ビジョンを軸に、事業と地域をつなぐ経営へ。
ジンズが挑戦する「まだ見ぬ光」を見出すCSVの実践
2024年6月6日に開催された、ロフトワーク・SHIBUYA QWS共催のイベント「変革のデザイン」。イベントの冒頭を飾ったKEYNOTEセッションでは、株式会社ジンズホールディングス代表取締役CEOの田中仁さんは、前橋のまちづくりや同社の「地域共生事業部」の活動について触れ、企業が取り組むべき課題として注目される「CSV(Creating Shared Value)」への挑戦について語りました。
今回、JINSにおけるCSVの挑戦について深掘りするために、田中さんと地域共生事業部の事業部長を務める白石将さんにインタビューを実施。同事業部の設立経緯をはじめ、地域の方々がワークショップやイベントを開催できる空間を設けた「JINS PARK 前橋」についてお聞きした前編に引き続き、企業がCSVを実践する上でのヒントとなるお話をうかがいました。
市民のクリエイティビティを刺激する場所
-「JINS PARK 前橋」は、地元の方々がイベントを開催できるスペースとしてだけではなく、行政や自治体と関わりながら子ども会などの催しをおこなっている点で、公民館のような役割を果たしているのではないかと思います。田中さんは、まちづくりの活動を通して前橋にこういった場所が必要だと感じていたのでしょうか?
田中仁さん(以下、田中) そうですね。前橋に限らず、公民館のような場所はどの地方都市でもなくなってしまっているんですよ。民間が公民館のような場所をつくるには、行政と同じやり方ではなく、クリエイティビティを発揮しないといけない。そこがいちばんむずかしいですね。
岩沢エリ(以下、岩沢) それは本当にそう思います。民間だからうまくいくわけでもないですしね。さきほどのお話にあった「企業における公共」(前編を参照)をうまくやるにはどうすればいいでしょうか?
田中 やっぱりセンスが必要ですよね。いかに市民の方々の創造性が刺激される場所にできるかどうか。ただイベントができる場所をつくるのではなく、どんなイベントをするのかが重要だと思います。
岩沢 創造性を刺激する場所を体現するために、なにが必要だと思いますか?
白石将さん(以下、白石) 出店者さんから、「こんなにおしゃれな場所でイベントができて嬉しいです」とよく言われるんですが、そういった点も、この場所でイベントをやりたいと感じてもらえている理由のひとつかもしれないですね。普段から空間や体験としてのクオリティを上げるための提案をするようにしていますし、空間に統一感を出すために、イベントで使用する什器はこちらが用意しています。
ただ、それと同時にあまりつくり込み過ぎないことも大事だと思いますね。東京でイベントをやることのハードルが高いのは、完成度の高いイベントが多いからだと思うんです。僕らはイベントのプロフェッショナルではないので、ちょうどいい感じが生まれているのかもしれないですね。
岩沢 たしかに、「自分にもできそう」と思えることが、市民の方々のクリエイティビティを刺激する余白になっているのかもしれないですね。
経営層と現場、それぞれの目線から地域に向き合う
-地域共生事業部の設立の背景にはCSVの考え方があったとのことですが、「JINS PARK 前橋」の活動は、メガネの販売と地元のコミュニティの活性化に取り組んでいる点で、まさにCSVの実践だと言えます。事業部の方々とのコミュニケーションのなかで、日々の活動についてCSVの視点から議論することはありますか?
田中 あまりないですね。現場がそういったことまで考えてしまうと、少し堅苦しくなってしまうんじゃないかなと思います。
岩沢 なるほど。その時に、白石さんはまさに、経営層と現場との架け橋となる存在にあたるかと思います。経営層が話すCSVの取り組みについて、現場の方々にどのように伝えていますか?
白石 確かに、CSVについて話すと、小難しくなってしまうので逆に伝わらないかもしれないですね。僕は普段、経営向けの資料と現場向けの資料を別々に用意するようにしているんです。この活動がCSVの考え方に基づいていることは、マネジメントや経営層が知っていれば十分なので、メンバーに対しては、まずはみんなが楽しめるイベントを目指すように伝えていますね。
それに、社会課題の解決と利益の両立について考えはじめると、利益の方がわかりやすい目標なので利益に目が行きがちになります。もしイベントの出展者や参加者に対して商品の購入を勧めてしまうようなことが起きたら、この場所の考え方からはずれてしまいます。
田中 うん、それは違うよね。
白石 でも、もし現場が利益を出すことを意識し過ぎてしまうと、起こりかねないことでもあると思うんですよ。だからこそ、まずはイベントの仕事を楽しみましょうと。この場所に人が集まってくれば、メガネが必要になったタイミングでJINSのことを思い出してくれる方も増えると思うので。基本的にビジネスでは結果ありきで考えがちだと思いますが、地域共生事業部では息の長い活動として、結果は後からついてくるものだと考えています。
田中 地域共生事業はJINSのビジネスにとっての余白になっているので、この活動で他の事業部と同じ利益を出そうとするのはむずかしいと思いますね。
-イベント運営のほかにも「エブリパン」「ONCA COFFEE」といった飲食事業も地域共生事業部の活動として展開されていますが、これらの事業に新たに挑戦する大変さはありませんでしたか?
田中 それはもう大変ですよ。
白石 そうですね(笑)。「小麦粉から練ろう」という話が出た時にはびっくりしました。一般的に他業種からの参入の場合、購入した生地からパンを焼いていることが多いです。JINSの場合、やるならとことんなので、実験的ではありますが、小麦も自分たちで育て収穫もしてみました。
田中 そういえば、あれってその後どうなったの?
白石 いや、収穫した小麦を粉にするのがむずかしいんですよ。
田中 それは製粉機があればできること?
白石 そうなんですけど、パン用の製粉機がそれなりに高額で……。
田中 そうか、うん。でも、やらないとね。
岩沢 いまのやりとりはリアルでしたね(笑)。普段のおふたりの会話の様子が伝わりました。
白石 田中さんとのやりとりには、一休さんのようなとんちが必要になるんです(笑)。大変ではありますが、日々楽しんでいますね。
「まだ見ぬ光を」見出していく、ビジョンの必要性
-イベント運営と飲食事業は、アイウエアブランドとしてのJINSとはまた別のブランディングの考え方があるかと思います。その点についてはいかがですか?
田中 ブランドについてそこまで意識していなくても、自分たちがいいと思うことをやっていれば、必然的にブランドの輪郭ができていくんじゃないかと思います。それに、JINSの活動はすべて私が見ているから統一できているというのもありますね。
-その際に、やはりビジョンがあるからこそ活動の軸がぶれないということはありますか?
田中 そうですね。JINSには「Magnify Life」というビジョンがあるので、それが示す方向に合っているかどうかはまず重要ですね。そして、現場が夢中になって取り組むためには、この活動がおもしろいかどうかも大切です。あとは、本気でやっているかどうか。この3つが揃えば、いずれ結果が出てくるんじゃないかなと思います。
また、今年の9月に実施する*JINSの決起会(全社イベント)では、「Magnify Life」をよりわかりやすく伝えるために、「まだ見ぬ、ひかりを」というタグラインをつけて発表しようと思っているんです。世の中がまだ見つけていないものに光をあて、その可能性をひらくこと。そこにJINSのチャレンジがあります。
*取材は2024年8月に実施
白石 地域共生事業部の仕事をはじめてからは、僕なりのビジョンの解釈として、「地域の可能性を拡大する」ことをメンバーに話すようにしています。先ほどお話したように、なにかをはじめたいと思っている方の後押しをすることで、この地域にあたらしい可能性が生まれていくんじゃないかなと考えています。
JINSがCSVの先例となるために
-今年(2024年)4月には、前橋の中心街にある「ばばっかわスクエア」にサテライトオフィスがオープンしました。社内に変化は生まれていますか?
白石 もともと前橋出身のメンバーで、サテライトオフィスができたことでこちらに引っ越してきた方がいますね。まだ今年稼働をはじめたばかりなので、さらに変化が生まれるのはこれからだと思いますが、「JINS PARK 前橋」のイベントに関わりたいと、定期的にこちらに来るメンバーも増えてきました。
あと、前橋のメンバーと市民の方々が、かなり近い距離感で話している様子が見えることは、前橋に来ることの意味としては大きいと思います。東京の店舗だとまずそういったことは起きないので。
田中 道を歩いているだけで年中挨拶し合っていますね。みんな距離が近いから。
岩沢 田中さん自身も、前橋の街中をよく歩かれているとお聞きしました。10、20年前と比べて、あらためて経営者としての考え方に変化はありましたか?
田中 やっぱりありますね。売上と利益しか求めなかった時代もありましたが、企業として地域や社会に関わっていくことに興味が移ってきています。地域共生事業の売上も伸びてきていますが、一方で本業と比べて利益を出しているわけではないので、会社全体の成長が緩やかになってきている面もあるんです。仮に「JINS PARK 前橋」のような店舗ではなく、通常の店舗を増やしたとしたら、会社としての利益はもっと伸びたはずなので。
岩沢 ああ、なるほど。そのバランスをとっていくにはどうすればいいのでしょうか?
田中 難しい問題ですね。両方の活動にエネルギーを注ぐのはハードルがかなり高い。ですから、1年前からは息子に国内アイウエア事業を任せて、事業成長のための活動は彼にもエネルギーを注いでもらっています。その意味では、地域共生事業に近い活動は、会長のような立場で取り組むのが適切なのではないかと思いますね。
岩沢 たしかに、それぞれ得意な活動に取り組んでいくチーム経営のようなあり方が求められるかもしれないですね。
田中 社長が一人で事業活動と地域の課題解決の両方に取り組むのは難しいと思います。人間ってそんなに器用ではないので。たとえ利益が出なかったとしても、地域共生事業部のような活動が会社として必要だということを、決断し続ける人がいないといけない。
岩沢 そうですよね。きっとそれは多くの企業で起こっていることで、SDGsや地域共生の活動がトピックとしては上がるけれど、おそらく事業としての成長の観点から、議論のテーブルから外されてしまう。そういったことが繰り返されていると思うんです。
田中 創業者じゃないとその決断ができないかもしれないですね。
岩沢 でも、すべての経営者が創業者ではないですよね。日本は歴史の長い企業が多いからこそ、跡を継いだ経営者が今後増えていくはずで、その時に社会的な活動に取り組んでいくためにはどうすればいいのでしょうか?
田中 だからこそ、JINSが成功事例になるしかないと思っています。マイケル・ポーターが語るCSVの実践例は日本ではまだ少ないので、私たちがその先例をつくろうと。地域共生事業部の活動が、会社の業績とブランディングに寄与していることが目に見える結果として出た時に、はじめてこの活動の意味がわかるんだと思います。いまの段階では、いい活動だと思われてはいても、自分たちもやろうと考える企業はまだ出て来ないんじゃないかなと。
岩沢 それは「JINS PARK 前橋」のイベントの考え方にも通じますね。この場所が市民の方々の創造性を刺激しているように、JINSの成功事例によって、地域共生にチャレンジしたいと思う企業が増えていくかもしれない。
-最後に、地域共生事業部の今後の展望をお聞かせください。
田中 JINSのような会社がいかに地域と共に発展していくことができるのかを模索しながら、ゆくゆくは結果につなげていきたいですね。地域共生事業部の活動は、いまの段階でも会社のブランディングにはなっているとは思いますが、アイウエアやパン、コーヒーの売上にどのくらいつながっているのかは、今後5年、10年は続けていかないとわからないと思うので、引き続きその可能性を追求していきたいです。
白石 地域の活動をしている方々の多くが、どうすれば成果になるのかがわからず、悩んでいると思うんですね。その答えを見出している企業はまだ少ないので、多くの方々にとってのヒントになるように、まずは僕たちがエモーショナルな商売のやり方を実践できればいいなと思っています。
岩沢 いいですね。未来の商店街のあり方を、前橋で実現してほしいです。
白石 未来の商店街、いいですね。そんなお店にしていきたいです。
企画・執筆・編集:堀合 俊博
編集:後閑 裕太朗(Loftwork.com編集部)
撮影:葛西 亜里沙
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