国立研究開発法人理化学研究所 バイオリソース研究センター PROJECT

バイオリソース研究の魅力とビジョンを5分で伝える
理研BRC 広報映像制作

研究機関が、自らの研究の価値や成果について、地域住民や一般の方々への情報共有を行う「アウトリーチ活動」。研究者から、一般の方々に向けたコミュニケーションの機会として、重要視されています。

国立研究開発法人理化学研究所 バイオリソース研究センター(以下、理研BRC)は、2019年まで、バイオリソース事業や研究活動の内容の紹介を、一般の方々へ向けて、オフラインで行う、一般公開イベントを中心にアウトリーチ活動を行ってきました。しかし、2021年から、新型コロナウイルスの影響をうけて、オンラインによるアウトリーチ活動を強化。ロフトワークは、2021年・2022年の、理化学研究所のオンライン一般公開のために、理研BRCの各研究室の研究内容や所属スタッフの魅力を紹介する、10本の映像コンテンツを企画・制作しました。

制作された映像コンテンツは、科学研究の知識を深めながら、研究スタッフの魅力をユーモラスに紹介し、研究が貢献しうる、未来のビジョンを提示する等、徹底して「親しみやすく、わかりやすい」内容となっています。このような映像を制作したねらいや、その効果はどのようなものだったのでしょうか。

本記事では、映像に出演され、自身もアウトリーチ活動を積極的に行う、理研BRC 植物-微生物共生研究開発チーム 市橋泰範さんと、プロジェクトのマネジメント、及び、映像の企画・制作を担当した黒沼雄太が、プロジェクトの振り返りや、アウトリーチ活動のこれからを議論します。

執筆:中嶋 希実
編集:後閑 裕太朗(Loftwork.com編集部)
撮影:中込 涼

理化学研究所バイオリソース研究センター 一般公開動画

<動画プレビュー>「菌根菌、ゲットだぜ!」

理化学研究所 バイオリソース研究センター 一般公開動画を見る

https://web.brc.riken.jp/ja/for_public/video

話した人

写真右から
理化学研究所 バイオリソース研究センター 植物-微生物共生研究開発チーム チームリーダー 市橋泰範
 植物-微生物共生研究開発チームのリーダーとして、制作映像の1つ「菌根菌、ゲットだぜ!」に出演

株式会社ロフトワーク クリエイティブディレクター 黒沼雄太
 本プロジェクトのマネジメント、ならびに、映像の企画構成・脚本・撮影・編集を担当

「映像」の親しみやすさを活かし、専門的な研究をわかりやすく届ける

── まずは、今回のプロジェクトの経緯を教えていただけますか。

理化学研究所 バイオリソース研究センター 市橋泰範さん(以下、市橋) 理研BRCでは、これまでアウトリーチ活動として、一般の方々に向けて研究内容を紹介する一般公開を、毎年オフラインで行ってきました。しかし、コロナ禍によって、従来のような一般公開を行うことが難しくなりました。そこで、新しいアプローチとして、映像コンテンツの活用を考えたのです。

2020年に、私の研究チームを紹介する短編映像の制作をし、反響がよかったことがきっかけで、次の一般公開でもその他の研究室の紹介映像を制作していくことが検討されました。

理化学研究所 バイオリソース研究センター 植物-微生物共生研究開発チーム 市橋泰範さん

── 短い映像をアウトリーチに活用しようと考えた理由はどこにあったのでしょうか。

市橋 なるべく広い層に届けるために、「わかりやすさ」や「親しみやすさ」を大事にしたいな、と。研究室として、自分たちの研究内容を、ありのままに、丁寧に語りたいという気持ちもあるのですが、まずは広く知っていただくことが優先でしたので。そのためには、幅広い方々にとって、わかりやすく、親しみやすくなければならない。従来のアウトリーチ活動では、我々の側に、この歩み寄りが足りなかったかもしれないな、と結果的に考えています。

ロフトワーク クリエイティブディレクター 黒沼 雄太(以下、黒沼) 2021年・2022年の両年で併せて10本の研究室の紹介映像を制作しましたが、研究室ごとに、主なターゲット視聴者は、さまざまでした。また、市橋先生たちとご一緒した、2021年の一般公開用映像制作プロジェクトでは、予算やスケジュールの観点から、約3ヶ月間で、5分ほどの映像を7本制作する必要があり、一つひとつオーダーメイドで企画・構成することが難しい状況でした。

そこで、まずは全映像に共通する構成のフォーマットを用意しました。研究室ごとのミッションやパーパスを紹介する「ハッケンのゲンバ」、どんな人たちが、どんな風に実験や研究をしているのかを伝える「スタッフのゲンバ」、そして、その研究が、将来私たちの社会に、どのように貢献しうるのかを紹介する「ミライへのコウケン」。視聴者にとって理解しやすく、内容を整理しやすい、3つのコーナーを設け、各コーナーのおおよその尺制限も設けてから、各研究室のヒアリングを始めました。

ロフトワーク クリエイティブディレクター 黒沼雄太

── 全ての映像でフォーマットは共通していますが、一つひとつ雰囲気が異なるというか、研究室の特色が出ていますよね。

黒沼 まずは、研究室ごとに、これまでにオフラインの一般公開で実施してきたイベントの内容や、イベントに対する一般の方々の反応から感じていた課題感を伺いました。その後、今回作る映像では、主にどんな人を対象に、何を伝えたいのかを検討するための打ち合わせを行いました。1つの研究室につき、計2時間程度だったと思います。

そして、ヒアリングの内容を踏まえつつ、それをどう映像で表現するべきか考える際に、私が意識したのは、今回はどんな「映像の文法・文体」を使うのがよさそうかな、ということです。今回の制作映像の想定視聴者として、老若男女、幅広い一般の方々の存在があります。では、「一般の方が、見慣れている映像の媒体はなんだろうか?」を考えると、おそらく、まだまだテレビ番組だろうと思います。ですから、全体的に、テレビ番組的な演出を取り入れていくのがよさそうだと思いました。実は、テレビ番組の映像には、「テレビ番組っぽく」なるための、お決まりの文法・文体というか、いろいろな演出の型があります。過去、自分がテレビ番組を制作していた経験を活かし、幅広い方々の視聴可能性を意識しつつ、各研究室が想定する主なターゲットにとって馴染みのありそうな演出を考え、ご提案しました。

「お互いの情熱」が可視化され、生まれた交流

── とりわけ「スタッフのゲンバ」のコーナーでは、思わず笑ってしまうような演出も多くありました。

黒沼 実際に打ち合わせを始めるまで、科学研究に携わる方々は、自身の研究内容を論理的に説明するために、じっくり丁寧にお話される印象があったんです。ですから、約5分という短い尺の中に収めきれるだろうかと、若干の不安もありました。しかし、実際にご一緒していくと、みなさんそれぞれ「どう面白くするか」ということに対して、予想以上に前向きな姿勢をお持ちでした。そのような経緯もあり、各研究室の映像のなかで、独特のユーモアが効いている演出は、こちらからから一方的にご提案したというよりも、スタッフのみなさんの思いを受け止めながら演出を検討していった結果として、研究室ごとの特徴が際立つ形になっていったのかなと思います。

「スタッフのゲンバ」のワンカット。昔話調の紙芝居を模したアニメーションを用いて、菌根菌の生物史を紹介

スポーツの実況解説調で、遺伝工学基盤技術室で行われている、顕微鏡下の高度な作業技能にフォーカス

微生物材料開発室の職能に「微生物保存師」という架空の呼称を与え、スタッフの技術を芸術作品になぞらえた

── 研究室ごとの特色が出た映像を観て、市橋さんはいかがでしたか。

市橋 映像一つひとつの面白さはもちろんですが、研究内容の幅の広さ、いわば多様性が理研BRCの魅力なのだということを改めて感じました。「バイオリソース」の専門機関は、世界にいくつもありますが、それらの多くは、取り扱われているリソースや研究内容が、特定の生物種に限られています。我々のように、ライフサイエンスを横断できるくらいのリソースと研究を一つの拠点で担っている機関は、とても珍しく、優位性が高い。一つひとつが、それぞれの研究室の特色が出た映像でありつつ、いち機関のシリーズ映像として見ると、向き合っている対象領域や、スタッフ各々の専門性、2つの意味での多様さを再認識できました。

黒沼 2021年の制作映像が公開された1年後、2022年に、一般公開用の映像制作のために、再び理研筑波地区にお邪魔しました。その際、前年に公開された映像を観て下さっていた、理研BRCスタッフの方々から、「私はあの研究室の映像が一番おもしろかった」などの、声をかけていただく機会があり。その際、同じ研究センターの中にいても、他の研究室がやっていることを詳しくは知らないというケースも珍しくはない、と聞きました。一般の方向けの紹介映像ができたことで、理研BRC内部でも、お互いの事を知るコミュニケーションの回路が生まれたというお話は、お聞きできて嬉しいことでした。

市橋 そうなんです。お互いの研究している内容を、大まかには知っていても、どのように、そして、どんな想いで研究に取り組んでいるのかということまでは、なかなか話す機会がなくて。映像を通して、研究スタッフの情熱や人となりを再認識できましたし、事務方の皆さんの話も入っていて、理研BRCを支えている人たちの魅力を、改めて感じることができました。

紹介映像の最後には、研究スタッフだけでなく事務職のみなさんも揃って登場するシーンを挿入。研究を支える多様なメンバーや、空気感を印象づける演出です。

研究のビジョンが伝わるから、共感が生まれる

── 映像メディアを採用した理由でもある「外部の方に広く、わかりやすく伝えるためのツール」として、今回の映像はいかがでしたか。

市橋 制作いただいた映像は、非常にテンポがよくてわかりやすく、なおかつ、科学研究の紹介として押さえるべきところは押さえています。それでいて、研究スタッフの人となりも伝わる映像になっており、僕らの活動内容と雰囲気を濃縮してくれてたと感じています。

黒沼 そのように評価していただけるのは、すごく嬉しいです。昨今、高画質な映像撮影を可能にするさまざまな機材や、簡易的な編集アプリケーションが、一般に広く普及してきています。もちろんそれらの傾向は、映像制作の民主化として捉えれば、喜ばしい傾向であると考えています。僕としては、文章や写真と同じように、これからは動画も自分達で内制していきたいと考えている方々がおられれば、それをどう促進するか/仕組み化するかという観点で、サポートするお仕事もできたらいいなと思っています。

一方で、前述した傾向ゆえに、映像の制作をご委託いただくお仕事の「品質」は、「撮影された映像の綺麗さ」だけでは、段々と、しかし確実に、差が出なくなってきていると感じます。そうした背景を踏まえつつ、僕が制作をご委託いただくお仕事の中で意識しているのは、「映像を通してどれだけ発信者の想いを代弁/代理表現できたか」という品質です。わかりやすさのために情報を整理することもそうですが、発信者自身に「そうそう、そういうことが言いたかった!」「そうか、こんな感じにすればよかったのか!」と思っていただける仕事をすることは、大事な品質の一つだと思います。これからもその辺りは、技を磨いていきたいですね。

市橋 なるほど、我々にも同じことが言えるかもしれません。研究者は、必ずしも、「一般の皆さんにわかりやすく伝えること」を日常的に考えているわけではないのです。広義の研究関係者コミュニティの内側では、共有できている暗黙のコンテクストが近ければ近いほど、専門的な言葉が多数使われる会話も通じやすい。しかし、アウトリーチ活動にあたっては、研究の目的や内容について「改めての言語化」が必要になります。共有可能なコンテクストが少ない一般の方々が相手であればあるほど、研究の目的や内容をコンパクトに伝えようとする時、何が相手に対して最も伝えたい重要なことなのか、どうすれば、「伝える」だけでなく「伝わる」表現になるのかを考える必要がある。そのような観点で、発言可能な時間に制約のある映像制作は、自分たちの営みをどう表現するかを、見直す機会にもなりました。

── 一般公開やホームページ上で映像を公開した後、外部の方から反響はありましたか。

市橋 面白い、わかりやすかったなど、純粋にポジティブな連絡をもらうことが多かったです。なかでも印象的だったのが「研究者のビジョンが見えるところが良かった」という意見です。「ミライへのコウケン」というコーナー名の通り、現在の研究内容に加えて、「将来、社会のこういう領域に、今の研究が活きていったら嬉しい」というメッセージが伝わった、とのことでした。平素より、科学の研究者は、なるべく事実に基づいた論理的な情報発信を意識しますが、時には、論理の飛躍も許しながら「将来、こうなっていったらいいな」と自ら伝えることは、共感を生みやすくなりますよね。実際、「我々の活動のビジョンに近いから、一緒にプロジェクトに取り組もう」という話が外部から寄せられてもいます。

「ミライへのコウケン」コーナーでは、現在の研究が、今後、活用される可能性のある領域を紹介。研究室メンバーが自身の未来への期待も語りながら、視聴者を、未来の想像へとリードする機能も有するコーナーになりました。

黒沼 科学の研究に携わる方々の多くは、例えば、ゲノム編集や、微生物の力が成しうることなど、さまざまな可能性を積極的に仮定・検証しつつ、「科学研究の成果を、社会へどう活用していくべきか」については「科学者だけで考えるべきではない」という倫理感をお持ちですよね。だから、現段階で可能なことや、事実と言えそうなことを語る機会はたくさんあっても、将来、科学を社会にどう活用していくべきかについては、倫理的に発言を慎んでいる。むしろ倫理的な科学者ほど「それは社会の担い手である一般の方々と考えていくべき」と思っているような気がします。一方で、一般の方々からすると、科学研究者は自分より頭がいいはずだから、社会への活用についても、自分よりいい答えを持っているはず、と思っておられる方も、少なくない気がします。そんな切ないすれ違いに対して、一般公開の映像の中で「科学研究者が、あえて自らビジョンを語ってみる」という試みが、少し役立ったのかもしれないと思うと、とても嬉しいですね。

研究者への理解と共感が、未来のイノベーションの礎となる

── 今回は映像コンテンツを使って幅広い方々が親しみやすい情報発信に挑戦しましたが、改めて、市橋さんは今後のアウトリーチ活動について、どのように考えていらっしゃいますか。

市橋 最近、いち研究者としてアウトリーチの歴史を学んでいます。そのなかで、これまで多くの研究者が一般の方々に理解してもらうべく努力してきたことを知りました。研究というものは、その成果に関して、すぐには社会的ニーズへと直結しないものも多い。とりわけ、「基礎研究」と呼ばれる分野において、その傾向は顕著です。ゆえに、例えば経済が不安定になっている時はなおさら、一般の方々に、研究の価値をきちんと伝える、説明責任が重要視されます。

── 研究の必要性を問われる機会が多くなるんですね。

市橋 研究者がやっていることの大部分は、長期的な視点に立って、初めて社会的な価値を生み出しうる地道な仮説形成と、仮説を検証するための実験の積み重ねです。しかし、それらの営みの価値を伝えることは、非常に難しい。また、僕ら研究者は、必ずしも個人戦として、互いの研究を競い合っているわけではない。長い時間の中で、多様な人々の多様な研究が積み重なって初めて、ある人物や研究室の、画期的な発見が現れるはずです。すぐに誰かの役に立つ訳ではない、さまざまな仮説と検証の積み重ねの先に、ノーベル賞を受賞するような、社会に大きなインパクトを与える発見が成される。逆に言えば、研究の多様さを損ねることは、新たなイノベーションや天才の出現を妨げてしまうことにつながります。だからこそ、ある研究の長期的な価値や、研究の幅広さそれ自体が保たれている状態の価値について、一般の方々の皆さんに知っていただく、理解・共感を獲得していただくためのアウトリーチ活動は、続けていかなければいけないんだと思います。

黒沼 基礎研究をはじめとして、「即座に何らかの社会ニーズを満たす訳ではない」研究の価値を、どのように考え、説明すべきか、というのは、とても難しい問いだなと、僕自身も、スタッフの皆さんへのヒアリングを通して感じました。同時に、今回ご一緒して、映像にできることは、まだまだあるんじゃないかとも考えました。

映像の一番の魅力は、「エンパシー(共感)」を促しやすいところではないかと思います。エンパシーとは例えば、「そうか、だからこの人はこれを大事にしていたのか」といった、相手の考えや行動の背景を、これまでよりも理解できるようになった、という感覚のことです。「シンパシー」も日本語では「共感」と訳されますが、英語だと、両者の意味は異なります。映像はテキストや写真に比べてインプットやアウトプットにかかる「時間コスト」は大きいけれど、裏を返せば、映し取られた場面の丁寧な積み重ねは、言葉では伝えきれない微細な感覚を含めて、物事を解像度高く伝えられるということだと思います。

市橋 興味深いですね。僕は、研究を広く伝えるのに最適な手段は、研究している本人が語ることだと思っています。ある一人の人間が自分の人生をかけて情熱を燃やしている姿が、なによりもいいアウトリーチになるんじゃないか、と。きれいな成果だけでなく、多様で泥臭い、豊かな人の営みのようなものを感じてもらう必要があるのではないかと考えています。映像であれば、人間の複雑な魅力も伝えやすいですよね。

 黒沼 人が、誰かや何かに惹かれる理由は、必ずしも、筋の通った理屈があるかどうかだけではないと思います。なぜかわからないけれど、なんだか惹きつけられる、そんな状況ってよくありますよね。その感覚は、相手の姿勢や人となり、その時の状況など、相対する物事の全体性に触れる事を通じて、総合的に湧き上がってくるものです。だから、映像というコミュニケーションツールを通じて、少しでも多くの方に「この研究をしているこの人、なんかもっと知りたい!」とか「なんか応援したい!」と感じていただける、そんな可能性が、少しでも高められたらいいなと思います。これからも映像だけに限定せず、さまざまなアウトリーチの方法を一緒に考えていきましょう。

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