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2025.07.23

日陰から都市のやさしさをみる
ミニワーク「日陰ハント」を楽しむための前説

微気候(Microclimate)を切り口に都市の未来の暮らしを構想するビジネスプログラム「Y/Our Climate(ユアクライメイト)」。株式会社ゴールドウインさん、都市エコロジー観測所さんの協力のもと、2025年8月から始まるこのプログラムでは、参加者に微気候を体感してもらうミニワークとして「日陰ハント」のプラクティスを予定しています。

「日陰を見ることは、都市のやさしさを見ることかもしれない…」

日陰について調べを進めるうち、そんな思いが浮かんできました。休憩、遊び、読書、散歩、会話、食事、動植物の住まい—。都市の日陰が静かに包み込んでいる、これらの何気ない営みたち。その包括性に光を当てながら、プラクティスを楽しんでもらえるような前説を綴ってみたいと思います。

国広 信哉

Author国広 信哉(シニアディレクター / なはれ)

美術展やVIのグラフィックデザインを7年間手掛けたのち、2011年ロフトワーク入社。ロフトワーク京都ブランチの立ち上げに従事。企業や省庁の新サービスの顧客開発や、新技術の用途開発などの機会領域を社会に問いながら探っていくプロジェクトが得意。主な担当に、高齢社会の機会領域を探る基礎調査「Transformation」、オンライン融資サービス「ALTOA」顧客開発、成安造形大学特別授業「デザインdeath」など。米国PMI®認定PMP®。趣味は山のぼり、辺境音楽収集、野外録音。大阪大学人間科学研究科博士前期課程に在籍しながら、デザインと人類学の周縁を研究中。

Profile

なぜ日陰なのか?

微気候(Microclimate)における日陰の立ち位置

まず、気候とは何か。気象が「時々刻々と変化する大気の現象」であり地球物理学の一分野であるのに対し、気候は「気象の統計を見ることでみえてくる、ある場所またはある地域の特徴」という地理学の一分類とされています(日下 2013)。つまり、より生活に根付くのが気候です。

そして、微気候とは何か。これは、大、中、小、微と気候区分があり、研究者、または国によってその捉え方に差があるのが現状のようです。今回はおおまかに1cm〜10km、数日〜年、生活習慣からヒートアイランドのような都市生活のスケール(吉野 2008)を、イメージします。

一言で言えば、地域全体の気候とは異なる、特定の場所における局所的な気候を「微気候=Microclimate(マイクロクライメイト)」と呼びます。

その中で、なぜ日陰に着目するのか。言わずもがな、日陰は身近な微気候の現象で、毎日目にします。しかし、その存在を意識はしません。誰もが日常的で、体験でき、街ごとに違いもある。日陰という視点で暮らす街を見ることで、いつもと違った都市の課題や展望が得られるのではと考えました。

日陰そのものに着目する意義

日陰と聞いてどんな印象を持つでしょうか。光が遮られてできる領域だし、当然の物理現象だし、建築基準法でも日照障害は細かく定義されていて、どこか固定的で当たり前のような存在。一言で言えば、面白みにかけるような感じを最初は持っていました。

日陰の都市 “The city of shades” (Criado,T.&Orrego,S. 2024)

印象が変わったのが、都市人類学者トマス・サンチェス・クリアドの論考です。太陽の光を中心に都市を発展させてきた歴史に対して、日陰の復権、つまりアンチ・ソーラー・アーバニズムを彼は提唱します。主に以下のような点がユニークです。

  • 日陰が生き物を「守る」として発展してきた生物学的、都市計画的側面もある
  • 日陰は都市に暮らす人々の生活に寄り添い、その場所の気候や、文化などを示す
  • 日陰を見るためには数値だけでない民族誌的アプローチも有効である

建築家スティーブン・カイトが『Shadow-Makers』の中で、イスラム文化圏の街が日陰を育てるように発展した歴史を賞賛したり、文筆家の谷崎潤一郎が「陰翳礼讃」の中で、日本文化の影や闇に湿潤な神聖さを見出したことも合わせて見ると、今、日陰から都市を見ることに意義はありそうです。

2025年に日陰に取り組む意義

そう捉えると、日陰で休む、日陰で話すなど、街中にある「やさしさ」の場所として日陰に着目することは、自分が住む街の包括性に気づくきっかけになるかもしれません。

例えば、暑熱に悩むバルセロナでは日陰を探すローカル・ワークショップがいくつも開催されています。「トレンカディスの影に学ぶ」というプロジェクトでは、10代の若年層が温度計・湿度計などで計測を行い、近隣住民へと対話しながら、将来残したい自分たちの地区の姿を描きました。

また、日陰を予測・活用するツールも一般化してきました。例えば、太陽の影を3Dシミュレーションできる「シャドウマップ」では、建物の日陰はもちろん、65万5千本ある樹木の木陰の位置を確認できます。そして何より、時間によって日陰が移ろうという当たり前の事実を確認できます。

日陰の未来を探索する「トレンカディスの影に学ぶ」
太陽の影の3Dシミュレーション「Shadowmap」

そういったことを思うと、学校帰りに友達と日陰でたわいもない話をしていた高校時代を思い出します。日陰が与えてくれる、休憩、遊び、読書、散歩、会話、食事、動植物の家、そういった何気ない「やさしさ」。整頓された街が増える中、そういった「やさしさ」の再考を、喫緊の暑熱問題やテクノロジーの活用なども含めて考えられるのが、2025年というタイミングなのです。

日陰のプラクティスについて

快適さってなんだろう?

では、今回どんなプラクティスをやるのか。プログラムガイドに書いたように、俯瞰的に視座を得るレクチャーと対比して、経験的に実感を得るのが、このプラクティスの役割です。

テーマは「最高の日陰、最悪の日陰をハントしよう 〜快適さとは何か?」です。現代、快適さは特権になりつつあります。例えば、真夏、涼しさを得るには、クーラーを全開にしたり、カフェや百貨店などに移動するなど、お金を払って快適さを買うことが多いでしょう。

しかし、今回、体感したいのは、涼しさだけでない快適さ、です。例えば、都市エコロジー観測所があるBridge Studioは元小児科医院。縁側のある1Fは、クーラーがありません。当然、暑くてうっすら汗は滲むのですが、風が抜けることで、肌に暑さが馴染み、外気と身体が溶け合う感覚があります。

先日開催された都市エコロジー観測所展(背景にあるのが縁側)
京都・西京極運動公園の日陰と日向のコントラスト

ああ、昔はこうだったなと思い返します。必ずしも、サラサラじゃなくてもよいのです。そして、自分が休日に訪れた京都の西京極運動公園でも、群生する木陰のもとで、野球部のかけ声や、バットの金属音、抜ける風、ランニングする人たちなどがいました。それが、妙に心地よいのです。

2つのフレームワーク

そういった、日陰における快適さを見るために、今回は2つのフレームワークを使います。

1つめは、パッシブデザインで有名な建築家オルゲーの生気候図(オルゲー 1963)です。縦軸に乾球「温度」、横軸に相対「湿度」をとり、快適範囲を簡易的に示す古典的なダイアグラムです。流れる風速や、周囲の表面温度にも快適さは影響されます。現代では『快適な温熱環境のメカニズム』など、より詳細な理論が求められますが、今回はあくまで導入としてこちらを使います。

2つめは、人類学などで使用されるアフェクト(情動)(西井・箭内 2020)です。端的に言えば、感情としてはっきりと言語化できない、その手前にある知覚反応のことを指します。鰻屋のいい匂いがするな、何かスースー感じるな、かき氷の暖簾が涼やかだな、など、五感で本能的に感じる、ささいなムードや気分の変化のことを指しています。

古典・基礎のオルゲーの生気候図(Olgyay 1963)
アフェクトゥス(情動): 生の外側に触れる(西井・箭内 2020)

そういった、定量的+定性的な枠組みで、日陰の快適さを捉えていこうと思います。

具体的なステップとツール

そして、具体的なステップとツールです。参加されるみなさんの居住地や生活形態がさまざまですので、なるべくどこでも実施できて、シンプルな工程を目指しています。

  • 最高と最悪の日陰を、参加者のみなさんが暮らす街でハントする
  • その日陰がなぜそうなっているか?その裏側にある背景を調べる
  • それらの記録をもとに、ループ図を使って可視化していく

ハントのツールは、スマホの天気アプリ(温度、湿度、風速など)を原則用い、任意で放射温度計、WBGT計、照度計などを購入することでより正確な数値が得られます。そして、それぞれの場所・時間、音や匂いなども含めてノートに記録していきます。

自分なりの最高と最悪の日陰が決まったら、その日陰がどのような社会・環境背景で成り立っているのかを調べます。それらのデータをもとに、簡易的にループ図を描いていきます。ここはAIを最大限活用し、図示化されたものに対して、個々で批評をつけ加えていくイメージです。

現在、プロセスに関しては、事務局側でシミュレーションしながら、目下設計中ですので、本番では少し変わるかもしれません。

最後に

と、ここまで書いてきて、近い事例がありました。サントリーさんが行われているGREEN DA・KA・RAブランドの活動「夏休みに親子で“いい日陰”ハンティング体験~」です。ここで示される暑さ指数の差や、いい日陰のキーワードはとても参考になります。

今年も全国で激しくなる真夏の熱中症対策。日本でも熱中症予防市場は前年比3パーセント増の743億円に達しています。ゆえに、日陰ハントのプラクティスは社会的にも大切な試みになるのではと考えています。

日陰ハンティング(サントリー×ウェザーマップ)
2027年初夏、富山県南砺市に誕生する「Play Earth Park Naturing Forest」

一方で、最後に改めて付け加えておきたいのは、暑さ対策という観点だけでなく、アフェクト(情動)がもたらす街の豊かさの観点も重要だということです。近代的・合理的から少し離れ、非効率なものや、土着的・日本的なものを受け入れる「やさしさ」のある暮らしとは何なのか。

今回、企画に協力いただいているゴールドウインさんが2027年夏予定で開業される次世代型ネイチャーパーク「Play Earth Park Naturing Forest」」のコンセプトのひとつ、七十二候に触れている文章をパンフレットから引用して、締めたいと思います。

七十二候とは、古代中国で生まれた暦で、一年をおよそ五日ごとに区切り、天候や動植物の変化を言葉で写し取ることで「季節の兆し」を表したものです。もともとは農事のための目安として編み出されましたが、日本に伝わると、風土と調和しながら独自の解釈が加わり、田園風景の中に溶け込む季節美を捉える世界観として変化しました。(中略)めぐる季節の中で「センス・オブ・ワンダー」を感じ、今日という日に、そしてこの瞬間に、自分は生きているのだと感じる営みであるともいえるでしょう。

Y/Our Climate(ユアクライメイト)のプログラム概要、及び、お申し込み方法はこちらのボタンからウェブサイトにて確認できます。「直接話を聞いてみたい」「あの疑問を解消したい」そんな方に向けた事前説明会も企画していますので、プログラムガイドも合わせてご覧ください。

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