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田根 佐和子 2021.01.22

【郷事諮問録】高千穂の牛は神代の夢を見るか

ロフトワーク京都ブランチで、FabCafe Kyotoのコミュニケーター・MTRLプロデューサーとして活動する田根。各地にその土地を知る面白い人がいる。その地のことはその人にきくのが近道ということで、肩書きに「旅人」が加わった田根。今回の目的地は宮崎県。高千穂郷食べる通信、無人古書店「ほん、と 高千穂」、ゲストハウス「旅人とまちの宿 さんかく」、宮崎県工業技術センターなどをめぐりながら、宮崎に根ざし、人や体験を繋いで活動している方々との出会いの記録です。

たねは旅に出ることにした

2020年は、以前と比べてあまり直接数多くの人と交流することが出来ない年でした。

諸々あった年ですが、周囲を見渡しても遠くに足を伸ばすよりも、今一度働き方や生き方を見直し、調整し、興味深い行動を起こした人たちが各地に多かった年だと感じます。

事の起こりが各地の「その土地の固有の動き」であり、外に広げるよりも内を固める活動が多かった故に、京都で座して待っていてもなかなかその動きを知ることが出来ません。田根の職種は「コミュニケーター」ですが、京都にいるだけでは興味深い活動が補足できない。
なので、外に旅に出て、自分から人に会いに行くことにしました。

この動きは(感染状況には気を遣いつつ)今後も続ける予定です。
各地で芽吹いた興味深い活動が、今後別の地域と有機的に連動し、育っていけばよいし、その連携の一助になれればいいと思っています。
ぜひ、面白い人、興味深い試み、深めてきた思いなど、各地のストーリーをご存知の方はお声がけいただければと思います。

田根 佐和子

Author田根 佐和子(MTRLプロデューサー / コミュニケーター)

大手PC周辺機器メーカーで営業部門、広告部門を担当した後、2006年、ロフトワークに入社。クリエイターとのチームメイキングに定評があり、ソーシャルゲームなどのコンテンツ・ディレクション分野で活躍。2011年に京都オフィスの立ち上げメンバーとして京都移籍。現在は素材の新たな可能性を探る事業「MTRL」のプロデューサーとして、企業や職人、研究者を繋ぐ活動をしている。特技は”興味の湧かないものはない”こと。職人/技術者/研究者への人一倍のリスペクトと個人的な好奇心から、プライベートでも日本中を駆け巡って会いに行ってしまう。趣味はスキーとダイビングという、ロフトワークでは数少ないアウトドア派。

Profile

宮崎県 高千穂エリアについて。

今回うかがったのは宮崎県の高千穂。関西国際空港から飛行機で宮崎空港にまず向かい、そこから車で2時間。

高千穂は高低差の大きな山間に在り、天孫降臨や天岩戸伝説といった神話の舞台として知られている土地。
また高千穂郷・椎葉山地域はGIAHS(世界農業遺産)に認定された「持続させるべき農業システム」が生きる土地でもあり、整備された棚田の風景や、和牛オリンピック(全国和牛能力共進会)の食味部門で2年グランプリに輝いた宮崎牛の一種、高千穂牛の存在も有名です。

地域を知る「結び目」的な人物に訊く

今回高千穂で会いにいったのは佐藤翔平さん。
この地で生まれ育ち、町役場勤務を経て、現在は独立しデザイン業を営む、まさに現地を知る外との「結び目」のような方です。

高千穂郷食べる通信」の創刊にも携わった方とあって、生産の現場を横断的にご存知でもあります。

今回お忙しい佐藤さんに無理にお願いしてお時間をちょうだいし、高千穂という土地の特徴と、そこで行われている試みについてお話しをうかがいました。

高千穂の佐藤さん
高千穂神社参道。この右の並びに「ほん、と 高千穂」がある。

八百万の神様との邂逅

待ち合わせ時間まですこしあったので天岩戸神社に参拝。
天岩戸跡の対岸に社殿がもうけられ、ご本尊は岩戸そのものとのこと。

30年前に建てられたというのに新築以上に鮮烈な木の香りのする社殿(よほどよい材を用い、よい製材をしたと思われる)に参拝し、その後、天野安河原にも詣でました。

ここで祀られているのはなんと「八百万の神」。…こんなに祭神が多いのは初めてかも知れない。色々スケールが違う。

ナチュラルに古事記の世界がレイヤーかぶせて表示される感じ。この不思議な感覚は宮崎にいる間続きました。

天岩戸神社。拝殿に進むと鮮烈な木の香りに包まれる
岩戸川。素晴らしく美しい。
天野安河原の立て看。八百万の神々がまつられてる。

「コミュニケーション促進の場」としての「ほん、と 高千穂」。「旅人とまちの宿 さんかく」

佐藤さんと待ち合わせたのは彼が運営している無人古書店「ほん、と 高千穂」。

古本屋の業態でありつつ、良く出来たコミュニケーション設計に感心しました。
(くわしくは営業に際して開設されたクラウドファンディングのページにて)

高千穂神社の参道に在って普段は扉も開けっぱなしで、通学途中の子供たちが寄り道して本を読んでいく姿もあるとか。
基本無人の店舗に、「戻ってくるたびに寄贈の本がそっと片隅に置いてある」とのこと。
少し前に行った飛騨でも、「本屋がない」ことが街の残念な点、という話があって(※)、本のある空間が実は非常にコミュニケーションツールとして有効、という話はありそう。
場所柄もとてもよく、週末にはポップアップショップの会場として使われることもあるとか。
高千穂神社の門前町として様々なお土産物屋や飲食店が軒を連ねる通りにあって、地元の人たちの交流をメインに据えた店舗を置くことはとても素敵に思えます。

※ やわい屋のご主人が各地で器を仕入れるたびに古本も仕入れてきて、店舗二階で古本屋を開設したことを讃えながら紹介されたエピソード

宿としてお世話になったのはゲストハウス「旅人とまちの宿 さんかく」。

相当面白い人たちが集まる場との事で、お世話になった期間にも、次から次へと地元やら外からの人やら挨拶に訪れていました。
おそらく普段はもっと凄いのでしょう。
宿のオーナーが地域の名所を色々紹介してくれる、というのはよくあれど、宿に地元の人たちが帰宅するような気楽さでやってきて談話する、というところは貴重なのではないでしょうか。
そもそも宿の主・あすかさん自身が地域と外の人を結びたくて宿を営んでいる、という前提もあり、志を同じくする全国のゲストハウスオーナーと繋がって諸々情報交換なりをしているといいます。

各地を巡るとき重要となってくるのが、コミュニケーションの結び目になっている人・場所に如何にしてたどり着くか。外の人だけでもダメ、内の人だけでもダメ。「旅人とまちの宿 さんかく」はそういった貴重な場所だと感じました。

「さんかく」のリビング。市民以外にも県の内外からかなりの人が訪れ挨拶を交わしていた。
さんかくのオーナー・あすかさん
佐藤さんと地域おこし協力隊の福島さん

「高千穂郷食べる通信」と高校生が伝える自分の街の魅力

「食べる通信」というタブロイド誌があります。
日本全国各地バージョンがありそれぞれ発行元は異なるけれど、地方の特産品を特集し、その特集で取り上げた食材が付録につく「付録付き地方誌」。年に4回発行されます。
高千穂で発行している「高千穂郷食べる通信」は佐藤さん達が中心になって2016年秋に創刊して数年、今では学生達が編集部となって活動しているといいます。

【高千穂郷食べる通信】のここがすごい

  • 編集部が地元の公立高校生達
  • 二校に編集部がまたがっている

3ヶ月に一度発行する必要があるため、おそらく複数号重複して作業しているのではと予想されます。
自動車で動き回れる大人に対し、学生達の取材執筆はより大変そう。

訊けば、元々、地域学習にかなり力を入れているのが高千穂で、小学生時代から地元について調べる機会が多いそう。その流れ話が来て創刊当初からかなり手伝ってくれていたとのことでした。

全国の子供たちがどれだけ地域学習に力を入れているかはそれぞれ違いそうですが、あらかじめお膳立てされた「答えの分かる」問題を解いたり丸暗記するよりも、自分たちで企画して取材して発信する方が遙かに大変で、理解が深まることは想像に難くありません。

また、本誌は有料。ライバル誌は全国各地にあります。クオリティが低いと成り立ちません。
どういう表現なら地域外の人に理解してもらえるのか。高千穂は、他とどう違うのか。何が強いのか。どんな思いで何を残したくてやっているのか。相当に知恵を絞る必要があるでしょう。
明確に締め切りがあるなかで責任や役割分担なども発生するでしょう。
購読者数が変動することで、世間からの反響がダイレクトに伝わる、これはかなりシビアな世界だと思われます。学生たちに編集部を任せた地域の皆さんの彼らに対する信頼と懐の広さも素晴らしいと思います。

今回、編集部の高校生達と直接やりとりが出来たわけではなかったのですが、たまたま高千穂に赴く前に、オンライン視聴していたイベントで編集部の生徒たちが話しているのを確認していたのですが、高千穂のよいところは、と問われ、「高千穂で採れる野菜は全て美味しいし、空気も水もきれい」であると断言していた姿が非常に印象的でした。

神話の土地なのに、その点には一切触れていませんでした。
1時間も歩けば古事記の舞台になったといわれるところを両手の指の数ほど回れるくらい神話の色濃い土地にあって不思議に思っていましたが、話を伺って納得しました。

水への渇望と神楽

佐藤さんに山腹用水路に案内して貰いました。
山のてっぺんから山肌を縫うように巡らされた水路です。明治の頭頃に発案、数十年かけて築かれ、今も棚田に水を供給しています。
谷底には豊富な水があっても山腹の棚田に水を供給する仕組みがなかった当時、たった一人の市民が用水路の建設を提案し、絵空事と揶揄されながらも諦めず10年かけて仲間と資金を集め、最終的に17kmもの用水路を手堀りしたのがはじめだそう。
人力でトンネルを掘り、岩を砕いての作業は想像を絶します。
そうやって作った用水路が今も人々の生活を支えて棚田を潤しているとか。
毎年総出で水路を整備しているのだそうです。案内して貰った用水路は非常にきれいに保たれていました。

「これだけ高千穂で神楽が連綿と続き、今も受け継がれているのはなんなのかと考えたときに、水と平地への切実な希求があったからだろうなあと私は思うんですよね」── ゲストハウスさんかくオーナー・あすかさん

山腹用水路の建設時期は明治初頭、京都ではちょうど琵琶湖疎水建設の時期です。
17km掘り抜いた山腹用水路に対し、23kmの琵琶湖疎水。京都市民も今もって疎水に全員がお世話になっています。
琵琶湖疎水建築のストーリーも相当に面白いですが、今、京都市民がどれほど日常的に疎水に感謝して整備しているかと考えてみると差は明らかなように思います。
そもそも市を挙げての事業を市のお金で行った事業(トンネルを掘るのに参加した工事従事者は相当数に昇るはずですが)と、完全に市民が私財と人力を投じて行った事業の違いでしょうか。

150年前、住民によって手彫りされた山腹用水路。今も山頂の水源から棚田に水を運ぶ
棚田で作られるものは稲の他、各種野菜、牧草、そして茶も有名。高千穂野茶はほぼ釜煎り茶。
谷底では豊かな谷川が流れる。昔はここまで水を汲みに通っていたとのこと

高千穂には大きなお社もたくさんありますが、更に名も知られていない小さなお社が集落ごとにあり、地元の人達が大切に守っているそうです。
そして人はそれぞれ自分の集落で幼い頃から練習し、毎年里の社の氏神様に神楽を奉納しているそうです。
夜神楽の日は33話ある神楽を順に奉納していくので、徹夜での奉納だといいます。

「あぜ道があれだけきれいに草刈りされてる理由は、刈り取った草がそのまま牛の餌になるからです。雑草も大切な飼料。捨てるモノなんかなにもないんです」
ほら、あそこも、と佐藤さんが指を指したのは結構な斜度の山肌、伐採された木々の間に牛がいて草を食んでいます。木々の搬出の間に牛がお邪魔して食事をしているのだとか。牛を飼うためだけの専用の平地、というような場所は高千穂にはないのだそうです。

「高千穂では100頭以上の牛を飼ってる専業の人ってほとんどないんですよ。大体皆家で5−10頭の牛を飼ってる。それだけでは食えないから、田んぼも作るし野菜も作る。兼業農家で兼業畜産業です」

各集落ごとにある神楽の舞殿。夜神楽の際には神楽宿とよばれる場所に氏神様をお呼びして神楽を奉納する。ここは宿の中に舞殿が設えられている。
アメノウズメの像。神楽に登場する格好の神像が山中に突然現れる。夜見るとおそらくびっくりする
高千穂はウィスキーの醸造でも有名。ここの蔵は廃線跡地のトンネルを貯蔵倉として利用している。

各家庭で肥育されている高千穂牛はやがて競りに出され食卓へ。牛が売れた日はお祝いに皆でごちそうを囲む風習もあるとか。

なんだか、あまりの「土地と密着した生活」に呆然としてしまいました。

持続可能な、持続させるべき「地に向き合った生活」

高千穂にも他の地域同様、少子高齢化の波は訪れていますが、例えば新型コロナウィルスの影響で人々がロックダウンして、都会のスーパーからは食材が消えたという時でも、食べる物に困るということはありません。
旅行者が少なくても、それはそれとして牛はおなかをすかせるし、田は色づき野菜は熟れていきます。
「今年はコロナで夜神楽は一般公開しなかったけれど、それ以外の時期でも観光客に楽しんで貰うべく高千穂神社で毎晩それぞれの集落の人達が交代でダイジェスト夜神楽を披露してくれてるよ。それは観れる」ときいて、ああなんて豊かな生活なんだろう、と思ってしまいました。

人間社会という大きなシステムを動かすための歯車の一つとして動いていると、業務が絶たれたときに生存方法がなくなる、というような事にも陥ってしまいかねない。それに対し、地を耕し牛とやりとりして生活し、その上で観光客にも気を向ける、という自然と対峙している人間の強さと豊かさはなんと力強いのでしょう。もちろん相手は毎年変動を遂げている自然なので、当然楽ではないのだとは思いますが。

人々は生きていて、土地と対話していて、そして恵みを必要なだけいただき、感謝する。そのなかで神社は(観光ではなく)信仰の対象なのが高千穂なのだということでしょう。

そういえば、高千穂の隣にある椎葉村では数十年かけて、森を区画ごとに整備する焼き畑」という風習があり、それがGIAHSに選定された理由の一つだともいいます。何もかもをコントロールするのではなく、必要なモノを必要なだけ。自分の足で地に立っていないと忘れがちな感覚だと思います。

高千穂はこのままでいてほしいなあ…。観光に骨抜きにされてしまわないといい。
まあ、きっと大丈夫でしょうけど。少子高齢化だけが心配です。
最後に、GIAHSに選ばれたのはどういうことなのか、高千穂の行政が作った動画を貼っておきます。
地元の人達が土地に向ける視線を飾らずに撮り問題意識も赤裸々に描き出す「作っていない」、そしてなにより美しい映像のクオリティが素晴らしいです。
英語版はこちら

宮崎県工業技術センター

高千穂を後にし車で1時間半程度、宮崎県工業技術センターへ。
宮崎テクノリサーチパーク内にある公設試験研究機関で、県内の中小企業の技術開発や技術力の向上を支援しています。食品開発センターも併設されていて、工業、食品ともに様々な研究分析や素材開発が日々行われているそうです。
企画・デザイン部、資源環境部、材料開発部、機械電子部、食品開発部、応用微生物部の部署が一つの建物内に同居しており、FabCafeにもあるようなレーザーカッター、3Dプリンターなどの電子工作機器の高性能版の機材もずらりと常備し、県内企業の皆さんが利用できるとのこと。

今回話をしてくださったのは企画・デザイン部の皆さん。材料開発のエキスパート、清水専門主幹も同席いただき、諸々お話頂きました。
センターでは分科会という様々なチームによるプロジェクトが活動しているそう。その中には「おいしさ評価分科会」というチームもいるとのこと。
なんですかそれ面白い!
おいしさ評価とは、ヒトによる官能評価や機器分析により、その食品が持つ風味や香りの特徴などを数値化し、評価することをいうそう。

「美味しいと感じると脳の血流がドバッとふえるんですよ。脳活動を測定できる機器もセンターにありますよ」
「なんと。味音痴もしくは不感症だったらすぐ判明しますね」
「そういうことです」

面白い。
触覚のデザインについて考えるHAPTIC DESIGN PROJECTというチームが弊社の東京の店舗を中心に活動しているとお伝えしたところ、触覚と味覚は分析の角度は違うけれど、個人の感覚を数値に落とし込むという活動で共通項がありそうとのこと。
なんとこれらの設備は申請すれば県外であっても機材利用が出来たり分科会に問い合わせすることが可能だそう。
感覚でしかなかった「おいしさ」の定量評価、非常に興味深く感じます。
ちなみに美味しいか否かの数値評価ではなく、科学的な数値化が目標だそう。

普段は広い県内の違う場所にいる様々な企業や大学にお勤めの皆さんがセンターを通じてつながっておられるように、オンラインでのコミュニケーションが進化した今年、我々fabCafeにてつながっているコミュニティのみなさんとも何らか今後お付き合いが出来ればいいのですが。
高千穂でうかがった学生たちの地域学習についても聞いてみたのですが、大学が中継をして各地をつないでいるところも大きいとか。宮崎大学にも興味が湧いてきました。

2020年は各地のリアルでの交流が断絶し、オンラインでのやりとりに移行した年でした。
今後、この流れでリアルでは遠い土地ともつながれることになれればいいのですが。

来年以降もまた宮崎とつながれる機会を探したいと思います。

宮崎県工業技術センター
電子工作が出来る機械がずらりと並ぶ部屋。FabCafe KYOTO の機材よりも本格的なものが揃っているが「もうすぐもっと良い機材入りますよ」とのこと
ロビーにはずらりと施設内の活動の紹介が。おいしさ・リサーチラボが気になる

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対話を重ねる、外の世界に触れる。
空間に魂を吹き込む、オフィスリニューアルの軌跡