3月12日の株主総会後、株主のひとりである伊藤穰一氏からスピーチをいただきました。ロフトワークがこれから世界を視野に入れた活動を開始するにあたって、どのような会社を目指すべきなのか、これからの企業にとって本当の価値とは何か。伊藤氏はそんな貴重なアドバイスをロフトワークの社員に伝えてくれました。

 

日本はもはや「巨人」ではない

ロフトワークは今後、世界を視野に入れて活動していくことになります。世界を目指すことがなぜ重要なのか、どのようなスタンスで世界を目指せばいいのか。その点についてお話ししたいと思います。

これまで、日本は世界第2位の経済大国と言われ続けてきました。私たちの中にもそういう意識が残っています。しかし、それはすでに過去の話です。日本の GDPが頂点にあったのは1995年頃です。その当時、日本のGDPは世界の18パーセントを占めており、ひとり当たりのGDPは世界一でした。現在、日本のGDPは世界の9.1パーセント、ひとり当たりでは18位にまで大きく後退しています。これは、バブル前の水準以下です。来年には中国に追い越されることが予想されています。さらに長期的に見れば、世界の4パーセントくらいの水準にまで日本のGDPは落ちていくと思われます。

現実的に見て、日本はもはや「世界の巨人」ではないのです。しかも、日本人の多くは英語を話すことができない。つまり、言葉の上でも国際競争力はない。日本は早晩、「中国の傍らにある小さな国」といったイメージで捉えられていくことになるでしょう。「ぜひ日本に進出したい」「日本と組んで何かやりたい」 ──そう考える海外の企業も、今後は激減していくはずです。

したがって、日本の企業が可能性を伸ばそうと思ったら、日本の外に目を向けるしかない。グローバルな会社にならなければならないのです。

 

インターネットがイノベーションの形を変えた

グローバルな会社になるには、明確なビジョンが求められます。ロフトワークをどのような会社にしていくのか。キーワードは「インターネット」と「ハピネス」だと私は思います。それを説明するために、イノベーションの歴史をごく簡単に振り返ってみます。

最も原初的な市場は、一人ひとりがものを持ち寄って個別に販売するという形態でした。そこに、企業が登場します。企業には生産や販売の効率的な仕組みがあって、一人ひとりが市場で勝手に動くよりもスムーズにものを売ることができます。そこからさらに大企業が出てきて、工場などをどんどん建てて、生産性がめざましく向上していく。それがインターネット登場までのイノベーションのあり方でした。

インターネットの登場は、イノベーションの形を大きく変えました。ネット以前は、すべてのイノベーションは、大企業や研究所の中、つまりクローズドな空間で発生していました。例えば、ネットワークの仕組みを決定するのは電話会社でした。インフラやパーツの開発は、すべて電話会社のコントロール下にありました。

しかし現在、面白いアイデアや画期的な技術は、すべて企業の外からやってきます。企業という管理者がイノベーションをコントロールするのではなく、それぞれの人が勝手に開発したものが広がり、融合していって、結果として新しい技術や製品に結実する。リナックスなどがまさにそうです。 

実は、製造業でもそういった形がすでに実現しています。例えばインドには、それぞれの人が勝手に部品を作って、知らないうちにバイクが1台出来上がるという仕組みができています。「企業体に依存しない生産プロセス」という視点が生まれているのです。ロフトワークのクリエイティブ・ネットワークのコンセプトも、これに近いと思います。

 

ベンチャー企業もイノベーションに参画できる

ネット時代におけるベンチャー企業の最大のメリットは、「失敗できる」ということです。新しい事業を大企業が2億円をかけて始めるところを、ベンチャー企業ならはるかに安いコストで始められます。初期コストが安いということは、失敗しても損失が少ないということです。失敗したらやり直せばいいのです。何が成功するかはわかりません。リナックスの成功を予測していた人は誰もいませんでした。

いろいろなプレーヤーが低コストでトライ・アンド・エラーを繰り返し、そこからイノベーションが生まれる。イノベーションの誕生の過程そのものがオープンですから、それ以後もいろいろなプレーヤーがそこに参画し、そこそこの利益を上げることができる。それがネット時代のイノベーションの意義です。 

日本はモバイル大国と言われますが、モバイルの世界を仕切っているのは、数社の通信事業者です。インフラや端末の仕様は、すべて通信事業社がコントロールしている。ベンチャー企業は儲からない。その意味では、モバイルはインターネットとはまったく違った世界になってしまっている。今後、モバイルがネット・ビジネスの中心になっていくと、ベンチャーのイノベーションの方にお金が回らなくなってしまう。それを私は危惧しています。 

モバイル・ビジネスに関して、ひとつのヒントを提示しているのが、ヘルシンキに本社がある「Blyk」というモバイル・ネットワークの会社です。代表はノキアの元社長で、現在はイギリスでサービスを展開しています。このサービスは、16歳から24歳のユーザーのみが既登録ユーザーの紹介によって入会できるというもので、入会すると一定量のテキスト・メッセージと通話がただになります。収入源は広告です。広告の仕組みやクリエイティブに徹底的に工夫が凝らされており、ユーザーはゲームのような感覚で広告とインタラクションできます。広告がほとんどコンテンツになっているわけです。 

こういう斬新な発想は通信事業者からは絶対に出てこないものです。Blykはいわば、モバイル・ビジネスのイニシアチブを通信事業者からベンチャーの側に奪還しようとしているのです。日本のモバイルの世界にもこのような構図ができれば、ベンチャー企業が活躍できる余地は広がるはずです。このような企業とのコラボレーションを模索することも、今後のロフトワークには重要になるでしょう。

 

企業価値の新しい基準

インターネットの時代は、ベンチャー企業が生き生きと活躍できる時代です。しかし、それは、ベンチャー企業が規模的に拡大していくことを必ずしも意味しません。

今後、先進国のGDPは下がっていきます。日本だけではなく、アメリカも、下手をするとEUも下がっていきます。それにともなって、人々の生活の豊かさを GDPのみで計るという考え方は廃れていくでしょう。同じように、企業の価値も、売り上げや利益だけでは計れなくなります。経済的な規模がイコール企業の価値ではなくなるということです。

では何が価値の基準になるか。「どのようなハピネスを実現しているか」──それによって企業の価値が判断される時代に早晩なるだろうと、私は思います。

ダライ・ラマが言っていることですが、お金を稼ぐということは、目標に向かってひたすら走り続けることです。ひとつの目標を達成すると、すぐに次の目標が出てきて、そこに向かってまた走る。それを無限に繰り返すことがお金を稼ぐということです。これは、いわば「量の幸せ」を追求するあり方です。 

しかし例えば、家族が100人まで増えても、別にハッピーになるわけではない。家族の本質は量ではないからです。会社にも、このような価値が求められるようになるのではないか。小さいけれども、魅力的なサービスや商品を生み出していて、社員も生き生きと働いていて、辞める人もほとんどいない。外部の人も、その会社と一緒に仕事をするのが楽しいし、元気になる。そんな雰囲気のある会社こそが、価値のある会社ということになるのではないでしょうか。 

今後、大きな企業はどんどん潰れていく可能性があります。おそらく、産業革命期に設計されたトラディショナルな組織形態が今後生き残っていくことは難しいでしょう。逆に、小さいけれども、確かなハピネスを実現していて、みんなが入りたいと思うような会社はこれからも活躍できるはずです。 

インターネットというツールを駆使しながら、社員と顧客にとって最もハッピーなあり方は何かを常に考え続けるような、そんな企業として海外を目指してほしい。私はそう思っています。 

(2008年3月12日 ロフトワークにて)

ロフトワークについて

ロフトワークは「すべての人のうちにある創造性を信じる」を合言葉に、クリエイターや企業、地域やアカデミアの人々との共創を通じて、未来の価値を作り出すクリエイティブ・カンパニーです。ものづくりを起点に、その土地ならではの資源やテクノロジーを更新する「FabCafe(ファブカフェ)」、素材と技術開発領域でのイノベーションを目指す「MTRL(マテリアル)」、クリエイターと企業の共創プラットフォーム「AWRD(アワード)」などを運営。目先の利益だけにとらわれず、長い視点で人と企業と社会に向きあい、社会的価値を生み出し続けるビジネスエコシステムを構築します。

株式会社ロフトワーク 広報:pr@loftwork.com

Next Contents

齋藤稔莉、山田麗音、川原田昌徳が、中学・高校向けの
職業観育成プログラム「ジョブtavi」に協力しました