変革の兆しと出会い、組織や社会を変えるプロジェクトとは
「変革のデザイン2024」開催に向けて
気候変動や人口減少、格差社会の広がりなど、解決が困難に思えるさまざまな社会課題を前に、わたしたちは何を、どのように「変革」することができるのでしょうか?
ロフトワークとSHIBUYA QWSが主催する「変革のデザイン」は、社会課題の解決にチャレンジするさまざまな組織のケーススタディを集め、参加者とともに変革の先にある未来像を思い描くイベントです。2024年度は、前橋市における地方創生と企業文化改革に取り組む株式会社ジンズホールディングスや、これからの街づくりのために領域横断型のプロジェクトを生み出している「渋谷未来デザイン」など、変革の実践者たちによるさまざまなチャレンジを紹介します。
企業や自治体といった組織と伴走しながら、多様なプロジェクトを推進してきたロフトワークにとって、「変革」をデザインすることは来るべき持続可能な社会への移行に不可欠な視点だと考えています。本記事では、「変革のデザイン2024」のスピーカーとして登壇する、ロフトワークのイノベーションメーカー・棚橋弘季とマーケティングリーダー・岩沢エリ、Layout CLO(Chief Layout Officer)/QWSエクゼクティブディレクターの松井創の3人が、「変革」に取り組むプロジェクトに必要な視点について語り合いました。
企画・執筆・編集:堀合 俊博
編集:後閑 裕太朗(Loftwork.com編集部)
取材撮影:澤 翔太郎(株式会社ロフトワーク)
イベント情報「変革のデザイン 企業が自らを変革し、 ゲームチェンジャーになる。」
トークセッションのアーカイブ配信公開中
事業成長と社会的インパクトの創出が求められる中、企業・組織がゲームチェンジャーとなるには。ビジョン・組織づくり・システム思考・次世代共創など、多角的なテーマから、未来を切り拓く「構想と実践」の方法を探る1Day カンファレンスを開催しました。
話した人
左から、
棚橋 弘季 株式会社ロフトワーク 執行役員 兼 イノベーションメーカー
岩沢 エリ 株式会社ロフトワーク Culture Executive/マーケティングリーダー
松井 創 株式会社ロフトワーク Layout CLO(Chief Layout Officer)
変革のための組織に「主体性」が生まれる時
――「変革のデザイン2024」は、さまざまな企業や自治体が「変革」の主体となって取り組んだ実践例を知ることができるイベントです。ロフトワークのプロジェクトからは、日産自動車と取り組んだ「DRIVE MYSELF PROJECT」についてのトークがありますが、このプロジェクトがはじまった背景についてお聞かせいただけますか?
松井 創(以下、松井) 日産自動車には、従来のCSR活動からCSVに移行していきたいという課題意識が背景としてありました。そもそも日産自動車にとって、自動車の製造自体が共有価値の創造ではあるものの、長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」で「共に切り拓く、モビリティとのその先へ」というスローガンを掲げているように、自動車というモノだけではなく、「移動体験=モビリティ」といった社会の基盤となる仕組みやサービスの創出を目指しています。そのためには、これまでの考え方を変えていかなくてはならないという思いがあったんです。
自動車の製造は既存のバリューチェーンの中で完結できますが、社会とダイレクトに接続するモビリティの領域は、1社だけで取り組むには大きすぎるテーマです。ゆえに、今回はターゲットや領域を絞ってスタートするのがいいのではないかと考え、これからの社会を担うZ世代の若者たちと一緒に、共有価値の創造に取り組むプロジェクトとして提案したのが「DRIVE MYSELF PROJECT」でした。
――プロジェクトを推進していく中で、共創が生み出される工夫として意識していたことはありますか?
松井 ロフトワークは常にクライアントのパートナーとして、一緒に場をつくっていくスタンスでプロジェクトに取り組んでいます。「DRIVE MYSELF PROJECT」においても共同で事務局を運営しながら、日産自動車のメンバーをどんどん巻き込んでいきました。日産の担当者の方にとっては初めてのことばかりだったと思いますが、半年ほどの期間をかけて、徐々に前のめりの姿勢で参加していただけるようになったと思います。
また、こういった企業主催のプロジェクトでは、クレジットとして「Sponsored by」といった表記をすることが一般的なところ、本プロジェクトでは、若者たちをエンパワメントしていくことで、ともに未来を創造していくという日産自動車の意志を表現するために、「Powered by NISSAN」というタグラインを掲げています。
棚橋 弘季(以下、棚橋) たしかに、ロフトワークのプロジェクトはクライアントと一緒に進めていくため、いい意味で先方にもすごく労力をかけるんです(笑)。ワークショップでとにかくたくさん考えてもらうので、終わった後は「頭が疲れました」とよく言われます。オープンなコミュニティの組成や未来を探るプロトタイプなどは、クライアントとしても初めての取り組みであることも多い。
だから、まずはハードルが低いところからはじめられるよう、簡単なワークショップを実施したり、展示やイベントなどを一緒に見に行ったりするようにしています。最初は、納得のいくアイデアが出せないこともありますが、それが「もっと面白いものを出せるようになりたい」と悔しがるクライアント自身の気持ちとなり、次のフェーズやプロジェクトを実施するうえでの推進力になります。
岩沢 エリ(以下、岩沢) ロフトワークのプロジェクトでは、気づけばクライアントが主体的に取り組んでいた、というケースは多いと思います。対話やワークショップを通して、クライアントの考え方が切り替わる瞬間があるんじゃないかなと。
岩沢 私が以前担当したプロジェクトでは、創業から70年以上続く子ども向け商品のメーカーと、パーパスの具体的な実現方法について考えるワークショップを実施しました。その会社では、新社長に変わったのを機にあたらしいパーパスを策定されており、ブランド室のメンバーがパーパスの社内浸透に取り組んでいたのですが、彼らが普段感じていることと、パーパスの中で企業として思い描いている未来像とが、うまく紐づけられていない状態でした。
ワークショップでは、パーパスに関連するキーワードを卓上に並べて、メンバーの方々と対話しながら一つひとつの解像度を上げていきました。そうするうちに、徐々にメンバーの「個」が発露する瞬間が感じられたんです。プロジェクトの中には、子育て中のママさんや、子どもはいなくても、いつかはこんな世界になってほしいと感じている方もいて、だんだんと「自分ごと」として主体的に関わるようになっていきました。当初は上司からの指示でプロジェクトメンバーに着任していた方が、積極的に関わるようになっていく姿には感動しましたね。
組織がひらかれていく座組みをつくる
――組織のメンバーの一員としてだけではなく、「個」として関われるようになった瞬間が生まれたプロジェクトはほかにもありましたか?
松井 「DRIVE MYSELF PROJECT」においても、日産自動車のR&D部門でイノベーティブなプロトタイプを制作していたメンバーと、プロジェクトに参加した建築家が意気投合する場面がありましたね。プロジェクトをきっかけに出会った二人が、それぞれ表現の手段は違うものの、お互いのクリエイターとしての思想に共感できたんだと思います。
おそらく20世紀の企業のものづくりでは、知的財産を守りながらクローズドに取り組むことが基本でしたが、社会に向けて企業がひらいていくオープンイノベーションを実施することが当然の時代になりつつあるのではないかと思います。さらに外部のクリエイターや若者の発想と融合することで、企業の中の「個」の原石が磨かれ、発露されていくことは度々起こっている気がします。
棚橋 そういった外部とのあたらしい接点が生まれる座組みはとても重要です。活動を通して組織の外側から評価が生まれることは、メンバーの原動力につながりますから。企業や自治体にとっては、外部の方と一緒に対話しながら取り組むことは、最初は居心地が悪いことなのかもしれないけれど、それが変革の兆しにつながっていきます。「どんな人たちと取り組むか」が彼らにとって大事なので、プロジェクトごとにどんな座組みが必要なのかを考えるようにしています。
棚橋 また、共創型のプロジェクトを実践するうえでは「段階を考える」ことも重要です。私が担当している、三井住友フィナンシャルグループによる、環境・社会課題解決のためのコミュニティ「GREEN×GLOBE Partners (以下、GGP)」のプロジェクトを例に話しますね。
GGPでは、当初からコミュニティ活動を通じて、企業・団体のサステナブルな取り組みが生まれることを目指しています。最初の段階では、GGPの存在や、その活動をいかに知ってもらうか、パートナーになりたいと思ってもらえるかを重視していました。ですから、認知を広め、活動に参加いただくための情報発信・機会提供に注力をしたんです。
その結果、コミュニティに加わる団体は想定以上のペースで増え、現在では1,700を超える団体が参加しています。こうしてコミュニティが十分育ったからこそ、次の段階としてパートナー間での環境・社会課題解決に向けての取り組みを組成させ、支援するための活動に移行できています。段階が変わったことで、企画するイベントのテーマ設定やプログラムも、以前とは異なるものになっているんです。
―― プロジェクトメンバーの間で共通認識を持つために、どのようなことを実施していますか?
棚橋 たとえば、ここのところ頻繁に使用される「well-being」や「共助社会」といったキーワードは、プロジェクトのテーマにもなることがありますが、そのままの状態では使わないようにしていますね。言葉の捉え方が人によって異なるからです。だから、まずはキーワードに関連する事例をクライアントと一緒に100〜200点ほど集めてみることからはじめます。それらを共有し合いながら自分たちが目指すものに近い事例がどれなのかを話し合い、プロジェクトメンバー間での共通言語をつくっていくんです。
GGPでも立ち上げ時に、「サステナブル」というキーワードの解像度を高めるため、世の中でどのような議論がされているのかを把握しようと、120を超える事例をメンバーと一緒に収集しました。あたらしい領域に取り組むプロジェクトであるほど、立ち返ることができる視点が不可欠なので、最初の目線合わせを大切にしています。
松井 事例を集めるアプローチとしては、「DRIVE MYSELF PROJECT」で実施した「コレクティブ形式のアワード」もあります。日産自動車のブランドプロミス「Innovation for Excitement」と関連の深い概念である「ブリコラージュ」をテーマに、国内外から作品とアイデアを募ったのですが、このアワードでは、優秀な応募作品を顕彰するコンペティション形式ではなく、世界中から集まった作品群の中から、まだ明らかになっていない価値の輪郭を読み取り、可視化することができるコレクティブ形式で実施しています。
岩沢 変化の兆しは世の中にたくさんあるはずで、何十年も先の未来に起こると思っていたことが、すでに現時点で起こりはじめている場合もたくさんあると思うんですね。アワードという仕掛けを通して、社会の中で点在している変化の兆しや未来の共創パートナーに出会う機会を創出できるんじゃないかなと考えています。
ニーズやイシューではなく、社会のシステムから考える
松井 そもそも価値の輪郭がわからないことにアプローチするには、「変革のデザイン」のタグラインにもある「ゲームチェンジ」の発想が必要です。既存のゲームルール、つまりは価値基準のなかの「優れたもの」「勝ち筋のあるもの」を探すのではなくて、ルールそのものを更新しうる兆しを探っていく。
岩沢 なにが価値になるのかをもう一度考え直す必要がありますよね。現在のゲームのルールでは成功していたとしても、変革の先にある世界では価値基準そのものが変わってしまうので、うまくいかなくなってしまうこともあるかもしれない。今、多くの企業がそれを感じていて、会社や組織が変わるためにはどうすればいいのか、立ち止まって考える必要がある時期だと思うんです。
棚橋 社会変革を目指すプロジェクトにおいて、従来型のマーケティングの発想のように、ニーズやイシューを起点に解決方法を探るのは、難しいんじゃないかと思います。というのも、現在課題となっていることの多くが、別の社会的な課題を改善した結果、付随的に生まれたものだからです。典型的なものが脱炭素でしょう。いまの社会を成り立たせている社会のデザインが、同時に温室効果ガスである炭素の排出を増やしてしまった。
課題解決に向けて「社会をどうデザインするか」を考えるとしても、その土台には多様なプレイヤーによる「社会のシステム」があるはずです。ですから、そのシステムを見ずに、表面的に見えている問題だけを取り除こうとしてもうまくいかないのです。企業が取り組むべきイシューの多くは、すでに顕在化しています。ただ、その本質的な解決のためには、社会のシステム自体を変えていかなくてはならないでしょう。今回「変革のデザイン2024」で取り上げる「システミックデザイン」は、イシューだけを見て解決に取り組むのではなく、社会のシステムから変えていくためのアプローチとして紹介します。
組織の「もやもや」を解消するヒントが得られる場として
―― 最後に、「変革のデザイン」への参加を検討している方へのメッセージをお願いします。
岩沢 「変革のデザイン」は、社会課題の解決に取り組むさまざまな組織の実践例を集めることで、社会の中で起きつつある変化の兆しが感じられる場にしたいと考えています。企業や自治体など、組織を変えていくためにはどうすればいいのか迷っている方には、ぜひ変革のためのヒントを持ち帰ってもらえたらと思いますね。
松井 できれば、3人1組でイベントに参加いただけるといいんじゃないかなと思います。このテーマに共感してもらえそうな上司と部下の方、あるいは他部門の方と一緒に参加すれば、三者三様の捉え方ができるはずです。また、ワークショップではそれぞれ別のグループで取り組んでいただくことで、お互い感想を共有し合いながら、社内にイベントの体験を持ち帰ることができます。いつかその3人をきっかけにプロジェクトがはじまるかもしれないですし、実際に動き出した際の原動力となるような体験ができると思います。
岩沢 もちろん、オンライン視聴で気になるセッションだけご視聴いただくのでも、十分な学びがあると思います。登壇者のみなさんは、自身がプレイヤーであり、社会変革への取り組みを現在進行形で進めている方々です。そのパッションを感じてもらうだけでも、得られるものはあるのではないかと。
棚橋 ロフトワークが実践してきたのは、こうすれば「変革できます」という答えの提供ではありません。すでに世の中に起こっている変革の事例や、あるいはその兆しを一緒に集めて編集する作業をともに行うことで、クライアントのみなさん自身がゲームチェンジを起こすための案内をすることだと思うんです。このイベントでも、普段僕らが実践していることの一部を体験してもらえると思うので、なかなか変革がうまくいかず組織の中でもやもやしている方に、ぜひ足を運んでいただきたいですね。
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