FINDING
棚橋 弘季 2026.03.11

AI FIRST vol.3 イベントレポート
人間とAIが「共奏」する時代へ
——指揮者としての人間が、創造の新しいステージをひらく
2026年2月20日 開催 / ロフトワーク主催

「AIとどう付き合うか」という問いに、正解はまだない。それでも、試行錯誤しながら自分なりの答えを探す人たちが、静かに集まりはじめている。

ロフトワークが継続してきた講義シリーズ「AI FIRST」。その第3回となる本イベントは、AIと人間の「共創」——ただの効率化ツールとしての利用を超えた、新しい協働のかたちを問い直す場として設けられました。

前半は棚橋弘季(ロフトワーク)による講演、後半は参加者を交えたオープンな対話という構成で進んだ今回。新規事業開発、LTV向上、創造的人材育成など、組織のど真ん中で変化と向き合う30〜40代のビジネスパーソンを中心に、「AIと人間はどう関わり合えるのか」という切実な問いを持った人々が参加しました。

「AI vs 人間」という構図から、もう降りてもいい

冒頭、棚橋はまず「AIに対する自分のスタンス」を明確にしました。

昨今のAI議論では「人間にしかできないことは何か」という問いが繰り返されます。しかし棚橋は、この問いそのものへの違和感を率直に表明しました。AIが生み出す情報の源泉は、人類が長い時間をかけて積み上げてきた知識の集積です。その意味で、AIと人間は本質的に地続きの存在であり、「対立構造で語ること自体がすでにズレている」というのが棚橋の立場です。

「AIの誤りを指摘して『まだまだだ』と言う前に、人間自身がどれほど正確に情報を扱えているかを問い直すべきではないか」

この言葉は、会場に静かな緊張感をもたらしました。AIを評価する立場に自分たちを置く前に、まず自分たちの認識の精度と誠実さを問うという視点。それは、AIへの向き合い方を根本から変えるような示唆を含んでいます。

棚橋が提唱するのは「共奏(オーケストレーション)」という考え方です。AIと人間が対立するのではなく、それぞれの得意領域を活かしながら協働し、これまでの仕事や創造のあり方をアップデートしていく。「AI FIRST」というシリーズ名にはそうした問いと実践を継続するという意思が込められています。

「作る人」から「指揮する人」へ——役割の再定義

AI時代における人間の役割とは何か。棚橋は「上流と下流」という軸でその役割分担を整理しました。

AIが担うのは、いわば「下流」の領域です。テキスト・画像・動画の生成、大量のデータを短時間でリサーチし処理すること——これらはすでにAIが圧倒的なスピードと量でこなせます。一方で人間が担うべきは「上流」、つまり「何を生成してほしいか」というポリシーを設定し、アウトプットの方向性を定め、全体を導く「指揮(ディレクション)」の役割です。

この変化を棚橋は「制作から指揮へ」と表現しました。かつて「作り手(メーカー)」としての能力が重視されてきた時代に、今まさに「指揮者(ディレクター)」としての能力が中心になろうとしている、という認識です。

美食家はシェフでなくていい

「自分で作ったことがなければ、良し悪しの判断はできないのでは」という疑念に対し、棚橋は「シェフと美食家」の対比を用いて応えます。

美食家は料理を作れなくても、多くの優れた料理を食べ続けることで、その味を的確に評価し、どう改善すべきかを指示できる。情報に置き換えれば、「書く(生成する)能力」より「読む(評価・選別する)能力」のほうが、AI時代においてより重要になるということです。

AIが膨大な情報を出力し続ける今、それを読み解き、文脈に即して取捨選択するリテラシー——「読む力」——こそが人間側に求められるスキルだ、と棚橋は説きます。これはセッション後半のディスカッションでも繰り返し参照される視点となりました。

AIを「思考の増幅器」として使いこなす——棚橋の実践的ワークフロー

理論だけでなく、棚橋は自身のプロデュース業務におけるAI活用の具体的なワークフローも紹介しました。その特徴は「ノイズをあえて入力する」という点にあります。

通常、AIへの入力といえば整理された資料やデータを想像しがちです。しかし棚橋が重視するのは、打ち合わせの録音データや現場での雑談、参加者の「熱量」といった非定型な情報、いわば「ノイズ」です。こうした文脈の豊かさをAIに読み込ませることで、単なるリサーチを超えた「このプロジェクトにとっての最適な問い」をAI自身に生成させることができると言います。

具体的には、NotebookLM(Googleが提供するソース特化型のAIツール)にプロジェクトの文脈を学習させ、「次に深掘りすべき問い」を生成させます。そのプロンプトをもとにDeep Research(AIが網羅的なリサーチを行う機能)を走らせ、その結果を人間が「編集者」として読み解き、構成を組み直す。このループが棚橋の実践の核心です。

さらにGeminiとNotebookLMの役割の違いも説明されました。Geminiはインターネット上の広大な情報から知見を拾い集めるツールとして機能するのに対し、NotebookLMは手元にある特定のソース(会議の録音やリサーチ結果など)の中から深い洞察を得るために機能します。最終的に、こうしたリサーチ結果の「固い表現」を、特定の読み手に刺さる言葉へと翻訳するフェーズでは別のツールを組み合わせるなど、目的に応じたAIのオーケストレーションが棚橋の日常的な実践として紹介されました。

「AIが高速で回したリサーチの結果を、人間が取捨選択して意味づけする。情報をどこにハイライトするか——その重み付けこそが、人間にしかできない聖域だ」

少子化という難題に、AIと集合知で挑む

抽象的な方法論だけでなく、棚橋はAI活用の具体的な社会実装事例として、現在進行中のある共同プロジェクトを紹介しました。

複数の企業・団体が参画するこのプロジェクトが取り組むテーマは、日本の少子化問題です。少子化という課題は、経済・文化・制度・個人の意識が複雑に絡み合うシステム的な難題で、通常であれば分析だけで膨大な時間がかかります。そこでAIを「集合知のオーケストレーター」として活用する手法が試みられています。

フィールドワークや有識者インタビューから得た音声データ、定期的なミーティングの録音、デスクトップリサーチの結果——そうした形式知と暗黙知が混在する多様な情報を、すべてNotebookLMに投入します。参加企業それぞれの「思い」や関心がどこにあるかをAIに把握させた上で、その思いを実現するためにどのような調査・施策が考えられるかを生成させる。

特に着目したのが「SNS上のネガティブな育児情報と、現実のポジティブな体験との間のギャップ」です。情報空間における歪みが、育児や子育てに対する人々の意識にどう影響しているか。このギャップをデータとして捉え、そこから解決策を導き出す試みが、AIの力によって加速されています。36ページに及ぶ中間レポートの文章も、ほとんどがAIによって生成されたものだと棚橋は明かしました。

「ループ図」と呼ばれる少子化の構造マップは、無数のリサーチ結果をAIで処理しながら、「ここが大事な要素だ」「これとこれは繋がっている」という判断を人間が読み解きながら構築したもの。調べることは完全にAIに任せながら、それをどう料理するかは人間が担う——この分担の明確さが、プロジェクトを短期間で実証実験フェーズまで進める原動力になっています。

言葉こそ、最古のAIである

講演の終盤、棚橋はより根源的な問いへと視線を向けます。

人間は太古から、自分の思考や感情を外部化し、他者と共有するために「言葉」を生み出してきた。その意味で言葉自体が、人間の思考を拡張する最初の「メディア(ツール)」であり、ある種のAIだったとも言えます。現在の生成AIは、この延長線上にある。そう考えれば、AIを過度に恐れたり、特別視する必要はないのかもしれません。

そしてAIは今、「できるようになりたいけれど、やり方がわからない」「知識がないから難しい」という壁を取り除いてくれる存在でもあります。AIに問えば道筋を示してくれる。スキル習得や実行のハードルが下がることで、「やりたい」という意志を「できる」という現実に最短距離で繋げることができる。

これは単なる効率化の話ではなく、人間の可能性の解放だ——そう棚橋は締めくくり、後半のオープンな対話へと場が移りました。

現場の問いが飛び交う——参加者との対話

後半は、参加者を交えたオープンな対話セッションへ。新規事業開発、大規模組織のAI導入、創造的人材の育成など、それぞれの現場でAIと格闘している人々から、次々と問いが投げかけられました。講演中より会場の空気が少しだけ生々しくなる、この時間こそ「AI FIRST」の真骨頂とも言えます。

「重み付け」——人間の仕事の本質はここにある

最初の問いは、棚橋が紹介したワークフローへの深い関心から生まれました。「NotebookLMなどに大事なポイントを自動で抜き出させることはできないのか」という問いに、棚橋は端的に答えました。

できなくはない。でも、出てくるのは「平均的な正解」だと。特定のプロジェクトにおける文脈、ステークホルダー間の微妙なパワーバランス、そして言葉にできない「直感」というフィルターを通して情報を選ぶこと——この「文系的なロジック」による選択こそが、AIの出力を独自の価値あるアウトプットへと昇華させる。読むことは、どうしても避けられない人間の作業だ、と。

少子化プロジェクトで実際に膨大なリサーチ結果を一件ずつ目を通し、黄色くハイライトを付けていく作業を棚橋は実演してみせました。有料レポートも含む膨大なリストから、「ここが最大の要素だ」と見極めるのは人間の判断。「調べることは完全にAIに任せている。でも、これをどう料理するかは完全に人間だ」という言葉に、会場から静かな共感の声が上がりました。

「やりたいことがある、でもロジックがない」——AIを論理の補完装置として

ある参加者から興味深い発見が共有されました。「思いや世界観は先行しているのに、それを裏付けるロジックが追いつかない。そのとき、AIにロジックを構築させたら、思考のスピードが劇的に上がった」という体験です。

「やりたいことは決まっている。でも言語化できていない」という状態は、新規事業や創造的プロジェクトの現場では珍しくありません。そこでAIにリサーチ結果のスクリーンショットを渡し、「これをブラッシュアップするための要件と、それを満たすプロンプトを作ってほしい」と投げると、複数の改善案とそれを深めるための問いが返ってくる。さらに各案をDeep Researchで深掘りし、アウトカム構造をまとめ直す——こうした使い方をワークショップの場でも実践していると棚橋は説明しました。

「自分一人でやったら、絶対この解像度には達せなかった。これは自分がすごいんじゃなくて、AIがすごい。だから人間だけではもう無理だと気づいてこのやり方にした」という言葉は、AIの「論理の補完装置」としての可能性を端的に示していました。

組織の壁——セキュリティとリテラシーのリアル

大企業でAIを推進する立場の参加者からは、現場のリアルな課題が提起されました。多くの大企業ではセキュリティ上の理由から使えるツールが制限されており、自由なツール選択が難しい。承認された一種類のツールしか使えない状況の中で、どうAI活用を広げていくかという問いです。

棚橋は「機密情報そのものは入れないようにしている。でも、プロジェクトの概要や会議の議事録くらいは入れている」と自身の実践を共有した上で、セキュリティの問題は「外にデータが行くかどうか」の問題だと整理しました。

さらに深刻なのは「リテラシーの格差」だという声も会場から上がりました。数万人規模の組織では、情報を抽象化してAIを使いこなせる層がいる一方で、そもそもログインもままならない層も存在します。リテラシーのコントロールができない中で、使える範囲を限定して完了させていくのが現実的な対応だ、という現場感覚が共有されました。

この格差を埋めるための草の根的なアプローチとして、「フリガナを一括で振る」といった極めて単純な事務作業からAIに触れさせることで心理的ハードルを下げ、成功体験を積ませるという発想が提案されました。ある参加者が語ったのは、100人分の出席者リストにカタカナでフリガナを振る作業を、社内のAIツールに任せたときの体験でした。完璧ではなかったけれど、ほとんど自動でできてしまった。「あのとき初めて、可能性を感じた」というエピソードは、会場の共感を集めていました。

若手のAI活用——「それっぽいアウトプット」との向き合い方

人材育成に関わる参加者から、組織への普及を進める上での悩みが打ち明けられました。AIを使い始めたばかりの若手が、AIが生成したアウトプットをそのまま鵜呑みにしてしまう。ぱっと見はできているように見えるのに、少し突っ込むと二言目から瓦解し始める——そういった事例が多く、是正に苦労しているというのです。

「どうすれば問いを立てる力を養えるか」という問いに、棚橋は少し考えてからこう答えました。「若手が出してきたプランが拙いのは、別にAI以前から同じだった」と。それをたたき上げていくのはベテランや上司の役目であり、そこはAIの登場によって本質的には変わっていない、と。

ただし、AIを使いこなすための「基礎力」として、次のことが大切だという点では参加者の間で意見が一致しました。

  • 普段から大量に「読む」こと。筋トレのように、読む量の基礎体力が重要
  • AIのアウトプットを読み解く経験を、OJT的に積み重ねること
  • 自分が興味を持てること、楽しいと感じることからAIを使い始めること

「ファーストフードしか食べていない人が、高級料理の味を判断できないのと同じ。情報や地域に触れていないと、AIの出力を読み解くこともできない」——講演中の「美食家」の比喩が、ここでも自然に引用されていました。

AIが生む「余白」を、思索の時間へ

「AIで仕事が効率化されて時間が空いたら、何をするか」という問いに、ある参加者がこんな経験を語りました。スマートフォンが登場する前の通勤時間、何もできないがゆえに深く思索にふけることができていた。今はスマホで常に何かを受け取り、仕事が増えても処理し続ける。AIで余白ができたとしても、その時間にまた仕事を詰め込まれるだけではないか——という懸念です。

これに対して棚橋は「思索の時間が減ったことへの危機感は自分も同じだ」と受け止めつつ、「AIによって生まれた余白こそ、本来の思索や試作に充てるべきだ」という考えを示しました。ただし、そのためには「効率化された分の時間を仕事に充てるのではなく、遊びに使っていい」という組織の設計と合意が必要だとも言い添えました。

棚橋自身は今、「余白ができたという感覚がそもそもない」と言います。できることが広がって、やれることが増える喜びの方が大きい。問いを考える時間は減っていないどころか、その質が変わっている感覚がある、と。

「作ること」と「評価すること」をめぐる深い問い

後半の対話の中で最も白熱したのが、「美食家」の比喩をめぐる議論でした。建築・設備設計に携わる参加者から、こんな問いが投げかけられました。「食べ物を食べる本当の目的は健康の維持であり、美味しさだけで評価していると、砂糖や塩が過剰に含まれていても気づかないのでは。評論する側だけでは見抜けないものが世の中にはたくさんある」と。

棚橋は「それはそのとおりだ」と認めつつ、「でも、健康のことを作れないと健康のことがわかんないか、と言えばそうじゃない」と返しました。作ること自体を絶対視するのではなく、評価の観点が何かによって、作ること以外にも評価できる方法はある。「美食家でも、健康の観点から料理を評価できる人はいる」という論点です。

「作ることに関する評価は、作れる人の方が間違いなく深い。でも、作れないと評価できないというのは必ずしも正しくない」——この整理に、製造業出身の参加者がうなずきながら、「製造工程でイノベーションが必要な場合は作ったことがある経験が重要だが、完成したプロダクトのユーザビリティを評価するなら、作ったかどうかは全てじゃない」と続けました。

対立する意見が丁寧にほぐされ、互いの前提が見えてくる——この会話の過程そのものが、「読む力」と「問いを立てる力」の実践のように見えました。

都市・建築へ——AIの可能性が開く次のフロンティア

対話の最後に棚橋が示したのは、今後の展開への展望でした。少子化プロジェクトで試みているアプローチを、都市計画や建築の分野へと応用できないか、という問いです。

都市や建築のプロジェクトにおいても、市民一人ひとりの多様な声をAIで統合し、過去・現在・未来の時間軸を繋ぐ「ナラティブのある設計」を実現する可能性がある。まちを良くするためには、自分たちだけではやりきれない。そこにいる多様な人々の声が反映されてこそ、まちは豊かになる。その「集合知の統合」という役割を、AIがオーケストレートできるようになっていく——そんな展望に、空間デザインや建築に携わる参加者たちが身を乗り出していました。

「今はまだ全部人力でやっているから規模を出せない。でも、オーケストレーションが実装されるようになれば、本当にできるようになる」という言葉で、この日の議論は自然に懇親の時間へとなだれ込んでいきました。

「指揮者」という役割を、自分のものにする

「AI FIRST vol.3」は、答えを出すイベントではありませんでした。むしろ、問いを持ち帰るための場として機能したように思います。

AIが「作る側」になっていく時代に、人間が「指揮する側」になる——その転換は、役割の喪失ではなく、役割の深化です。指揮者はオーケストラのどの楽器よりも音楽を深く理解していなければならない。同様に、AIを指揮するためには、AIの特性を知り、人間の価値観を明確に持ち、アウトプットの良し悪しを見極める「読む力」が問われます。

その力は、一夜で身につくものではありません。しかし棚橋が自身の実践を通じて示したように、試行錯誤を重ねながら使い続けること、自分が楽しいと思えることから使い始めること、そしてAIとともに考える習慣を積み上げることで、確実に育まれていく力でもあります。

「まずは、自分が一番やりたくないと感じている単純作業をAIに投げてみてください。そこで生まれた数分の余白で、次に何をすべきかをゆっくり考えてみる。それが、AIとの真の共創の始まりかもしれません」——会場にそう投げかけながら、この日の場はゆっくりと幕を閉じました。

─ イベント概要 ─
AI FIRST vol.3「人間とAIの共奏による仕事のアップデート」
主催:株式会社ロフトワーク | スピーカー:棚橋弘季(ロフトワーク)
2026年2月20日 開催