FINDING
浦野 奈美, ケルシー・スチュワート, Kalaya Kovidisith 2022.04.26

伝統産業の可能性をタイのクリエイターに学ぶ
日本未上陸の最先端プロジェクトを一挙紹介

「つくる」がテーマのネットワーキング&プレゼンテーションイベント、Fab Meetup Kyoto。2022年2月に開催されたDESIGN WEEK KYOTO 2022に合わせて、特別編としてFabCafe Bangkokとの共催でFab Meetup Kyoto × Bangkokを開催。地域産業を再解釈してプロダクトを生み出しているクリエイター6名が登壇しました。本記事では、イベントで紹介された、日本未上陸のタイの最新プロジェクトをご紹介します。

執筆:David Willoughby
編集・翻訳:浦野奈美(株式会社ロフトワーク)

コロナ禍で地域産業に可能性を見出したバンコクのクリエイターたち

京都は、着物の織物や染色など、伝統工芸産業の中心地です。京都のブランドやメーカーは日本全国に知られ、今も高価な工芸品として取引されています。同時に、伝統技術に感銘を受け、独自の解釈やアレンジを加えようとする新しい世代のクリエイターも集まってきます。

一方でタイでは、近代化・都市化が急速に進む中で、伝統工芸は流行遅れだと捉えられる風潮もあったとのこと。しかし、コロナ禍によって、それまで海外やバンコクで活躍していたタイのクリエイターたちが、地元の工芸品産業や素材を再解釈し、それぞれが培ったデザインプロセスやテクノロジーと融合させて新たなプロダクトを生み出し始めているようです。そこで今回、FabCafe Bangkokの共同設立者であるカラヤ・コヴィッドヴィシットが、タイの地域産業に新たなアプローチで取り組んでいる6人のタイ人クリエイターを紹介しました。

彼女は、パンデミックによってバンコクから地方へクリエイターが逆移動し、タイの文化的なダイナミズムが変化した背景を話してくれました。

カラヤ コロナ禍以前は、バンコクがタイの中心地であり、人々が仕事を求めて移動し、あらゆることが起こる場所でした。一方で地方は生活の質が悪いと思われていました。しかし、コロナ禍によって多くの人が地方に移り住み、文化的にもバンコクと同じものを手に入れたいと思うようになったのです。その結果、地元の工芸品に再び目を向けるようになったのです。

本記事で紹介するクリエイターは全員、東北地方のイサーン地方の出身。現代のデザインや価値観、テクノロジーによって伝統工芸を再解釈し、プロダクトを開発しています。タイデザインの特徴とはなんなのでしょうか。

カラヤ曰く、熱帯地方によく見られる爆発的な色彩、幅広い素材、そして赤道付近の国ならではの気候への適応を挙げています。また、公然と批判することがタブーとされる保守的な社会における、潜在的なエロティシズムや狡猾なユーモアも特徴のひとつだと指摘しました。それでは、具体的にどんなプロジェクトが生まれているのか、以下にてご紹介していきましょう。

1. テクノロジーで文化を再構築するモジュール楽器(ラムターン・ハントラクン)

Fidularは、タイの音楽家でクリエイターのラムターン・ハントラクンさんが発明したモジュラー型の弦楽器です。デジタルファブリケーションなどの技術を用いることで、東アジアから中東にかけての伝統的な弦楽器を組み合わせることができます。たとえば、ベトナムの一弦琴「ダンバウ」のネックと、中国の六角形の蛇皮の共鳴器を接続して、斬新な音色を奏でることができるのです。一見、伝統的なパーツに見えますが、交換可能なように巧みに設計されており、彼自身、Fidularを文化を超えたテクノロジーと説明します。

ラムターンさん 3Dプリンターやラピッドプロトタイピング、カーボンファイバーのような新しいテクノロジーが登場すると、まずマジョリティの文化圏に適用されがちです。そのため、カーボンファイバー製のバイオリンやチェロはあっても、カーボンファイバー製の二胡や琴を見ることはほとんどありません。Fidularのアイデアは、アジア太平洋地域から中東までのバイオリンの製造方法を研究し、文化の多様性を受け入れるために最適化された技術をデザインすることで、このデザインシナリオに対抗することなんです。

2. カーデザイナーによる竹材の自転車 (チャッチャイ・ドゥアンジャイ)

ホンダの自動車デザイナーという本業をもつチャッチャイ・ドゥアンジャイさん。「手工芸品は従来の機能以上のものになり得る」という考えのもと、Craft To Beを立ち上げました。彼は、籐や竹といった工芸品の素材に、最新の製造プロセスやプロトタイピング手法を適用することで、新たな用途を見出そうとしています。彼の最初の製品は、真空注入法で竹繊維から造形された見事な自転車フレーム。その制作の経緯について、こう語ってくれました。

チャッチャイさん 私は「なぜ日常生活で工芸品を目にすることがないのか」という疑問から研究を始めました。最近の消費者は自分の個性を反映した商品を購入します。さらに、地方の工芸品はデザインスピードがゆっくりなので、トレンドについていくのがとても難しいのです。また、籐製品は成形に限界があるため、カゴなどと同じような機能になりやすいということもわかりました。同じ素材では、同じようなアウトプットになってしまうのです。そこで、タイの手工芸にチャレンジするために最初に選んだ素材が竹でした。竹の繊維は、実は金属よりも強いところがあるんです。

3. ミニマリズムと別素材で再解釈された伝統楽器 (テイラー・オー・スタジオ)

Craft To Beが伝統素材に新しい形を与えるものだとすれば、テイラー・オー・スタジオは、ラナド(タイの木琴)という時代を超えた形を更新しようとしています。受賞歴のあるこのスタジオは、何世紀も前からほとんど変わらないデザインに、特徴的なミニマリズムとモノクロームの外観を適用しました。それによって、伝統的で神聖なデザインを時代とともにどの程度進化させるべきか、タイ国内でも意見が二分しているとか。伝統と現代性のバランスを考え抜いた彼らは、日本のデザインから大きなインスピレーションを受けたといいます。

テイラーさん 日本のデザインのシンプルさと哲学は、私たちを含む世界中の多くの人々やデザイナーにインスピレーションを与えています。日本のデザインは決して時代遅れになることがありません。時代を超越し、内なる価値観を繊細に映し出しています。いつか日本のデザイナーとコラボレーションする機会が持てたら嬉しいです。

4. メディアとしてのアイスクリームの可能性 (IceDEA x FabCafe Bangkok)

プリマ・チャクラバンドゥさんはアイスクリームデザイナーです。建築学科を卒業した彼女は、幼い頃に父親から教わったアイスクリームづくりにデザインの原理を応用し、自ら考案したビジネスです。これまでもあらゆるアイスクリームのプロジェクトを手がけてきたプリマさんの会社IceDEA。たとえば、FabCafe Bangkokと共に作り出した「カラーブラインド・アイスクリーム」は、タイで流行している食のトレンドを遊び心で覆しています。プリマさんがこのアイデアを思いついたのは、クライアントからカラフルなアイスクリームを作ってほしいと依頼されたときでした。

プリマさん カラフルなアイスクリームを作るのはとても簡単で、市場でもよく見かけます。そこで、緑色のアイスはいちご味、ピンクのアイスはチョコレート味と、味覚と印象の違いを楽しむというアイデアを思いつきました。まるで色覚異常になってしまうような感覚です。FabCafe Bangkokでこれをリデザインする機会を得たので、パッケージも含め、すべて色覚異常の味覚パターンに従ってデザインしました。

5. 象の糞から作られた新たな建築素材 (ブーンサーム・プレムタダ)

400年もの間、人とゾウが共存してきたタクラン村。タイの建築デザイナー、ブーンサーム・プレムタダさんは、それまで見過ごされていたゾウの糞を、建築素材として開発しました。象は1日に1頭から100kgもの糞をします。それまでの糞の活用といえば肥料やバイオガスでしたが、本プロジェクトでは、セメントと混ぜて成形し、乾燥させてレンガを作るという新しい製造方法で、地元の雇用も創出しました。植物が主食のゾウの糞は繊維が多く、それによってレンガは驚くほど耐荷重性に優れているとブーンサームさんは説明します。

ブーンサームさん レンガは、80%が糞で、20%がセメントと水です。重さは約2kgで、見た目からも繊維の質感が見えるかと思います。圧縮強度は2.41mPaで、コンクリートの組積構造の基準である2.5mPaをほぼクリアしています。また、レンガはさまざまな色で作ることもできます。今年は、フランスのベルサイユ建築景観ビエンナーレに招待され、このレンガだけで作られたパビリオン「エレファント・シアター」を設置する予定です。建築家としての私の責任は、あらゆる場所にいるすべての人たちに対するものだと思っています。私は、仕事に対する哲学はありませんが、素材を通して表現していこうという姿勢は大事にしています。

6. 「チープさ」に一石を投じる、椅子 (サラン・イェン・パニャ)

バンコクにある56th Studioの共同設立者であるアーティスト、サラン・イェン・パニャさんの作品は、タイにおける貧富の差やハイ/ローカルチャーを鮮明に伝えています。彼はまず、ハローキティのビアマグを見せることでタイのデザインの問題点を指摘したあと、彼の作品の中で国際的にもよく知られた作品「Cheap Ass Elites」を紹介しました。この作品の構想は、スウェーデンでの研修旅行中に生まれたとのこと。彼はスウェーデンを訪れ、生まれ育ったタイの不平等さを痛感し、それを目に見える形で表現する必要性を感じたのだそうです。

サランさん ダサくて安いものと、高くてセンスが良いとされるものとの対比、この二項対立を表現したくて、この椅子を作りました。3Dプリントで作ったと言いたいところですが、基本的には安物のランドリーバスケットの片側を切り取って、色を塗った木製の足に取り付けただけです。面白いことに、私はこれを「Cheap Ass Elites」(直訳で「安っぽいお尻のエリートたち」)と名付け、多くの扉を開くことができました。このコレクションを世界中で展示するよう依頼を受け、その度にとんでもなく高い値段をつけているんです。

クロストーク:日本とタイのナレッジを共有する

イベントでは、FabCafe Tokyoのケルシー・スチュワートがモデレーターとしてDESIGN WEEK KYOTO代表理事をつとめる北林功さんを迎え、各クリエイターへ質疑応答を行いました。北林さんは、京都の伝統産業が伝統と現代の市場原理を両立し、未来を切り開いていくために尽力しています。ここからは、クロストークの様子をお伝えします。

北林さん デジタルの流れに乗りたい職人さんはたくさんいます。たとえば、これは京都の三浦耀山さんという仏師が作った3Dプリントの仏像です。木で彫り、それをスキャンして出力しています。ドローンと組み合わせることで、あたかも仏様が天から降りてくるような体験を目指しています。良くも悪くもいろいろな意見があるようですが(笑)

ラムターンさん 確かに、仏像を3Dプリントすることは、多くの文化圏で非常に強い意味を持つでしょうね。私も、Fidularのプロジェクトにおいて、コミュニティがそれを好むかどうか、非常に怖くなることがありました。私はこういう時に食べ物の例を使うのが好きなんですが、「美味しい」という感覚は良い気分ですよね。文化は体験するもの。そして、その体験がポジティブなものであれば、あなたは正しいことをしている、と捉えて良いのではないでしょうか。

北林さん 今年のDesign Week Kyotoでは、50人の職人がオープンアトリエを実施しました。彼らの多くは、海外のデザイナーとのコラボレーションを望んでいますが、同時に歴史や伝統的な感覚を守りたいという思いも持っています。大切なのはお互いを尊重すること。もし私たちがみなさんと共創したいと思うなら、わたしたちもみなさんの背景やストーリーを理解する必要があると思います。

ケルシー 京都の工房や工場が門戸を開放し、人々が来て学び、つながりを持てるようにしているというのは、とても良い取り組みですね。北林さん、他に気になったポイントはありましたか?

北林さん Chatchaiさんの竹製の自転車は気になりますね。竹は京都でも重要な素材で、多くの伝統工芸にも使われています。ただ、京都には竹がたくさんあるのに、伐採する人が少ないんです。デザインに使う竹をどうやって産業レベルで調達しているのか、とても気になります。

チャッチャイさん 実は、まだ考えていませんでした(笑)。このプロジェクトは、ごくローカルなスケールでデザインしているので、工場レベルでの製造プロセスは現時点ではデザインしていません。1つ1つオーダーメイドで作っていくのではないかと思います。

「ローカルこそ未来」ーコラボレーションの新しい可能性とは

ケルシー タイのクリエイターのみなさんから、日本のメーカーやデザイナーとコラボレーションしたいアイデアなどありますか?

サランさん 最近私は発酵技術にとても興味があるんです。日本はすばらしい発酵の技術と文化がありますよね。タイも米どころだし、日本酒とタイの米酒は似ていたり、共通している点も多い。一緒に米文化をもっと面白くできるんじゃないかと思っています。

ラムターンさん ここまでの話を伺っていると、文化の対比というのが視点になってくるなと感じています。木工であれ発酵であれ楽器であれ、2つの文化の間で対極にあるものを見つけ、それらの間に働きかけることでそれぞれの文化を強調するようなことができたら、面白いんじゃないかと思います。

ケルシー 偶然にも、FabCafe KyotoにはCOUNTER POINTというプロジェクトインレジデンスがあるんです。その実験をする場所はすでに確保できてますよ(笑)

プリマさん 個人的には、スイーツをはじめとした京都のローカルフードを開拓したいですね。京都らしさとタイの食材が混ざっているような、何か新しい体験を提供できるものを作ってみたいです。

チャッチャイさん 日本は手仕事のレベルが高いので、それを学べたらいいですね。おそらく、そういった技術は地域に根付いた小規模なものか、あるいはそれと工場生産の中間くらいの規模の仕事であるべきだと思っています。

ケルシー 先程北林さんが京都周辺のさまざまな工房や工場を紹介してくれましたが、日本にはまだまだ小さな、時には家族的なものづくりの拠点がたくさんありますね。

ブーンサームさん ローカルこそが未来だと思います。私の仕事は都会にはなく、人里離れたところにあります。一方で世界はつながっていますから、私の仕事は世界中どこにでもある、とも言えます。そういう意味で、物事に向き合う姿勢こそが一番大事だと話しているのです。

ケルシー 「ローカルこそ未来だ」という言葉に鳥肌が立ちました。これ以上ないほど同意します。パンデミックによって、多くの人が在宅業務ができるようになってきています。これからみなさんが、もっと地方に行き、その魅力と可能性を発見していくといいなと思います!

トークの全編はこちら

このオンラインミートアップの様子は、動画でもご覧いただけます。今回ご紹介したクリエイターとのコラボレーションにご興味のある方は、ぜひお気軽にロフトワークまたはFabCafeまでお問い合わせください。

David Willoughby

AuthorDavid Willoughby(ライター)

サステナビリティ、テクノロジー、、文化について考え、執筆しています。
これまでに多くのハッカソン、講演、その他イベントをレポートしています、また、日本の企業と協力して、彼らのストーリーを世界に伝えるお手伝いをしています。

Keywords

Next Contents

対話を重ねる、外の世界に触れる。
空間に魂を吹き込む、オフィスリニューアルの軌跡