非人間中心デザインをバイオアートから探る
FabCafeメキシコシティとバイオアーティストの対話
2022年2月にオープンしたFabCafeメキシコシティは、FabCafeの13番目のグローバルネットワークとして新たに加わることになりました。バイオアートや複合現実の実験に焦点を当てたFabCafeとなります。そこで、世界のFabCafeをめぐる「Around the FabCafe World in 180 Days」シリーズの一環として、最新のFabCafeの創設者であるタニア・アエドとフェデリコ・ヘメル、そしてBioClub Tokyo創設者のゲオアグ・トレメルと、バイオエレクトロニクスアーティストのアナ・ローラ・カンテラをゲストに招き、彼らのバイオアートの捉え方や、コミュニティにおける市民科学の意義などを、ディスカッションしました。
現代の錬金術師|タニア・アエド&フェデリコ・ヘメル
FabCafeメキシコシティは、南部のマグダレナ・コントレラス区の火山性斜面にあるMembrana Labの建物内に新設されました。Membrana Labは、バイオテクノロジーを用いた拡張現実(XR)と複合現実(MR)の実験施設で、ここを運営するタニアとフェデリコの2人によってFabCafeも設立・運営されています。彼らがすでに取り組んでいるバイオアートやメディアアートの活動を、今まで以上に多領域の人々を巻き込んでオープンにし、地域に開かれたラボとして展開していく予定です。
タニアとフェデリコは、バイオアートやメディアアートについて、それまでの科学的成果の検証や賞賛という伝統的な役割とは対照的に、私たちの現在の存在と起こりうる未来に関する複雑で重大な問題に取り組むにあたっての大きな可能性を見出しています。そう考える背景として、「テクノ・パトリアーキー(直訳:技術分野の家父長制)」という表現を用いて、様々なビジネスモデルがビデオゲームのように覇権を競う現在の世界経済システムを指摘。常に変わり続ける世界において、領域横断的かつボトムアップの取り組みが必要であり、さらに、科学者だけが仮説提唱・検証する役割ではなく、アーティストから働きかけられることもあるはずだと伝えました。
2人は、彼らの活動について、生命そのものの本質を探る歴史的な探求の延長線上にあるものと考えています。その具体例として、20世紀初頭のメキシコの生物学者アルフォンソ・ルイス・エレラの研究を紹介しました。彼は原形質と原子生命体を研究し、有機物と無機物が結合して生命と非生命が混在する新しい現実を創造する可能性を示しました。一見突飛な話に聞こえますが、そのような現象は、たとえば私たちの足元の下水道で知らぬ間にすでに起こっているかもしれないと、彼らは話します。
さらに、タニアとフェデリコは、自分たちが手がけた作品が提起する倫理的な問題を強く意識しています。どんな種類の分子を使ったアートであれ、制作する前にそのライフサイクルを描き、どのように終わらせるかを考えます。それを説明するため、フェデリコは半生状態の原子生命体を使った実験をいくつか紹介しました。これらの細胞は、生きている細胞に似た行動をとりますが、動物細胞のような完全なスペクトルは持っていません。けれども、植物やペットと同じように倫理的な配慮をする必要があるのだと話します。
ゲオアグ・トレメル|DIYバイオの伝道師
ゲオアグ・トレメルは、FabCafe Tokyoに併設された市民科学コミュニティ&バイオハッカースペースであるBioClub Tokyoの共同設立者です。オーストリアに生まれ、ウィーンで生物学、情報学、メディアアートを、ロンドンのRCAでインタラクションデザインを学び、東京大学でDNA情報解析の研究員として勤務していました。彼は、改造された生命と、これらの改造がどのように私たちの道徳、倫理、社会的価値を変えるかということに深い関心があり、作品制作やBioClubでの活動を通して、多領域の人々と手を動かしながら共に考え・行動する機会を作ってきています。
彼の活動例として、人工生命をめぐる倫理的な問題の導入として、日本の企業サントリーが作った遺伝子組み換えの青い花を題材にした、「コモンフラワーズ/フラワーコモンズ」という作品について紹介。この花は完全に合法でありながら、一般の人々の相談や要求なしにDNAが書き換えられています。この作品をとおして、彼は生命の所有権や改変を認識したり抵抗したりする我々の能力について、重要な問題を提起しています。なお、別のアートプロジェクト「コモンフラワーズ/ホワイトアウト」では、CRISPRによって青い遺伝子を取り除き、元の花の色に戻しています。しかし同時に、このさらなる改変によって、この花は再び公式な遺伝子組み換え作物となってしまい、我々に疑問を投げかけます。
ゲオアグは1993年にWHOが発表した「Types of Futures」という有名な図式を紹介。それ以来、数え切れないほどのデザイン分野でこの図が再現されるようになったことに言及しました。これは、可能な未来、起こりうる未来、望ましい未来の広がりを表しており、つまり未来とは「ワイルドカード(=あらゆることがあり得る)」のようなものだと説明します。彼は、バイオアーティストの価値について、無限の可能性のある未来をスペキュラティブデザインに再導入することだと伝えました。
さらに、ゲオアグは、バイオラボはFabCafeのようなメーカースペースの延長線上にあるものだと考えています。彼はネットアーティストのヒース・バンティングの「DNAは、象徴と現実が出会う場所だ」という言葉を引用しました、この言葉は2002年、ヒトゲノム・プロジェクトが完了し、DNAをめぐる誇大広告がピークに達していたころのものです。現在では、DNAは読むだけでなく書くこともできるようになり、それ自体がメディアとなりましたが、一方で、倫理的な問題をめぐる世間の議論はその後下火になってしまいました。BioClubは、このような問題を再び世に問うための一つの方法なのだと、伝えました。
もともと、ロフトワークの創業者である林千晶氏との出会いが、BioClub Tokyoの設立につながったとゲオアグは説明します。FabCafe Tokyoの2Fにあるこのラボでは、オープンなワークショップやBioHack Academyなどのプログラムを開催し、日本におけるバイオコミュニティの拠点として活動しています。BioClubのような市民に開かれたバイオ実験スペースは、科学、アート、ホビー、アクティビズムの交差点で活動し、バイオアートとバイオテクノロジーを社会の片隅から主流へと徐々に導こうとしています。
アナ・ローラ・カンテラ|非人間中心の共創関係を探るバイオアーティスト
最後のゲストはメキシコで活動するバイオエレクトロニクス・アーティストのアナ・ローラ・カンテラ。彼女は菌類、バクテリア、その他の細胞性生命体との対話と共創を通して作品を制作しています。たとえば、微生物燃料電池に有機廃棄物を加えると光るレンガを作るなど、バクテリアとの共同作業を行っています。
アナ・ローラは、自分の作品を「非人間中心主義」的な実践と捉えています。つまり、人間以外の存在も、人間、物質、科学、歴史とともに重要な参加者であるということです。彼女の作品は、人間の行為者が果たす支配的な役割を排除することで、創造におけるアーティストの役割や、テクノロジーと自然との関係性を問いかけます。
彼女が手がける作品は、菌類細胞が宿主種に侵入してその行動を制御する有名な「ゾンビアリ」現象などの原理に基づいて構築されています。彼女は、キノコがロボットの行動を操作できることを示し、それがいつか建設に利用され得る可能性を示しました。これは、自然を支配するテクノロジーの常識を覆し、細胞生命体が人間の作ったテクノロジーを操作する可能性を示しています。
アナ・ローラは、彼女の多様性に関する考え方について、いくつかのプロジェクトを通して紹介しました。彼女の作品は、科学と芸術の境界を明確に感じさせてくれます。それはつまり、生物科学が知識の拡張を主目的とするならば、バイオアートは可能性の探求を根本的な目的としている、ということでしょうか。
クロストーク
今回のテーマに関して、FabCafeメキシコシティのタニアとフェデリコ、アナ・ローラ、ゲオアグがそれぞれの立場から意見を交わしました。以下にそれぞれのコメントを掲載します。
バイオアートってなんだ
アナ・ローラ バイオアートを定義するのは、いつも難しいですね。でも、ラテンアメリカの視点から言うと、生物と一緒に創作し、テクノロジーを使って他の種とコミュニケーションをとることができる分野と言えるでしょう。
フェデリコ そうですね、バイオアートは、人間であれ人間でないものであれ、種の間で共創するために、人間としての主体性の感覚を再構築する方法だと思います。
タニア 生物学はほぼ解析されているように見えますが、私たちの体内に生息する微生物や私たちとマイクロバイオームとの関係が未だ発見され続けているように、まだパラダイムシフトを生み出しています。アーティストの実験によって、私たちが疑問を持ち、どのような未来を望むかを決定できる場がもてるのはとても意義深いことだと思います。なぜなら、こうした微生物の中には、知らぬ間にすでに絶滅の危機に瀕しているものもありますから。
ゲオアグ 生命の解析や数学化という考え方は、とても興味深いですね。しかし、生命は記述されるだけでなく、すでに刻まれることもあります。つまり、すべてがバイオアートであるか、あるいは何もバイオアートでないかのどちらかと言ってもいいのかもしれませんね。
活動をオープンかつ透明にする理由
アナ・ローラ バイオアートはとても特殊な分野なので、慣れていない人が多いです。だから皆に分かるように伝えることがとても重要だと思います。そうでなければアーティストだけのコミュニティになってしまいますから。
ゲオアグ 安全性やセキュリティの観点からも活動に透明性を保つことは非常に重要なことです。少し前までは、政府、特にアメリカの政府は家庭でのバイオ実験に疑念を抱いていましたから。DIYのバイオラボは有害な物質を作り出す可能性があるので、オープンで透明性が高く、自分たちが悪者ではないことを示すことが重要なのです。
フェデリコ 市民が関わることで、自分たちの脆弱性を認識することができるし、自分たちの活動が実際にコミュニティに力を与えるものであることに気づけます。たとえば、アナ・ローラと一緒に行ったバイオマテリアルのワークショップでは、私たちを取り巻く植物が、いかに共同体の脆弱性をなくすために重要な役割を担っているか気づかされました。
タニア アートと科学は、知識を共有するものです。例えば、アナ・ローラのようなアーティストは、作品を完成させると、すぐにそれを人々と共有するためのワークショップを開催します。アートに可能性を見出すと、それをコミュニティで共有したくなるのです。
一番身近なバイオラボは自宅のキッチン
BioClubのようなラボにアクセスできない人もたくさんいます。初心者でも自宅などで実践できることは何でしょうか。
ゲオアグ 自宅で実験する時に時に完全な実験設備は必要ありません。シャーレとエタノール、そしてラボフレーム(無菌環境を作るための小さなろうそく)があればいいのです。基本的に、お金をかけずに始めることができる活動です。
フェデリコ 高価な機材は必要ありませんが、一方で材料に関する知識は必要です。たとえば、我々が行っている実験でも、ペットショップで買えるような素材から有害な珪酸ナトリウムを抽出して使うときもあります。あるいは、外に飛び出して色々と採集・観察しながら、そこから植物や物質が手に入ることに気づいたり、それらを組み合わせて他の物質を作ることもできます。忍耐と共創も良い出発点となりますね。
タニア 身近にある素材を使ってみましょう。バイオアートは、問いのための実験室のようなものです。特殊なツールよりも、そこに生まれる問いの方が重要で面白い。
アナ・ローラ 最初の実験室はキッチンだと思います。実際いろいろなことができますし、知識はネットで手に入りますから。バイオアートで最も重要なのは、素材を使って何を語ろうとしているかです。ラボは単なるツールのひとつに過ぎません。
FabCafe Mexico CityやBioClub Tokyoだけでなく、世界中のFabCafeで同じようなバイオ活動が始まっています。どなたでも参加できますので、ぜひご参加ください。.
また、タニアとフェデリコがFabCafe Mexico Cityのビジョンについて語ったインタビューも別途掲載しています。こちらもぜひご覧ください。
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これまでのAFW180
Vol.1 バンコク × サステナブルデザイン
FabCafe Bangkokの共同設立者であるKalaya Kovidisith(以下、カラヤ)が登壇。FabCafeがタイ政府や地元の自治体と連携して進めている、ゴミやエネルギー問題など、サステナビリティに挑戦するプロジェクトを紹介しました。後半では、蚕をテーマにしたプロジェクトのパートナーであるDivana Wellness(タイでエステなどの美容サービスを展開している企業)の代表者の2人を招き、タイの名産品で大きな可能性を秘めたシルクの新しい用途への取り組みや、今後の展望を語りました。
Vol.2 バルセロナ × ロボティクス
FabCafe BarcelonaのCEOであるDavid Tena Vicenteが、ヨーロッパで3番目に高齢化が進む町サモラで取り組みを始めた、高齢社会でテクノロジー活用の事例を紹介。さらに、ソニーコンピュータサイエンス研究所京都研究室所長の暦本純ー氏をお迎えして、ウェルビーイングという概念がどのように解釈されるのかについて言及。ゆたかな社会をデザインするためにテクノロジーをどう捉えるべきか、ディスカッションを展開しました。
Vol.3 クアラルンプール × 遊び
FabCafeクアラルンプールがこれまでに展開してきたプロジェクトやワークショップは、いずれも遊び心に溢れています。同じく、遊びをキーワードに活動を展開し、多方面で活躍しているデザインユニット、Playfoolのふたりとともに、デザインやクリエイティブにおける遊びや遊び心の役割について話し合いました。
人を自然と巻き込み、かつ本質に向き合うために、遊びがいかに大人にとって必要な活動なのか語っています。
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