写真家・幡野広志さんと「死」を考える
ロフトワークが成安造形大学の特別授業をデザイン
ロフトワークがつくる「デザインリサーチキャンプ」
課題解決型の授業を通してデザイン思考や企画提案力を養う、成安造形大学 総合領域。今回、ロフトワークでは、同専攻においてデザインリサーチの手法を用いた特別授業を行うことになりました。
タイトルは「デザイン DEATH」、テーマはずばり「死を通じて生を考える」こと。講師を務めるのは、ロフトワーク京都ブランチの国広信哉。全4回の授業を通してデザインリサーチを行った結果をもとに、短い「ものがたり」の制作・展示を行います。
第1回の授業となる8月3日(土)は、国広からデザインリサーチの考え方や手法について講義。その後は、「写真家であり元狩猟家、血液がん患者」の幡野広志さんをゲスト講師に迎え、学生たちとのトーク&ディスカッションを行いました。
本記事では、ロフトワークがこの授業を行うことになった背景と幡野さんをゲストに選んだ理由、そして幡野さんのトーク内容についてレポート形式でお伝えします。
テキスト=杉本恭子
テーマは、死を通じて生を考え、ものがたりをつくること
今回、ロフトワークが特別授業を行うことになった、成安造形大学の総合領域は、課題解決型の授業を通してデザイン思考や企画提案力を養います。卒業後は、キュレーターやプロデューサーを目指す学生も多いようで、リサーチやインタビューによって地域課題などにアプローチし、デザインで解決をはかるプロジェクト型の授業を行っています。これらの授業を行うなかで課題となっていたのは、学生たちがなかなか高所視点には至らないことと、アクセスしやすい情報だけに依拠した思考から抜け出せないことでした。
そこで、デザインリサーチやデザイン思考によって、さまざまな課題解決に取り組むロフトワークが特別授業を行うことになったのです。
特別授業のテーマは「死を通じて生を考えること」。死は、私たちすべてに100%訪れる未来であり、学生にとっても自分ごと化しやすいテーマです。同時に、死は話題にすることさえ忌避されがち。だからこそ“当たり前”を疑い、潜在的な人々のニーズや思いを探る、デザインリサーチのテーマにぴったりです。
授業では、死に関わるさまざまな「当たり前」を疑い、問いを立て、フィールドリサーチやインタビューを通して、自分たちなりに解釈した「死と生」の感覚をもとに、多様性の時代の生き方を伝える「ものがたり」を制作、作品展示を行う予定です。
デザインリサーチとは「当たりまえ」を疑うこと
第一回の授業では、国広からデザインリサーチの歴史と最新の動向を紹介しました。
デザインリサーチとは、研究と実践を繰り返しながら、当たり前を壊す価値を見いだすこと。そのためには、提供された課題やテーマを鵜呑みにしないことが大切です。課題を読み解くために、デスクトップリサーチをした結果をまとめていく「トレンドスクレーピング(Trendscraping)」や関連書籍を集めて読み込む文献調査、そしてインタビュー調査などを重ねていきます。
国広「当たり前を捉えなおすプロセスで得られる気づきは、自分の価値観を根底から変えることもあります。表面上の調査をしても新しい価値は生まれません。デザインリサーチを通して新しい考え方に出会い、自分が変わっていくことのほうが重要だと思います。」
幡野さんを通して「死」というテーマに臨む姿勢をつくる
「デザインDEATH」では、「死と生」を巡ってトレンドスクレーピングや文献調査、インタビューを行うことになっていますが、まだ若い学生たちが「死と生」というテーマを“自分ごと”として捉えるためのきっかけが必要です。そこで、ゲスト講師としてお招きしたのが、多発性骨髄腫という血液のがんにより余命宣告をされたことを公表し、語り続けている写真家・幡野広志さん。
狩猟家として生死を見つめ、病を得てからはがん患者とその遺族から話を聞くなど、幡野さんは常に現場に身を置いてものごとを見つめてきました。その姿勢は、デザインリサーチにも通じるものでもあります。死を意識しながら一瞬一瞬を生きている、幡野さんのリアルな言葉を学生たちに直接伝えていただきました。
狩猟を通して学んだ「死の意味」、病を得て気づいた「生の意味」
幡野さんは、29歳からがんの告知を受けるまでの約5年間、ライフワークの一環として狩猟をしていました。狩猟をはじめたのは、「生きることと死ぬことってなんだろう?」ということに、強い興味を感じていたからだそうです。
幡野さん「狩猟をすることで、生きることと死ぬことの輪のなかに入ってみたかった。5年間の狩猟生活を通して『すべての死は他の動物の生きることにつながる』という結論に至りました。でも、病気になって『生きることってしあわせを追求することなんだな』と気づいたんです。人はね、しあわせになるために生きているんですよ。」
3歳の息子さんは、「とにかく自分の周りを好きなものだけで固めようとする」と幡野さん。「子供の生き方はすごくしあわせ。大人が求めるべきしあわせのかたちだと思う」と言います。
幡野さん「僕が今、余命を宣告されても『しょうがないかな』くらいの気持ちでいられるのは、健康な時からずっと好きをたくさん重ねてきたからなんです。好きなことを続けていたら、死に際に後悔はしません。嫌なことなんて絶対しちゃいけないんです。」
好きを重ねて生きるには、「人の目を気にしない」ことが大切だと幡野さんは強調します。
幡野さん「『死とは?』『生きるとは?』と考えると難しいけど、ぺらっとめくるとそんなことないです。みんなに必要なものがたくさん入っているから、目をそらさずに考えてほしい。まずは『しあわせとは?』というところから、考えてほしいと思います。」
「死」という現象のなかに「終焉」と「始まり」が含まれていること。また「病気」という負の体験が「しあわせ」を見出す契機になり得ていること。幡野さんの語りのなかで、今までネガティブだと思っていた「死」や「病気」が、ポジティブな側面を含むものに変化していくのを感じました。
「みんなは、まだ時間があると思うから」
トークの後は、学生たちからの質問に答えるかたちでディスカッションが行われました。たくさんの質問に迷いなく答えていく幡野さんでしたが、とりわけ熱が感じられたのはやはり息子さんに触れる話題です。
たとえば、「息子さんとの最後のコミュニケーション」については、「僕の死を息子の人生の足かせにしないためには、いい関係で死んでいくことが大切。今は息子の好きなことを一緒にすることが、僕のしあわせにもつながると思う」と語りました。
最後のひとつの質問として、幡野さんが選んだのは「やさしいってなんですか?」でした。
幡野さん「僕の息子の名前は『優』。子どもにやさしい人間になってほしいなら、親がまずそうならなければいけないし、本人が生きやすい世界をつくるべきだと思いました。やさしさは、社会を変えていくと思う。『しあわせってなんだろう』『やさしいってなんだろう?』って自分から考えていくと、きっと生きやすい人生が待っていると思う。みんなは、まだ時間があると思うから。」
ある確かさを持って「死ぬこと」「生きること」に向き合っている幡野さんの言葉は、ひとことずつ楔を打つように心の底に届いてきました。また、「死ぬこと」を恐れずに見つめている幡野さんの存在によって、学生たちの「死ぬこと」「生きること」に向き合う心構えがつくられているようでした。
関連記事:幡野広志さん「しあわせになりなさい」
授業の様子について幡野さんも自身のnoteで紹介してくださいました。ぜひあわせてご覧ください。
オルタナティブな世界観を「ものがたり」で表現する
幡野さんとのディスカッションに始まった授業は、1ヶ月間にわたって計4回開催されました。「死と生」をテーマにしたデザインリサーチを行い、その結果に基づいて「もし、過去の出来事がこう変わっていたら今はこういう世界になっているのでは?」というオルタナティブな世界を考察。そして、導き出したポジティブな死の形を伝える短いものがたりをチームごとに制作しました。完成した作品は、10月17日(木)〜10月23日(水)に、成安造形大学キャンパス内「スパイラルギャラリー」にて展示のあと、10月25日(金)〜11月2日(土)にFabCafe Kyotoでも巡回展を行います。
1回目の授業で幡野さんが学生たちに何度も伝えたのは、「生きるとは、幸せになろうとすること」でした。この言葉を受けて、授業で学生たちがチャレンジしたことは、死を巡る新しい幸せの形を「ものがたり」として伝えること。彼らが描いた暖かく優しいメッセージを、ぜひその目でご覧ください。
展示会概要
@成安造形大学(2019年10月17日〜23日)
会期:2019年10月17日(木)〜10月23日(水)
※ 日曜休館
時間:9:00-19:00(最終日は17:00まで)
会場:成安造形大学 スパイラルギャラリー
アクセス:https://www.seian.ac.jp/access/
@FabCafe Kyoto / MTRL KYOTO(2019年10月25日〜11月2日)
会期:2019年10月25日(金)〜11月2日(土)
※ 日・月曜定休、30日(水)・31日(木)臨時休業
時間:11:00-20:00
会場:FabCafe Kyoto / MTRL KYOTO
アクセス:https://fabcafe.com/kyoto/access/
授業企画メンバー
Next Contents