく。そこで混じり合い生まれていったものが、本来の大学らしさを再体現していく可能性があるとロフトワークは考えています。
これからの企業の「場」は、まちの魅力に繋がっていく

ディスカッションの時間を経た二社が改めて確信を持ったのは「空間づくりを通して、エコシステムをデザインすることが出来る」ということ。では、その実践のためにどこから学ぶべきなのか。松井は「もっと、自然から場づくりを学べる」と話します。土中環境で起きていることを、自分たちはまだまだ知らないという意識を持ちつつ、知り得た自然の生態をアナロジーとして大学や企業の場づくりに落とし込むことで、デザインを変えることが出来る。
企業の在り方や役割、価値創造のプロセスまでもが変わりつつあると実感できた今回のトークイベント。最後に、登壇者の二人は「未来を体現する場として、何をつくりたいか」に触れました。
松井は、企業が持つ場の次のステージは「まちづくりにおける重要なキーファクター/キープレイスになる」と考えているといいます。企業と社会を繋ぐ接点としての場は、企業単体の持つ役割を超え、社会性を帯びていく。そこに名前はまだないけれど、企業の方と共にそうした新しい場を形作っていきたいと語りました。
最近、大阪・関西万博に訪れたという柳原さんは、その時の気持ちを「いろんなことを考えるきっかけと刺激をもらった」と振り返りながら、企業の場づくりによってまちは「創造的な刺激を得られる場所」になるのではと語ります。
「さまざまな企業とお付き合いをしてきました。企業のことを知るたびに、日本の会社は本当に魅力的で面白いと思うんです」。と熱をこめて話す柳原さん。
まちを歩いている時に刺激が溢れ出している場所があって、そんな場所を提供してくれているのは企業だったりする。社会に開かれた企業の魅力は、共創空間や企業ミュージアムがある「まち」をも変えていく可能性を持っている。各々の実践を共有し、議論を経た先に浮かんだその光景は、企業が場づくりを探求した先に生まれる魅力的な未来なのかもしれません。

企画:岩沢 エリ
執筆・編集:乾 隼人
撮影:川島 彩水
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