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2023.01.12

トランジションデザインとは何か? 理論と実践から紐解く
後編:米国メガバンクが挑戦する未来志向の組織づくり

世界のビジネスの潮流として持続可能な社会を実現するためのイノベーションが求められているなか、日本の産業もこの大きな変化に対応していく必要があります。

企業が持続可能かつ、社会にとって価値ある事業を創出するための新たな視点を得るために、ロフトワークは次世代のデザインアプローチとして注目されている「トランジションデザイン」について理解を深めるイベント「社会変革を促す“トランジション・デザイン”とは? 海外の先進企業が注目する、次世代デザインアプローチの最前線に迫る」を開催しました。

トランジションデザインは、21世紀の社会が直面する気候変動、資源枯渇、パンデミックなどの地球規模かつ複雑性の高い社会課題に対処するためのデザインアプローチです。現在が「過渡期」であるという前提のもと、長期的な「望ましい未来」を思い描き、ボトムアップ形式で、領域を超えたさまざまな活動を実施・集結させることで、持続可能な社会やシステムへの「移行(トランジション)」の道のりをデザインします。

産業の未来、ひいては私たちが生きる社会の未来を考える上で、企業はトランジションデザインのアプローチをいかに活用し、価値創造できるのか。その意義と具体的な実践方法に迫るイベントの内容を、前後編に渡ってお伝えします。後編となる本記事では、経済産業省が提唱する「創造性人材」の文脈から捉える人材像と、実際に組織内でトランジションデザインのアプローチを活用している実践者のプレゼンの内容をお届けします。

 執筆:岩崎 諒子 (loftwork.com編集部)
編集:後閑 裕太朗 (loftwork.com編集部)

「創造性人材」とこれからの価値創造

本イベントは、経済産業省令和4年度「大企業等人材による新規事業創造促進事業(創造性リカレント教育を通じた新規事業創造促進事業)」の一環として実施する人材教育プログラム「Transition Leaders Program(以下、TLP)」に関連して開催されました。

政府が定める「成長戦略実行計画」では、第4次産業革命がコスト競争から付加価値の獲得競争へと構造の変化をもたらす中で、アートやデザインなどの「創造性」を備えた社会人を育成することが重要であるとしています。これを踏まえ、経済産業省は、創造性リカレント教育の支援を通じた新規事業創出の促進に取り組んでいます。

こうして「創造性人材」の育成を通じ、日本企業から付加価値の高い事業やサービスが生まれる流れをつくりだすことを目指しています。企業内でトランジションデザインを実践する人材を育成するプログラム、TLPはその取り組みのひとつです。

また、経済産業省は、同様の課題意識からクリエイティブの領域とビジネスの領域を越境し、「デザイン経営」を推進する「高度デザイン人材」の育成を提唱しており、人材育成の指針として「高度デザイン人材育成ガイドライン」を公表しています。

このガイドラインでは、最も未来志向な人材の類型として「ビジョンデザイナー」を示し、この人材に必要な素養として、「社会の動きやテクノロジーのトレンドから憶測される未来像を創造して提示すること」、「今現在の世の中の価値観や信念に捉われず、社会を巻き込みながらオルタナティブなアプローチによって価値を創造すること」などを挙げています。

TLPにおいて育成をめざす「トランジションデザイン」を実践する人材は、まさにこの「ビジョンデザイナー」に近いものと言えるでしょう。

では、組織の中でトランジションデザイン(ビジョンデザイン)を実践する人材はどのような仕事をしているのでしょうか? その具体的な事例を、アメリカのメガバンク、JPモルガン・チェース銀行で「デザイン・フューチャリスト」として活動している岩渕正樹さんが紹介しました。

岩渕 正樹

Author岩渕 正樹(デザイン・フューチャリスト)

米ニューヨーク在住のトランジションデザイナー。米JPモルガン・チェース銀行デザインフューチャリスト、東北大学客員准教授として、独自の未来洞察手法「Social Dreaming through Design」の展開による新規事業創出・人材育成に従事。東京大学工学部、同大学院学際情報学府修了後、IBM Designでの社会人経験を経て、2018年より渡米、パーソンズ美術大学修了。近年の受賞に米Core77デザインアワード2020など。カナダBeacon for Sustainable Living主催 Good Living 2050国際ビジョンコンテスト審査員。

外部環境を多層的に捉えながら、デザインを通じて未来を可視化する

JPモルガン・チェース銀行 岩渕さん 私は、現在アメリカのJPモルガンチェース銀行というメガバンクで、“デザイン・フューチャリスト”として働いています。アメリカでもまだあまり馴染みがない新しい職業ですが、私の理解ではデザインのアプローチから、“Envision future”、つまり「未来を思い描く」役割だと考えています。

シンプルに言えば、「銀行の未来がどうなるのか」を予測する仕事ですが、これは銀行単体のことを考えるだけでは到達できません。

ひとつには、テクノロジーの未来も関連づけながら考える必要があります。例えばメタバースに銀行を作ることはあり得るのか。あるいは、ブロックチェーンやトークンのような新しい技術は銀行にどんな影響を与えるのか、などです。

また、テクノロジーのみならず、社会の変化が「稼ぐ」や「財を蓄える」という行為に対して、どのような変化をもたらすのかも見ていきます。例えば、シェアリングエコノミーが人々の行動やコミュニケーションにどう関わっていくのか。あるいは、気候変動や環境そのものの変化はどうか。こうして生まれる人々の新しいニーズに対して、銀行はどう応えるべきかを考えます。

あるいは、アメリカという国も変わっていきます。トランプからバイデンへ政権が変わったように、アメリカは根本的なポリティカル・チェンジが起こる国であり、ロー対ウェイド判決が50年ぶりに覆されたように、法律が大きく変わると人々のお金に対する意識や行動様式そのものが変わっていく可能性があるのです。

デザイン・フューチャリストは、経済・テクノロジー・国家・環境・通貨・人々の行動など、銀行の未来に複雑に関わる要素に目を向けながら、銀行の未来を想像し、可視化していくといいます。

こうして多元的・多層的に外部環境を捉えながら、デザインを通じて学際的に未来を描いていくのが私たちデザイン・フューチャリストの仕事です。そして、「デザイン」である以上、どんどんモノを作りながら実践していくことが重要です。シンクタンクのように統計データを読み解いていくだけではなく、ときに妄想・想像も交えながら、未来の世界がどうなるのかを可視化していきます。

どれくらい先の未来を考えるかによって、制作する「モノ」は異なります。2、3年先の近い未来であれば、アプリのUIやUXというアウトプットを使って、既存のサービスがどう変わっていくのかを見せていくのが適切かもしれません。

一方、「アプリやUXの概念が過去のものとなった未来」「iPhoneが使われなくなった未来」というような数十年先の未来であれば、創造や妄想をベースに、ラフな紙製のプロトタイプを使って未来の生活を表現することもあります。あるいは、映像を使うこともひとつの手段となるでしょう。

岩渕さんが制作した、映像作品によるプロトタイプ
(岩渕正樹, 日本のひとびと[2050-現代], Core77デザインアワード2020)

組織で、いかに未来を描き共有していくのか

デザイン・フューチャリストの仕事で最も大切なのは、「ここではなく、今ではない」世界を考え続けることです。さらに、それをチェース銀行という組織の内部で続けることだと言えます。

かつては私も、コンサルタントとして短期的に企業と関わり、アウトプットを納品して終了という仕事も経験しました。今はそうではなく、企業内のデザイン・フューチャリストとして、組織の内側から社内の人々に向けて「未来ではこういう世界になっているかもしれない」という具体的なイメージを伝え続けています。

ひとつの試みとして、会議室のいち区画を「Living room of the future」と名づけ、未来の生活のワンシーンを切り取ったプロトタイプをミュージアムのように展示し、変化のイメージを示すという社内向けの活動をコンスタントに行っています。例えば、平均気温が上がった世界や昆虫食が常食になった世界など、さまざまな世界観を提示しながら、人々がどういうライフスタイルで、どんな道具を使っているのかを可視化しています。そうすることで、自分だけでなく、社内の人々を巻き込みながら一緒に未来を考えていきます。

トランジションデザインは、まだ明確な手法が確立されていません。未来に向けた議論を人々のなかで発散させていくにはどうすればいいのか、さまざまなデザイン理論を活用しながら、私自身も今まさに試行しているところです。

複数のデザインの諸理論を駆使しながら、自分の組織が未来を志向するために必要な取り組みをいかに設計するか。これこそ、トランジションデザイナーや、高度デザイン人材としてのビジョンデザイナーの職能や創造性が発揮される機会と言えるのではないでしょうか。

岩渕さんが「デザインフューチャリスト」として活用しているデザイン理論の例。トランジションデザインに加え「(戦略的)未来洞察」「スぺキュラティブデザイン」、ユネスコなどが提唱する「フューチャーズリテラシー」など、さまざまなデザイン理論を組み合わせながら、組織に適した形で応用している。

ビジョンデザインは、トップダウンではなく一人ひとりが持つ時代へ

一方で、トランジションデザイナー、あるいはビジョンデザイナーが自身の職能を巨大組織で発揮するのは、とても挑戦的なことです。デザイナーが提示するものは必ずしも正解があるものではないですし、一人で奮闘したところで、なかなか成果が出るものでもありません。

重要なのは、組織の中にクリエイティブな人々を増やしていくことです。その組織に100人の人がいたら、100通りの未来を描けます。デザイン・フューチャリストは自身がビジョンを描くだけでなく、ワークショップやファシリテーションなどを通じて、組織内の人々の行動をより未来志向に変えていくという職能も求められます。自身と同じように、ビジョンを描ける人材を増やしていくことが必要なのです。

ビジョンデザインに関して、多くの人は「強いリーダーがトップダウンで大きなビジョンを掲げるものだ」と思い込んでいますが、それは誤解です。ビジョンとは常にピボットし、描き続けるものです。

さらにいうと、ビジョンはきれいに整えられたひとつの文言である必要はなく、組織のメンバー一人ひとりが持っていて良いものです。各個人が未来を考えるためのタネを宿している、ということを理解しましょう。

エツィオ・マンズィーニは、著書『日々の政治』の中で「君のいる場所から世界を変えろ」と述べています。銀行で言えば、都市で最先端のテクノロジーを活かしたビジョンを描いているバンカーもいれば、ローカルな町でどうやって地域を活性化するかを考えているバンカーもいるのです。一人ひとりがビジョンを描き、スモールアクションを通じてどうやって世界を変えていけるかを考える。このようにビジョンと向き合う組織文化をつくることが大切ではないでしょうか。

デザイン・フューチャリストの本質は、大きくラディカルな変化をトップダウンで進めていくことや現在の事業を捨てさせることではなく、現在の企業活動がどこに向かうべきかという北極星を作っていくことです。言い換えれば、私たちはデザイン・トランスフォーメーションをした先に、どういう世界を作りたいのか。未来を可視化していくことによって、現在取り組んでいる変革の意義を社員全員が理解できるよう促す。そうすると、持続可能性との大きなつながりも見えてくるはずです。

“Elegance”から“Patience”へ。綺麗なキャッチコピーをつくることじゃなく、ものすごく泥臭く、一つ一つの活動を小さくでも続けていくことが重要です。ビジョンを描くことは明日すぐに利益を生み出すこと(Profitable)ではないかもしれませんが、意味のある(Meaningful)活動を通じて、意味のある未来を作っている仕事なのだと思います。

岩渕さんが、ビジョンデザインの実践の中で大切にしているキーワード。

社会変革を促す“トランジションデザイン”を用い、未来構想力と事業構想力を習得するプログラム「Transition Leaders Program」

「Transition Leaders Program」では、全8回の多彩な講師陣による講義とワークを通じ、最新のデザインアプローチである“トランジションデザイン(Transition Design)”を用いて、社会と企業の共生のビジョンを描く「未来構想力」と、生活者起点で事業をつくる「事業構想力」を習得します。参加者が、学んだアプローチを自社で実践することで、社会に変革を起こす新たな事業を生み出すことを支援します。

本プログラムは、経済産業省令和4年度「大企業等人材による新規事業創造促進事業(創造性リカレント教育を通じた新規事業創造促進事業)」の一環として実施します。

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