教員・職員が共に自学の「らしさ」を紡ぐ
学生本位で考えるインナーブランディング
Introduction
国内の18歳人口の減少やコロナ禍による授業形態の多様化、私学法改正など——大学を取り巻く環境は急速に変化しています。価値観が多様化していく時代において、受験生や企業、地域などの幅広いステークホルダーに向けて自学の魅力と提供価値をどのように発信し、ブランド価値の向上に繋げられるかは、多くの大学にとって重要な課題です。同時に、学内においても、学部学科・部署を横断した教職協働の大学経営ができる体制づくりが必要とされています。
そのような状況の中、神奈川工科大学はより良い教育環境づくりを目指し、大学教職員の能力開発を通じた教育改善の取組み(SD研修)を定期的に実施しています。今回、ロフトワークが支援したプロジェクトでは、SD研修を通して学内の教職員に向けて自学の提供価値を浸透させるためのワークショップを実施しました。参加した教職員は学生の目線に立ち、“神奈川工科大学らしさ”を言語化した上で、主体的にコミュニケーション施策を検討しました。
本記事では、プロジェクトチームがワークショップのプロセスを振り返りながら、教職協働の実現に向けたインナーブランディングの重要性とその実践ポイントについて話しました。
聞き手:森 実南(loftwork.com編集部)
聞き手・執筆:吉澤 瑠美
編集:岩崎 諒子(loftwork.com編集部)
写真:村上 大輔
話した人
寺尾 謙
神奈川工科大学
職員研修企画運営委員会委員
渡邉 怜
神奈川工科大学
職員研修企画運営委員会委員
井上 龍貴
株式会社ロフトワーク
プロデューサー
Story
本質的なコミュニケーション改革に必要だった「インナーブランディング」
―― SD研修のテーマを「インナーブランディング」にした理由と、実施した経緯や背景、また当時感じていた課題について教えてください。
寺尾 ひとつのきっかけは、大学広報として情報発信するだけでなく、市場や顧客の状況を的確に把握・分析し、それを経営戦略へとフィードバックしていく必要があるのではないかと感じていたことです。そのためには、経営と広報が連携・協働できる仕組みが欠かせません。そこで、当初の課題感として「大学広報とホームページの多角的な活用を、いかに実現するべきか」を考えていました。
渡邉 情報発信の手法も多様になっていますから、新しいメディアを強化すべきではないかと考えたのです。ただ、情報発信を突き詰めると、重要なのは人と人とのコミュニケーションです。受験生や在学生に大学の魅力を伝えるには、まず自分自身を知らなければなりません。適切な情報を発信し、まっすぐ受け取ってもらうためには、我々自身も一枚岩になってビジョンを共有する必要がある。自分たちが変わる必要があるのではないか、と思い始めていた頃でした。
寺尾 そこでロフトワークの井上さん・川原田さんから、「まずは部署を超えたインナーブランディングに取り組み、そのうえで大学の魅力をユーザーに伝えませんか」と、コミュニケーションをより広く捉えた研修プログラムを提案いただきました。広報の中のコミュニケーションについてディスカッションするとか、受験生や在学生の目線に立ってコミュニケーションの仕組みを学ぶとか、それぞれの教職員が把握している大学の情報を顕在化し、共有しましょう、と。
それを聞いて、5年後、10年後の展開を考えると、Webサイト上の発信だけをコミュニケーションとして捉えるのではなく「もう少し根本から掘り下げた方がいい」と考えを改めました。我々が潜在的に欲していたことを、ロフトワークが言語化してくれたわけです。
相手を知り、自分自身を知ることがコミュニケーションの第一歩
―― 今回のプロジェクトを実施するにあたって、どのような意図で提案したのですか? また、実施までのプロセスについて教えてください。
ロフトワーク 川原田(以下、川原田) 前提として、コミュニケーションにはどのような形であれ必ず「相手」が存在します。その相手に何を伝え、どう思ってもらいたいのかを改めて考えるという点に重きを置き、「神奈川工科大学らしさ」を再考するためのインナーブランディングから始めるのがいいのではないかと考えました。
ロフトワーク 井上(以下、井上) お話を伺ったところ、各学部間、あるいは教員と職員との間で発信したい情報の優先度に乖離が生じており、互いに共通認識を持てていないという状況でした。そのため、ワークショップを通じて、学内の教職員のみなさんの間で「ユーザーとはどのような人たちなのか、どういうことを望んでいて、どのような情報を求めているのか」をという前提をすり合わせれば、足並みも揃うのではないかと考えました。
川原田 ワークショップにはいろいろな部署、学科の教職員約30名の方に参加していただき、5〜6名ずつのグループに分かれて各々の目線から学生がどう見えているか、学生に普段どのようなことを伝えているのかなどをディスカッションしてもらいました。
寺尾 グループは、あまり面識のない人同士で組むように心がけました。普段から接点のある人同士だと話は盛り上がるかもしれませんが、気付きの振れ幅が小さくなってしまいます。立場がそれぞれ異なる人たち同士が混ざったことで、より多角的な意見を引き出せたのではないかと思います。
渡邉 本学は部署間の分断などもなく比較的フラットな関係性の組織だと思いますが、部署によって教員や学生と接する頻度にはばらつきがあるので、それぞれ異なる刺激を受けていたり、自分にない視点に気付いたり、普段接点のない人との交流で再発見も多かったのではないでしょうか。所属を超え、一つの組織として課題を解決するという体験ができたことは大きいと思います。
―― 今回のワークショップではどういったフレームワークを取り入れましたか?
川原田 ユーザー視点という感覚を掴んでもらうために、ワークショップはあまりいろいろなフレームワークを取り入れることはせず、シンプルに設計しました。一番時間を費やしたのは「共感マップ」の作成です。ユーザーである学生の感覚に寄り添い、学生に共感するというプロセスには特に丁寧に向き合いました。
これは、ワークの順序が重要で、神奈川工科大学の魅力を言語化する前に学生の視点への理解を深める時間を先に設け、そのうえで「彼らに伝えるべき自学の魅力って何だろう」という問いに取り組みました。
寺尾 私は、Miroのような、普段、職員が使わないデジタルツールをあえて取り入れたことにも価値を感じています。コロナ禍も相まって、先生方は学生に続々と新しいツールを使用させていますが、職員は学生たちが受けているオンライン授業を体験する機会がありません。「学生はこういうことをやっているのか」と学生の日常に身をもって接する機会が作れたことは、共感を深めるという意味でも大きな収穫だったと思っています。
川原田 今回は学内で実施する初めてのオンラインワークショップだったので、慣れないツールに混乱が生じるのではないかという懸念もありました。そこで、あらかじめ寺尾さん、渡邉さんにワークショップの流れを体験していただき、どこの場面で参加者へのサポートが必要になるかシミュレーションしました。これが、非常に良かったですね。ワークの途中でツールの使い方に困った人が出たときに、お二人が迅速にフォローしてくれたので、当日はスムーズに進行できました。
「神奈川工科大学に勤務していることが誇らしい」教職員が改めて実感した自学のブランド
―― 今回のワークショップを終えて、手応えはいかがですか? 教職員における「神奈川工科大学らしさ」の共通認識や、情報発信の捉え方に変化はあったでしょうか。
寺尾 参加者の満足度はかなり高かったと思います。なかでも、参加した職員から「神奈川工科大学に勤務していることが誇らしく思える内容だった」というコメントがあって、すごく報われる思いでした。コメントの一部は報告書にも掲載しましたが、それを読んだ常務理事などの上層部からも「これだけの感想を得られれば、この研修は成功だったと言えるのでは」と良い反応を得られました。
寺尾 私たちはこれまで「学生本位主義」という考え方を掲げて活動してきたのですが、今回の研修を通じて、その考え方は間違っていなかったと確信できました。これまでの方針に対する答え合わせができたことは、大きな成果だと思います。
渡邉 今回の研修に参加した人数は30名弱ですが、今後、同じテーマで50名、 60名と増やして行きたいです。今回のようなSD研修を繰り返し、多角的な視点を共有することで、コミュニケーションのあり方や「学生本位主義」という考え方を教職員全体へ徐々に浸透させていきたいですね。
また、今回はペルソナを学生に絞りましたが、実際は部署によってステークホルダーが異なります。参加者が各部署に今回のワークを持ち帰り、それぞれのターゲットを当てはめて活用してもらえると、コミュニケーションや日々の業務にも変化が生まれると思います。
学生と職員がチームを組んで立ち向かう、工科大学の未来とは?
―― 今回のワークショップを踏まえ、今後の神奈川工科大学ではSD研修も含めてどのような展開をお考えでしょうか?
寺尾 このワークショップを実施したことで、少なくとも参加した教職員の間では神奈川工科大学らしさの共通認識が築けたのではないかと思います。そのうえで、今後の課題はこれを定量的にどう表現、発信していくかということです。2022年度は、学生視点からの取り組みをSD研修を含めて多角的に実施していきたいですね。
井上 神奈川工科大学らしさの一つは、所属の違いを障壁と捉えず柔軟にチームを組んで課題に取り組めるところだと思っています。私たち自身もファシリテーターとしてワークショップに参加したのですが、ワークショップが終わった後、教職員の皆さんがお互いのファシリテーションを褒め合う時間が、自然と生まれたことがとても印象的でした。たった一度のワークショップでしたが、私たちもチームの一員として受け入れていただけたのはうれしかったです。
寺尾 少子化が社会問題となって久しいですが、近年は理系離れ・理科離れもかなり深刻です。高校生にアプローチしてみたものの、「理工系の学問に関心のある高校生がいない」という状況も珍しくなく、我々のような工科大学は非常に厳しい状況に立たされています。
そういう意味では、今回の研修で得た知見や自学の価値を、小学生や中学生にも展開できるように考えていくことも必要ではないかと思います。そのように応用できそうな「気付き」を、今のタイミングで得られたことは良かったと思いますね。
川原田 それこそ、学生とチームを組んでみるのも良さそうですね。今の学生たちが小中学生の頃にどのような体験をしてきたかという点に、ヒントが隠れているかもしれません。それに、学生に自分たちの大学の魅力を理解してもらい、自分たちも学生のことを理解しようと努めるような、神奈川工科大学らしいプロジェクトが今後展開されていくのだと思うと、今後がとても楽しみです。
寺尾 大学に良い循環を生む原点としてインナーブランディングは、大学経営にとってさまざまな観点から欠かせないものだということがわかり、驚いています。良い大学には良い人材が集まるという意味では、学生だけでなく優秀な教職員を集めるためにも有効なのではないかと思います。今後の大学広報の視点として、今回の学びを積極的に活用していきたいと思います。
――今回のワークショップをきっかけに、教職員のみなさんの中から新しい挑戦がどんどん出てくるといいですね。本日はありがとうございました。
Member
Next Contents