閉ざされた福祉に「ひらく」を持ち込む
ゆずりはの新拠点「ながれる」の挑戦
2025年8月末、東京都門前仲町に「ながれる」がオープンしました。運営するのは、虐待や貧困など困難を抱える若者の相談に長年取り組んできた「社会福祉法人子供の家 ゆずりは」。この場所は、従来の福祉の枠組みを超えた“実験的な集いの場”として誕生しました。
「支援する・される」という直線的な関係を超えて、誰もが関わりながら安心を育んでいく場。そこには、ロフトワークが大切にしてきた「ひらく」という姿勢が色濃く流れています。ロフトワークは、コンセプトづくりから物件選定まで、2024年3月から3ヶ月の短期集中で伴走。その後、設計チームにバトンが渡り、リニューアルが完了しました。さらに、コミュニティマネージャーも決まり場を育てていく新たな体制が整いました。
お披露目の場として「ながれる、ひらく」が開催され、トークイベントにはクリエイティブディレクター服部も登壇しました。ロフトワークとのプロジェクトが終わってから1年。オープンまでの歩みと現在の「ながれる」の姿をお伝えします。
プロジェクトの歩み
「ながれる」がかたちになるまでには、いくつもの節目がありました。コンセプトと物件が決まったタイミングでは、「ゆずりは」代表の高橋亜美さん、建築家の安部良さんと語り合いました。(2024年6月)
さまざまな「ひらく」が重なり合う場所
「ながれる」は4つのフロアとルーフフロアからなる一棟のビルです。1階と2階は誰にでも開かれたスペースで、1階の「ゆるめる」と名付けられたフロアは、吹き抜けのある開放的なエントランスになっています。物販スペースには、「自分で自分を心地よくする」をテーマに、国分寺のゆずりは工房でつくられたジャムや、セレクトされたナチュラルワインが並び、訪れる人が手に取り味わいながら思い思いの時間を過ごせるようになっています。
「ひらく」ことから始まる空間設計は、ただ物を買う場にとどまらず、人や文化、日常の感覚が自然に交わり合う場へと広がっていきます。
背景にあった問い:「閉じ込めず、どう安心を育てられるのか」
「ゆずりは」を立ち上げて15年。所長の高橋亜美さんは、支援を届け続けるなかで、既存の福祉業界の常識ではこの先立ち行かなくなると感じるようになりました。例えば、支援の現場では、避難が必要な相談者の安全を重視するために、外の世界から隔離することが常識として存在し、安心できる心地よい環境で過ごすことは後回しにされます。
また、閉ざされた現場は、支援する/されるの関係にも影を落としていきます。「本来は安心できる関係でありたいのに、いつしか支援する/されるに閉じ込められて、お互いが傷ついてしまうことが増えていったんです」そんな経験から生まれたのが、「閉じ込めず、どう安心を育てられるのか」という問いでした。そのために必要なのは、支援者と相談者だけが向き合う“檻”のような福祉から抜け出すこと。業界の外にいる人も巻き込み、楽しく開かれた場を育てることでした。
ロフトワークが担った役割
高橋さんの想いを形にするために、ロフトワークがプロジェクトの初期から伴走しました。ロフトワークが担ったのは、以下の3点です。
- プロジェクトの方向性をまとめるコンセプトブックの制作
- 実現に不可欠な物件の選定
- 世界観を具現化するための設計パートナーの接続
クリエイティブディレクターの服部木綿子はこう振り返ります。
『ながれる』は、社会に開き育み続けていく場所。そのために最初の基盤を整え、福祉業界外の仲間につなげていくことが私たちの役割だと考えました。
オープニングトーク「安心とは何か」を語り合う
オープンを記念して開催されたトークイベントには、プロジェクトに関わってきた4人が登壇し、構想からオープンまでの歩みを振り返りながら、今後の展望について語り合いました。
話した人
濠 うかさん(「ながれる」コミュニティマネージャー/コミュニティデザイナー)
高橋 亜美さん(「ながれる」所長/ゆずりは代表)
安部 良さん(建築家/株式会社安部良アトリエ)
服部 木綿子(ロフトワーク クリエイティブディレクター)
トークのキーワード
「街の人も含めた“みんなで関わる場”をつくりたい」—— 高橋 亜美さん
「安心は、すっぴんでいられる空間から」—— 安部 良さん
「一時的にみんなが安心して過ごせる場所を」—— 濠 うかさん
「多様な属性が混ざり合える場に」—— 服部 木綿子
「半開きのシェルター」から「自分で自分を心地よくする」へ
高橋 亜美(以下、高橋) 24年間、支援の現場に立ってきました。でも“支援する側とされる側”の関係に閉じ込められると、お互いが疲弊してしまうんです。本当は支援する・されるの関係は一番安心で信頼がある関係でありたいのに、支援を求める人はもっと自分の思いに応えてほしいというのが出てきて、私たちも「支援者なんだからもっと応えなきゃ」と、自分を犠牲にして尽くしていくみたいな構図。これって本当に私たちがやりたかったことなのかなと思うようになりました。だからこそ「閉じ込めず、どう安心を育めるか」を問いにしました。相談者と支援者だけじゃなく、街の人も含めた“みんなで関わる場”をつくりたかった。

服部 木綿子(以下、服部) 閉じ込めないで街の空気に触れながら安心を育んでいくならば、「どの街でどんな建物でやるか」によって、場のあり方は変わってきます。諸条件を踏まえて探す中でこの物件にたどり着き、すごく気の良い立地だったことからご提案したところ、亜美さんも気に入ってくれました。
安部 良(以下、安部) 初めて物件を見たときは正直「無理だ」と思いました(笑)。大きすぎるし、居酒屋の居抜きのままでは安心を感じられなかったからです。でも亜美さんのキーワードは「安心」。じゃあどうやって安心をつくるかを考えたとき、「すっぴんでいられる場所」にしようと思いました。夜寝る前や朝起きたときのように、余計なものを脱ぎ捨てて自分に戻れる。だから整理整頓された清潔さを大切にし、素材も素朴なものを選びました。安心は特別なデザインではなく、整った環境から生まれると考えたんです。

高橋 当初は、安全のためにかくまって守ろうとする既存シェルターに対して、「ながれる」は「半開きのシェルター」と説明していました。でもその言葉だと助けられる人だけが主役になってしまう。ここは関わる人みんなが安心を見つけていく場。だから「自分で自分を心地よくする」というキャッチフレーズに変わっていきました。
濠 うか(以下、濠) 私はロフトワークさんの手を離れた後、コミュニティマネージャーとしてチームに合流しました。これまでは福祉の業界とは縁がなく、会社に勤めてシェアオフィスのコミュニティマネージャーを経験したり、フリーランスで広報などをやってきました。過去に不登校で友達が一人もいなくて自分に価値を感じられなかったことがあり、「自分で自分を心地よくする」というコンセプトに出会って救われています。「ながれる」は、その名称の通り、誰かを留め続ける居場所ではなく、一時的にみんなが安心して過ごせる場所なんですよね。
安心のかたちは一人ひとり違う
トークイベントの前に、モデレーターの濠さんが、来訪者に「あなたにとって安心の形はどんなものですか?」と問いかけると、配られたポストカードに次々とペンが走っていきました。集まったカードには、丸や四角、波線や点線、そして言葉にならない落書きのような模様まで、まさに十人十色の“安心”が描かれていました。
濠 面白いのは、安心を“丸”で描く人が多いんです。やわらかさとか包まれる感覚を求めているのかなって。でも一方で、四角や規則的な模様を書いた人もいました。その方に聞いたら“あまりにも自由すぎると逆に不安になる。ある程度の枠組みや秩序があるほうが安心できる”と。なるほどなと思いました。

高橋 安心の定義をひとつに決めたくないんです。いろんな人のことを今まで考えすぎちゃって、「みんなにとっての安心」を考えなきゃと思ってきたけど、それは難しい。まず、私はここで安心できてるよっていうことを軸にしながら、いろんな人に関わってもらって、一緒につくって欲しいなっていうふうに思ってます。
安部 建築でも同じです。ある人のためだけの特別な場所をつくれば、その人にとっては安心な場所になります。街っていうのは、その積み重ね。

服部 実際、今日この場にきてとても心地よいと感じています。多分肩書きやいろいろ背負っているものを流して、すっぴんの状態でいられているからなんです。どこかへ赴くときに「会社員の私」「母親としての私」「妻としての私」など、場面によって無意識に仮面を付け替えている人は結構いると思います。亜美さんたちの想いは、良さんがつくった空間や、一つひとつセレクトされたものによってちゃんと「安心」が伝わってきます。

服部 最近、福祉やアートの界隈で活動を続けられているアサダワタルさんの「当事場をつくる」という本を読んだのですが、一言で言うと「支援する/されるの関係を超えて共に居るための場」。まさにながれるは「当事場」だと思いました。本来、人は多様な属性を持っているはずなのに、当事者性に注目すると、支援する人、される人とで分断されてしまいます。ながれるという場があることで、「ワインが好きな私」、「不登校だった私」などさまざまな私的背景を持ち出し、混ざり合うことができます。

Message

ロフトワークは立ち上げの伴走役としてご縁をいただきましたが、「すっぴん」でいられるこの場所に、これからも一人の人間として関わり続けていくはずです。「ながれる」で始まった挑戦が、同じような課題を抱える福祉の未来に希望を与え、風穴を開けていくことを信じています。私はこのプロジェクトを通じて、亜美さん、濠ちゃん、ゆずりはの皆さん、そして「ながれる」という存在に出会えて幸運だなと感じています。同じように「ながれる」に出会って救われる人はたくさんいるはずです。皆さんもさまざまな形で関わり、応援いただけると嬉しいです。
「ひらく」から始まる福祉の未来
「ながれる」は、閉ざされた福祉のあり方から自由になり、街とつながり、多様な人が安心を見つけられる拠点です。 ようやくスタート地点に立ち、街へと開かれましたが、きっと完成することはありません。これから出会う人たちと一緒に、少しずつ形を変え、育っていく場になるでしょう。それはロフトワークが大切にしてきた「ひらく」という姿勢そのものかもしれません。
執筆・編集:宮崎 真衣、服部 木綿子
建物写真提供:朝日ウッドテック
ながれる
ながれるの試みは、これまでの福祉のあり方ではない事業であるからこそ、公金は(まだ)ついておらず、寄付や助成金を活用しながら、自ら稼いで運営していく必要があります。4階の一時宿泊のスペースなど補助金が支弁されるスペースもありますが、全体運営費のごく一部となっています。
気持ちのよい空間づくり、楽しいイベントの開催、さまざまなひとたちが往き交える場所から生まれる安心・楽しい・幸せが、不安や怒り怖れをゆるめることにもつながっていくと信じています。ぜひ、ご支援、ご協力のほど、よろしくお願いします。







