プログラミングとグラフィックの融合から生み出す新たな表現領域へ。ロフトワークが運営する「BioClub」、FabCafe Globalが主催する「YouFab Global Creative Awards 2018」のメインビジュアルが世界の広告賞で数々の賞を受賞しました。今までに出会うことがなかった異色のクリエイターたちのコラボーレションで生まれたこの作品。作品を手がけたSHA inc.の竹林さんと伊佐さん、協働したプログラマーの一人である建築系プログラマー/デザイナーの堀川淳一郎さんにもお越しいただき、作品の背景や想いなどインタビューしました。この美しさを生み出すメカニズムを紐解いていきます。ぜひご覧ください。(写真:鈴木 彩| Aya Suzuki

受賞作品の詳細については、ニュースでご紹介しています。
BioClubとYouFabのビジュアルデザインが、THE ONE SHOWなど3つの海外アワードで多数受賞

今回話を聞いたメンバー

SHA inc.代表 竹林 一茂
SHA inc. 伊佐 奈月
堀川 淳一郎

「デジタルとフィジカルを横断し、結合する創造性」への挑戦

──グラフィックの世界に、プログラミングを取り入れるのは珍しいことだと思います。
これらの作品が生まれた背景はどういったものなのでしょうか。

竹林 グラフィックとプログラミングを融合させた表現への挑戦は、YouFabという場があったからこそです。「YouFab Global Creative Awards」(以下YouFab)のチェアマンである福田敏也さんからYouFabのグラフィックなどを担当しないかとお声がけ頂き、2014年からロゴやアワードのメインビジュアルの作成を担当してきました。

YouFab Global Creative Awrads

FabCafe Globalが主催するデジタルファブリケーション領域のグローバルクリエイティブアワード。デジタルファブリケーションは、一般的には「デジタルデータをもとに創造物を制作する技術(*1)」とされていますが、YouFabでは、デジタルデータをもとに創造物を制作するという捉え方をさらに深め、『「デジタル」と「フィジカル」を横断し、統合する創造性』と定義し、クリエイターの創造性を引き出し、そこから生まれる表現の可能性を模索してきました。

(*1)「デジタルファブリケーション」 (総務省HPより参照)
http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h28/html/nc141330.html

公式メインビジュアルもまた、YouFabの精神を表現する場であり、「デジタル」と「フィジカル」を横断し、統合する創造性に挑戦していく場です。YouFabに応募してくれる多くのクリエイターの方々から刺激を受け、「デジタル」=「プログラミング」と「フィジカル」=「グラフィック」(印刷物)という掛け合わせから生まれる表現に挑戦するという発想が生まれ、今回のチャレンジに至りました。

──そうやってこの独特の表現が生み出されたのですね。どんなプロセスで作品は作っていくのでしょうか。

竹林 おおきく4つのプロセスを踏んで作品を作り上げていきます。

  1. コンセプトを策定し、実現したいビジュアルのサンプルイメージをプログラマーに共有。
  2. 共有されたイメージに近いシミュレーションをプログラマーが制作。
    グラフィックデザイナーとイメージを共有しながら制度を上げていく。
  3. メインビジュアルの元となる静止画を選んでいく。
    (プログラミングで生成された動きを静止させ、静的に美しさを感じる瞬間を探していく。)
  4. 3.のデータを活かし、グラフィックの最終を調整していく。
    印刷された状態でもっとも美しくなるよう、印刷会社、印刷用紙、インクなども考慮して仕上げていく。

制作プロセスは、BioClubのメイキングムービーも見ていただけるとイメージがつきやすいかなと思います。

YouFab Global Awrad 2018のコンセプトは、2017年の受賞者の作品の影響を受けて「生命的なもの」を表現していこうという流れがありました。そこで、バイオに関して知見の深い、YouFabのディレクターであり、BioClubのディレクターでもある石塚さんの方からいくつかバイオに関するサイエンス的な知識やビジュアルイメージとなるようなものを共有してもらいました。プログラマーの堂園翔矢(株式会社Qosmo)にシュミレーションをいくつか作ってもらい、グラフィックとして面白い表現ができ、水の中に泡を作っていくという物理シミュレーションにしていこうと進めました。

BioClubのメインビジュアルについては、YouFabのメインビジュアルを作り上げてるなかで、石塚さんから共有してもらった「プロトセル」からインスピレーションを受けています。プロトセルは、簡単にいうと生命の起源とされる細胞の細胞膜。油と水が混ざり合う表現がすごく面白いというのもあったし、生命の根源的なものをあつかうBioClubという存在のメインビジュアルの表現にぴったりだと思い、提案させてもらいました。石塚さんも賛同してくれて、今回の制作が実現しました。

BioClub

バイオテクノロジーは目に見えにくいものでありながら、私たちの生活に密着していて生命観やライフスタイルに直結する影響を与えうる技術。

生活者がバイオテクノロジーを体感すること、それによって得られたリアルな感覚を多様な視点から議論すること。そして思いついたことを実行すること。

BioClubはこの3つを軸に、研究者、クリエイター、企業、ホビイストなど、異なる分野に存在するサイエンスへの興味を持つ人々が集う場を提供し、様々な領域のプロフェッショナルと共働し、新たな視点を生み出すプラットフォームです。

コンセプトや方向性を決めたら、そのコンセプトを表現するビジュアルのイメージを写真やイラストなどでプログラマーである堀川さんや、他のメンバーに共有していきます。というのも僕らプログラミング言語がわからないので、イメージや写真といったものでしか共有できるものがない。

そのイメージを持って、プログラミングで動きを作ってみてもらう。その動きを実際に見せてもらうこともあれば、スクリーンショットで瞬間を切り取って見せてもらえることもあります。それに対してフィードバックして、またさらに試行錯誤してを繰り返しながら、この瞬間かっこいいんじゃないかっていう作品のベースとなるものを決めていきます。それを更に手作業で細かな調整を加えて作品を仕上げていきます。

──今まで作ったことがない動きを、具体的にはどうやってプログラミングでシュミレーションを作っていくのでしょうか。

堀川 最終的な見た目を想像して、その想像したイメージになるような擬似的シミュレーションをプログラミングしていきます。でも今まで作ったことがない表現なので、かなり試行錯誤です。例えば、今回BioClubのメインビジュアルで挑戦した水と油が混ざり合う感じの表現。実際の水と油のシミュレーションでプログラミングを組んでみても、欲しい絵が出てこなかったりするんですよ。だから、こういう表現を生み出したいんだったら、擬似的にどういう仕組みをつくったら欲しい絵が出るかと色々試してプログラミングをカスタムしていっています。そして竹林さんにみてもらって、フィードバックを受けてさらに調整して、という感じですね。

竹林 本当にたくさんシミュレーションしてもらいましたよね。水と油が混ざり合う感じの表現も、ゆっくり混ざり合う感じが面白い表現になるのか、上から水滴でぽたっぽたって落ちる状態をシミュレーションの方が良さそうかなのかとか、いろいろ探ってもらって。こういったいくつものパターンを一気にシミュレーションできることは、プログラミングだから成せることだなって思います。グラフィックデザイナーである自分たちが普段やってるやり方では到底できない。ただ、色々作ってもらうなかで、自分と意図してないものもあがってくることもあって。イメージと近しいものを作り上げていくことに困ることもあるんですけど(笑)。でも、あ、こっちのほうがいいかもとか、それを生かしてこうしようみたいなときもあって。こういった自分の想像を超えたり、枠を超えたものができていく可能性が生まれるのも面白いなって感じますね。

自分の枠を、想像を超える作品を生み出せる

──プログラミングを取り入れた表現に挑戦して、いかがでしたか。

伊佐 めちゃくちゃ大変でした(笑)。だけど、デザイナーの力だけでは到達できない新たな表現領域に到達できたと感じています。その理由としては、プログラマーの方と協働できたことによって可能になった「自分の枠を超えたベース」を生み出せることと、今までと違う「デザインプロセス」を踏むことができたということにあると思っています。

──「自分の枠を超えたベース」と「デザインプロセス」ですか。

伊佐 グラフィックデザインって作品やデザインのベースとなる土台は、デザイナーのデッサンで書き上げていくんです。だから、自分の中にある感性の枠を超えられないって感じていて。それから作品を作り上げていくプロセスで、デザイナーってものすごい、デザインの検証をするんですよ。例えば、ロゴとか作るにしても、本当に丸がいいのかとか、形の細かいところもそうだし、色についてや、書体についてもそう。すごい検証をした結果、一つの形になってくんですけど、それってすごく時間がかる。そして時間かかる割に自分の頭にあることしかできないんですよね。

それをある種、プログラミングという計算で出しているものをベースに作品をつくりあげられるのは、自分の感覚とか、アイデンティティとか、個性とかそういうものだけに依らない作品を生み出せる。その作品の可能性を最初から狭めずにつくっていけるってすごく感じました。それに、プログラミングだと自分たちではできないスピードと質で多くのパターンを検証できる。これは今までになかったデザインプロセスです。そうやって自分の枠を超えた作品ができていく。

さらにプログラマーの方と一緒に作品をつくって感じたのは、どっちもが合わさることで、人の感覚も残ってるし、人だけじゃできない形も生み出していける。これってすごく面白いなと思ってます。

異才のコラボレーションをこれからも。

──今後目指していること、挑戦したいことはありますか。

竹林 今回生み出せたような表現、さらなるチャレンジから生まれるクリエイティブをもっと世の中に出していきたいですね。今回の賞を受けて、海外からロゴデザインの問い合わせなどもあったりして。こういう動きがもっと生まれると面白くなるんじゃないかと思います。

そして新しい表現、クリエイティブを作り出していくためにも、グラフィックデザインという場所だけにとどまらずに、普通起こりえない繋がりをつくることができる環境をいかに作っていけるかも考えてます。

YouFabとの出会いって、グラフィックデザインの概念を根本的に変えてくれた出会いだったと思います。自分が今まで交わることがなかったようなクリエイターやアーティスト、建築家の方など、多様な人たちに出会うことができて、こうやって新しい表現を生み出せることにつながりました。自分たちでは普段出会えない方々とのコラボーレションが生み出せるクリエイティブ、表現領域の力を感じてます。これからも自分たちの枠を超えた出会いを作り続け、人の心を動かす作品を生み出していきたいと思います。

伊佐 グラフィックデザイナーとしてやれることの可能性を追求していきたいですね。色々やり尽くされてきたところもあると思うのですが、まだ自分たちが発見できてないこととかあるはずだし、隙間のところに可能性はあると思ってます。

デザイナーとしてできる視点だと、解像度をあげていく力もそうだし、印刷物としてどう魅せられるかというのをすごく考えてて。今回の作品も、形や解像度はもちろん気にするけど、最後にどう紙に定着させるかをすごい考えました。どういう紙を選んで、どういう印刷をしたら、どんな風に光るのか。見たことないようなものにできるか。光の加減で見え方も変わってきます。だからどの位置に立ち止まって見てもらえるかとか、人の動きのところまでも考えて作り込んでいく。

わたし自身、すごく紙や印刷が好きなんです。質感だったり、五感で感じられることに魅力を感じてて。今回のようなプログラミングの表現を印刷物に活かすというチャレンジをしていく時も、普段の方法でグラフィックデザインをする時でも、デザインが印刷されて定着された時に、人の五感に訴えかける作品作りを大切にし、これからも追求していきたいと思っています。

堀川 こういうチャレンジを他でもぜひやりたいなって思っています。普段、建築系プログラマーとして活動してきて、基本的には三次元の中でしか表現ってしてこなかったんですけど、今回グラフィックデザインという二次元に落とし込む表現にプログラミングを活かしてみて、すごく面白かった。こんな表現ができるのかって。

それにグラフィックデザイナーのこだわりに尊敬の念を抱きました。これだけこだわってやってるってことを知ることができて、すごくいい刺激にもなりました。こういった機会をこれからも作っていけたらと思います。いつも同じことばかりだと飽きちゃいますし。(笑)

The origin of life(BioClubメインビジュアル)
プロジェクトメンバー
ART DIRECTION / Kazushige Takebayashi (竹林一茂) [SHA Inc.]
DESIGN / Natsuki Isa (伊佐奈月) [SHA Inc.] , Shuhei Yokota  (横田周平)
PHOTO RETOUCHER / Miki Kudo(工藤美樹) [The Elves and the Shoemaker.Co.,Ltd.]
PROGRAMMING / Junichiro Horikawa(堀川淳一郎) [Orange Jellies], Shoya Dozono(堂園翔矢) [Qosmo, Inc.], Ryosuke Nakajima(中嶋亮介) [Qosmo, Inc.]
EXECUTIVE PRODUCER / Georg Tremmel [BCL]
EXECUTIVE PRODUCER / Shiho Fukuhara(福原志保) [BCL]
EXECUTIVE PRODUCER / Mitsuhiro Suwa(諏訪光洋) [Loftwork inc.]
EXECUTIVE PRODUCER / Chiaki Hayashi(林千晶) [Loftwork inc.]
DIRECTOR / Chiaki Ishizuka(石塚千晃) [Loftwork inc.]
PRINTING DIRECTOR / Shunichi Yamashita(山下俊一) [SHOEI inc.]
MOVIE / Norihito Iki(壱岐紀仁)[Norihito Iki Films]

YouFab Global Creative Awards 2018 メインビジュアル
プロジェクトメンバー
ART DIRECTION / Kazushige Takebayashi (竹林一茂) [SHA Inc.]
DESIGN / Natsuki Isa (伊佐奈月) [SHA Inc.]
PROGRAMMING / Shoya Dozono(堂園翔矢) [Qosmo, Inc.]
EXECUTIVE CREATIVE DIRECTOR / Toshiya Fukuda(福田敏也) [TRIPLESEVEN CREATICE STRATEGIES INC.]
EXECUTIVE PRODUCER / Mitsuhiro Suwa(諏訪光洋) [Loftwork inc.]
EXECUTIVE PRODUCER / Chiaki Hayashi(林千晶) [Loftwork inc.]
DIRECTOR / Chiaki Ishizuka(石塚千晃) [Loftwork inc.]
PRINTING DIRECTOR / Shunichi Yamashita(山下俊一) [SHOEI inc.]

コラボレーションが生み出せる可能性や価値への理解が深まるインタビューになりました。技術が進化したからこそ生み出せる人の領域を超える表現と、それをさらに人の手によって魅力を増していく作品。今回の受賞を受け、実際に海外からロゴデザインの問い合わせなどがきているそうなので、こういった新たなクリエイティブが広がっていく予感。これからの展開がとても楽しみです!

そしてYouFab Creative Global Awardsが今年も開催されます。今年のメインビュジュアルも引き続き「デジタルとフィジカルを横断し、結合する創造性」への挑戦しています。今回コラボレーションしたのは、世界的にも有名なクリエーティブ・コーディングのアーティスト、ザック・リーバーマン。今年のメイングラフィックもぜひご覧ください。そして、YouFabを通じて生み出される新たな表現や作品にもご注目ください!

引き続き、YouFabの取り組み、クリエイターの方々の魅力、コラボレーションから生まれるクリエイティブの魅力を発信していきます。どうぞお楽しみに。

尾方 里優

Author尾方 里優(Public Relations)

福岡生まれ福岡育ち。九州大学芸術工学部卒業。人との出会いで人生が大きく変化した原体験から、人の可能性を広げる環境づくりに興味を持つ。大学卒業後、新卒採用支援の会社を立ち上げるも挫折。0からビジネスを学び直そうと、株式会社ゲイトに参画。事業立ち上げや、既存ビジネスの構造改革に取り組む。事業に携わる中、人の可能性をより引き出し、楽しく豊かな事業を作り出していくにはクリエイティブの力が必要だと感じ、ロフトワークに参加。未来教育デザインConfeitoのPRとしても活動中。趣味は読書と旅行とお酒。

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