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岩崎 諒子, 後閑 裕太朗 2022.04.20

「私たちは、他者を信じる」
クリエイターではない私たちの
クリエイティブな仕事論

「クリエイティビティとは何か?」

クリエイティブ――。
クリエイティビティ――。

「これらの言葉が本質的に抱えているものとは、なんなんだろう?」

なんらかのモノをつくる仕事をする人であれば、一度は考えたことがあるのではないでしょうか?

本連載「Loftwork is…」では、ロフトワークのリーダーたちに、各々の考える「クリエイティビティとは何か」を聞いていきたいと思っています。

企画が始まるきっかけは、「ロフトワークのやっていることは、わかりづらい。伝わりづらい」と言われやすいこと。ゆえにコーポレートサイトでの発信においても、編集部は「もっと、いい伝え方があるのでは?」と試行錯誤していました。

そんな中で出てきた「外からの目線でロフトワークという会社を編集する」という案を採用する形で、本連載は私たち(くいしん株式会社を中心とした)外部の編集チームに委ねられることになりました。

そんな風に連載企画を考えていたのと同じ頃、2000年の創業から20年を迎えた2022年2月。ロフトワークは新たに“We belive in Creativity within all”というコーポレート・アイデンティティを掲げることとなりました。

執筆:オバラ ミツフミ
撮影:村上 大輔
企画・取材・編集:くいしん

ロフトワークの本質は、組織の総体ではなく、個々人の内面にある

編集部とのミーティングを繰り返す中で、切り口として「リーダーたちに各々の思う『クリエイティビティとは何か?』を聞く」というテーマを選んだのは、ロフトワークの本質は、組織の総体ではなく、個々人の内面にあると考えたからです。

ロフトワークとは、あくまでプロジェクト・マネージャーやディレクターといった個人の集合体であり、いわゆるひとつのビジョンに向かって突き進んでいくビジネス組織とは異なる空気感を持ったチームです。

(実際、“We belive in Creativity within all”というコピーは、Aboutページに掲載されており、コーポレート・アイデンティティとして存在するものの、ビジョンであるともパーパスであるとも定義されていないんです)

リーダーたちのクリエイティビティに対する解釈を聞いていく中で、結果的に「ロフトワークとは何か」を考えるきっかけをつくり、“We belive in Creativity within all”=「すべての人のうちにある創造性を信じる」の意味を深堀りできたらと考えています。

第一弾となる今回は、ロフトワークのマーケティングチームであり、「loftwork.com」編集部の岩崎諒子と後閑裕太朗にお話を聞きました。本企画の生まれた経緯や立ち位置について、そして、ふたりにとっての「クリエイティビティとは何か」を、連載のイントロダクションとして、語っていただきました。

創業22年、私たちらしさを再定義する

—— 最初に「Loftwork is…」の生まれた経緯を教えてください。

岩崎 これまで何度も、「ロフトワークって、なんの会社?」という質問をされてきたのですが、そのたびに「デザインを手がける会社です」「クリエイティブの会社です」などと口を濁していて……。私たちメンバーだけではなく、経営陣も同じようなシーンに何度も遭遇していました。

そんな中で、創業者の林千晶が一線を退くタイミングで、これまで私たちロフトワークが歩んできた20年余りの歴史を言葉にする言語化プロジェクトが始動したんです。そこで生まれたのが、“We belive in Creativity within all”という新たなコーポレート・アイデンティティです。

このタイミングで、ロフトワークと関わりを持ってくださっていたみなさん、これからロフトワークと関わりを持っていただくみなさんに、ロフトワークが考える「クリエイティビティ」について知ってもらおうと、ロフトワークのクリエイティビティを発信する連載をスタートさせました。

「Loftwork is…」というシリーズタイトルは、くいしんさんとライターのオバラさんとで考えていただいたんですよね。自分たちでは思いつけないぐらい真っ直ぐなタイトルですが、気に入ってます(笑)。

後閑 私たちはクリエイティブに根ざした活動をしてきた会社で、クライアントや社会にクリエイティビティを実装し続けてきましたが、ロフトワークの社内にはいわゆる「クリエイター」が存在しません。

連載を通じて、メンバーそれぞれが「自分にとってのクリエイティビティ」を言語化していけば、非クリエイターで構成される私たちなりのクリエイティビティを知ってもらえるのではないか。

そうした意図があり、外部の目線からロフトワークの活動を切り取ってもらおうと考えたのが、この連載です。

私たちらしさとしての“We belive in Creativity within all”

—— 新しいコーポレート・アイデンティティである“We belive in Creativity within all”は、どのようにして策定されたのでしょうか。

岩崎 プロジェクトが立ち上がったのは、2020年11月です。林をはじめとした言語化プロジェクトのメンバーが中心となり、元WIRED編集長の若林恵さんが率いる黒鳥社さんにご協力いただき、外部の視点を取り入れながら言語化を進めていました。

言語化には1年以上の時間を要しています。黒鳥社さんに引き出していただいたロフトワークのキーワードを、文章として一つ一つ丁寧に編み上げた答えが、“We belive in Creativity within all”です。

私たちはクリエイターではないものの、人々のクリエイティビティを引き出すことをしています。そうした事実を踏まえても、“We belive in Creativity within all”という言葉は、まさに私たちを表現するものでした。

後閑 個人的な話ですが、“We belive in Creativity within all”という言葉を定義してから、自分自身がクリエイティビティを持っていることを信じられるようになりました。

ずっと抱えていた「自分はマーケティング活動をしているのであって、はたしてクリエイティブを社会に流通させる一翼を担っているのか」という疑問は解消され、安堵ともいえる感情が湧いてきました。

また、自分もクリエイティビティを持つ一人なのだと明確に理解してから、仕事への向き合い方も大きく変わったと思います。

これまでは「自分は非クリエイターであり、クリエイティブについてよく理解していない」という気持ちが少なからずありましたが、分からないなりにクリエイティブとは何かを追求していかなければいけないと考えるようになりましたし、誰もがクリエイティビティを持っているのだから、それを引き出す人間でありたいと強く思えるようになりましたね。

岩崎 私も同じように、「自分にはクリエイティビティなどない」と思っているクチでした。創業時から2018年まで運営していたクリエイターコミュニティでずっと企画・編集をしてきたのですが、あくまで「クリエイティビティを持つ人たちを応援している」という認識だったのです。

ただ、その活動は、たしかにクリエイティブなものだった。新しいCIによってそれを再認識できたことで、自分の仕事の価値を信じられるようになりましたし、もっともっと社会に向けて自分たちの活動について発揮していきたいと思えるようになりました。

そうだ、一つ話したいことがあったんです。“We belive in Creativity within all”という言葉を聞いたときに、ある一つのプロジェクトを思い出しました。

2016年に、兵庫県多可町(たかちょう)主催のもと、多可町の魅力を伝えるPR映像の制作合宿「TAKA Winter Video Camp」を開催したことがあります。映像クリエイターが現地に滞在し、取材を通じて多可町の魅力を再発見・発信することで、産業振興を目指す取り組みです。

最終的に賞を受賞したコンテンツは、映像ディレクターのくろやなぎてっぺいさんが手がけたもので、多可町に暮らすおじいちゃんとおばあちゃんに歌詞と振り付けをお願いし、それを実際に歌って踊ってもらうという映像作品でした。

《TAKACHO PHYSICAL PROMOTION》
https://takavc.project.cc/#top

映像に登場したみなさんは、クリエイターではありません。でも、たしかにクリエイティビティを発揮していて、そのクリエイティビティが町そのものの魅力を体現していました。

当時はうまく言語化できていませんでしたが、“We belive in Creativity within all”という点で象徴的な作品だったと思います。

クリエイターは自身のクリエイティビティを発揮するだけではなく、誰かのクリエイティビティを引き出すこともできる。また、クリエイターではなくても、きっかけさえあれば誰もがクリエイティビティを発揮できる。

私たちがやっている活動の価値は、ここにあると直感しました。すべての人に宿るクリエイティビティを信じ、それを発揮してもらうことで、答えのない問いに挑んでいくことが、私たちロフトワークの使命なんだと認識したんです。

クリエイティビティを巡る、私たちの物語

—— 「クリエイティビティを信じる」といっても、クリエイティブという言葉の解釈は多様だと思います。お二人が考える「クリエイティビティ」とは、いったいどのようなものですか?

後閑 直訳すると「創造性」といった意味になると思いますが、単に物をつくることではないと思っています。

学生時代に雑誌をつくっていたことがあるのですが、僕は当時、その活動をクリエイティブだと信じきることができませんでした。表現が難しいのですが、雑誌をつくるうえでの目的やビジョンを考えることなく、自分の役割をまっとうすることに従事するばかりで、そこに創造性があるようには感じられなかったのです。

きっと、迷っていたんだと思います。アウトプットに対して「自分がクリエイティビティを発揮した」と思いたい気持ちと「そうとは信じきれない」という気持ちが同居していました。

ただ、自宅で料理をする、日常的な営みにはクリエイティビティを感じていました。人間であれば誰でも一度は実践したことがあるであろう「特別ではない行為」ですが、僕にとってのそれは、間違いなく「クリエイティブ」だったのです。

後閑 僕にとっての「雑誌づくり」と「料理」の間にある違いを考えてみると、「プロセスそのものが楽しい」という感覚の有無でした。料理をつくっているときは、「少し味を濃くしてみようか」とか、「緑黄色野菜を増やしてみよう」とか、自分のためだけの楽しみがあったのです。

何かを生み出すプロセスの中に、心の底から楽しみを見出し、「好き」という感情を宿せるか。その壁を突破したときに生まれる感情こそが、クリエイティビティなのだと、過去を振り返って思っています。

岩崎 後閑くんの話にすごく共感します。私は大学を卒業後、新卒でインテリア販売の仕事をしていました。ただ、どうしても自分のやっていることに納得感が持てなくて。というのも、自分が必ずしも「いいものだ」と思わないプロダクトでも、お客様がほしいと言ったらおすすめしなければいけないことが、すごくつらかったんです。

結局、一年で仕事を辞め、地元の石巻に戻ってふらふらしていました。その当時、これからの人生を模索していたタイミングでたまたま見つけたのが、まだ小さな会社だったロフトワークの求人ページです。

求人サイトに掲載された案内を見てみると、「クリエイターと手を組み、プロジェクトをゼロから生み出す」といったことが書かれていました。そのテキストに心が躍った理由は、やはり「ゼロからつくれる」という点です。

すでに完成されたものを販売する仕事に就き、それに苦しんだ私にとって、自分が信じられるものをつくっていく過程はとても魅力的に感じられました。

—— おふたりが考える「クリエイティビティ」に共通するのは、「自分が信じられること」「自分が好きだと思えること」だと。

岩崎 個人として、そういう傾向はあるのかもしれませんね。一方で、企業に所属する伝え手に立ったときに、前提として「クリエイティビティ」あるいは「クリエイティブ」であるもののすべてを「善である」とするべきなのか、という迷いはあります。

たとえば、私は詩人のジャン・コクトーが好きなのですが、彼の作品は、読む人の世界を震わせるものだと思っています。しかし、彼の作品には死を想起させるものが多く、退廃的・性的な表現も多く含まれます。読む人によっては必ずしもポジティブな感情が生まれないかもしれません。もちろん、私自身は彼の作品の価値をゆるぎないものとして信じていますが。

さらにいうと、ときにクリエイティブには無意識のうちに差別や排除性が反映されてしまったり、これは最も望ましくないことですが……特定の人々への悪意を込めて流布されるものだってあります。組織として「クリエイティビティ」や「クリエイティブ」の価値を発信することには、少なからず責任が発生しますよね。

岩崎 では、自分の仕事におけるクリエイティビティは何だろうかと改めて考えると、私にとって大切なことは、やっぱり「自分の手でつくること」なのだと思います。オウンドメディアのコンテンツも、そうやってずっとチームで手作りしてきましたから。

私の職務も、後閑くんと同じくマーケティングなので、ロフトワークのプロジェクトに、直接的に携わるわけではありません。それでもディレクターやプロデューサーたちの仕事に共感できるのは、すべての人のクリエイティビティを信じるというメッセージを共有するみんなが心血を燃やすものだからです。

つまり、「自分たちが信じられること」だからこそ、自分で言葉を紡ぎながらその価値を伝えるという職務に対してクリエイティビティを発揮できているのではないかと思います。

私たちは「変化し続ける、価値創出の触媒」

—— おふたりが考える「クリエイティビティ」には、通底するものがあるんですね。

岩崎 言葉の捉えかたは人によってさまざまだとは思いますが、ロフトワークのメンバーなら、少なからず共通するものがあると思っています。

私たちが生み出すアウトプットの大半は、新しい価値を問うためのものだったり、前例のないチャレンジだったりします。それらをするうえでは、私たちだけではなく、ステークホルダー全員がクリエイティビティを発揮しなければいけません。

ロフトワークのメンバーは、そのことを全員が理解しています。だから、クリエイターやクライアントなど、ステークホルダー全員がプロジェクトを「自分ごと」としてとらえられるよう、コミュニケーションを取ります。

すると最終的には、みんなが「自分が信じられること」に向かえる。だからこそ、プロジェクトがうまくいっているのだと思いますし、ときにクライアントの組織のような大きな存在を動かすこともできるのではないかと考えています。

後閑 一般的に「クリエイティブ」や「クリエイティビティ」という言葉から連想されるものと、私が考えるそれは、少しだけ乖離があると思っています。

おそらくですが、「クリエイティブ」と聞くと、デザインや広告的なイメージを持たれる人が多いはず。それゆえ、「クリエイティビティ」を発揮できるのは、そうした職業に就く人の特権のようにも思われてしまう。

でも、私たちはそう考えていません。繰り返しになりますが、誰にでもクリエイティビティは存在するものだと信じています。

クリエイティビティを解放していくのは、私たちだけの力でするものじゃなくて、クリエイターの力も借りるし、クライアントのみなさんと協力するからこそできるもの。そうした考え方を言葉に表したものこそが、“We belive in Creativity within all”なんじゃないかなって思っています。

—— いままでも、これからも、ロフトワークは人が持つクリエイティビティを信じて、その解放をサポートしていくと。

岩崎 VUCAという言葉があるように、現代は“先が読めない時代”です。これを経済活動に置き換えて考えると、企業はこれまで続けてきた事業や活動だけでは、未来をつくれない可能性がある、ということだと思います。

その壁を打破するには、やはり新しいアプローチを考えなければいけません。そして、新しい取り組みには、クリエイティビティの発揮が不可欠です。

そのために、私たちはステークホルダーと“共犯関係”をつくっていきます。私たちが信じる価値を投げかけ、相手からも信じる価値を投げかけてもらう。そこから生まれる化学反応をプロジェクトとして形にし、ゼロから価値を生み出していく。

提供するものの根幹は変わらないけれど、その大きさや深さ、アプローチは常に変化していくことが、ロフトワークのクリエイティビティなのかなと思います。

おわりに

「私たちはクリエイターではないものの、人々のクリエイティビティを引き出すことをしています」。——岩崎さんの言葉は、岩崎さんと後閑さん、そしてロフトワークが生み出すクリエイティブを象徴するものだと思いました。

「クリエイティブ」という言葉は、掴みどころがなく、定義するのが難しい。きっと、解釈も人それぞれだと思います。

しかし、たとえ自分自身がクリエイターではなくても、人の可能性を信じて、向き合い、引き出すプロセスは、間違いなくクリエイティブなものです。

自分たちのあり方を問い、時代の半歩先を歩きながら、あるべきクリエイティブを生み出し続ける。自身のクリエイティビティを発揮し、誰かのクリエイティビティを信じ続けるおふたりの姿を見ていて、彼らはきっと「変化し続ける、価値創出の触媒」なのだと思いました。

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「同一化への恐怖が僕の原点」
ロフトワークの“異分子”原亮介のクリエイティブ論