理化学研究所 環境資源科学研究センター PROJECT

多様なマイノリティに着目。D&Iを推進するコミュニケーション施策 
理化学研究所「CSRS人物記」

2022年度から、理化学研究所環境資源科学研究センター(理研CSRS)とロフトワークが協力して取り組んできた、D&I推進のためのコミュニケーション施策、「CSRS人物記」。

理研CSRSで働く研究者だけではなく、技師やアシスタント、テクニカルスタッフ等、様々な職種のスタッフを紹介するページと映像コンテンツを制作。国籍や性別もさまざまなスタッフの、職場における日々の営みの様子を発信しています。

2024年3月、一連の取り組みが、「RIKEN Diversity Initiative Award」において、大賞を受賞しました。このAwardは、理化学研究所の本部が、年に一度、組織内の各所で取り組まれた「ダイバーシティ推進のための施策」を募り、審査・表彰するものです。

左から、土屋陽子さん(研究支援専門職・制作担当)、ラウレアン・イリエシュさん(チームリーダー・映像出演者)、斉藤和季さん(理研CSRSセンター長)、佐藤繭子さん(技師・映像出演者)、榊原圭子さん(高度研究支援専門職・制作担当)

「CSRS人物記」が高い評価を受けた理由として、組織の外部からは見えにくい支援系スタッフにも網羅的にスポットライトを当て、研究者以外の多様な役割を担う人々が協力して研究がなされていることがよくわかることが挙げられました。

また、女性のみならず組織の中の多様なマイノリティに焦点を当てていること、各職の業務内容だけでなく、その人柄やいきいきと仕事をしている様子が大変魅力的に表現されていたこと、作り込まれたWebページもポイントとなりました。

今回は、CSRSのスタッフの皆さんと共に、プロジェクトの過程や成果物の内容を振り返りながら、それらが組織のD&I推進に対してどのように貢献できたのかを、改めて考えました。

執筆:清藤 千秋
編集:後閑 裕太朗(Loftwork.com編集部)

多様な職種のスタッフを起用した背景にある思い

日本は、世界的にも理系分野の女性が少ないという問題が指摘されています。そんな中、理研では、女性研究者の採用、上位職への積極登用に向けた取組や女性研究者のリーダーシップ向上や、理系志望の女子中高大生への個別相談などの取り組みを行ってきました。

こうした理研全体での活動から、今回、さらに一歩踏み込んだのが環境資源科学研究センター(CSRS)です。組織全体のジェンダー以外にも視野を広げ、D&I推進のためのコミュニケーションを模索した結果、誕生したのが「CSRS人物記」でした。

職種毎のジェンダーバランスや、国籍、文化的習慣、食習慣、キャリア形成等、様々な観点でのマイノリティへの着眼に加え、「研究者以外の研究に携わる人がどんな仕事をしているのかについての情報発信が少ない」という課題から、多様なスタッフが取り上げられています。

組織内のコミュニケーションの活性化、また、リクルーティングへの活用等、組織内と組織外双方へのコミュニケーションを目的としたスタッフ紹介。「そもそも、理研では、どんな人たちが、どんな仕事をしているのか?」を親しみやすく描写し、伝えるための演出がとられています。

コンテンツ制作のプロセスにも、ポジティブな気づきの機会を

「CSRS人物記」は、現在までに、10分程度のスタッフ紹介映像が6本掲載されている、シリーズ映像コンテンツ。それぞれ一人の主人公の「ポジティブな評判」に焦点を当て、主人公が職場での営みを通じて周囲の仲間に与えている「良い影響」が紹介されています。

ディレクターを務めた、ロフトワークの黒沼雄太は、企画当初「ネイチャードキュメンタリー」を意識したのだとか。

「シリーズ構成のモチーフとして思い浮かべていたのは『シートン動物記』でした。主人公が自らを語る言葉ではなく、周囲の同僚やチームメンバーなどの第三者が、主人公から良い影響を受けた出来事を語る言葉でお話が進み、その場面が描かれていく。職場という環境の中で生きている個人の生態を覗いているような映像にできないかな、と。そうすることで、視聴者に『知らない人の話を聞く』ではなく『噂のあの人の日常を目撃する』ような視聴体験が提供できれば、登場人物に、より興味や親近感を感じていただきやすいのではないかと考えました。」

制作の過程には、主人公が周囲の人たちの語った内容を知らないまま撮影が進み、試写会の際に初めて種明かしがされるという仕掛けも。これにより、主人公が「自分はこう評価してもらっていたのか」と、ポジティブな気づきを得られたり、チームとの絆を再確認できたりするきっかけになれば、という思いがあったそうです。種明かしの際の主人公の様子と感想が、各映像のエンディングを飾っています。

映像による発信を通じて、外部の方々に理研CSRSの様々な仕事を知っていただく機会になるように、という事に加えて、制作のプロセスの中にも、内部の参加者同士の間で、互いの日々の営みが果たしている貢献を可視化し、その功績を讃え合う機会が作れないだろうか、という意図が込められていたそうです。

本プロジェクトを担当した、理研CSRS・センター長室の土屋陽子さんは、施策を次のように振り返りました。

「出演したスタッフにとっては、多忙な日常の中でお互いをじっくり見つめ直す時間になったかと思います。また、センター内の他のメンバーにとっても、他のラボの実態を知る機会になりました。スタッフ一人一人を大事する、個性を尊重するといったアクションは、どんどん仕事の中に生かしていって欲しいなと思います。」

事務的な支援を担うアシスタントにもスポットライトを

「CSRS人物記」は、組織内でどのように受け止められているのでしょうか?その感想を、理研CSRSのダイバーシティ推進ワーキンググループの方々にも聞いてみました。

理研CSRS ダイバーシティ推進ワーキンググループの皆さん。上段左から、大岡英史さん(研究員)、小石亜弓さん(研究員)、佐藤諒一さん(研究員)、千葉洋子さん(上級研究員)。下段左から、ドゥア・ザカリアさん(研修生)、南ともみさん(アシスタント)、シン・トンさん(研究員)

このワーキンググループは有志のスタッフによって構成されています。各々が関心を持っている課題を共有し合い、つながりを持つほか、時には意見を集約する窓口となって、組織への提言に活用された実績もあります。

たとえば、食習慣や宗教上の理由で食べられない食品が入っていないかが判断しにくいという声に対しては、所内食堂で食材のわかりやすいマーク表示がされることになりました。他にも、ムスリムの方のために礼拝スペースが設置された、という事例もあります。

「『CSRS人物記』は、組織内でのコミュニケーションにはすごく役に立ちました。出演されていた佐藤繭子さんと食堂でバッタリ会った時に、『あの動画の方ですよね?』と声をかけて、一緒にご飯を食べたんです。あと、ロールモデルの役割も果たしていると思います。金鍾明先生のようにアントレプレナーになっている人がいることがわかって、勉強になりました」

と、動画を評価したワーキンググループのメンバーもいました。

他にも、「研究者以外の人たちが取り上げられているのが良い」という意見がありました。研究の世界では、論文に名前が記載されるには、研究内容を「説明できる」ことが条件として求められます。そのため、チームにおいて、事務的な支援を担う研究室アシスタントは論文に名前が掲載されることはありません。研究に使う植物やマウスを育てる、といった、専ら研究環境の維持管理を行うスタッフも同様です。そうした支援の仕事がなければ、研究者は実験データを得ることができませんが、なかなかスポットライトが当たりづらいという現状があります。

褒め合う、フィードバックする、という「気づき」の態度がD&Iにもつながる

また、ワーキンググループのメンバーからは、他にも「日本の方々は普段、こちらから求めないと、なかなかフィードバックをくれないところがある」と興味深い意見が。だからこそ、「CSRS人物記」の中で同僚同士がフィードバックしあい、「褒め合う」という行為を可視化したことには、ポジティブな評価がありました。

論文のクレジット表記のルールは変えられなくても、「メンバー同士で声を掛け合い、『ありがとう』と伝え合うことはできます。そういう『気づき』の態度もダイバーシティを推進していく上で大事だと思った」という感想もありました。

企画では、制作プロセスの中でも、D&Iの推進機運醸成につながるような機会が発生することが意識されていましたが、実際のところはどうだったのでしょうか? 機能有機合成化学研究チームのリーダー、ラウレアン・イリエシュさんの映像に出演した、アシスタントの南ともみさんにも聞いてみました。

「参加を通じて、チームとの繋がりを再認識することができたのは本当によかったです。私は、出演の最中にD&I推進を意識することはあまりなかったのですが、それは、以前所属していたラウルさんのチームが元々コミュニケーションが活発で、心理的安全性が高いチームだったからかもしれません」

裏を返せば「同僚への感謝はあるけれど、普段のコミュニケーションの中で、あまりそれを伝えられていない」等の状況や課題感がある場合は、施策への参加プロセスがコミュニケーションの活性化や、D&I推進のきっかけとなる可能性も。南さんの言葉からは、誰もが声を上げやすい環境を作ること、つまり、「心理的安全性」が保証された環境を作ることの重要性も伺えました。

これからの組織に求められるD&I推進の視点とは

今回の制作に携わったイラストレーターのきのしたちひろさんは、昨年まで海洋生物の研究機関のスタッフとして働いていました。きのしたさんは、以下のようなコメントを寄せてくれています。

きのしたちひろさん
(※特別な許可を得た、カメの調査中の写真です)

「非常に新しく、挑戦的な企画だと思いました。研究や研究者自身にスポットライトがあたることはあっても、研究を支える人の特集はこれまでほぼ見たことがなかったからです。研究はたくさんの協力があって成り立つもの、という感覚があったので、研究に携わる人たちにもスポットライトがあたって、自分ごとのように嬉しかったです。今後、このような取り組みが他の研究機関でも出てくるといいなと思います。CSRS人物記は、そのロールモデルになったのではないかと感じています。」

当初の期待通り、「CSRS人物記」は、インナーのコミュニケーションを促進しただけでなく、「理系の世界」「研究所の仕事」のリアルなイメージを対外的に刷新することにも成功したようです。また、きのしたさんの次のコメントからは、組織のD&I推進における重要な点も確認することができます。

「現在研究の世界で『多様性』というと、性別や国籍に対するものが多いように思いますが、今後は身体等に障害のある方なども活躍できる機会が必要だと思います」「『多様性』の定義をより広くとらえることで、多くの人が柔軟に働ける組織になると思いました」

近年、D&Iの領域では、ジェンダー、人種、国籍、障害の有無、階級、セクシュアリティなど、個人の中に複雑に併存するさまざまな属性を理解するための枠組みとして「インターセクショナリティ(交差性)」というキーワードも注目されるようになっています。

きのしたさんの言葉は、まさにインターセクショナリティの考え方にも通じるもの。これからの時代、組織はより複雑に横断する「マイノリティ」を捉え、施策に取り入れていく努力が求められます。「CSRS人物記」のコンテンツやプロセスには、D&I推進にあたって気をつけること、注力すべきことなど、数々のヒントが散りばめられていました。

プロジェクト概要

  • クライアント:理化学研究所環境資源科学研究センター
  • プロジェクト期間:2022年11月〜2023年3月、2023年11月〜2024年3月
  • ロフトワーク体制
    • プロデューサー:中圓尾 丘大
    • プロジェクトマネージャー/映像ディレクター:黒沼 雄太
    • webディレクター:村岡 麻子
    • テクニカルディレクター:村田 真純
  • 制作パートナー

Member

黒沼 雄太

株式会社ロフトワーク
クリエイティブディレクター

Profile

中圓尾 岳大

株式会社ロフトワーク
プロデューサー

Profile

村岡 麻子

株式会社ロフトワーク
クリエイティブディレクター

Profile

村田 真純

株式会社ロフトワーク
テクニカルグループ テクニカルディレクター

Profile

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