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小川 敦子 2024.02.07

Insight Research Report「都市と水」vol.1
梨木神社で起きている事象から考察する、課題と変革について

2025年に策定される「京都市グランドビジョン」の策定に向け、京都市の未来にとって有益な価値を生み出すための新たな価値観の創造を提唱するべく、内外のさまざまなステークホルダーとの議論『ラウンドテーブル』を2023年10月より開催しています。正式名称:令和5年度カルチャープレナーの創造活動促進事業〜カルチャープレナー等の交流・コミュニティ創出、副題《文化と経済の好循環を創出する京都市都市戦略》を京都市より、株式会社ロフトワークが正式受託し、全体のプロジェクトデザインと進行を現在担当しています。
プロジェクトの一環として、「都市と水」をテーマ軸に据えて、フィールドワーク・リサーチツアーを行い、<京都>という都市を改めて捉え直すことにトライしました。参加者は、京都府立大学大学院生、大学生の他、都市史、都市政策、経済を専門にする有識者、行政、情報機関、企業、アーティスト、デザイナーなど年齢、性別、専門領域も実に様々で、総勢約30名近くの方々が集まり、2日間に渡って、ツアーとディスカッションを行いました。
ツアーの詳細レポートを数回に分けてお届けします。

“京都”と聞くと、華やかな伝統文化の息づく、古都の美しい街の姿を思い浮かべる方が多いと思います。そのような“ハレ”としての京都がある一方で、 “京都のケ”、つまり日常のリアリティとしての「都市の足もと」は、一体どのようなことになっているのか思いを馳せることや知る機会は、あまりないかもしれません。
リサーチツアーレポートの第1回目は、京都の重要な名所の一つでもある“梨木神社”で起きている事象から考察する、都市の課題と変革についてお伝えします。

編集・執筆:小川 敦子(ロフトワーク)
写真: 鈴木孝尚(16 Design Institute)

Report Summary

梨木神社とは

京都御所東に位置する梨木神社には京都の三代名水の一つ「染井の水」という湧水の井戸があり、明治18年10月三條實萬公を御祭神として創建された由緒ある神社である。近隣から水を汲みに来る人が絶えず、料理屋などのプロの料理人でさえ、よく水を汲みに来るという。

梨木神社で起きている課題について

一方で、建物と土地の維持・管理には数千万単位の費用が随時必要となるため、その維持をするための苦肉の策として、敷地内にマンションを建設し、その収益を維持管理費用にあてている。当時、建設問題としてその話題が取り上げられる傾向が高かったが、神社の財政難は全国各所で同様に起きており、日本共通の社会課題とも言える。

なぜ、その課題を総体的に捉えた的確な情報が京都市内外へ伝えられなかったのか。または、それをなぜ「知ろうとしなかったのか」という問題もある。なぜ、それを社会の共通課題として共に解決策を考えてこなかったのか。今一度、梨木神社で起きていることを都市の課題における“縮図”として捉え、京都という都市の課題にある根本的な要因を洗い出し、共通の議論のテーブルに乗せ、解決策や再構築による新たな価値の創造について、あらゆる方向から考えていくことが今求められる。

梨木神社で起きている“場所の価値再構築”について

さらに、茶室空間などの保有建築物が文化保護規定の条例のため撤去することができず、さらなる修繕と維持管理が求められた。その際、建物を珈琲店・株式会社COFFEE BASE.に貸し出す。株式会社COFFEE BASEは、水と井戸を守ることをコンセプト軸に据え店内の一部を改装し、2022年梨木神社店を開店。“軟水で甘く非常にやわらかい味わい”という染井の水の特性を最大限に活かした珈琲焙煎、抽出法を研究し、水と土地のストーリーとして、そのような場所で過ごしてもらう価値を顧客へ提供したところ、開店一年で国内外から多数の来客数があり瞬く間に人気店となった。収益の一部は店の運営費と神社の保全に当てられている。

同店ディレクターの牧野広志さんは、近隣のコミュニティにおけるコミュニケーションにもかなり力を注いでいると言い、近隣からも「この場所に人が訪れるようになったことが嬉しい」との声が寄せられている。近隣からもコーヒーを飲みに来る場所になった。それは、この場所でしか飲めない珈琲の味わいや空間全体の素晴らしさという価値だけではなく、井戸水の維持、丁寧な接客、この場所を通じた温かなコミュニケーションにより新たなコミュニティが生まれ、“パブリックの価値”という場所性や意味性が再構築された結果だと解釈することもできる。

牧野さんには、現在までに他店の珈琲店からも相談が寄せられ、全国で数十ヶ所のディレクションを手がけるが、それぞれの場所の特性にあった価値を提供することにこだわる。「梨木神社の美味しい水を他所に持っていって別の珈琲店で展開することは絶対にやらない」と語っており、常に、その土地、その場所に合った文化を生み出すことを追求し続けている。単一種などの豆にこだわったサードウェーブを京都の珈琲の新しい文化として広げてきた立役者でもあり、またそれを広めるためのそれぞれの教育や情報の伝達をありとあらゆる場所において欠かさず行っている。

井戸と水を守るために、お店を開く

株式会社COFFEE BASE ディレクター牧野広志さんのお話

ここの水源は溜池のように下に溜まっているものではなく、鴨川と同じように地下に何本か流れている水があり、そのうちの一つであると言われているんですね。

「この井戸と水を守っていくということ」が、そもそも弊社が珈琲店をスタートさせた経緯です。井戸の水が枯れることはないと言われているが、それもわからないじゃないですか。毎月、井戸の掃除とかもしているのですが、とにかくこの井戸を守りましょうということで、このお店の収入を色々なことに当てて、守っていくということをやっています。

株式会社COFFEE BASE ディレクター牧野広志さん

場所の「水」という価値を活かした、新たな文化を創造する

この場所は「水」というものをもっていたので、水を使って新しいことをやっていって、文化のまた先へ行こうと、そういうことを考えたわけですね。

まず、京都は軟水です。これは、コーヒーにすごく合うんですね。ある大手企業のコーヒー屋さんも、すごく水の研究をしていて、このコーヒーにはこんな水が合うというところまでやってます。僕の知っているお店さんだと、お水にマグネシウムを入れたりして、それでコーヒーを提供するというところまでやっている。

ここの水は僕の個人的な感覚として、ものすごく甘くて柔らかいです。なので、コーヒーにめちゃめちゃ合います。コーヒー自体が京都の文化として根付いているので、いろんなことを含め、京都のコーヒーは日本一と言われています。点数、消費量などでも一番で。さらに先へ先へと文化として根付かせる。

飲んでいただいているのは深煎りだが、通常よりもスッキリとしています。お水も氷もこの水を中に直管で引っ張っていて、浄水器を一つかませてあるので、染井の水で作っています。うちは年間を通して水出しコーヒーを推しています。ホットコーヒーだと煮沸しないとならないので、水の成分が変わってしまうということがある。あくまでも、この水をダイレクトに味わってもらいたいということで年間通して水出しを推しています。

色々なところのアイスコーヒーを飲むとわかるのですが、氷がどうしてもカルキ臭くなってしまうんですよね。アイスコーヒーをつくるときは氷が溶けてくるとまずくなる。僕がアイスコーヒーを作るときは、氷は製氷機を使わずに自分たちでカチ割りを作る。そうすれば氷が溶けても味が落ちない。なおかつ、この氷が溶けるというのを前提でレシピを作ってます。なので美味しいです。氷が溶けて味のバランスが良くなります。

梨木神社の水を使うときに、いろんなところの水を持ち帰ってやったんですが、他所の水と比べて柔らかくて、甘いですね。牛乳にエスプレッソ入れるんですけど、浅煎りの焼きの浅いエチオピアとかで入れると通常の水でエスプレッソをしたときよりも、すっきりしてるっていうか、軽くなるんですよ通常よりも。それぐらい水によって抽出する味わいがだいぶ変わりますね。

他にも店舗はあるのですが、この場所だけでこの水を使っています。この水を他所に持ってやっていくということはしません。ここだけの特別なものです。変わってしまいますからね、意味が。他のところは、その地域の特性を活かしてやっていく。基本的に地域と密着してやっていこうということであって。

反対を押し切らなければ守っていけないという現実

この僕らが使わせていただいている建物は、旧春興殿(しゅんこうでん)という建物です。元々京都御所の中にあったもので、儀式ごとをやる時に色々道具を入れていた建物ですね。元々は2つあった建物の内一つが春香伝です。もう一つは柏原神宮に移されました。柏原神宮は残念ながら火事があり燃えてしまったため現存しているのはここだけです。

このように中をいじって営業することで、京都市をはじめ色々な反対がありました。梨木神社は神社庁からもう出てしまっている。神社庁に入っていたらこういうことはできないらしいのですね。こういうものを守っていくためには、お金が必要なんだけども本殿を立て直す屋根を綺麗にするなど、お金を出すとなったときに神社が出さないとならないのか?と。

弊社がこのプロジェクトに入りお借りして、梨木神社さん京都市と1年近く話し合いをし、外観はいじれないが中の一部をくり抜くことで許可をもらい、ようやく今この形でたどり着きました。水を守る、神社を守るという前提でこういう活動をやっているというフェーズです。

神社の収入源は、お賽銭とご祝儀、結婚式、御守り・御朱印帳・各種御朱印 授与品これしかありません。檀家もありませんので。そうすると何千万も捻出することは現実的に無理なんです。京都の神社には、こういう所がたくさんあります。どんどん汚くなり、壊れてしまうようなことがある。でも、有名なところは観光客が来るので収入源がある。そういうことで、宮司の多田さんはお金を出してくれないのであれば、神社庁を出てマンションを建てることをきっかけに色々なことをやっていった。反対を押し切ってやっているという。そうしないと守っていけないというところまで、今来ている。

珈琲店ができたことで変容したコミュニティの在り方とは

うちの店ができる前は、この場所に来るのは一部の方だったんですよね。いわゆる「梨木神社=水、マンション」みたいなものは知ってるけど、来たことないっていう方がとても多かったようですね。ですが、この店ができたことで、やっぱりすごい人の数が増えてお賽銭も増えました(笑)。でも、それによっていろんな補修ができています。植木屋さんが入れたりしてるんです。釣り銭をもって銀行にいくと手数料がかかる。うちは両替も必要なので、そういうこともまわして。両替所ですよね。お賽銭が増えて、木の手入れとか今までできなかったことができるようになってます。

これまで、この場所は裏千家さん染井会さんが茶室として使っていたんです。昭和六十年に新しい茶室を作って、今も火曜水曜は先生が生徒さんへ教えられています。それ以外のときは、こちら側がこの茶室も借りており、中でコーヒーが飲めるようになっています。

このお店を作るときは、お茶やってる方々に嫌がられるかなと思ってたんですけど、全然喜んでくれました。僕らも掃除もするし、綺麗にしたりとか。だから終わった後にコーヒー飲んでくれたり、いろいろうまく協働はしてますよ。人が増えたことを宮司さんたちも喜んでいます。御所にいき、ここで休憩がてらコーヒーを飲んで、廬山寺にいく。今までなかった新しいコースができたと言われています。コーヒー屋が1軒できるだけでこれだけ変わるんですよね。

僕が怒られたこと? ないですね(笑)。喜んでもらってる方が多いです。近所の方も買いに来てくれたりします。御所の方も来たりとか、皆さん喜んでくれてます。人が動くようになりました。うまくやっぱりちゃんと地域の方とコミュニケーションをとってやってるんで、一緒に掃除も出たりとかお祭りでたりとか。いろいろ近所のとこでご飯食べさせていただいたりとか。

場所の強みを活かして、新たな価値を創ること

こういう神社の中で一体型で、こういうコーヒースタンドがあるっていうのは、ないんじゃないですかね。ここまで完全一体化っていうのは今のところ、僕の知る限りではここだけじゃないかなと思うんです。

でもこれから増えていくと思うんです。珈琲店が出来たことで人が来るようになって。いろんな神社の方が相談に来ます。うちの神社にも作りたいんだけどと言われるんだけど、ここにはありがたいことに、この水があった。ただ、何もないところで、コーヒースタンドを作っても難しいと思うんですね。水という強みを持っているので、この水でコーヒーを淹れる。それを飲みたくて来る。海外の方もお越しならなられるんですが、彼らはこの水をエンペラーと呼ぶ。天皇の御水というストーリーを作って伝えたのか、勝手に海外の人に広まっていて。海外から来る方がとても多いですね。

店が大きくなればなるほど人もいるし、今のところはこの形をいかにちゃんとしていくかということに専念してます。また、もっと全国的にいろんな人に知ってもらいたいと思っています。それを今目指してますね。今後は夏場はこの井戸の水を使って、かき氷出したりとか、いろんなことを考えてます。基本的にお店で使ってる飲み物は全て炭酸もこの水を使ってます。

神社と色々やりながら、ここを守っていく活動をしています。月に1回掃除の日があって。みんなで井戸を全部掃除するのを一緒にやっています。染井を守ろうの会があるので。大体10人から15人ぐらいで井戸の掃除もするし、本殿の周りの草むしりもしますし色々なことをやります。一般の方もこの井戸を守りたいっていう方が集まってやってる状態です。地域の方もいれば地域じゃない方もいます。井戸ファンや温泉ファンもいますね。

年間数十ヶ所の珈琲にまつわる場所の監修に関わる、牧野さん

今57歳ですが、20代ぐらいからコーヒーをはじめて海外の方にしばらく行って戻ってきて、カフェを2001年に作りました。その頃、まだ浅煎りのコーヒーが主流でなかったなかった頃、浅煎りに触り始めました。お客さんからこのコーヒー酸っぱいとか、このコーヒー酸化してるとかいろいろ言われながらも、やり続けました。賃貸契約が2012年で終わるタイミングでお店を閉めて。

そのようなタイミングで、京都市立立誠小学校*のプロジェクトについて声がかかりました。PARASOPHIA(京都国際現代芸術祭)のビジターセンターになるので、海外の方にコーヒーを提供したいからと呼ばれまして。本当は期間限定だったんですが、人気があって、住民の方々からそのまま残って学校の中でコーヒーを淹れ続けることは可能かということを相談受けて。できますよっていうことを言ったら、すぐ配管を工事してくれて。さらにホテルになるアイデアが京都市から上がっているから一緒に考えてくれと。珈琲屋をやりながら、今のホテルになるまで、ずっといました。そのままホテルに残っててもいいよって言われたのですが。

京都市立立誠小学校*とは:京都市立立誠小学校は、現在の京都府京都市中京区蛸薬師通河原町東入備前島町にあった公立小学校。学制創設以前の1869年に開校した番組小学校(明治維新後、町衆たちの自治組織によって作られた学校)のひとつであり、1927年に完成した鉄筋コンクリート造校舎。保全・再生した既存棟と新築棟から構成され、ホテル、自治会活動スペース、図書館、商業店舗が共存する形で再開発された。

梨木神社に珈琲店を作るという話しがあり、ディレクションの一部をという依頼をいただいて、株式会社COFFEE BASEに移籍しました。店舗としては全国に5店舗あります。京都3店舗、大阪1店舗、東京目黒に1店舗です。6店舗目が長浜に出来る予定です。株式会社COFFEE BASEのディレクターとしては、今2年目です。

他にも、全国あちこち呼ばれてコーヒーを淹れたりしています。先月は和歌山、東京、奈良、福井とか色々と行きましたね。コロンビア・ワークス(株)という会社が東京に初めて「早起きが楽しくなるマンション」というのを作ったんですね。サブスク・マンションで1階にカフェを入れていて、そこで部屋を借りてる方はモーニングとかコーヒーが無料です。入居者は別の入口から入れてコーヒーも飲める。そういう展開のサポートもしています。弊社では他でやってないことをどんどんやっていくという。

なんかね、人に好かれるんです。呼ばれるんです、あちこち。ここでやりながら、他のところから来てくれって言われます。ありがたいことです。ENJOY COFFEE TIMEというイベントも僕と友人とで立ち上げてやってて、京都駅ビルでもやっています。梅小路ポテル京都の中のコーヒーも監修しています。現在監修しているのが数十ヶ所ヶもあります。そちらからも呼ばれて宿泊者相手にコーヒーを淹れたり教えたりしています。

また、聞きたいことがあったら、何かあったらぜひ来てくれればと思います。

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The KYOTO Shinbun’s Reportage
京都新聞論説委員が見る京都ルポ「課題の価値」