デザイン経営 STUDY TOUR
里山の自然に学び、100年の事業を見据える
たねやが「ラ コリーナ近江八幡」に込めた決意
自然・地域とともに生きる経営、実践の地へ
企業の経営を担うキーマンとともにデザイン経営の実践企業を訪れ、デザイン経営の「生」を現場から学ぶ「デザイン経営 STUDY TOUR」。これまで、組織づくりや価値創出にデザインのアプローチを取り入れながら、変化の時代をしなやかに生き抜く企業とその経営者たちから、デザイン経営の実践を学んできました。
最終回に私たちが向かったのは、1872年(明治5年)創業の老舗菓子メーカー、たねやグループが運営する「ラ コリーナ近江八幡」(以下、ラ コリーナ)です。本記事では、2023年9月にラ コリーナで実施したツアーの様子と、ツアー内で行われた、たねやグループCEO 山本昌仁さんによる講演をお伝えします。
執筆:中嶋 希実
企画:横山 暁子, 加藤 修平,大石 果林, 山田 憲/株式会社ロフトワーク
企画・編集:岩崎 諒子/Loftwork.com 編集部
写真:山元 裕人
里山の自然と田畑に包まれる体験
年間300万人もの人々が訪れるラ コリーナは、サステナビリティを重要視した菓子の製造・販売事業を展開するたねやグループにおいて、その理念を体現するフラッグシップ店です。
“自然に学ぶ” というコンセプトを掲げており、広大な敷地には店舗や工場のみならず、田んぼや畑、小川などもあります。建築家・建築史家 藤森照信さんが設計を手がけた象徴的なメインショップの建物は、八幡山をはじめとした周囲の自然環境と一体化し、現代に新たな里山の風景を生み出しています。
全国の店舗に近江八幡の四季を届ける
今回見学した「キャンディーファーム」は、ラ コリーナのコンセプトである“自然に学ぶ”の姿勢を感じる施設のひとつです。ここでは、地元の山野草を約3万株、500種類も育てています。
キャンディーファームから週1回、全国のデパートなどにあるたねやの店舗に山野草の寄せ植えが出荷され、お店を訪れるお客さまに近江八幡の四季を感じながらお菓子を選んでもらう体験を提供しています。寄せ植えは、1週間経つと再びキャンディーファームに戻され、また次の見頃を迎えるまで栽培されます。
おいしさと信頼を証明する、ガラス張りの工房
2023年1月にオープンした「バームファクトリー」では、バームクーヘンの生地づくりから焼成、包装まで、菓子づくりの全工程を見学しました。
文字通り「透明性の高い」製造工程を見ることで、職人の手仕事と機械化の組み合わせによって、美味しいだけでなく清潔で安全なバームクーヘンができていることを実感できます。同店舗内のショップでは焼きたてのバームクーヘンを購入できるほか、カフェも併設されています。
施設の見学を終え、ツアー一行はたねやグループの本社へ。いよいよ、たねやグループCEOの山本昌仁さんによるキーノートスピーチです。
ラ コリーナが生まれた経緯から、たねやがパーパスを軸に置いた経営をいかに実践してきたのか。そして、いち経営者として未来にかける想いとは。以下、山本さんによる講演全文をお届けします。
原風景の丘を取り戻す
たねやグループCEO 山本昌仁さん たねやの山本でございます。どうぞよろしくお願いいたします。この田舎までお越しいただいて、本当にありがとうございます。
みなさん、ここに来るまで非常に不便やったと思います。不便というのは、隣に京都がありまして、名古屋や大阪に近いということで、この近江八幡という場所は時間が止まっているような時期が長かったというところがございます。私自身は仕事で県外にいることが多いんですが、いろいろな地域に行くことで、私には近江八幡の悪いところがよく見えるようになりました。このまちが好きだからこそ、なんとか良くしていきたい。そういう強い想いでオープンしたのが、このラ コリーナ近江八幡です。
ここは元々、先代の父が買っていた土地なんですね。八幡山につながる水郷地帯で、近江八幡のなかではパワースポットとされている場所です。当時は厚生年金福祉施設を誘致して、ホテルであったり、プール、テニスコートなどさまざまな用途で使われていました。しかし、ほかの地域でも同じようなお話を聞きますが、運営が続かなくなってきた。甲子園球場3つ分ほどの広さがありますが、私たちが引き継いだときには、この広い施設を30名ほどのスタッフで運営していました。限られた人数で施設を維持するために除草剤もまかれていて、土はカラカラな状態で。これは良くなり得るんだろうか、という状況でした。
私自身が生まれ育った近江八幡で、将来も山本家がたねやを引き継いでいくためにどうしたらいいのか。私の代で成果を出すのではなく、私が点となって、100年後、200年後に花開く。そんな店舗をつくっていきたいという想いがあります。お菓子屋が持つには広すぎる土地をどうしましょうというなかで、近江八幡、あるいはたねやが、この地域で生きていくために必要なことをずっと考えてきました。
ラ コリーナという名前をつけてくださったのは、イタリアの建築家、ミケーレ・デ・ルッキさんです。照明などのプロダクトデザインもされていて、ミラノの事務所もなんともいえない味があるようなところなんですね。建築の監修に入っていただくのに、この場所にも何度も足を運んでいただきました。まだなにもない状態のときに、2人で風景を眺めながら座って話していて。「ここはラ コリーナ、イタリア語の『丘』だね」と言っていただいたのが、ズンっと来まして。もともとは緩やかな丘があったんですが、そこを平らにして使っていたんです。もう一度、その原風景を取り戻す。緩やかな丘のある場所にしたいというところで、名前を決定いたしました。
多様な出会いの末にたどり着いたパーパス
近江八幡といえば、白壁に八幡瓦の街並みが有名です。しかし、耐震の問題もあり、今は八幡瓦をつくっていらっしゃるところがありません。私たちは、そういうかつてあったもののリバイバルを目指すのではなく、これからラ コリーナが10年、20年、もしかしたら100年続いていく場所になるかもしれないという視座で、後から振り返ってみたときに、「ここから近江八幡がちょっとまた違う雰囲気に変わりよったな」とみなさんに言っていただきたい。そのための新しいテーマが必要じゃないかと考えて、国内外のさまざまな方に会いにいきました。そうして、テーマを「自然に学ぶ」にしようと決めるまでに、3年を要しました。
アメリカのモンタナ州にいらっしゃるバッファローの研究者の方ともお会いしました。そのときに、自然公園のなかにいるバッファローに会いに連れて行ってもらったんですね。私は目の前にバッファローがいることにただ驚いていたんですが、その方はバッファローの糞を見るんです。そこから、どんな生き物を食べているのか、どういう生活をしているのかっていうことを、1時間喋りはるんです。衝撃でしたね。
ある塗装業界の大手企業さんは、カタツムリの渦巻きが雨が降るときれいになるのを見て、雨が降ったら壁がきれいに洗い流せる塗料を開発されたそうです。人間界では高圧洗浄機を使って、洗剤をふんだんに使って汚れたものをきれいにしますが、カタツムリはなんのエネルギーもかけずにきれいになるんですね。私たち人間は、自然界で当たり前のように行われていることをもっと受け止めて、世の中の一員であるということを忘れてはならない。
今でこそ、世の中で紙袋やビニール袋を減らそうか、ストローの素材はどうだとか、いろいろなことが日々言われています。私どもも、以前は「装う、包む」ということを大事にしていました。けれど、そこから方向転換すべきタイミングだったんですね。美味しいものを素直に美味しいと言っていただけるのか、見ただけで美味しいと感じていただける商品になっているのか。
そういう意味で、みかんというのは最高のデザインだと私は思っています。みかんは、見た目だけで、そのみかんの中身の美味しさを知ることができます。たとえば、青ければまだ食べるのが早い、青カビがついたり腐ったりして食べ頃ではないとわかる。さらに、皮を捨てると土に還る。そんなふうに、自然から学べることがたくさんあります。
今までは、人間が自然を利用してきた時代。これはこれで、私たちは幸せに暮らすことができた。先達が今日までやってきてくれはったことには感謝しています。しかし次の世代、その次の世代を考えたとき、本当にそれでいいのか。たとえば地球の温暖化は、人間がしてきたことのツケが回ってきているということを理解しなければなりません。自然を利用するのではなくて、自然を称賛するのです。
人間だけのエゴでこの近江八幡を良くするということではなくて、もっともっといろいろな生き物がいるなかでの私たちだということを理解しながら物事を進めなければならない。そこに立ち返り、「自然に学ぶ」ということをひとつずつ叶えていこうというのが、このラ コリーナという場所が目指していることです。
自然を尊びながら、社会変化のスピードにも対応する
今年(2023年)、ラ コリーナの来場者は400万人くらいになるだろうと見込んでいます。コロナ禍だった昨年は200万人ほどでしたが、いろいろな種まきをしていたことが、少しずつ花開いてきているのかなと考えております。2025年には大津市に新しく、「ラーゴ 大津」をオープン予定です。ここでは東京や大阪の港とはまた違う、琵琶湖のほとりという環境のあり方をお伝えしたいと考えています。なにより大津には比叡山がございまして、そこで生き抜いてきた生き物たちがいたはずなんです。今は昆虫もいませんが、やっぱり呼び戻したい。水をテーマにできることはなんなのか、日々計画を練っております。
お菓子をつくるためには、すごく熱源を使います。それをクリアしなければ、ただただ迷惑をかけるだけの企業になってしまう。私たちは社会に必要とされる企業、社会に必要とされる人を目指すために商いをしていますので、活動が迷惑となってはだめなんです。すべてのお店がカーボンニュートラルになっているかと聞かれれば、いろいろな問題が山積している状況ではありますが、できることから始めていこうと。さまざまな方とコラボレーションさせてもらったり、大学と組んで教えていただきながら設計を進めているところです。
話をラ コリーナに戻しますと、コロナ禍がはじまった2020年は約1ヶ月間、店舗を閉めました。それまで300万人を超える方に来ていただいていましたから、寂しいものです。私も、一分一秒を争うスケジュールを入れて仕事をするのが好きでしたが、予定がゼロになり、改めて考え直すことがたくさんありました。ラ コリーナは普段から人が行き来していて、ここに生き物なんてほんまにいるのかと思いますけれど、この休業の間にいろいろな生き物が戻ってきました。そういう状況を見て、私たちは「自然に学ぶ」と言いつつも、できていないことが多かったのだと思い知りました。この商売の機微なところに、もっと向き合っていかなければならないと分かったんです。
もしみなさんに3ヶ月後に来ていただけたら、芝の色が変わっていますし、冬になったら雪が降ります。でも、自然はお客さんのためにそうしているわけではなく、脈々と生きていくために、みどりを生やし枝を生やしている。10年後、20年後、30年後にはまた違う表情を見せてくれると思います。一方で商売としては、やっぱりお客さまに来てもらわないと、このお菓子を食べてもらわないと成り立ちません。自然の尊さを鑑みながらも、人間界の変化にも対応できるスピード感覚を持ちながら行動をしなければいけないのだと考えています。
素材の価値を届けて、生産者に還元する
たねやは各地のデパートに出店していますが、京都や大阪にもラ コリーナのような場所を出さないのかと言っていただくことがあります。一方で、便利な東京や大阪と同じことをしても絶対に負けてしまう。この近江八幡でしかできないことをやっていきたいと常々考えています。やっぱり近江っていい場所なんですよね。開発されなかったからこその自然があったり、ずっと使われてきた古民家が残っていたりするんです。
私たちのお菓子は、滋賀県内の他のお菓子と比べるとめちゃくちゃ高いと思います。この辺りで栗饅頭といえば100円ほど。私どものは倍近い195円です。それでも食べていただけているというのは、ただ高いだけでなく、農家の方、生産者から食べる方に届くまでのストーリーがしっかりしているからこそ、ということかなと思っています。
一時期、もう少し利益を出そうと考えたこともありました。けれど、それではだめなんですね。もちろん安くつくれるというのは大事なことで、むやみやたらに金額を上げたいということではございません。ただ、米粒一つ、小豆一粒をつくるにしても農家の方々がどれだけの苦労をされているのか、一生懸命つくっていらっしゃるのかということに対して、できる限り還元していけるような商いを進めていかなければならないと考えております。みんなが幸せに暮らせる社会をつくっていくためにも、農家の方々のストーリーをしっかりと伝えていく必要があります。
私も日本全国から海外も含む、いろんな農家の方々とお話をする機会をつくるようにしています。昨年は小豆の収穫時期、10月に帯広に行きました。「とうもろこしが食べたい」とわがままを言ったところ、朝、とうもろこし畑に来てくださいと言われたんです。行ってみると、畑の真ん中を円に刈り取って、目の前で収穫したとうもろこしを茹でていただきました。それがむちゃくちゃうまいんですよ。バターや醤油もいらない、本来のとうもろこしの味。収穫したものをすぐ茹でるんですから、美味しいに決まってます。お金では買えない、本当に素晴らしい経験でした。
最近は栗の時期になりまして、私たちのスタッフも一緒に収穫させていただきながら、栗農家の方々にいろいろなお話を聞かせてもらいます。そのなかで大事なのが、農家の方が苦労していること。そんなことがあるのかという苦労話を聞くのが、お菓子のセールスポイントになると思っているんです。そういうストーリーを、いかにラ コリーナに持ってきて伝えるのか、あるいはデパートのお店に持って行けるのか。それが私たちが適切な金額でお菓子を購入いただくために、また農家の方々に還元していくために、とても大切なことだと考えています。
変えるべきこと、変えてはならないこと
ラ コリーナの敷地のなかには、田んぼと畑が広がっています。農園では元々よもぎを収穫していましたが、オーガニックを基本に、いろいろな野菜を順番に増やしてきました。田んぼもはじめは自分たちだけでやっていたのですが、全国から参加したいという企業の方々が集まってくださって、今は一緒にやっています。今年からは東京農業大学などの先生方にもご協力いただき、ナノバブルで田んぼの土を浄化させていくという実証実験を始めました。
最近滋賀県内を車で走っていると、田んぼがどんどん荒れ地になっていったり、看板が立てられたり、あるいはソーラーパネルをよく見るようになりました。ソーラーパネルは大事やと思うんですが、自然破壊してまでやる必要があるのかと思っています。残さなければいけないものは残す、変えなくてはいけないものはどんどん変えていく。この分別がないと、経営者、商売人としては失格なんじゃないかと思うんですね。
変えてはならない幹の部分、「これが私たちです」と言える経営理念であったり、社是社訓、代々守ってきたものは大切にする。そのなかで、時代時代の当主がピンクの花を咲かせてみたり、赤い花にしてみたり、枝ぶりは当主の考え方でどんどん変えていくべきものだと思っています。
家族でやっているお菓子屋さんの多くは、父親がつくったものを母親が店に出すときに「じゃあこれ、100円にするか」というような感覚で値段が決まっていきます。それが今のように2千人規模の組織になってくると、衛生管理や包装資材の選定、商品を決めることにいろいろな時間を要することになる。ラ コリーナを経験してから、私たちは今一度、家族でやっていた頃のようなスピード感で物事を進めていかなければならないのではないかと感じています。
栗饅頭も初代がつくっていた明治5年には、栗がほとんど入っておらず、砂糖菓子のような甘さでしたが、今は栗を山ほど使って砂糖を減らしています。人間の舌が変わっていくことを理解せず、代々同じ味を守り続けていると言ったところで、誰にも食べ続けてもらえません。伝統とは守るものではなく、続けることであると思います。続けるためにはなにをしなければらないのかは、その時々の当主が思い切って時代に合った采配をしていく。それがわからなくなったら世代交代をしていかなあかん、ということになってこようかと思います。
私どもはお菓子屋であります。ですから、美味しいお菓子を届けるためにやっていることがラ コリーナであり、これが私の生き方です。ラ コリーナを見ていただくことで、たねやはどういうお店なのか、どのような生き方をしていきたいのかを理解していただけると思います。
<了>
未来を起点組織・事業の変革を推進する
ロフトワークの『デザイン経営導入プログラム』
企業の「ありたい未来」を描きながらビジネスを変革する、ロフトワークのデザイン経営導入。
現状の組織・事業課題に応じてデザインの力を活かした複数のアプローチを掛け合わせながら、施策をくりかえしめぐらせていくことで、ビジネスを未来志向へとアップデートしていきます。
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