出雲路本制作所と考える、
ショップ・イン・ショップという
場の仕組みで“ずらす”ことの価値
共創しながら場を運営する、なはれのショップ・イン・ショップとは?
京都・五条にあるロフトワーク京都オフィスから徒歩2分の場所に、「なはれ」というプロジェクトスタジオができました。「それ、やってみなはれ」を合言葉に、テーマと親和性の高いコラボレーターとともに、とあるテーマについてディスカッションをしたり、リサーチをもとに展示をしたり、作ったものを販売したりと、今後さまざまな使われ方をする予定です。
本記事で焦点を当てるのは、なはれが持つ機能の一つである「ショップ・イン・ショップ」。2024年8月から翌年1月までの半年間は、京都を拠点に出版業を営む出雲路本制作所が出店しています。代表の中井きいこさんと、共創しながら場を運営するショップ・イン・ショップで見えてきたことや、その可能性について考えてみました。
話した人
- 中井 きいこ(株式会社 出雲路本制作所)
- 村上 航(株式会社ロフトワーク)
同じ関心をもつプレイヤーによる共創の場の運営
ロフトワーク 村上 航(以下、村上) 今日はよろしくお願いします。中井さんと最初にお会いしたのは2023年の秋に開催された大阪のブックフェアでのことでしたね。
出雲路本制作所 中井 きいこ(以下、中井) 私が出品していた『出雲路本制作所 出版リサーチメモ』に関心を持ってくださったことをよく覚えています。
村上 その本の内容が、なはれで設定している今年のテーマとの親和性を感じて、声をかけさせてもらいました。
なはれでは毎年異なるテーマを設定しているのですが、今年は「土着と先端の、あいだの技術」をテーマに掲げています。ある経済圏や土地に受け継がれてきた土着的な技術と、スマートで便利な先端技術の間を行き来しながら、技術というレンズを通して自然や社会との関わり方を探っていくことが狙いです。
村上 中井さんとの共同のきっかけにもなった『出雲路本制作所 出版リサーチメモ』には、本作りの歴史を紐解きながら、これからの時代の“読む”という行為のあり方そのものについて思考が巡らされていました。過去から受け継がれてきた、ある種土着的な“読む”という技術を、今の社会にある環境や技術でどう変わるかを探求している点で、なはれが設定している「土着と先端の、あいだの技術」テーマとの重なりを強く感じたんです。
中井 出雲路本制作所では、既存の本作りとは違う方法を探っていることもあり、本や出版にまつわるリサーチに以前から取り組んでいたんです。しかし、歴史を知らなくても本は作れてしまうので、目の前の業務に追われてまとまったリサーチが後回しになってしまいがちでした。なはれのショップ・イン・ショップという形でリサーチの場を持つことで、良い意味でお尻を叩いてもらえる環境に身を置くことができました。
村上 一般的に、ショップ・イン・ショップは百貨店などの大型施設に独立した小規模な店舗が出店することや、その店舗そのものを指して使われる言葉です。一方、なはれのショップ・イン・ショップでは、単に物理的な場所を提供するだけではなく、コラボレーターと一つのテーマを共有し、そのテーマについてリサーチしたり何かを作ったりする“共創の場の運営”を大切にしているので、これから中井さんとどんなリサーチや実験ができるかワクワクしています。
“読む”のこれからを考える
村上 以前から本作りにまつわるリサーチにも取り組んでいたということですが、そもそも出雲路本制作所ではなぜ既存の本作りとは違う方法を探っているのでしょうか?
中井 前職での経験を通して、本作りは非常に奥深く面白い仕事だと教えてもらったのですが、一方で既存の出版のあり方は、いつか自分にとってどこかで行き詰まってしまうと感じたんです。出版社の中では、本作りそのものが目的化してしまっている側面があります。同時に、販路の仕組みにもまだまだ課題があり、作った本を全国に流通させ販売するわけですが、大量に刷った反動で売れ残った本が廃棄されている事実もあります。その構造の上にあると、誰がどんなふうに読んでくれたのかが、著者も編集者もリアルに認識しづらいようになっているんです。でも本作りはとても面白いからこそ、そもそもこの本を作ってどうしたいのかをもっと議論して、実際に仕掛けていきたいと思いました。
私たちが目指したい本作りのあり方は、本の前と後ろを耕すような本作りです。出版前については、私自身の関心でもある里山再生と紙作りの活動を重ねていき、出版後については、書き手と読み手の連帯や共創を生み出していくことを考えています。以前、独立研究者として活動する森田真生さんが、「岩手県花巻市にある早池峰山の山並みを見た時、“この山並みを見て育った宮沢賢治は、ただただこの風景を翻訳していたんだ“と気づいた」とお話しされていたのが印象的で。本を作るという行為には風景を翻訳する側面があるのだとしたら、私たちが作った本を手に取った誰かが、また別の風景を作っていくような、そんな連鎖が生まれる本を作りたいと思っています。
村上 本を作る上で、何か決めているテーマはありますか?
中井 明確に定めているテーマはありませんが、今準備中の本に関して言えば、どの本も5年、10年というスパンを見据えながら著者たちと一緒に作っています。これまで、本を出版することは、何かを成し遂げたり発見したりした人の集大成というイメージが強かったわけですが、むしろ私たちはこれから社会に何かを仕掛けようとしている人たちとの協働を大切にしたいと思っています。出版を集大成やゴールにせず、本を起点に書き手と読み手のユニークな動きが生まれていくように、そもそも著者の活動の中に出版がどう役立てるかを話し合いながら作っています。
最近、こうした関わり方は「共事者」というんだなと気づきました。ローカルアクティビストの小松理虔さんの言葉なのですが、当事者でもなければ非当事者でもなく、「事を共にする」ことに比重を置いている点で、私たちの出版態度と近いものを感じています。
村上 共事者、すごくいい言葉です。その言葉を借りると、なはれのショップ・イン・ショップでも、一緒に場を運営する人たちが共事者となって価値を生み出すことを目指しています。そのためにはある程度の時間が必要だと判断し、当初3ヶ月だった予定を6ヶ月に伸ばしました。ただの間借りではないからこそ、これからどんなテーマでリサーチをしていくか、その段階から中井さんと一緒に話しましたね。
中井 リサーチでは3つの視点を掲げました。1つ目は、読み方から本の形を考えること。一般的に流通している本は、素材となる紙や印刷所で使う設備の都合など、産業構造が本の形を決めており、その本の形が1人で黙読するという読み方を決めている側面があります。反対に、“黙々と”ではなく遊びながら読むとか、共に読むとか、読み方の多様性から本の形を決める可能性を探ってみたいと考えています。
2つ目は、これからの読書の役割を考えること。信仰、大衆娯楽、学問など、国や時代が変わると本や読書が果たしてきた役割は全く異なります。役割に変遷があることを踏まえ、これからの時代に読書が果たす役割を考えてみたいと思います。
3つ目は、読む技術の養い方を探ること。読むという行為は、動画を見たり、ラジオを聴いたりする行為と比べると、本人の胆力や技術が問われる行為だと思います。SNSやインターネットも発達し、じっくり本と向き合いにくい現代の生活環境の中で、読む技術や態度を社会の中で養う方法を探っていきます。
村上 リサーチするうちに、書店や製本所など本にまつわる社会背景まで触手が伸びていくところも面白いですね。
中井 今は壁に30枚ほどの文献資料が貼られていますが、100枚くらい集まるとそれなりに見えてくるものがありそうだなと思っています。
なはれで気づいた、“ずらす”ことの価値
村上 まだ始まって1ヶ月ですが、なはれでリサーチをしてみてどうですか?
中井 私はうっかりすると真面目にド直球でやってしまうので、村上さんやこの場所がいい意味で“ずらしてくれる”のがすごく助かっています。
村上 中井さんの専門領域は出版ですが、なはれで一緒に共同するからには別の専門領域との接続を狙いたいと思っています。
今考えているのは、まちづくりの領域との接続。例えば、ハード整備と並行して場の使われ方の企画を考えるとき、本を介して近隣住民が集える機能を作るとします。その時に、ビブリオバトルや絵本の読み聞かせなどのよくある手法に限らず、“読む”を介した人の繋がり方を作れないかなと考えています。
中井 不動産やまちづくりと読書をつなげる発想はなかったので驚きました。一人で取り組んでいたらいわゆる「出版業界」のリサーチになってしまいそうになるところを、村上さんやロフトワークの人たちと共同することでどんどん広がっていき、ずらすことの面白さを感じています。
中井 これからの時代の“読む”を考えるにあたって、現段階では、リサーチや村上さんとの会話を通じて「遊び」というキーワードが出てきました。読書って、気楽に楽しむというよりは、やはり一人で黙々と集中して行うイメージが強い行為ですが、そこに遊びやユーモアを取り入れることで新しい形を作れるかもしれないと考えています。
遊びやユーモアを取り入れた“読む”の形を探っていきたいので、最終的に行うプロトタイプのお披露目では、読書会のような場に普段行かない人にもぜひ来てほしいです。それこそ、「ずらされに行ってみるわ」っていう気持ちで来てくれたら嬉しいです。
村上 中井さんと話す中で、なはれのショップ・イン・ショップは事業の意義や方向性を掘り下げたい人にとっても良い場のように感じました。ショップ・イン・ショップという形を取ることで、後回しにしがちな振り返りの時間を強制的に持つことができる上に、他の人の視点を取り入れたり、実験したりしながら考えることができます。そうした“ずらし”を入れることで、同じ会社の人たちだけでは見えてこなかった答えやヒントを見出せる可能性を感じました。
中井 このなはれで取り組む半年間のリサーチが、「この時代にどう出版を使うのか?」という問いに対する自分なりの答えの下支えになる予感がしています。
企画:国広 信哉・村上 航
執筆:キムラ ユキ
写真:国広 信哉
ショップ・イン・ショップの営業日をはじめ、なはれの最新ニュースはXで発信中です。
Next Contents