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ケルシー・スチュワート, 木下 浩佑 2024.05.07

関係性が形作る循環型の世界
—「crQlr Summit 2024 Tokyo」レポート

循環型経済を目指す実践者たちが、東京に集った一夜

ロフトワークとFabCafe Globalが主催する、循環型経済をデザインするプロジェクトやアイデアを世界から募集する「crQlr Awards(サーキュラー・アワード)」。3回目を数えた2023年度は、10人のcrQlr審査員が、40カ国以上から応募のあった140点のプロジェクトを評価し、28点の受賞プロジェクトを選出しました。

「crQlr Awards」は順位をつけることを目指すものではないため、受賞者選出のプロセスは審査員の裁量に任されています。アワードの目的は、循環型のアイデアやベストプラクティスを多様な業界や世界の各地域間で共有すること。そのため、授賞式はなく、代わりに参加者がそれぞれの知見や視点を意見交換する場として「crQlr Summit」を実施しています。

2024年3月8日に、「crQlr Summit 2024」が東京で開催されました。テーマは、アワードの特別賞のテーマと同じ「新しい関係性のデザイン(New Relationship Design)」

私たちは生産者が生産し、消費者が消費する“直線的”な経済で100年以上生きてきています。消費者が廃棄物に対する意識を高め、リサイクルを行うことで小規模なループは起こってきています。しかし、循環型経済では、その先を目指します。これまでにない新しい関係を構築できなければ、循環型経済への移行は成し遂げられません。生産と消費のあり方を根本から見直し、新しい関係性を作り、消費者が生産者となったり、アーティストが科学者と協働することで、持続可能な未来を目指す、それがこのテーマです。

本記事では、受賞者、審査員、参加者の間で、様々なディスカッションが行われたcrQlr Summitをレポートします。

ライター:David Willoughby
写真:澤 翔太郎(ロフトワーク)
編集:鈴木真理子(ロフトワーク)

人と場所とをつなぎ、新しい関係性を構築するCecilia Tham。彼女が考える未来予測「フューチャリスト」とは?

フューチャリストが未来の予測をする際に、つまり厳密には、潜在的な可能性を解明するときに、よく使われるのが「synthesis(合成)」という手法です。一見関連のないトレンドやコンセプトをつなぎ合わせ、未来においてその相互関係がどうなるかを探ります。この「合成」は、異分野の専門家同士が交流できる場を設けることで、さらに加速させることができます。こうした活動をしているのが、基調講演のスピーカーで、FabCafe Barcelona、Makers of Barcelona、およびFuturity Systemsの創業者であるCecilia MoSze Tham(セシリア・モゼ・タム)です。

Ceciliaは、人と場所とをつなぎ、新しい関係性を構築する上で初期のキャリアがどのように役立ったかを説明しました。10代で香港を離れて米国で生物学を専攻した後、建築学に転じ、バルセロナで建築家としてのキャリアを築きました。2011年には、まだスペイン語習得に苦労していたものの、言語以外の手段でもコミュニケーションは追求できるという知見を踏まえて、コワーキングとコラボレーションのスペースとしてMakers of Barcelonaを設立。多様なチームをひとつにまとめるということが、今も彼女の仕事の中核にあり続けています。

現在、Ceciliaは「サービスとしての未来(future-as-a-service)」を提供するFuturity SystemsのCEOを務めています。分析や合成(synthesis)だけにとどまらず、理論的な解決策を実際に設計し、プロトタイプの作成まで行うサービスです。現在取り組んでいる「自律型植物」プロジェクトでは、人間と自然との関係性を根底から作り直せる可能性があります。たとえばトマトの苗が、実らせたトマトの果実を自ら販売し、その収益を再投資することができたらどうでしょう?まるでSFのようですが、アルゴリズムを利用する投資ファンドは、すでに存在しています。自律型植物のコンセプトをスケールアップすれば、アマゾン川も自身を保護する行動を取れるかもしれない、とCeciliaは示唆しています。このより大きなアイデアは「異種間経済(interspecies economy)」と呼ばれ、人間と人工物に自然の知性を加えるものです。同様の考え方は、今回の受賞者も含め、多くの循環型経済の実践者に影響を与えています。

「新たな関係性」をデザインした特別賞受賞プロジェクト

crQlr Awardsチェアマンを務めるFabCafe COOのKelsie Stewart(ケルシー・スチュワート)は、オープニングの挨拶で、地球と枯渇していく資源の危機的な状況は、ショッキングな統計データのかたちで伝えられることが多く、「無力感、無関心、不安」を生んでいること指摘しました。

しかし、crQlr Awardsの3人の特別賞受賞者は、予想外のパートナーシップを築き、ボトムアップでより良いものを作り上げることができれば、物事のあり方を根本から変えられることを示しています。こうした新しい関係性のデザインは、より複雑な取り組みであるシステムデザインとは異なり、無力感が増すようなことはありません。イベントでは3名の特別賞受賞者が自身のプロジェクトを紹介しました。

プラスチックごみからバニラアイスをつくった「Guilty Flavours」

Eleonora Ortolani(エレノーラ・オトラーニ)
多元アーティスト、マテリアルデザイナー

「Guilty Flavours(ギルティ・フレーバーズ)」は、プラスチック廃棄物の問題に関して、人間が食べられるPET由来の食物成分を使うというラディカルな解決策を提示することで、crQlr審査員数名から受賞プロジェクトに選出されました。「crQlr Summit」では、アーティストでマテリアルデザイナーのEleonora Otolaniが、再生プラスチック製品の流行を受けてアイデアが生まれた過程を語りました。

プラスチックの問題を考えるにあたり、アップサイクルは解決策のひとつとされていますが、プラスチックがごみの埋め立て地に行き着くまでを先延ばしにしているだけであり、結局はプラスチック消費を正当化しているため、「罪悪感のないプラスチック」だとEleonoraは言います。人間が自ら生み出したプラスチック廃棄物の責任を取るにはどうすればいいか、と彼女が問いかけたことがプロジェクトの出発点になりました。

その結果として生まれた作品が、プラスチックボトル由来の合成バニリンで香りづけをしたバニラアイスクリームです。Eleonoraはバイオ技術者との協働を通じて、PETポリマーを分解し、バクテリアによって個々のモノマーを消化し、バニリン分子を生成させるプロセスを開発しました。このPETから生まれた成分は、マイクロプラスチックではなく、食品への使用が承認されているバニリンと化学的に同一です。ただし新規成分と見なされるため、食用としては未承認です。そのため、現在「Guilty Flavours」は鍵付きの冷凍庫に保管されている状況で、解決策を示すよりも多くの問いを投げかける存在となっています。天然素材と合成素材の間の線引きはどこにあるのでしょう?プラスチックはもはや「新たな自然」の一部と見なすべきなのでしょうか?

新たな海藻食文化を作る「Sea vegetable Circulation」

友廣裕一(ともひろゆういち)
合同会社シーベジタブル 共同代表

「Sea Vegetable Circulation」プロジェクトは、関係性に基づいた包括的アプローチによって、海藻を中心とした新しいエコシステムを創出するという取り組みが、審査員から評価されました。

日本は海岸線が長く、磯が多いため、約1500種類の海藻が生息しており、そのすべてが食べることができます。多様な海藻はまさに海の野菜(シーベジタブル)ですが、食卓に並ぶのはわずか数十種類で、海藻をほとんど、あるいはまったく食べない人もたくさんいます。実は、海藻のうち日本で一番食されている海苔と青のりは、大豆と同量のタンパク質を含んでいますが、大豆のように森林伐採や生物多様性の喪失を招くことがないという事実は、あまり知られていません。

合同会社シーベジタブルは、日本で新たな海藻食文化を作ることを目指す研究者グループから生まれました。「crQlr Summit」では、プロジェクトを主導する研究者のひとりである友廣裕一さんが、陸上養殖と海面養殖という新手法を開発し、すでに脅威にさらされている海底の海藻群の保護につながっている現状を紹介しました。現地の漁業関係者の心情や考え方が変わりつつあるなか、シーベジタブルのチームはさらに伝統的な加工業者から食品製造業者、個々のメニュー開発者に至るまで、バリューチェーンの各段階で新たな関係を築いています。海藻の収穫および加工事業は労働集約型であるため、本プロジェクトは引退した高齢者や従来の労働者層以外にも職を提供することとなり、新しい関係性デザインの代表的な研究事例となっています。

廃木材を中心に新たな経済圏を生み出す「ReWood Forest Cycle」

Hsieh Huiting(シェイ・ホイティン)
ReWood 森林循環-炭盆アーティスト

最後のスピーカーである特別賞受賞者は「ReWood Forest Cycle」で、台湾での循環型林業の発展に向けた10年に及ぶ共創活動が評価されました。台湾では、人為的な剪定や風倒木による枝を中心に、年間1,000万トン以上の廃木材が発生しています。ReWoodは、こうした廃木材から家具、炭盆栽、エッセンシャルオイル、天然クリーニング製品などを作り出す新たな経済を構築してきました。この取り組みには教育的要素もあります。ReWoodは各種学校との関係を通じて、生徒向けにワークショップを開催し、木工技術が将来世代にまで確実に受け継がれることを目指しています。

プロジェクトメンバーであるアーティストのHsieh Huitingは「ReWoodは特定の目標やロードマップを定めずに活動を始めたことを話しました。その代わりに、徐々に地元の学校との協力を進め、後には政府機関とも協働して問題解決に取り組んだのです。多くのソーシャルビジネスは、自分たちの流儀で世界を変えようとしがちですが、ReWoodは既存の組織と提携し、柔軟で協力的なアプローチを採用できれば、長期的なメリットがあるのだということを示しています。社会に深く根差した各種機関と提携できれば、新しい価値観を文化の中に恒久的に組み込める可能性も高くなるのです。

多くのプロジェクトが失敗しているのは、バリューチェーンを構築しないから

クロストークでは、特別賞受賞者の3名と今年の「crQlr Awards」審査員3名による60分間のディスカッションが開催されました。審査員のAining Ouyangは、循環性と脱炭素イニシアティブに関する助言を行う台湾のコンサルティング企業REnato labのCEO。Anni Korkmanは、ヘルシンキデザインウィークを統括しているフィンランドのデザインエージェンシーLuovi Productionsのプログラムディレクター。木下浩佑は、ロフトっワークのMTRLとFabCafe Kyotoのブランドマネージャーです。

Kelsie(モデレーター)まずは審査員の方々から、3つのプロジェクトについて一番刺激を受けたことを話していただけますか?

Aining これまで、多くのプロジェクトがバリューチェーンを構築しなかったせいで失敗しています。Sea Vegetableは、バリューチェーンをどう構築すれば製品の市場を確保できるかを示す良い例です。ReWoodは、地域の再活性化と循環型経済を組み合わせながら、若い世代を取り込んでいます。コンサルタントとしての私自身の経験から、多くの人々を循環型社会のムーブメントに呼び込むべき時代が、いよいよ来たのだと考えています。

Anni 私が一番刺激を受けたのは、3つのプロジェクトに共通している要素です。どのプロジェクトもストーリーを語っているのです。どれも研究開発を行っていますが、それと同時に想像力を駆使して独自のアイデアも生み出しています。デザインの力を使えば、きわめて複雑なテーマもわかりやすくできます。簡略化するのではなく、ストーリーを語ることでわかりやすくなるのです。さらに、優れたストーリーは誰にでも受け入れられます。私たちも思わず話に聞き入り、自分自身の物語を語りたくなります。

木下 「新しい関係性のデザイン」というテーマに戻ると、受賞プロジェクトはどれも、どのようにして人々をプロセスに引き込むかを考えています。単なるデザインだけのプロセスではないのです。どれもガチガチに決め込まれてはおらず、参加者が自由にできる余地を残しています。「Guilty Flavours」でさえ参加型だといえます。アイスクリームを食べたくない人はいませんから。

Kelsie 次は、受賞者のみなさんに伺います。みなさんのプロジェクトのパートナーは実にさまざまですが、協働はどのように進みましたか?

 Eleonora アーティスト同士なら同じ共通言語で話せても、科学者のパートナーとはお互いが慣れるまでには、それなりに苦労しました。結局、プラスチックを食べることが完全に意味のないアイデアだというものでもないため、パートナー側にもメリットがあると認めてもらえました。こうした多分野を横断するコラボレーションは魅力的で、循環型経済には不可欠なのです。アートと科学は両極にあり、一般の人々は両者の真ん中あたりに存在しています。ですから、科学をもっと理解しやすくするには、両者の間に橋を架けなければならないのです。

Huiting ReWoodは、クリーニング製品を作るところから始まりました。私たちの循環型ビジネスは、10年前にその小さな出発点から始まったのです。ある学校とクリーニング事業で提携した際に、その学校が樹木の剪定と不要な枝の回収をする業者に、大金を支払っていたことに気づきました。実際に学校を訪問したことで、新しい問題の知見が得られたのです。そこからワークショップの開催が始まり、生徒たちが家具などの製品づくりを学べるようになったのです。

友廣 海藻業界の再活性化のお手伝いをする研究者として招聘されたのが、私たちの出発点です。最初のビジネスパートナーは食品会社で、いきなり5年間の購入保証を申し出てくれました。おかげですべてが持続的に回り始めました。ただ、田舎で働き手を見つけるのは本当に難しいので、地元で隠居している人たちや身体障がい者とつながる機会を探しました。私にとっての最大の学びは、自分は他人の支えがなければ基本的には無力なのだと気づかされたことです。

Kelsie みなさんのプロジェクトはどのように拡大される予定ですか?また、100年後のプロジェクトのイメージはどのようなものでしょうか?

Eleonora  私は製品販売を目的にしたことはありません。あくまでも、プラスチックと食品について議論を生むことが目的でした。将来、セブンイレブンの棚にプラスチック由来のアイスクリームが並ぶことになるかどうかはわかりません。食品はあくまで文化的な構築物のひとつでしかないため、私たちは地球や周囲の自然との間で、全体的にもっとバランスの取れた関係を築いていくべきなのだと考えています。 

Huiting  人間の寿命は、樹木と比べるとかなり短いものです。ReWoodがしていることは、次世代のため、さらにその後の世代のためです。私たちの取り組みは循環型経済の実現を目指していますが、それは地域経済のためでもあります。事業を拡大させるなら、同じ意識を持ち、環境を最優先させるパートナーのみと共創したいです。木を大切にする私たちのモデルは、他の国々とも共有できるのではないかと強く思っています。 

友廣  海洋環境のためになる海藻の利用を、皆が続けてほしいと思います。海藻の可能性はまさに無限大です。単に食べるだけではない、はるかに広い可能性があるのです。

木下  今日、私にとって重要だったコンセプトは「文化」でした。どのプロジェクトも直接的な解決策ではないものの、どれにも世界を変えるために長く生かし続けるべき考え方が含まれていました。各プロジェクトそのものが、継承可能な文化になっていました。

crQlr Summit 2024 TOKYO動画

crQlr Awardsについて

crQlr Awards (サーキュラー・アワード)は、循環型社会を目指す世界中のプレイヤーたちを、集めてつなぎ、活動を後押しするグローバルアワードです。サーキュラー・デザインを実践するプロダクト、サービス、アート、教育、システムデザイン、都市計画など、幅広いプロジェクトがアワードに集まります。国や産業を超えたコラボレーションを通じて、社会的・ビジネス的規範に挑戦し、レジリエントで公平でリジェラティブな未来の実現を目指します。
crQlr Awards2023は、過去最多の40カ国を記録し、140の応募プロジェクトからは、28プロジェクトが受賞しました。受賞プロジェクトには、循環経済の取り組みを周知・PRしていく活動の後押しとなる「crQlr」認定キットが授与されました。

crQlr Awards Webサイト

https://crqlr.com/ja/crqlr-awards/

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対話を重ねる、外の世界に触れる。
空間に魂を吹き込む、オフィスリニューアルの軌跡