便から飲み水? 知られざる排泄イノベーションの世界
−Deasy プロジェクトレポート#4
排泄にまつわる社会課題から見出された、新しい機会領域とは?
下水道システムが整備された日本において、健康な人がトイレに行くことに問題を感じる機会はそれほど多くないかもしれません。しかし、世界を見渡せば、およそ10億人がトイレへのアクセスがなく野外での排泄を余儀なくされており、不衛生な環境が健康悪化を引き起こしています。
ここ日本においても、個人から社会システムに至るまで、排泄にまつわるさまざまな課題があることは、前回までのレポートでご紹介してきた通り。さらに、便秘・下痢など排泄のマイナートラブルは、放っておくとやがて大きな病気につながる可能性もあります。身体的な機能障害のあるなしに関わらず、排泄はあらゆる人々の健康と生活に関わるクリティカルな問題なのです。こうした背景から、今、世界では「排泄」がイノベーションを必要とする分野として注目されはじめています。
産学官民が協働し、デザインのアプローチで排泄の未来をつくる『Deasy(デイジー)』のプロジェクトレポート。今回は、技術開発や新しいプロダクト、サービスを通じて「より良い排泄のあり方」を世界に提示している「排泄イノベーション」のプロジェクト事例から学びます。
これまでの記事
執筆:飯澤 絹子・加藤 修平(株式会社ロフトワーク)
編集:loftwork.com編集部
排泄物から飲料水をつくる―ビル・ゲイツが支援したオムニプロセッサー
まずは、海外の事例から見ていきましょう。マイクロソフトの共同創立者であるビル・ゲイツ氏が主宰するビル&メリンダ・ゲイツ財団は、人間の排泄物から電気と飲料水を作り出す装置、ジャニッキ・バイオエナジー社の「オムニプロセッサー」開発を支援しています。
この処理装置は、人間の排泄物を燃やすことで電気と飲料水を作り出します。さらに、装置自体の電源も焼却の熱を利用した蒸気エンジンから供給することができます。同社が公開したムービーで、ゲイツ氏自らが「人間の排泄物からできた水」を飲んでみせたシーンは、世界中で話題を呼びました。
オムニプロセッサーは、トイレへのアクセスが困難な地域における自立分散型の排泄システムとして、従来のトイレ・下水道処理システムの代替となることが期待されています。
宇宙での排泄問題にJAXAが挑む―国際宇宙ステーションのトイレ開発
次のプロジェクトの舞台は、宇宙です。宇宙航空研究開発機構(JAXA)は現在、有人宇宙滞在技術の開発研究の取り組みのひとつとして、国際宇宙ステーション(ISS)のトイレ開発を行なっています。
メカニカルな側面のみならず、ケミカルやバイオロジカルな制御をも必要とするISSのトイレ開発。JAXAの山﨑千秋さんは、学生時代に有機化学や生物生理学について研究していたことから、このプロジェクトに携わっています。山﨑さんによれば、宇宙環境における排泄は地球上とはあらゆる条件が異なるといいます。
まず、各国の有人実験施設からなるISSでは、トイレがアメリカ区画とロシア区画に1式ずつ、計2式しかありません。いずれもロシア製のもので、使用する際には排尿用ホースを取り付けるなど面倒な手順があります。
不具合や故障が発生することもあり、2式とも壊れた場合は、修理が終わるまで宇宙飛行士全員がオムツをつけて過ごす必要があります。こうした状況から、壊れにくく快適な宇宙トイレの開発が急務となっています。
ISSでは使える資源に限りがあるため、トイレを開発する上でも多くの制約があります。例えば、
- 宇宙空間は無重力で浮いてしまうので、まず身体を固定させ、排泄した尿と便をそれぞれバキュームで吸引する必要があります。
- 宇宙では水が貴重なので、大量の水で排泄物を押し流す水洗式は使用不可。空気圧や様々なメカニカルな機構を利用して、うまく排泄物を押し流す必要があります。
- ISSでは、再生装置を使って尿を飲料水に変えています。便は袋に密閉し大気圏で燃やしていますが、NASAやJAXAが将来計画している月や火星への長期探査ミッションに向け、いずれは便からも飲料水を回収・再生することが必要となります。
数多くのハードルがありそうなISSのトイレ開発プロジェクトですが、もし実現すれば、地上の私たちにも恩恵がありそうです。というのも、私たちの多くが「排泄システムが整備できるところにのみ居住している」からです。
限られた資源・スペースのなかでも利用可能な独立分散的なトイレシステムを実現できれば、近い将来、移動型のトレイラーハウスや船の上、人がいない山奥といった場所も「居住地」として気軽に選択できる時代がやってくるかもしれません。厳しい制約条件下で資源循環に配慮した排泄システムを考えることは、個人の多様な暮らし方のニーズに寄り添うことにも繋がりそうです。
IoTで漏れの心配を解消-排泄予測デバイス 「DFree」
排泄イノベーションが革新をもたらすのは、排泄システムの領域のみではありません。ユーザーひとりひとりに向けて「より良い排泄体験」を提供するためのプロダクトやサービスも誕生しています。
ある日本の起業家は、身につけることで排尿のタイミングを事前に知らせるデバイス「DFree(ディーフリー)」を開発しました。DFreeを下腹部に装着すると、超音波センサーが膀胱内の尿のたまり具合をリアルタイムで計測。排尿のタイミングを事前に検知し、スマートフォンの専用アプリを通じて知らせてくれます。
DFreeを開発した、トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社代表 中西敦士さんは、自身が米国留学中に「漏れ」を経験し「もう2度としたくない」と思ったことが、プロダクトを開発したきっかけだったと言います。
自らが粗相をしたのと同じ時期に、日本で大人用紙オムツの市場が子供用を上回ったというニュースを見て、紙オムツで排泄している大人の多さに驚きました。漏らしたくないと思っているのは自分だけじゃない。これは絶対に解決しなければならない課題だと思ったことから、アイデアが作られていきました。
中西さんは2015年に創業。プロトタイプの製作を経て、介護施設向けの製品レンタルサービス事業をスタート。2018年には、DFreeの個人向け販売を開始しました。
DFreeを導入した介護施設では、トイレでの排尿率が約23%上昇、夜間の作業時間が約37%軽減するとの効果が出たといいます。さらに、排尿に悩みのある個人ユーザーにもアンケートを行ったところ、『トイレに行く回数が減った』と答えた人が約75%、『尿漏れ回数が軽減した』と答えた人が約64%にのぼっています。
DFreeという製品名にはDiaper Free(オムツ要らず)という意味が込められています。オムツそのものの存在価値を否定しているわけではありませんが、紙オムツを利用することは精神的にも肉体的にも非常に大きな負担がかかります。本人が望む限りオムツを使わず過ごしてもらうにはどうサポートしたらいいか。この想いがDFree開発の原点です。
DFreeは海外からも注目を集めており、現在、アメリカやヨーロッパに販路を広げています。開発者自身の体験から生まれた、IoTを活用した身体拡張的な排泄ソリューションは、日本から世界へと広がっています。
「腸活」で80社とのビジネスコラボレーションをつなぐ―排便記録アプリ「ウンログ」
健康のために、食事などの生活習慣を通じて腸内環境を改善する「腸活」が注目を集めています。そんな中、うんち記録によって、より自分にフィットした腸活を知ることができるサービスがあります。
「ウンログ」は、うんちを目で見て形状や色等の状態を記録し、健康診断や腸活につなげるスマートフォンアプリです。「ウンログ」を開発運営しているウンログ株式会社 代表取締役 田口敬さんは、もともと自身も排泄について悩んでいました。なんとかしたいと腸活をはじめたことで、お腹の具合は改善すると実感。そこで、腸活の記録を管理できるツールがあると便利なのではと思いたち、アプリ開発をしたことがサービスの始まりでした。
ウンログのサービスはうんち記録をとるだけにとどまりません。同社は、腸内フローラ検査や、腸活や快便に関するメディア運営、腸活を実践するユーザーへ腸活商品のサンプリングなど、多角的なサービスを展開しています。ウンログのビジネスを支えているのは、80社以上にのぼる他社とのコラボレーションです。ウンログ自体が、ユーザーと企業とをマッチングするプラットフォームとして機能しています。
例えば、ウンログがおすすめする腸活商品の詰め合わせ「ウンといいBOX」は、ユーザーと腸活商品とをマッチングするサービスです。腸活が一般に広がったことで、市場はさまざまな腸活商品であふれています。ウンログは「ウンといいBOX」を通じて、ユーザーが自分にあった腸活商品を選ぶサポートをしながら、アプリのうんち記録によって商品の効果を見える化しています。
さらに、LINEにウンログと同じ機能を追加することができる「ウンとツヅクくん」では、ユーザーのうんち記録に対して、腸活商品の継続利用をフォローアップ。腸活商品を製造する企業のカスタマーサクセスを支援しています。
今、介護施設や病院で要介護者の排泄を管理するために下剤を過剰に使用してしまうことが問題となっていますが、ウンログはこの問題の改善にも取り組んでいます。食品メーカーとの食品開発や、排便と下剤、食事のサイクルを記録するシステムの開発などを手掛けています。
このように同社は、さまざまな企業と連携しながら、ビジネスのアプローチによってひとりひとりに向けて「より良い排泄」を提案する「すっきり革命」を推進しています。
「より良い排泄のあり方」を提示する
今回は排泄の課題が起点となり、新しいサービスやプロダクトを生み出したイノベーティブな事例を紹介しました。それぞれ実践している領域やアプローチの方向性、達成度合いは異なりますが、いずれも「誰もが気持ちよく排泄できる」ことを目指して社会実装に向けた取り組みを進めていました。
これらのプロジェクトが示唆することは、「排泄のデザイン」によるイノベーションは「漏れ」などの困りごとを解決するだけでなく、人や社会、環境に対して「より良い排泄のあり方」を提供する可能性を秘めているということです。より多くの企業が、持続可能性に配慮したプロダクトやサービスを開発したり、排泄の体験価値を向上したりすることで、まだ見ぬ新しい機会領域が生まれることが期待されます。
次回はいよいよ、Deasy プロジェクトメンバーと仲間たちによる、「サービスとしての排泄」についてのディスカッションの様子をお伝えしていきます。未来の排泄をデザインするために、どのようなアイデアが生まれてくるでしょうか。次回のレポートにご期待ください。
プロジェクトについて