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山田 麗音 2023.12.11

パンデミックを「ハック」し、分断の社会における繋がりを可視化する
ソーシャルインフォデミックゲーム「SNEEZE」が目指すもの 〜前編

2022年12月、ロフトワークは「20XX年の伝説を創造する」をミッションに掲げる新たなユニット「MVMNT(ムーブメント)」を立ち上げました。エモーショナルな社会と文化の創造を目指し、アーティスト/クリエイターとの共創を通して、新たな伝説=ムーブメントとなるプロジェクトを生み出すための活動を実践しています。

2023年からは、新たな取り組みとして「Alternative Code Series」を始動させます。「新しい行動様式を生み出す」をテーマとする本シリーズでは、アーティストが持つ作品性と社会との接続性を両立させ、問いと今ある世界に別の可能性を提示する作品・サービス・ツールの開発に取り組んでいきます。

第一弾の作品として発表する「SNEEZE(スニーズ)」は、アーティスト/ハッカーの石原航さんとの共創によって生まれたソーシャルインフォデミックゲームです。2019年12月からはじまったコロナ禍での物理的/精神的な分断を発想のきっかけに、「仮想ウイルス」を培養するゲームを通して、SNS上の繋がりを捉え直すツールとしての社会実装を目指します。

本記事では、プロジェクトのメンバーであるCreative Executive/シニアディレクターの山田麗音と、コラボレーターであるアーティスト/ハッカーの石原航さんと共に、「SNEEZE」が生まれた背景や開発プロセスを振り返ります。前編ではMVMNTのキーワード「アートドリブン」「ファンダム」「伝説」を深掘りしながら、「ありえるかもしれないインターネット」をテーマに据える石原さんの活動についてお話いただきました。進行は、MVMNTの広報・PRマーケティングの瀬賀未久が務めます。

執筆:堀合 俊博
撮影:村上大輔

話した人

左:山田 麗音 (株式会社ロフトワーク Creative Executive/シニアディレクター) profile
中央:石原 航 (アーティスト / ハッカー )
慶應義塾大学総合政策学部卒業、同学政策・メディア研究科博士課程を単位取得満期退学。 「ありえるかもしれないインターネット」をテーマに様々な作品、システムを制作・開発しながら新しいアバター観やデジタルコミュニティの可能性を思索・研究中。 総務省認定異能β(総務省公認のへんなひと)保持者。Ars Electronica 2019 Future Innovatorに選出。公益財団法人クマ財団奨学クリエイター4〜5期生採択。 主な受賞歴にWIRED Creative Hack Award 2021準グランプリ、同賞2018特別賞、Campus Genius Contest 2019 審査員特別賞など。https://kooh.me/
右:瀬賀未久(MVMNT Unit広報・PRマーケティング)

n=1の可能性を信じる、アートドリブンのプロジェクト

瀬賀 ロフトワーク内でMVMNTが立ち上がった経緯を教えてください。

山田 MVMNTは「20XX年の伝説を創造する」をミッションに、2022年12月に立ち上げたチームです。ロフトワークでは、もともとクリエイターコミュニティを生み出すサービスやプラットフォームを展開してきましたが、これからは企業が一方的にサービスやプロダクトを立ち上げるだけではなく、ファンやユーザーと共につくり上げていくことが重要になっていくと考えています。MVMNTの立ち上げの背景には、アーティストとの共創を通して「ファンダム」が生まれるきっかけとなるようなプロジェクトを実践していきたいという思いがありました。

MVMNTのミッションにもある「伝説」とは、日常や常識から逸脱したエクストリームな出来事や、これまで見たことのない、想像もできなかった出来事を多くの人が体験することで生まれるものだと思っています。伝説は、後の人生に影響を与えるような、ライフストーリーに刻み込まれるものでもあると思うので、そういった体験が生まれるプロジェクトをアーティストの方々と共創していきたいと考えています。

瀬賀 アートに力を入れていく背景にはどのような思いがあったのでしょうか?

山田 コロナ禍や戦争といった世界の認識そのものが揺れ動くようなことが起きている中で、未来がどうなっていくかのか、はっきりと言うことができない時代になってきていると思います。それでも、時代になにかしらの点を打ち前に進んでいくためには、既成概念に囚われない価値観を提示できるアーティストのような存在が必要です。アーティストが世界をどのように捉えているのか、言うなれば「N=1」の価値観が、結果的に他者の共感を呼び、人々の価値観を変える可能性があると思うので、MVMNTでは「アートドリブン」を重要なキーワードに掲げています。

XSからXXXLまで、伝説にはどんなサイズがあってもいい

瀬賀 当事者が伝説をつくるというより、第三者が語り継ぐからこそ伝説になる、ということもありますよね。第三者によって伝承されていくことが大事なのかなと。

山田 そうですね。MVMNTがファンダムの存在を重視していきたいのは、まさにそういった理由からです。たとえば「これは価値のあるものです」といったメッセージの広告をつくったとしても、世の中への広がり方にはきっと限界があるんじゃないかなと思いますし、伝説になるには、なにか別のマジックが起きる必要があるんじゃないかと。発信者の意志とは関係のない、第三者による別の論理がはたらいていると思うんです。

 *1:ファンダムとは、熱心なファンがつくるゆるやかなコミュニティや、独自の文化のこと。

石原航さん(以下、石原) それはたしかにそうだと思います。あらゆる分野の始祖とされる人は、自分で記録を残していないですよね。たとえばソクラテスは自ら本を著すことはなく、プラトンが彼の発言を記録したことで哲学の基礎が生まれ、ギリシア哲学として伝説になっている。聖書を書いたのもイエス本人ではなく、その弟子たちでした。ある人の活動や発言を観たり記録したりする人のことをファンダムだと捉えると、語り継ぐ人の熱意で伝説になるかどうかが決まるんだと思います。

 また、伝説というと多くの人が信じる「大きな物語」みたいな意味合いが強いイメージがありますが、「あれって俺たちにとっての伝説だったよね」みたいな、もっと個人的な出来事も含まれそうですよね。

山田 そうですね。必ずしも時代を変えるような、全人類が共有できるものじゃなくてもいいと考えています。中学校の時の「あれ、やばかったよな」みたいな話も、ひとつの伝説だと思うんです。日常の中の小さい単位の出来事でも、あとあと振り返ってみるとすごかったんじゃないかと感じられることもあるはずなので。

伝説には、XSからXXXLまでのいろんなサイズがあっていいと思います。それらを体験することで物事を違う角度から見られたり、解像度が高まったりすることで、明日からの自分の歩き方や話し方が変わるかもしれない。そんなふうに考えています。

新しい行動様式を生み出す「Alternative Code Series」

瀬賀 今回、アーティスト/ハッカーの石原さんと一緒に開発した「SNEEZE」を、MVMNTの「Alternative Code Series」の第一弾として発表します。このシリーズはどのような活動を目指すのでしょうか?

山田 「Alternative Code Series」の原形になるような活動として、「TKMK B/A(トキメキビフォーアフター)」というイベントがあり、第2回目の開催時に石原さんにご参加いただいたことが、SNEEZEのプロジェクトがはじまるきっかけになりました。「TKMK B/A」では、世の中にある「ときめかないもの」をクリエイターやアーティストの力で救うための思考実験を行い、1ヶ月をかけてプロトタイプを制作しています。

毎月開催されたクリエイターの交流イベント「TKMK B/A」

「TKMK B/A」は「30日間でカタチにする」をテーマにしているので、それなりのスピード感が求められますし、できることに限界もあります。石原さんとさまざまなお話をさせていただく中で、一人のアーティストと時間をかけてプロジェクトに取り組んでみたいと考えるようになったことが、「Alternative Code Series」をはじめる背景にありました。

「Alternative Code Series」では、アーティストたちと一緒に、社会に一石を投じるためのアクションを起こすプロジェクトに取り組んでいきたいと思っています。「Code」には規約や規範といった意味があるので、「Alternative Code」と表現することで、新しい慣習やルール、行動様式を生み出すプロジェクトにできればと考えています。

石原 僕がアーティスト/ハッカーとして活動する中でも、「Alternative Code Series」が目指しているテーマに近い発想をしていると思います。ハッキングには、既成概念を破壊するという意味合いがあると考えているので、既存の考え方に取って代わる新しい規範となる作品をつくりたいというのは、普段から僕が考えていることでもあります。

ハッキングを善的に解釈し、ポジティブな行為に転用する

瀬賀 あらためて石原さんの活動についてお話いただいてもいいでしょうか?

石原 僕はハッキングを創造的な行為として解釈できないだろうかと考えながら、アーティスト/ハッカーとして作品制作をしています。

たとえば「Class Jack」という作品は、コロナ禍で大学がオンライン授業に切り替わったことをきっかけに制作したものです。いまやスタンフォードといった世界トップクラスの大学の授業がYouTubeで観られる時代なので、学生側からすると、教師が一方的に話すだけのオンライン授業にリアルタイムで参加する意味はほとんどですよね。「Class Jack」は、僕自身が先生側の立場に立った時に、同じようなやり方はしたくないと考えて制作したものでした。

《Class Jack》
生徒が教師の教科書(スライド)に落書きできるけしからんインターフェース

「生徒が教師の教科書(スライド)に落書きができるけしからんインターフェース」と定義しているのですが、授業のスライドに落書きをしたり、改ざんしたりするある種のハッキング行為を、ポジティブな行為に転用させています。教師への反抗のリアクションである落書きを創造的に解釈することで、スライド上にひとつの共創空間をつくり出す作品として制作しました。授業に関連するコメントを真面目に書き込む学生がいれば、ふざけた落書きをする学生ももちろんいます。こうやってリアルタイム性をオンライン授業に持たせることができれば、学生たちが大学で授業を受けることの意味を復権できるのではないかと考えたんです。

他人のアカウントにログインできるTwitterのようなSNS「Hack In」という作品では、ログインではなく「ハックイン」することで、他人のアカウントのふりをして投稿することができます。他のSNSでは「LIKE」「DISLIKE」で評価するところを、ここでは「ALIKE」「UNLIKE」ボタンをつけることで、他のユーザーが”本人っぽい”投稿かどうかを評価することができ、もしハッキングした誰かの投稿の方が自分よりも「ALIKE」が押された場合に、「自分らしさ」とはなにかを考えてしまうような仕組みになっています。この作品でも、なりすましというネガティブな行為を、楽しめるゲームに変換することをコンセプトに制作に取り組みました。

《Hack In》
他人のアカウントにログインできるSNS

ハッキングは、データの改ざんやアカウントの乗っ取りなど、ネガティブな行為に用いられることがありますが、僕はみんなが持っている既成概念を破壊する行為として捉えています。ネガティブな行為とされているものを善的に解釈し、ポジティブな意味に反転させた上で、みんなが楽しめる作品をつくりたいというのが、アーティスト/ハッカーとしての僕の基本スタンスです。

整理整頓されたインターネットにノイズを取り入れるために

瀬賀 石原さんがハッキングをテーマに作品制作をはじめたきっかけは何だったんですか?

石原 もともとSF小説が好きだったことが僕のルーツにはあって、中学生の頃に読んだ伊藤計劃さんの『ハーモニー』に衝撃を受けたんですよね。この小説の中で「仕組みさえだますことが出来れば、世界を転覆させることだってできるんだ」というセリフがあるのですが、そういった世界の脆弱性を突くハッキングという行為に、恐ろしさと同時に憧れの気持ちがありました。

それからハッキングが大好きになり、もちろんその悪用の仕方を知らないわけではないのですが(笑)、大学生ぐらいのころから、インターネットの世界をおもしろくするためのポジティブな行為として活用できないかと考えるようになりました。僕は「ありえるかもしれないインターネット」をテーマに据えていますが、そこには現在のインターネットにつまらなさを感じている僕の考えが現れています。

例えばかつてのインターネットには、ニッチな趣味を持った“へんなひと”が点在していて、不意にそういった人たちがつくったものに触れてしまう偶然性があったと思います。ところがいまではアルゴリズムやフィルターが発達してしまったことで、そういったものが目に入らない力学がはたらいています。僕はそんな整理整頓されたアーキテクチャに、ある種のノイズを取り入れることがないかと考えながら作品を発表しています。

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