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岩沢 エリ 2024.11.06

「企業がつくる公共」を体現する店舗とは?
「JINS PARK 前橋」が思い描く、事業と地域を結ぶ“場”のあり方

2024年6月6日、ロフトワーク・SHIBUYA QWS共催のイベント「変革のデザイン」が第2回目の開催を迎えました。

イベントの冒頭を飾ったKEYNOTEセッションでは、株式会社ジンズホールディングス代表取締役CEOの田中仁さんが登壇し、2013年より個人財団の活動として取り組まれている前橋市のまちづくりについて紹介。トーク終盤では、2021年に設立された同社の「地域共生事業部」の活動について触れたうえで、今後の「CSV(Creating Shared Value)」への挑戦について語りました。

事業成長と社会課題の解決の両立を目指すCSVの考え方は、「変革のデザイン」における重要なキーワードであると同時に、持続可能な社会への移行を実現するために、あらゆる企業が取り組むべき課題でもあります。

今回、JINSにおけるCSVの挑戦について深掘りするために、田中さんと地域共生事業部の事業部長を務める白石将さんにインタビューを実施。同事業部の活動についてうかがいながら、企業が社会課題の解決に取り組むために必要な視点について考えていきます。

話した人

右から
株式会社ジンズホールディングス 代表取締役CEO 田中 仁 さん
株式会社ジンズ 地域共生事業部 事業部長 白石 将 さん
株式会社ロフトワーク Culture Executive / マーケティングリーダー 岩沢 エリ 

「企業がつくる公共ってなんだろう」と考えた

-田中さんは2013年より、個人財団の活動としてご自身の地元である前橋市のまちづくりに取り組まれています。「地域共生事業部」の設立の背景には、これまでの活動の知見を、JINSの事業活動にも活かしていきたいという思いがあったのでしょうか?

 田中仁さん(以下、田中 ) そうですね。前橋のまちづくりはあくまで私の個人財団の活動として取り組んできたのですが、続けていくうちに世の中がどんどん変わってきたのを感じたんです。以前は起業家に求められることといえば、あくまで業績と株価を上げることでした。それが近年、SDGsやCSV(Creating Shared Value)といった言葉が広まり、社会課題の解決に取り組む企業が増えてきています。前橋に視察に来られた企業の方々からも、「企業として取り組まないのはもったいないのでは?」というお声をいただくようになり、確かにその通りだなと思うようになりました。

田中仁 株式会社ジンズホールディングス 代表取締役CEO

田中 地域共生事業部*を設立したのは、CSVの定義にあるように、企業がただ利益を上げるだけではなく、社会課題を解決しながらビジネスとしても成立させる可能性を追求するためでした。

*地域共生事業部…JINSが掲げるビジョン「Magnify Life(マグニファイ・ライフ)=人々の生活を拡大し、豊かにする」の実現と、持続可能な社会をつくる取り組みの一環として、2021年9月に設立。ノーマ事業室・飲食事業グループ・イベント運営グループの3つの課を設け、地域が抱える課題に民間企業として向き合い、共に成長していくための活動に取り組んでいます。

-これまでの前橋のまちづくりについては、JINS社内に共有されていたのでしょうか?

田中 最初の頃はほとんどしていなかったですね。

白石将さん(以下、白石) そうでしたね。僕らもメディアで報じられている情報を目にして、「なにか活動をされているな」ぐらいの認識だったんです(笑)。地域共生事業部の事業部長を担当することになり、今後の活動について田中さんとお話をするなかで、はじめて知ることもたくさんありました。その後、JINS社内の意識が変わったきっかけとしては、地域共生事業部の設立に先立ち、「JINS PARK 前橋」が象徴的な建物としてこの場所にできたことが大きかったと思います。

白石将 株式会社ジンズ 地域共生事業部 事業部長

田中 「JINS PARK 前橋」をつくるにあたっては、これまでの店舗とは異なる、親と子どものための空間をつくりたいと思ったんです。ここには入口と屋上に広場があるので、親御さんは気兼ねなく子どもたちを遊ばせておくことができます。

岩沢エリ(以下、岩沢) あたらしい店舗をつくるとなると、どうしても業績をあげることを基準に考えてしまうと思うのですが、そのテーマが浮かんだのはなぜでしょうか? やはり、これまでのまちづくりの活動を通して前橋の現状を知っていたからですか?

岩沢エリ 株式会社ロフトワーク Culture Executive / マーケティングリーダー

田中 前橋はJINS発祥の地でもあるため、ここに開くお店は新しいかたちに挑戦したいという思いがまずあったんです。しかも、他の地方店舗のようにロードサイドではなく、住宅街のなかにあるので、利益を重視するのではなく、コンセプチュアルな店舗にしたいなと。

「JINS PARK 前橋」の外観。店内にはアイウエアの販売スペースと、地域共生事業部の飲食事業グループが運営する「エブリパン」が併設されています。敷地内の広場は地域の方々が利用できるイベントスペースとして開放しており、イベント運営グループが実施をサポートしています。

「JINS PARK 前橋」店内の様子

店内に併設されているベーカリーカフェ「エブリパン」

田中 それに、まちづくりの活動を通して、親子が集まる場所には活気があることを感じていたんですね。親子がリラックスできる場所って、実はあまり多くないんです。あるとしたら公園ぐらいで、店舗がそういった場所になることはほとんどない。だから、この店舗でチャレンジしたいと思ったんですよ。建築や内装は、建築家の永山祐子さんに依頼したのですが、それもご自身がお子さんを育てられているからという理由が大きかったですね。

白石 「JINS PARK 前橋」をつくる際、田中さんとよく話していたのが、「企業がつくる公共ってなんだろう」ということでした。実際に店舗に立っていると、平日のお客様のほとんどがお母さんと子どもなので、落ち着いて過ごせる場所が求められているのは感じますね。

岩沢 「企業がつくる公共」、とてもいい表現ですね。それを実践するうえでは、店舗としての目標の掲げ方が変わってくるように思いますが、いかがですか?

白石 そうですね。店舗の立ち上げに携わっていた頃は、売上を求められるのがあたり前でしたし、僕自身、それに対してのストレス耐性はかなり強いんですが(笑)。売上だけを目標としない場合、どこに僕らのモチベーションを求めればいいんだろうということは、チームのメンバーともよく話し合ってきました。

 オープンから3年が経ったいま、メンバーにとっては前橋の街に顔見知りが増えていくことがモチベーションになっていると思います。実際、地域共生の活動を通じて、半年間でメンバー1人あたり300枚くらい名刺交換をしているんですよ。

岩沢 店舗にいるだけでその数はすごいですね。

白石 企業の活動としては、実際になにを達成したのかがわからないと不健全ではあると思うので、そういった名刺交換の回数や、見学に来られる方の人数、メディアに取り上げられた回数といった数値の話もしているんです。そんななか、徐々に思うようになったのは、「これって本来の意味でのパブリックリレーション(PR)なのでは?」ということでした。

従来の考え方だと、記事の掲載を目的にメディアとの関係性=リレーションを築き、企業活動について発信しながら社会とのつながりをつくることがPR活動でしたが、ここでは市民の方々とのリレーションが増えていくことで、結果的に地元での認知度が上がり、地域社会とのつながりが生まれています。

岩沢 とても興味深いです。地元とのつながりを実感されるのはどのような場面でしょうか?

白石 たとえば、なにかイベントを実施する際に、無料で地域の回覧板にチラシを入れてくれることがあって、それはこの活動を通して生まれた自治体との関係性があってこそだと思います。伝える相手が一人ひとりの個人なので、どのくらいの効果が出ているのかはまだわからないですが、情報を発信してくれるのは、かならずしもメディアだけじゃないということなんですね。地域でパブリックリレーションを実践することってこういうことなんじゃないかなと。

岩沢 先ほどの「企業がつくる公共」というお話と重なる部分があるように思いますね。これまでだと、たくさんの方に知ってもらうためには広告が効果的な手法として採用されていましたが、地域の場合、一人ひとりの市民とリレーションを築いていく、顔の見えるPRに変わっていくかもしれないですね。

白石 そうですね。名刺交換をたくさんしているのも、それが目的でもあるからなんです。最近は行政の方からもお声がかかるようになり、県主催のイベントをここで開催したり、我々が主催する子ども向けのイベントに、市や教育委員会が後援として入っていただける機会もありました。

商店街のような場所としての「JINS PARK 前橋」

白石 先日、8月に実施した子ども向けワークショップの参加者のお母さんから聞いたんですが、テレビでJINSのCMが流れた時に、「俺のJINSだ!」ってお子さんが言っていたらしいんですよ(笑)。

田中 それはすごいね。

岩沢 自分たちの場所、という感覚なんですね。

白石 それを聞いた時に、僕が子どもの頃、地域のお祭りを盛り上げようと頑張っていた、商店街のおじさんのことを思い出したんです。きっとあのおじさんたちは、お店の利益を上げるためというより、まずは地域を盛り上げるために頑張っていたわけですよね。それが結果的に、顔見知りになることで、おじさんのお店に行くきっかけになっている。「JINS PARK 前橋」が、市民の方々にとってそんな場所になってきているんじゃないかなと。

実際に、イベントの出展者や参加者が後日ここにメガネを買いに来てくれることも多くなりました。商品の売上が伸びてきているのは、そういったエモーショナルな理由なんじゃないかなという気がしています。

岩沢 これまではおもに売上が店舗の評価軸だったのが、「JINS PARK 前橋」の活動を通して別の軸ができたということですね。たしかに、先ほど取材前に店舗を拝見している時に、地元のおばあさまがスタッフの方と親しくお話をされているのが印象的でした。

白石 ああ、あの方は毎日病院に行く途中で立ち寄って下さっているんですよ。ちなみに向こうでいま勉強している学生さんたちも、毎日のように来てくれています。

岩沢 まさに商店街みたいですね。ものを買いに来るというより、コミュニケーションをしに来ている感覚というか。

田中 売上ももちろん大事なんですが、ここではより長期的な価値を生み出していきたいと思っているんです。そしてこのスキームを全国に広げ、「JINS PARK」の名前を冠した拠点を各主要都市に出店していきたい。とはいえ、そう簡単にはできないことなので、いまはまだ模索している段階です。

多くの企業は、基本的に収益機会にしか投資しませんが、もしその分を地域の課題解決に投資をしたらどんな効果が生まれるんだろうと、そう思いながら活動しているのが地域共生事業部なんです。答えが見えないことをやっている。大企業の方が視察に来られるのはそういった理由からだと思います。

白石 答えが見えないことに投資するのは、普通は企業にとっておそろしいことですからね。視察に来られた方には、「この店舗ではなにをもって成功としているんですか?」とよく聞かれるんですが、いつも「うーん……」と答えに困ってしまいます(笑)。でも、そんな挑戦を会社で経験させてもらえているのはすごいことだなと思いますね。

「市民が手がけるイベント」が増えることで、まちに活力が生まれる

岩沢 答えがないこととはいえ、そこに可能性を感じられているということですか?

田中 おそらく、間違ってはいないんだろうなとは感じています。うまく言語化できないんですが、空気感のようなものですかね。

岩沢 それは何なんでしょうね。この場所に来た時に、確かにほかにはない空気を感じたんです。おそらく、いろんな企業がこの空気感をかたちにすること、そして言語化することに苦労されていると思うのですが、これまでの活動を通してどのような達成があったと思いますか?

白石 これはJINSにとって利益になるのかはまだわからないのですが、ここのイベントで知り合った方同士が、別の場所で一緒にイベントを開いたり、後日またここでイベントを実施したりするようなことが起こっています。僕自身の実感としても、前橋に来たばかりの頃は、土日に行ける場所といえばショッピングモールぐらいしかないな……と思っていたんですが、徐々にまちの中でイベントをやる人が増えてきていますし、まちに活気が生まれているように感じます。

 前橋には、なにかやりたいと思っているのに一歩踏み出せない人が多く、僕らはそういった方々をどうすれば後押しできるかを考えているんです。東京ほどイベントに慣れた方も多くないので、運営面で気になるところはサポートさせてもらい、イベントとしての見せ方や参加者の巻き込み方を提案するようにしています。

それに、たとえば近いテーマのイベントを考えている方が複数いた場合は、一緒に実施してみるのはどうかと、こちらからアイデアを提案してみたりすることもありますね。力を合わせることで化学反応が起きて、なにかあたらしいことが生まれると思うので。

岩沢 イベントのコーディネーターのような役割も果たしているんですね。

白石 はじめてのイベントで誰もお客さんが来なかったら、それはもうトラウマになりますよね(笑)。僕らとしてはぜひみなさんにイベントを続けてほしいので、どうすればクオリティを上げることができるかを一緒に考えています。

 -どのようなイベントが開催されることが多いですか?

白石 ちょうどいまは群馬の山の魅力を伝えるポスターの展示をしていますが、先日は自閉スペクトラム症のお子さんのアート作品の展示を実施しました。ほかにも、マルシェや朝ヨガのイベントがあったり、外国のお子さん向けのワークショップや絵本の読み聞かせのイベントがあったり。

オープンしてから1、2年目は自社企画でイベントを実施していましたが、3年目から公募をはじめたので、どれも僕らの企画ではなく、市民の方からご相談いただいて実現したものでした。イベントをきっかけにまた違う客層が生まれているのがおもしろいですね。

取材当日は、群馬の山の魅力を発信する「在る森のはなし」のポスターが展示されていました。

岩沢 相談が増えるようになったきっかけはなにかあったのでしょうか?

白石 公式に公募をはじめる前に、地域の子ども会の方から「いつもここでイベントをやっていますよね?」と電話がかかってきて、子ども会のイベントで映画の上映会をしたんですね。近所の写真屋さんが音響機材を貸してくれたことで実現したイベントで、「子どもたちのためだったら、喜んで貸すよ」と言ってくださって。 この階段にシートとクッションを置いて、2日間で100人の子どもが集まるイベントになりました。

それ以来、公募の枠を用意したところ、たくさんの相談をいただき、あっという間に半年間で40以上のイベントが開催されるまでになりました。ちなみに、今年の土日の予定はすべて埋まっています。おそらく、群馬県内でいちばんイベントをやっている気がしますね(笑)。

岩沢 すごい! もはや人気のイベント施設ですね。通常の店舗は、メガネを買うという目的がないと訪れない場所だったと思うので、まったく違うことが起きていますね。

白石 そうですね。「JINS PARK 前橋」は、なにも考えずに半日潰せるような場所であろうと考えているんです。親御さんにとって、子どもと過ごす休日の計画を立てることは大変なので、いつもなにかイベントをやっていて、子どもと一緒に半日が過ごせる場所は、きっと地域の人たちからも重宝されているんだと思います。

企画・執筆・編集:堀合 俊博
編集:後閑 裕太朗(Loftwork.com編集部)
撮影:葛西 亜里沙

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