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岩沢 エリ 2026.10.20

【連載】最近気づいていないことは何か?
#09|ルールは、未来をつくる道具になる

水先案内人:水野祐(法律家/弁護士)

ロフトワーク Culture Executive の岩沢エリが、各地で出会う実践者や現場から「社会の新しい兆し」を持ち帰り、これからの時代を読み解くヒントを探る連載「最近気づいていないことは何か? ー多元世界探訪記」。

第9回の水先案内人は、法律家・弁護士の水野祐さんです。2026年7月、水野さんは、組織づくりを研究・実践する安斎勇樹さんと『組織の成果を最大化する ルールのデザイン』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を出版しました。この本では、法律のような大きなルールだけではなく、会社の会議や評価制度、仕事の進め方、さらには一人ひとりが持っている「マイルール」までを扱っています。日々の行動を知らないうちに方向づけているものを、広く「ルール」として見ていくというものです。

【はじめに】水野祐さんと考える、組織と社会の「当たり前」の変え方 

岩沢がこの本を読みながら気になったのは、ルールが私たちに与えている力でした。変えたいと思っているのに、なぜか変わらない組織。誰が決めたのかわからないのに、守り続けている決まり。「会社だから仕方がない」「社会とはこういうものだ」と、いつの間にか前提になっていること。でも、それが誰かによってつくられたルールなら、つくり直すこともできるのではないでしょうか?

水野さんは、Creative Commons Japanの活動をはじめ、テクノロジー、クリエイティブ、まちづくり、サーキュラーエコノミーなど、既存の制度だけでは答えが出ない領域に長く関わってきました。ロフトワークともこれまで、都市やイノベーション、ルールデザインなどをめぐる議論を重ねています。今回は新刊を入口にしながら、組織のルールや、まだ生まれていない未来世代、そして、自然や素材の権利まで話が広がっていきました。

岩沢、水野の2ショット

ルールは、創造性を縛るものなのか? 

岩沢 今回、水野さんにお話を聞きたいと思ったきっかけは、『組織の成果を最大化する ルールのデザイン』を読んだことでした。この連載では、これまで都市や建築の仕組みや、「株式会社って、そもそも何なんだろう?」といった疑問など、自分たちが当たり前だと思っているものを、違う方向から見てみる、ということをしてきました。

そのなかで、実は「ルール」というものがかなり強い力を持っているんじゃないかと気になっていて。例えば会社の中でも、「こうであるべき」と明文化されているものもあれば、誰かの考えが積み重なって暗黙の了解になっているものもありますよね。気づかないうちに、そういった見えないものに、行動を決められていることがある。一方でロフトワークの生業は、「次の当たり前」の種を見つけ、一緒に育てていくとも言えます。その「当たり前」について考えると、ルールの力をもっと理解する必要があると感じたんです。

水野 なるほど。僕自身、ずっと企業法務の弁護士として仕事をしてきましたが、そもそもはクリエイターやクリエイティブ企業のサポートをしたくて弁護士になったんです。大学生の頃は、ちょうどブロードバンドが普及していく時期でした。当時、インターネットやIT企業を専門にする弁護士はほとんどいなかった。

その頃に、法学者のローレンス・レッシグが書いた『CODE』を読んだんです。インターネットと著作権、これから生まれるカルチャーの関係を考えた本で、「これからこの分野が面白くなるんだろうな」と思った。それで、司法試験が終わったらクリエイティブ・コモンズ*の活動に関わろうと決めていました。弁護士になりたいというより、やりたいことが先にあった感じです。

*クリエイティブ・コモンズ(Creative Commons):著作物を「すべて自由に使っていい/一切使ってはいけない」という二択ではなく、作者自身が条件を示して、ほかの人が利用しやすくするための仕組み。例えば「作者名を表示すれば使っていい」「同じ条件で公開するなら改変してもいい」といった選択肢を用意することで、著作権を放棄することなく、作品が共有され、次の創作に使われる余地をつくります。

岩沢 クリエイティブ・コモンズは、ルールの力をつくって、著作権を守りながらも創作の可能性を広げるという、次の「当たり前」をつくった事例ですよね。

水野 そうなんです。法律やルールって、基本的には嫌なものとして捉えられがちですよね。縛られるとか、できないことを決めるものだとか。もちろん僕もそう感じることはあります。

でも法律家として仕事のなかでずっとルールを扱っていると、この道具は有効だなとか、面白いなと思う瞬間がたくさんあるんです。ルールがひとつ変わることで、急にできることが増えたり、それまでとは違う景色が見えてきたりする。法律だけじゃなく、会社の前例でも、自治体や地域のルールでも同じです。それなのに、組織の中だけを見ると、どうもルールが固い。僕は2017年に『法のデザイン』という書籍を出版したのですが、いろんなところで「法やルールを創造的に使えるんじゃないか」という話をすると、会社員の方から「面白いですね。でも、うちの会社では無理です」と言われることが、これまで本当に多かったんですよ。『法のデザイン』という本では、そのような組織に関わる法律やルールについてはほとんど書けていなかったので、これは自分のなかでの宿題としてずっと残っていました。

水野が話している様子

岩沢 すごくわかります。本でも「統制のルール」と「創造のルール」に分けていましたよね。会社でルールが増えるときって、圧倒的に統制側が多い気がします。何か問題が起きたから、今後は禁止しようとか。組織が大きくなるほど、そのほうがロジックも通しやすい。

水野 もちろん、統制のルール自体はものすごく大事なもので、社会や組織が成り立つためには絶対に必要です。ただ、それだけだと、組織に意思決定の余白がなくなっていく。それが今の日本の組織の閉塞感につながっている。組織の中にもっと「創造のルール」という視点を入れることや、「統制のためのルール」を創造的に使うことに、もう少し光を当ててもいいんじゃないかと思っています。

ルールを前提にしない

岩沢 この本を読んでいて、最近始めた茶道のことを思い出したんです。お茶の世界には、びっくりするくらいルールがあります。柄杓ひとつとっても置き方が決まっているし、所作も細かい。私はまだ始めたばかりなので、ひとつずつ守るだけで精一杯。でも、極めている人ほどすごく軽やかに見えるんですよね。最終的には「楽しくお茶を飲めばいい」みたいなところに行きつく。それって、さっきの「統制のルール」と「創造のルール」のどっちなんだろう、と思っていて。

水野 面白いですね。統制のためのルールだと思っていたものが、実は創造のルールとしても機能することは、たくさんあると思うんです。制約があるからこそ、そのルールの解釈や扱い方に創造性が出ることがありますよね。だから、「自由にやっていいよ」というルールだけが創造のルールではない。

活躍しているビジネスパーソンやクリエイターを近くで見ていても、ルールの扱い方が軽やかな人は多いと思います。守るときは守る。でも、ルールを前提として扱わない。必要なら、「このルールって、何のためにあるんだっけ」と考える。新しいビジネスをつくるときも、今ある法律を全部固定された前提として見るのか、目的や社会の変化を見ながら「ここは変えられるかもしれない」と考えるのかでは、かなり違います。

岩沢 「ルールの破り方がうまい」という話もしていましたよね。

水野 そうですね。ただ、「どんどん破れ」ということではないですよ(笑)。例えば会社のルールって、その目的との関係で考えれば、破った瞬間にすべて終わるようなものばかりではないはずなんです。会社をスムーズに運営するとか、事故を防ぐとか、何らかの目的のためにつくられている。だったら、ある状況では「この目的を考えるなら、今回はこっちを優先したほうがいい」と判断することもあり得る。ルールそのものを見るのではなく、何のためにあるかを見る。その感覚は大事だと思います。

岩沢 だとすると、ルール自体がある意味、仮説なんですね。ここに行くために、とりあえず今はこうしてみよう、と仮に組んだもの。

水野 会社のルールの多くは仮説的につくられたものです。それなのに、一回できると前提になりやすい。誰がつくったのかわからない。何のためにつくったかもわからない。でも、ずっと守っている。そういうものは結構あります。だから本でも、ルールを定期的に見直すことを提案しています。ルールを見直すためのルールをつくる。そうすれば少なくとも、「これは何のためにあるんだっけ?」と考える時間はつくれる。

岩沢が書籍を開いて、気になったページにメモ書きをしている

岩沢 もうひとつ、本の中で気になったのが、「人間観のすり合わせ」という言葉でした。「ルール」と聞くと、みんなが合意できる共通項をつくるイメージがあります。でも、本当にその前提まで合意できているんだろうか、と。同じ「自由」という言葉でも、ポジティブに思う人もいれば、不安に思う人もいる。みんなそれぞれ、自分の価値観や経験からできたマイルールで生きていますよね。だったら、すり合わせるというより、まず「違っている」ということを確認することのほうが大事なのかなと思ったんです。

水野 それはありますね。「人間観のすり合わせ」というより、正確には「人間観の開示のし合い」なのかもしれない。「私はこういう人間です」ということを、ある程度お互いに見せる。全員が分かり合う必要はないんですよね。むしろ、「分かり合ってないね」と確認するところから始めることもある。ルールには、みんなを同じ型にはめてしまう暴力性もあります。一方で、ルールは違う人たちが一緒に何かをするための協力・協調の道具にもなる。僕は最近、その後者の側面をもっと考えたいと思っています。

岩沢 解釈がひとつに決まりすぎないというか。少し誤解できる余白があることも、創造性につながるんじゃないかと。

水野 まだ僕も考えている途中ですけどね。余白の多いルールとか、細かく全部を決めるのではなく、原則だけ共有するルールとか。そういうものは、複数の解釈を許しやすい。その意味では、多元的なルールという考え方もあり得ると思っています。

まだ存在しないものを、意思決定に参加させる

岩沢 ここまで、会社や個人に近いところのルールについて話してきました。もう少し考えたいのは、長い時間の話です。例えば、気候変動や地域の未来、私たちが長く使い続ける建築。社会には、数十年、数百年という時間で考え直さなくてはいけないテーマが増えています。けれど企業で働いていれば、今年の売上や予算があり、自治体にも任期や年度があります。「未来のことを考えよう」と言うだけでは、その時間の違いを埋めるのは難しい。

長期的に考えたほうがいいというのは、多くの人が総論では賛成しますが、実際には今年度の数字があったり、短期的な成果を求められたりする。長期思考に移るために、ルールでできることってあるんでしょうか?

岩沢が話している様子

水野 簡単ではないと思います。本でも紹介したイギリス・ウェールズで実際に施行されている法律「未来世代法」は、ひとつの面白い取り組みだと思っています。今生きている人だけではなく、将来世代のウェルビーイングも考えて意思決定する。それを「ちゃんと考えましょう」という呼びかけだけではなく、制度化してしまう。もちろん、みんながウェールズと同じことをやるべきという話ではありません。でも、こういうルールが局所的に発明され、試行されていることには目を配っておく必要があると思います。他だと、例えば、川や森林に権利を認めるという動きもあります。

岩沢 人ではなく、川に権利がある?!

水野 そうです。自然の権利は、Rights of Natureと呼ばれる考え方で、川や森林そのものを権利の主体として扱う法制度や裁判例が出てきています。資本主義の仕組みの中では、どうしても今ここにいる人間の利益が優先されやすい。そこに「川の権利」とか「森林の権利」という新しい概念を入れることで、それまで意思決定の中にいなかった存在を入れることができる。『人権を創造する』という本がありますが、普遍的な権利として考えられている人権ですら18世紀のフランス革命の時期に社会の中で発明され、使われてきた道具だと考えることもできます。だったら、奴隷や黒人、女性の権利の変化については歴史がありますし、僕たちが生きてきた時代でもLGBTQ+などに関する新しい権利が生まれてきたりしている。人権という概念ですらも比較的短い期間でダイナミックに変化しています。

岩沢 「川を大切にしよう」と言うのと、「川には権利がある」とするのでは、やっぱり違いますよね。前者は私たちが大事だと思えるかどうかに委ねられている。でも、権利があるとなると、こちら側が無視できなくなる。

水野 オランダの建築家、トーマス・ラウは「素材の権利」ということも言っています。素材にも、それ自体が大切にされ、将来にわたって使われていく権利がある、と考えてみる。彼は建物のことを「マテリアルバンク」とも呼んでいて、これは現在のEUのグリーンディールというサステナビリティに関する政策にも大きな影響を与えています。

建物って、人が住んだり使ったりする場所ですよね。でも、別の見方をすると、たくさんの素材を一時的に預かっている場所でもある。何の素材がどこに使われているかを記録して、解体するときに取り出しやすいようにつくっておけば、その素材をまた別の場所で使える。建物を壊したら全部廃棄するのではなく、素材が保管されている銀行のように捉えることができるわけです。銀行というメタファーには素材をそれだけ価値あるものとして大切に扱おうという意思も含まれているのだと思います。

岩沢 面白いですね。「この素材には権利がある」と決めてしまえば、自分自身が50年後、100年後といった未来を想像しきれなくても、その素材を粗末に扱わない選択をせざるを得なくなる。人の意識だけに頼らないんですね。

水野 そういうことはできると思います。例えば、商品の売上の1%を、その商品を支えている生産者や環境に還元する仕組みを契約の中に入れる。あるいは、公共工事の予算の何%かを文化に使うとか、地域の素材や職人を一定割合使うことも考えられます。一つずつを取り出すと、そんなに大げさな話ではないんですよ。「長期的に考えましょう」と言うと、すごく理想的な話に聞こえてしまう。でも、小さなルールとして考えれば、「これはできるかもしれない」というものはたくさんある。そういうルールに関する発明がいろんな場所で増えて、その使える部分を持ち寄る。僕自身は、それが未来世代や長期的な視点を社会に入れていく、一つのやり方なんじゃないかと思っています。

市場に任せるだけでは十分に機能していないところに、法やルールという道具を使う。これからは、そういうことに自分の時間を使っていきたいと思っています。

水野、岩沢が話している様子

あとがき:ルールは、いま存在しない世界の「仮説」になる

改めて、今回水野さんとお話をして感じたのは、「ルール」とは、ありたい世界を体現するインフラであり、道具であるということです。例えば、「自然を大切にしよう」と呼びかける。「100年後のことを考えよう」とビジョンを描く。それも大切ですが、それだけでは、目の前の経済合理性や時間の制約に負けてしまうこともある。

一方で、「この川には権利がある」「この素材は次に使われるまで預かっているものだ」と仮に決めてみると、私たちと対象との関係そのものが変わります。これまで意思決定の外側にいたものが、無視できない存在になる。ロフトワークでも、淀川流域の次の百年を構想する「Water Commons」や、役割を失いつつある空間を次代のインフラへと捉え直す「RED SPACE MUTATIONS」など、いまあるものを起点に、これからの社会のあり方を考えるプロジェクトが進んでいます。長期的な視点で、「残したい未来」や「実現したい未来」をともに考えるには、人の理想だけにとどまらず、場所や素材など、あえて物理的なものを題材に構想していく。そうすることで、権利やルールといった、未来をかたちにするための道具を活用しやすくなるのではないでしょうか。

また、水野さんと話していて、ルールは完成された正解ではなく、「ひとまず、こういう世界だと考えてみる」ための仮説にもできるのだと思いました。これまで受け継がれてきたルールを、ずっと守り続けるだけではない。一度、「これは何のためにあるんだろう」と止まってみる。必要なら、少し変えてみる。新しい関係をつくりたいなら、まだないルールを置いてみる。

そうやって世界の見え方を変える力を、私たちはいつの間にか、「決められたことを守るためのもの」としてしか捉えなくなっていたのかもしれません。では、自分たちがいま守っているルールは、何のためにあるのか。そして、まだ存在しない世界のために、どんなルールを仮置きできるのか。その問いは、組織の中にも、まちにも、身近な暮らしの中にもありそうです。

今回の対話の起点になった一冊

書影『組織の成果を最大化する ルールのデザイン』

『組織の成果を最大化する ルールのデザイン』
水野祐・安斎勇樹 著

組織の中にあるルールを、単に人を管理するためのものではなく、創造性を支える道具として捉え直す一冊。本書では、ミスや逸脱を防ぐための「統制のルール」と、新しい行動や試行錯誤を促す「創造のルール」という視点から、組織のルールを考えます。

会社の制度や決まりだけでなく、一人ひとりが持つ「マイルール」や暗黙の了解も射程に入れながら、「なぜこのルールがあるのか」「いまも必要なのか」「変えるとしたらどう変えるのか」を問い直していきます。今回のインタビューでは、この本を起点に、ルールと創造性の関係から、未来世代や自然、素材の権利まで話が広がりました。

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