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伊藤 望, 谷 嘉偉, 古田 希生, 鈴木 真理子, 近藤 理恵 2023.09.19

トランジションデザインは、日本でどう活用していける?
企業や所属をこえて、新しい世界観を切り拓いていくために

今、持続可能な社会への移行が、企業・個人と様々なレベルで求められています。ロフトワークでは、企業が持続可能な社会を実現しながら、価値ある事業を創出するためのヒントを得るために、社会変革を促す新しいデザインアプローチ「トランジションデザイン」を学び、実践するコミュニティを立ち上げました。コミュニティの名前は、 「Transition Leaders Community(トランジション・リーダーズ・コミュニティ:通称TLC)。企業、学校、地域、それぞれの場所でトランジションを起こしていくリーダーが育ち、集まるという願いをこめています。

2023年7月に東京・渋谷のFabCafe Tokyoにて、キックオフイベントを開催しました。ゲストには、日本でのトランジションデザイン実践の第一人者である、米国モルガン・チェース銀行のデザイン・フューチャリストの岩渕正樹さんと、Takram Londonでスペキュラティブデザインやトランジションデザインを通じたプロジェクトを行う牛込陽介さんをお迎えし、ロフトワークで未来洞察を専門としトランジションデザインの実践に取り組む「VU unit」の伊藤望と谷嘉偉、近藤理恵とディスカッションしました(登壇者肩書きはイベント当時)。

会場とオンラインで合わせて160名超の方が参加した熱気溢れるコミュニティ始動イベントの内容を、コミュニティ運営チームメンバーでもあるロフトワーク広報の鈴木がお伝えします。

詳しくディスカッション内容を知りたい方は、ぜひイベントのアーカイブ動画をご覧ください。また、コミュニティの今後の活動と参加方法は、記事最後に掲載しています。

アーカイブ動画

トランジションデザインとは

トランジションデザインとは、21世紀の社会が直面する気候変動、資源枯渇、伝染病のパンデミックなどの複雑性の高い地球規模の課題に対処するために、長期的な未来ビジョンを思い描き、ボトムアップの様々な活動を結集することで持続可能な社会への移行を促すための手法として研究が進んでいる、最新のデザインアプローチです。2015年、カーネギーメロン大学デザイン学部が、地球規模の巨大な問題に対して、社会規模の価値観の移行をデザインする理論として提唱しました。

日経デザイン、日経クロストレンドにもレポートが掲載されました

執筆:鈴木真理子(ロフトワーク広報)
写真:川島彩水

同志と共に、新しい常識や社会の模索を目指す「トランジション宣言」

「Transition Leaders Community(トランジション・リーダーズ・コミュニティ)」の初めてのイベントは、コミュニティの発起人であるロフトワーク シニアディレクター伊藤望の挨拶からスタートしました。

「目の前の仕事を通じて、未来をよくできるという可能性を信じたい」と言う伊藤は、2023年1月から3月にかけてロフトワークが行なった、ビジョン起点で事業を生み出す人材教育プログラム「Transition Leaders Program」*で、トランジションデザインに手応えを感じたと述べました。トランジションデザインのアプローチを企業が活用することで、企業とそのステークホルダー、そして環境が抱える課題を解決し、社会課題の解決につなげられるのではないかと言います。しかし、理論・アプローチの普及だけでは不十分で、理論と現実のズレを埋めながら共に切磋琢磨しあう仲間がいるコミュニティをつくることが大切だと述べました。このコミュニティでは、1つ1つのインパクトが連鎖し、より大きなインパクトにつながっていくことをゴールにしたいと述べました。

*経済産業省令和4年度「大企業等人材による新規事業創造促進事業(創造性リカレント教育を通じた新規事業創造促進事業)」の一環として開催

続いて、アメリカを拠点に活動している、米モルガン・チェース銀行のデザイン・フューチャリストの岩渕正樹さんが登壇しました。2018年から、自身のnoteにトランジションデザインの論文の要約や解説を書いている岩渕さんは、アカデミックな研究にも言及しながら、トランジション、そしてトランジションデザインとはどういうものなのか、自身の解釈を紹介しながら、わかりやすく解説をしてくれました。

「トランジションは、A(現在の状態)からB(より望ましい状態)への移行をデザインしていくことであると、自分自身は解釈しています。現在から、望ましい未来の状態への移行は、個人レベル、ユーザー体験レベル、組織のレベルなど様々なレベルで行われていますが、それが社会全体に拡張されたものがトランジションデザインです。トランジションデザインでは、20XX年のあるべき社会(B)を描き、どう移行していくのか(=C)を考えます」

岩渕さんのプレゼンテーションより

「例えば、現在の気候変動の問題を考えてみましょう。一概に気候変動の問題といっても、様々な原因や、人類の過去の行いの結果が複雑に絡み合っています。A地点である現在、どういう事象が重なって今の状態になってしまっているのか解き明かさなければ、ぼんやりしたままです。一方で、目指すB地点を考えたとき、世の中にはSDGsなどの大きなスローガンはありますが、具体的な人間の行動や文化、経済システムなど、未来の世界観の解像度を上げなければ、何が目指す世界なのか、こちらも詳細はぼんやりしています。

トランジションデザインは、こうした状況に対し、現在の状況を構成する要素を多角的に分析するアクティビティを行なったり、未来で具体的に生活者がどういった状態で過ごしているのかをみんなで可視化し、耳障りの良いスローガンや言説ではなく、望ましい未来に向け、アクション可能な施策をデザインを通じて考える手法です。

また、トランディションデザインでは、『現在の常識と異なる未来になったらどうなるのか?』を考えます。例えば、気候変動で現在よりもさらに平均気温が上がったような未来を想定した際、その状況でも快適に過ごすためのポータブルクーラーのようなガジェットをデザインするのではなく、『人間と自然がもっと一体化した世界観になると状況は改善されるんだろうか?』『現在の生き方、暮らし方そのものがどう変化すべきなのだろうか?』といったように考えます。自分にとっては、短期的・その場しのぎのソリューションをデザインするのではなく、より長期的・人間の価値観レベルの変化を模索してみる、探索してみることに価値があり、現在とまったく異なる常識や生き方を模索するということがトランジションデザインの最も重要な考え方やコンセプトです」

最後に、トランジションデザインは、様々なデザイン領域を含むデザイン領域であり、今、デザインの方法論はいろいろあれど、どのデザイン論も目指す先は望ましい状態へのトランジションであることを強調した岩渕さん。コミュニティでは、社会規模の「新しい時代」「世界観」を切り拓いていく同志として集まり、議論できると嬉しいと伝えました。

その後、テーマは理論から実践へ移り、岩渕さん、伊藤それぞれが、ビジネスの場で、トランジションデザインの考え方やアプローチをどう利用していけるのかを話しました。その後のセッションでは、トランジションデザインについて、参加者からの質問を受付け、参加者とともに議論を行いました。

重要な役割を担う、デザイナーに大切な態度とは

トークセッション2では、Takram London デザイナー(イベント当時)の牛込陽介さんと、ロフトワークのクリエイティブディレクターの谷 嘉偉が登壇。トランジションや未来を考えたときに大切にした「デザイナーの役割や態度」をテーマにディスカッションしました。

トランジションデザインの提唱者の一人である、キャメロン・トンキンワイズ教授は、「(トランジションに向けて)デザインはなくてはならないが、それのみで「変革」をもたらすことはできないデザイナーには限られた力しかない。しかし、彼らは転機になりうる「チョークポイント**」にいる」と述べています(イベント登壇記事はこちら)。では、その重要なポイントにいるデザイナーは、どんな態度を大切にするべきなのかを話しました。

**チョークポイント……物資輸送において、狭い海峡でありながら経済への影響力が非常に大きい場所のこと。

牛込さん谷は、事前に考えた、これからのデザイナーの役割を象徴するヒントとなる8つのキーワードを共有。そのキーワードを起点にトークをしました。

牛込さんが選んだものの一つは「ケトル」。
「今住んでいるサウスロンドンの家の近所にあるリペアカフェで、ボランティアを始めました。コミュニティセンターのような場所に月1で部屋を借りています。自分のほかにも、家電の修理屋さんや、テキスタイルを直せる人、服を直せる人、自転車を直せる人などが20人くらい集まって、住民が持ち込んだ壊れた家電や、穴の空いた服を直しています。これがとっても楽しい。

トランディションデザインのように、きちんと過去を振り返り、個別の生活者視点でどんな不安があるのか、そして未来を考えることは重要だと思いますが、同時に、こんなふうにコミュニティや近所レベルで“実践”をしていくことの喜びも大きいです。

ロンドンでリペアカフェに持ちこまれるもののなかで、一番多いのがケトル。キーワードはそこからきてるんですが、イギリスは紅茶の文化なので、ケトルが壊れると、家族やコミュニケーションが乱れてしまう。ケトルをリペアに持ってきてくれるという精神性もいいですし、ケトルをもってくることによって起こるコミュニケーションもとてもいいんです。

メーカーとしては品質保証上よくないのかもしれないし、今の世の中からすればアクティビズムや反抗に近いのかもしれないですが、このように場作りに関われることはデザイナーとして嬉しいことだと思います」

谷は、「幹事」というキーワードをあげます。
「今日のデザイナーが直面する問題の複雑さを理解するために、“飲み会の幹事”の役割は一例だと思います。たとえば幹事が飲み会を企画する時、時間、人数、場所、参加者のアレルギーの有無、飲み会の目的などから、参加者の間にある複雑な人間関係まで考えなければいけない。そして、考えたとしても、参加者みんなの判断基準が違うので、必ずしもいい飲み会となるかはわからない。今日の社会に向けてデザインするというのは、全員が楽しめる飲み会を企画するような、正解のない問題を解くことと似ていると言えると思います。

プロダクトから空間、そして複雑な利害関係が絡み合う社会システムまで、デザインの役割がどんどん拡張しているなかで、人々は『デザインの限界ってどこまであるのか? 』と疑問に思うかもしれない。その問題に対して、アメリカのデザイナーのチャールズ・イームズさんが『問題の限界はどこまであるのか?』と質問で返しました。つまり、複雑な課題に直面している私たちは、嫌でも複雑性に寄り添ってデザインしていかなければならないし、一生懸命頑張っても、人々にとって“ある程度満足”な答えにしか辿り着かないことに気づくのが重要だと思います」

まとめ:なりたい未来を企業や所属をこえて描く。わからなさや迷いも分かち合い学び実践する

TLC運営チームとして今回関わった私自身は、キックオフイベントを通じて、今の延長線上に未来を捉えず、想像力をたくましくもち、仲間を増やしていくと、何かが変わるのだろうという希望を持ちました。トランジションデザインでは、歴史を振り返り、多元的に今の複雑な状況をとらえます。異なる立場の人たちとともに、今の制約を冷静にみながら、なりたい未来を描いていく、そのアクティビティが個人に与える小さな心の変化、これが個人でも企業でも増えていくと、トランジションに少し近づいていけるのではと感じています。

今回のキックオフイベントでは、参加者からの質問と意見をリアルタイムで受付け、たくさん反応を頂きました。トランジション(移行)は、言葉では簡単に言うことができます。しかし、その主語が何なのかによって、その規模も景色もステークホルダーも難しさも異なります。このイベントの場で、期待だけでなく戸惑いや難しさも含めて、オープンに話し合える場ができたことが、初めの一歩。コミュニティ活動を通じて人々がつながり、メンバーがリーダーシップを育て、大きな輪を広げていき、それが社会変革につながっていくーーー誰が一人だけがリードするのではなく、共に学びあい実践できる活動を、続けていきたいと思います。
コミュニティに参加したい方は、下記よりお申し込みください。次回は10月中旬にまたお知らせを行う予定です。

トランジションリーダーズコミュニティについて

Transition Leaders Community はロフトワークが立ち上げた、Transition Designを実践/学習するためのコミュニティです。

「移行」を意味する、「Transition (トランジション)」。今、持続可能な社会に向けて、地球環境を維持しつつ、ビジネスを両立させるようにトランジション(移行)することが、求められています。トランジションに必要なのは、社会、経済、自然環境と事業活動をつなげる長期的な“ビジョン”(北極星)を描き、社内外と対話・協働を通じて実装につなげられる人たち。日本にこのような人、企業を増やしていくことを目的に活動します。

コミュニティでは、今注目をあつめるトランジションデザインの考え方を学び、ビジネスへの応用を探るとともに、またトランジションに必要な視点やマインドセットについて語りあいます。まずは外部ゲストをお呼びし、定期的に勉強会・イベントを開催予定です。

今後コミュニティのお知らせを受け取りたい方は、下記フォームよりお申し込みください。

Transition Design Community 申込みフォーム

鈴木 真理子

Author鈴木 真理子(Public Relations/広報)

大学卒業後、音楽誌や女性誌など5年間の雑誌編集を経て渡英。英国イーストアングリア大学で翻訳学修士を取得後、翻訳業界を経て、2012年よりロフトワークに所属。FabCafe主催のグローバルアワード「YouFab Global Creative Awards」の立ち上げメンバーであり、2012-2018の6年間メインディレクターを務める。他にもFabCafeを中心に、多様な文化とクリエイティブが混ざり合うグローバルプロジェクトやイベントを担当。現在は、ロフトワークのコーポレートPRのほか、FabCafe TokyoのPRを担当している。最近の日課は、「スタートレック」シリーズを必ず1話見ること。

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対話を重ねる、外の世界に触れる。
空間に魂を吹き込む、オフィスリニューアルの軌跡