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伊藤 望, 谷 嘉偉, 古田 希生, 中圓尾 岳大, 飯田 隼矢 2022.12.23

トランジションデザインとは何か? 理論と実践から紐解く
前編:事業を新しい社会へと移行するためのアプローチ

気候変動や化石燃料の終焉といった地球規模の変化によって、世界の経済システムから私たちのライフスタイルに至るまで、すべてのシステムが根本的な「変革」を迫られています。

このような大規模で複雑な「厄介な問題(Wicked problem)」に際し、企業はどのように対応するべきか。企業活動と社会の共生を目指した経済発展、いわゆる「持続可能な発展」が世界レベルで求められる中で、長期的な課題をどうやって現実的な戦略に組み込んでいくのかは、企業の生き残りにも関わる、重要な課題です。

ロフトワークでは、企業が持続可能な事業を創出するための新たな視点として、次世代のデザインアプローチとして注目を浴びている「トランジションデザイン」について理解を深めるイベント「社会変革を促す“トランジション・デザイン”とは? 海外の先進企業が注目する、次世代デザインアプローチの最前線に迫る」を開催しました。

トランジションデザインは、21世紀の社会が直面する気候変動、資源枯渇、パンデミックなどの地球規模かつ複雑性の高い社会課題に対処するためのデザインアプローチです。現在が「過渡期」であるという前提のもと、長期的な「望ましい未来」を思い描き、ボトムアップ形式で、領域を超えたさまざまな活動を実施・集結させることで、持続可能な社会やシステムへの「移行(トランジション)」の道のりをデザインします。

産業の未来、ひいては私たちが生きる社会の未来を考えるうえで、トランジションデザインのアプローチをいかに活用できるのか。その意義と、私たちの事業に活かせる具体的な実践方法に迫るイベントの内容を、前後編に渡ってお伝えします。

前編では、トランジションデザインの提唱者のひとりであるシドニー工科大学デザイン研究教授 キャメロン・トンキンワイズさんが、新たなデザイン領域としてのトランジションデザインのアプローチを紹介します。

 英語翻訳:中川 瑛梨 (株式会社ロフトワーク)
編集:後閑 裕太朗・岩崎 諒子 (loftwork.com編集部)

登壇者プロフィール

キャメロン・トンキンワイズ

Authorキャメロン・トンキンワイズ(デザイン研究教授)

トランジションデザインとデザイン学の専門家。従来のデザイナー育成のあり方を変えた人物であり、パーソンズ美術大学、カーネギーメロン大学、シドニー工科大学にデザイン学のプログラムを設立した。現在はシドニー工科大学の修士課程でデザインを教える傍ら、持続可能なエネルギー供給を目指すエネルギープロバイダ向けの教育プログラムなどを手掛ける。テリー・アーウィン、ギデオン・コッソフに並ぶトランジションデザインの提唱者の一人。

デザインがなければ、技術を通して人々にインパクトを与えることはできない

私は現在 、シドニー工科大学でサービスデザインとデザインリサーチを教えていますが、それ以前はパーソンズ美術大学とカーネギーメロン大学で教えていました。キャリアを通して環境政治学にかかわっており、カーネギーメロン大学ではテリー・アーウィン氏やギデオン・コソフ氏と共に、デザイナーの手によって社会をより偏りのない持続可能な未来へと移行させるための手法をまとめ、それを「トランジションデザイン」と名付けました。

ここで、まず初めに私がいう「デザイン」とは何なのか説明します。

新技術を発明しても、どうすれば人々がそれを購入し習慣的に使ってくれるのかを考えなければ意味がありません。具体化されていないアイデアは、私的なもののままです。素晴らしいアイデアがあっても、それを言葉や文字、画像、動きなどで伝える方法を考え出さない限り、人々にインパクトを与えることはできません。

この画像では、自動車を減速させようというアイデアが見えますね。そしてアイデアに効果を持たせるために、人々をより注意深く行動させるような標識や製品を「デザイン」しているのです。あらゆるものは、社会に出た後デザインによって人々の日常生活と繋がっています。

大きな変革に向けた“小さな介入”を行う

デザインはなくてはならないものですが、それのみで「変革」をもたらすことはできません。デザイナーには限られた力しかない。しかし、彼らは転機になりうる「チョークポイント*」にいると言えます。私たちが提唱するトランジションデザインは、ビジョン主導でシステムに根本的な変革を起こすプロセスです。これは、次の3つのプロセスを意味します。

トランジションデザインの「変革」のプロセス

  • 現在の生活や仕事のやり方を、改善するだけでなく根本的に変える望ましい未来を思い描くこと。
  • 現在のシステムを変える力となりうるイニシアチブを評価すること。
  • 段階ごとに変化を構造化し、それぞれのデザインによる介入に優先順位をつけるために、思い描いた未来から現在の変化を逆算(バックキャスティング)すること。

チョークポイント……物資輸送において、狭い海峡でありながら経済への影響力が非常に大きい場所のこと。

また、トランジションデザインはなぜ「デザイン」なのか。その理由は、それぞれレベル感の違う「デザイン」を包括的に行なっているからです。それは、主に以下の3つに分類できます。

トランジションデザインが「デザイン」するもの

  • 望ましい未来の具体的な様子を「視覚的に」デザインする
  • 実践社会を特定の生活様式や働き方に閉じ込めている、現在の慣習の「物質的な」デザイン(マテリアルデザイン)を分析する
  • 新しい社会の日常を実現するための“変化の理論”の一部として、「計画的な実験」をデザインする

トランジションデザインでは積極的に変化を起こしていくと同時に、現在どのような変化が現実的であるかを考えます。デザイナーが「チョークポイント」にいるという立場を利用し、結果的に大規模なシステムの変革をもたらすような小規模な介入を行っていくのです。

今、企業は根本的な変革を迫られている

今回は、トランジションデザインが目指す「持続可能な社会への移行」を、なぜビジネスのイノベーションと結びつけるべきなのか、という視点からお話したいと思います。

現時点でビジネスと持続可能性が明確に結びついている例をあげると、グリーンテクノロジーと、その背後にあるグリーンボンドのような金融システムがあります。しかし、これらはこれから求められる「変革」のごく一部に過ぎません。

気候変動は全てのものに影響する変化であり、変わらなければいけないのは「システム全体」なのです。上記のグラフは、現在から未来まで、気温がどのように推移してきたか、これからどう推移していくのかを表しています。これから、人類が初めて経験する「まったく新しい気候」がやってきます。企業戦略においても無視できない変化ですし、むしろ「まったく新しい気候」の未来社会に備えられていない企業戦略は絶滅を余儀なくされてしまうでしょう。

大きな変化が起こるのは、気温や天候だけではありません。エネルギーシステムもまた根本的な変化を伴います。化石燃料の終焉によって、より多くの自然エネルギーが求められ、その結果、エネルギーシステムは集中型から分散型へと移行することになるでしょう。

そうすると、建設環境のあり方も変わっていきます。家庭や中小企業での配線やコミュニティスケール・バッテリーの普及、交通網の変化など、建設環境の性質が変化するのです。エネルギーを「消費」することが見直され、余剰エネルギーを共有するなど、家庭や中小企業において新しい取り組みが生まれ、建設もこの変化に対応しなければなりません。

つまり、気候変動とエネルギーシステムの脱炭素化という2つの大きな変化により、あらゆる企業は根本的な変革を迫られているのです。

企業がシステムの変化に対応するためのトランジション(移行)をデザインする

とはいえ、一般的企業というものは変化を得意としていません。逆に言うと、変わらないことは得意であり、規則的な活動から価値を見出してきました。たとえ社員や事業主が離職したとしても事業が続いていく、そのくらい規則性を持った存在なのです。

一方で、企業は変革やイノベーションを起こす方法を学ぼうとしてきたのも事実です。ただ、こうした変革の多くは「根本的な変革」に至っているわけではありません。例えば、同じテクノロジーや生産プロセスを用いながら機能追加や新製品開発を実施する、あるいは、同じ人材のもとで新サービスへのピボットを試みているに過ぎないのです。

しかし、気候変動などの大きな問題に直面したときに求められるのは、組織としてのより根本的な方向転換です。

私は現在、とある家庭用天然ガスの供給会社と話をしています。オール電化やガスの供給廃止が盛んになり、近い将来、彼らのメイン事業は確実に終わりを迎えるでしょう。オーストラリアの首都では将来的な開発でガスの使用を禁止していますし、つい先日は、ある住宅開発会社が今後住宅にガスを使用しないことを発表しました。

では、ガス配給会社はどうしたらいいのでしょう? 次世代のエネルギーであるグリーン水素が早く普及することを願いながら、これまでと同じ事業を続けるのでしょうか。 

考えようによっては、顧客がガスを使う生活を“うまく卒業させる”ような、ガスから電気への移行をサポートするためのサービスを提供する、というアイデアもありえます。自らを食い潰すようなサービスに見えますが、これこそ「トランジションサービス」と呼べるもので、移行をデザインする事業と考えられます。このようにして導かれた事業こそ、これからの5〜10年間、重宝される分野といえるでしょう。

顧客の欲求に従うのではなく、社会変化の本質を捉えてリードする

では、このような根本的な変革を起こすアイデアをどこから見つけるのか。多くの企業は、イノベーションの実現を目指して、顧客中心主義に徹しがちです。顧客のニーズを知り、それを満たす方法を見つけようと模索するのです。

しかし、顧客は「環境にやさしい製品やサービスが欲しい」と言うことはあっても、「自分たちの生活をシステムレベルで根本的に変えたい」とはなかなか言ってくれません。つまり、トランジションサービスを生み出すには、顧客の欲求を追うのではなく、顧客をリードすることが必要なのです。

では、顧客をリードし、その暮らしを体系的に変えていく製品やサービスとはどんなものでしょうか? 例えば、携帯電話の普及や多数のソーシャルメディア、ライドシェアの利用などは、人々が以前は考えたこともなかったのに、今ではなくてはならないものになりました。

一番右の写真にあるような「テレビを膝に置く動作」も、それが当たり前のものとなるよう、Apple社によってリードされたのです。タッチスクリーンやクラウドコンピューティングなどは移行の中の一コマとして解決された問題ですが、Apple社はこれらの技術を活用して、タブレットを中心に家庭での娯楽や仕事のあり方を再設計するように製品やサービスを開発しました。これは気候変動に対応するものではありませんが、約10年かかって実現した社会的学習であり、トランジションデザインの一例と言えます。

このように、根本的な変革を望むなら、顧客が何をしているかではなく、彼ら自身がまだ自覚していない欲求に焦点を当てるべきです。製品開発の際にまず行うべきは、顧客に「欲しいもの」を聞くのではなく、彼らが「やろうとしていること」を知ることです。彼らがどんなタスクを完了させようとしているのかを見出し、上手くサポートするための製品やサービスを再設計するのです。このようなイノベーションを起こすには、企業は自社がつくろうとしている製品だけでなく、その製品を使う顧客の行動にも注目する必要があります。そのためには、形式的なインタビューだけでなく、顧客を観察し、寄り添うことが必要となります。

哲学者で経営工学の権威でもあるフェルナンド・フローレスが説いたように、「言われたことよりも、言われなかったことに耳を傾ける」ことが求められているのです。

顧客とのパートナーシップを築くこと

また、研究と開発を繋ぐには、どのような革新が必要かを、顧客と一緒に考えることが必要です。これは「サービスドミナントロジック」の考えにおいて「価値の共創」と呼ばれることもあります。これまで企業が消費者の欲求を満たすべく提供してきた「より安く、より早く、より簡単な暮らし」に向けた改革ではなく、新しい暮らし方や働き方を顧客と共創することに焦点が当てられているのです。

顧客との共創を実現するためには、根本的な変革に企業自らコミットすることが欠かせません。リスクを負って新しいやり方を始め、顧客をリードすること。そして、顧客と密接に協力し、彼ら自身が変革に関われるように導いていく必要があります。彼らはもはや単なる顧客ではなく、企業のパートナーなのです。

エネルギーで考えると、人々はより安価で、かつより環境に優しいエネルギーを求めているでしょう。このとき、企業が優れたエネルギーを生成するシステムを「消費者」へ提供するのではなく、人々がエネルギーの流れについて新しい理解を深め、電気を貯めたり配ったりする人になるために必要なことは何かを考える。このような視点のもと「デザイン」を行うのです。

もうひとつの事例を紹介しましょう。昨今、「金融詐欺」が爆発的に増えています。その要因としては、コロナ禍をきっかけに初めてオンラインバンキングに移行した高齢者が増加したことが挙げられます。

私が連携していた銀行には詐欺防止部門があり、彼らはデータ分析によって、詐欺師と関わりを持ってしまっている顧客、つまり被害者になる可能性が高い顧客を既に明らかにしていました。しかし、ここで問題がありました。担当者が顧客に電話をかけ、詐欺への警告を伝えようとしても、顧客から「その電話は押しつけがましいし、不適切だ」と思われてしまうことが多かったのです。

つまり、「顧客中心」にサービスを考えたのに、顧客自身はそのサービスを求めておらず問題を解決できなかった。そこで私たちは、まず高齢の顧客と関係を築くようにアドバイスしました。詐欺防止チームが電話をかける時には、すでに顧客との信頼関係がある状態を作るのです。

このプロジェクトによる変革は、短期と長期の2つの側面から考えられます。短期的な変革のポイントとなったのは、「高齢者の詐欺への向き合い方」です。彼らが詐欺に対する相談を専門家だけでなく家族や友人とも話すよう促すのです。すると、家庭内で詐欺についてのリテラシーを高めてもらうことで、詐欺防止チームが電話をかける必要がなくなります。この場合、顧客にとって銀行は「詐欺の意識をともに高めるパートナー」になりますね。さらに長期的な変革を考えると、銀行に対するイメージが「手数料や利息を搾取しようとするお金の貸し手」から、「経済的な安全とウェルビーイングを実現してくれるパートナー」へ変化していくかもしれません。

このように、環境が大きく変わると、顧客の生活や暮らし、そして彼らが抱く期待感も異なります。つまり、顧客の将来のビジョンを探るうえで、「どうなりたいか」を本人らに直接尋ねても意味が薄いのです。トランジションデザインによる革新は、顧客の現在のニーズを満たし、さらに彼らをサポートするために、ビジネスの変化をリードするプラットフォームであるべきです。

トランジションデザインは、ビジョン主導でシステムの変化を起こすプロセスです。気候危機など、今ある問題の多くは非常にスケールが大きく、どこか一面を変えれば解決するわけではありません。だからこそ、トランジションデザインで描く「ビジョン」は全てのものに対して根本的な変革をもたらすものでなければならない。

重要なのは、これらのビジョンをデザイナーだけでなく、企業とそのイノベーションに関わる人々と共に構想することです。それによって、企業や行政が現在のニーズを解決すると同時に変化のためのプラットフォームを作り出すことができ、よりサステナブルな社会に向けた手段をアップデートしていくことができるのです。

社会変革を促す“トランジションデザイン”を用い、未来構想力と事業構想力を習得するプログラム「Transition Leaders Program」

「Transition Leaders Program」では、全8回の多彩な講師陣による講義とワークを通じ、最新のデザインアプローチである“トランジションデザイン(Transition Design)”を用いて、社会と企業の共生のビジョンを描く「未来構想力」と、生活者起点で事業をつくる「事業構想力」を習得します。参加者が、学んだアプローチを自社で実践することで、社会に変革を起こす新たな事業を生み出すことを支援します。

本プログラムは、経済産業省令和4年度「大企業等人材による新規事業創造促進事業(創造性リカレント教育を通じた新規事業創造促進事業)」の一環として実施します。

>>詳しくはこちら(プログラムのお申込は終了しています)

 

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