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二本栁 友彦, 矢橋 友宏, 岩崎 諒子, 皆川 凌大, 斎藤 健太郎, 実本 慶子 2024.08.22

柔軟さと非合理さから価値を創発する。
“正解のない時代”を生きぬく、次世代経営者リアルトーク

イノベーションの種は意外とシンプル?
デザインを活かした変革の実体験を語る

社会が激しく変化を続ける中、ビジネスの世界は「正解がない」時代へと突入しています。これまでの経営は、戦略と計画を緻密に練り上げ、合理的判断に基づき施策を着実に実行していくことが定石でした。しかし、企業が絶えず社会変化への対応を迫られる状況では、従来のやりかたのみで成長を続けることは困難となりつつあります。

今、企業の経営者に求められているのは、創発的な戦略を描きながら変化に柔軟に対応していく所作かもしれません。例えば、自社の持っている技術をこれまでとは全く異なる視点から再解釈したり、偶然の出会いやきっかけを頼りにこれまでの発想を越えた価値創造をすること。自社のリソースだけでなく他業種・他業界のリソースから力を借り、スピーディーに新しい事業やサービスのアイデアを形にして社会にその価値を問うていくこと、など。

近年では、実際にこうした手法に挑戦し、自社事業に新たな道筋を見出している中小企業が現れはじめています。こうした企業の経営者は、具体的にどんなことを実践してきたのでしょうか?

株式会社中村製作所 山添卓也さん
株式会社中村製作所 山添卓也さん
横山興業株式会社 横山哲也さん
横山興業株式会社 横山哲也さん

2024年6月28日に名古屋で開催した「デザイン経営パーラー」は、全国で中小企業経営に携わるみなさんとデザインを生かした経営手法「デザイン経営」の実践についてざっくばらんに語りあうイベントシリーズです。今回は東海エリアの企業の中から、従来のやり方とは異なる創発的な経営を実践し、新しい価値を生み出しているものづくり企業2社のリーダーらが登壇しました。

聞き手を務めるのは、株式会社ロフトワークの地域共創ユニット・ゆえんのリーダーを務める二本栁友彦(にほんやなぎ・ともひこ)と、中小企業向けメディア『ツギノジダイ』副編集長の広部憲太郎(ひろべ・けんたろう)さんです。試行錯誤しながらも実践を続けてきた経営者の「生の声」をお届けします。

執筆:中嶋 希実
企画・編集:岩崎 諒子/ロフトワーク ゆえん 編集
企画協力:矢橋 友宏/FabCafe Nagoya
イベント写真:イナダマサタカ

“ドラクエ的”に仲間を増やし、事業領域を拡張する

株式会社中村製作所 代表取締役社長 山添卓也さん 

三重県四日市市で創業し、114年の歴史がある株式会社中村製作所。1,000分の1ミリ単位でものを削る技術を活かし、部品加工業に従事してきました。

 代表の山添さんが経営を引き継いだきっかけは、代表だったお父様が末期の膵臓がんだと判明したこと。当時はまだ大学を卒業したばかりだったため、父親がいなくなる会社をどうしていけばいいのか、悩みながら経営を受け取ることとなりました。代表に就任した頃のクライアントは一社のみで、すべてが下請けの仕事。そこから変化をせざるを得なくなったきっかけは、2008年のリーマンショックにより売上が90%ダウンしたことでした。

「窮地に追い込まれたとき、父親がよく話していた『空気以外なんでも削る』という言葉を思い出したんです。その言葉を掲げ、『待ち』の工場から『攻める』工場にマインドをチェンジすることにしました。」(山添さん)

  自社の独自性を高めるとともに、その認知を広げるために取り組んだのが、自社技術を活かしたBtoCプロダクトの開発でした。付加価値の高いものを長く使っていくイタリアの考え方を取り入れようと、イタリア語で「削る」を意味する「MOLATURA(モラトゥーラ)」というブランドを立ち上げました。近江商人の「三方よし」の精神にならい、自社と顧客だけでなく、地元の人々にとっても地元四日市市の伝統産業である萬古焼とのコラボレーションで「削り」を活かして生み出したプロダクトが、無水鍋「best pot」や「RANGESTAR」です。

無水鍋「best pot」

クラウドファンディングサービスMakuakeを活用し、これまでに2,000万円を調達。デザインやプロモーション、営業など、自社でまかないきれない業務は外部のパートナーに委ね、仲間を増やしながら“ドラクエ的”な柔らかなチームづくりを行っています。

その結果、現在は潜水艦やH3ロケットの部品、知名度のある企業とコラボレーションしたプロダクトの制作など、「削る」技術を活かした仕事の幅は広がり続けています。

愚直な現場リサーチから価値の種を発見する

横山興業株式会社 取締役 商品企画部長 横山哲也さん

2013年に「BIRDY.」という、シェイカーやバースプーンといったバー用品のプロユースブランドを立ち上げた、横山興業株式会社 横山さん。同社は、自動車部品と建材の製造を主力事業として行っており、自動車部品の分野では二次、三次の下請けとして発注された図面を基にものをつくる仕事が中心で、社内に商品開発の機能を持っていませんでした。

東日本大震災や円高による製造拠点の海外シフトなどを機に、自社を取り巻く経営環境が厳しくなっていくなか、新しい価値を生み出すための試行錯誤を開始。横山さんが工場内を歩き、作業をしている人たちと話すなかで見つけたのが、自動車部品を量産していく手前にある、金型をつくる際に使用する研磨技術です。0.5μmで削っていくという緻密な研磨は、機械では行えず、人だからできることだと話す職人さんのキラキラした目を見ながら「これだ!」と感じたそう。

「金属を素材に、磨いたら付加価値が高まるもの」に焦点を定め、試作したのは日本酒のタンブラーです。市販のステンレスタンブラーを職人に研磨してもらい、日本酒バーで飲み比べをしてみたものの、陶器やガラスで呑むほど粋ではないと感じてしまいました。

それでも諦めきれずに、立ち寄った馴染みのバーでウイスキーの水割りをつくってもらい、タンブラーで飲んでみたところ、味がクリアになることを発見。あえて凹凸が残るように研磨したタンブラーのなかで、液体を「かき混ぜる」ことで、なにか変化が生まれたのではないか。この仮説から、カクテルシェイカーを試作することとなりました。

「カクテルを、研磨する前のものとつくり比べたら、圧倒的に味がまろやかになったんです。こんなことに気がついたなら、世の中に出すしかない。使命感に駆られて開発を進めました」(横山さん)

開発から販売までのプロセスのなかで、横山さんがこだわったことの一つがリサーチです。「レストランの場合は5万円払ってもトップシェフとは話せないけれど、バーは少なくとも3千円払えばトップの話を目の前で聞くことができる」という横山さん。お客さんが使いたいと思うものづくりをするため、バー用品を使う現場に愚直に通い、現場の声を聞いていきました。

プロダクトのデザインについては、中小企業の製品デザインの経験が豊富なデザイナーをパートナーに選定。製造工程でも研磨以外の部分は他社に依頼しています。自分たちが得意なこと、不得意なことを見極めることで、より高いレベルのものづくりを目指しています。

シンプルに試し続けることで生まれるイノベーション

お話を伺ったあとは、広部さんと二本栁も加わり、4人のクロストークを展開。経営をする上での試行錯誤をより詳しく深堀りしていきました。

写真右より、ゆえん ユニットリーダー 二本栁、ツギノジダイ 広部さん。

—— お2人の話を聞いていて、リソースが限られるなかで、できないことを前向きに諦めるというのが印象的でした。もう少し詳しくお話を伺ってもいいですか?

 山添 僕が諦めたことは、自社のリソースだけでものをつくり続けることです。自分たちにないものを認識すること、周りと積極的に協働していくことで、一気にプロジェクトのスピードが早くなりました。

 横山 横山興業では、自分たちがやってきたことも、つくりたいものに対して最適ではないと判断した結果、積極的にアウトソースしました。例えば、自動車のプレスをやっているメーカーが、プレスを外注するって、普通はプライドがあってできないんですよね。恥を忍ばず、お客さんにとっていいものをつくるために最善の方法を考えていったのが、前向きな諦めだったと思います。

—— こだわりを手放すことで、むしろものづくりの幅が広がったんですね。その結果、既存のビジネスからイノベーションが生まれてきた。何が成功の鍵になったのでしょうか。

 山添 改めて振り返ってみると「空気以外なんでも削る」という言葉を使い始めたことかもしれません。かつて展示会では、来場した人から「なんでも削れるなら水でも削ってみろ」と笑われたこともありました。それでも「どうしたら削れるのか、どうしたらお客さんが求める形に近づけるのか」と真剣に考え続けながら、より柔軟な姿勢へと変化してきたことが、今につながっています。

 横山 まずはシンプルに試作してみる、それらを試してフィードバックをもらってみることが大事だと思っています。例えば、音楽の歴史においてロックが生まれた瞬間と呼ばれるものは諸説あると思うんですけど、僕が一番好きなのは「ギターに電気が流れた瞬間だ」という説です。イノベーションって、それくらいシンプルなことだったりするんですよね。うちはシェイカーの中身を削ったら、カクテルの歴史におけるイノベーションとなりました。

綿密な計画より、柔軟なマーケティング

—— 新しい事業を立ち上げるとき、新しい領域でどのようにマーケティングを展開していくかは、経営者の悩みのひとつだと思います。山添さんが実践している、クラウドファウンディングのプラットフォーム「Makuake(マクアケ)」を活用した取り組みについて、もう少し詳しく教えていただけますか。

 山添 弊社がMakuakeさんを利用する目的は、プロモーションとマーケティングリサーチです。これまで新しい製品のアイデアを形にするときに、地元で周りの人に意見を求めても「こんなもの売れないよ」と取り合ってもらえないことがたくさんあって。

そんな時に、Makuakeさんならどうだろうと思って出してみたところ、東京や大阪など、我々が想定していたマーケットとは異なる大都市圏からたくさんの反響がありました。

 —— 新たなマーケットを開拓できたんですね。その後の市場展開はどうされているんですか。

 山添 キッチングッズといえば、これまでは百貨店などで扱ってもらうのが王道でしたが、コロナ禍を経て、その主戦場がインターネットへと移行しつつあるため、私たちもネット通販の環境を整えました。

ただ、ネット上で購入できるのは効率的ではありますが、一方でお客さまに我々の製品に対する想いを直接伝えられる場を持つことも大切ではないかと考えました。このことが、中村製作所オープンファクトリーの開設につながっています。

 —— なるほど。横山さんはいかがですか?

 横山 基本的にうちがやっているのは、まず業界の中のトッププレーヤーに商品を使ってもらうこと。誰がそのブランドを使っているのかを見て、若手や一般の方々が憧れて同じものを使いたいと思ってくれるんです。逆に、若手や一般の人たちの人たちに先に渡してしまうと、トップのクラスの方々は見向きもしてくれません。

Birdy.は、グローバル市場を見ているブランドなので、「まず誰に使ってもらうか」という戦略は、イギリスではどうか、アメリカの傾向はどうかなど、国ごとにかなりリサーチしています。また、問屋さんや販売店さんに関しては、ブランドの価値が目減りしないようにできるだけ定価を守って売ってくれる方とだけ取引きしています。

—— 両社とも、マーケティングには力を入れているように見えます。事業計画の段階でどこまで市場調査を行ったんですか?

 山添 弊社では、best potをつくる前に、別の製品をつくっていたんですね。その時はいいものをつくったと自負していたもののマーケットを全く見ておらず、全然売れなかったという苦い経験をしました。

そこから、自分たちと同じようにファクトリーブランドをつくり、ヒット商品を生み出した他社をベンチマークして、どうやって商品を売っていったのかを分析していったんです。その上で、我々が土鍋を削ることで、使う人にどのようなメリットを提供できるのかを考え抜いた結果、お客さまに喜んでもらえる商品ができました。

横山 うちの場合は、ブランドを立ち上げて最初の半年はメディアにも注目してもらえて、話題になるなど好調だったんです。けれど、完全に動きが止まってしまった時期があって。月に40万円程度しか売上が立たないという状況に陥りました。いわゆる「死の谷」ですよね。

そこで日本市場は一旦諦めて、海外に意識を向けたんです。当時ロフトワークさんが運営していた経済産業省による中小企業向けの海外展開支援事業『MORE THAN PROJECT』の採択を受けて、ドイツの展示会に出展しました。そこからなんとか10年やってきましたが、あの時に諦めずに日本市場にこだわり続けたら、きっと苦しかっただろうと思います。

試行錯誤の組織デザイン

—— お2人とも柔軟に、そして軽やかに判断してきた結果が今につながっているように感じます。経営者がこうしてイノベーションを推進していくことに対して、社員のみなさんからはどのような反応がありましたか?

 山添 かつては「新しい事業に会社の資金を使うのはどうなんだ」と、ストライキを受けたこともありました。以降、新規事業にはできるだけ行政などの補助金を使うことにしているんですが、今も社員との向き合い方に悩むことは少なくありません。いくらビジョンを言葉で語ったところで、「自分たちの給料や生活はどうなるんだ」という社員の不安はぬぐえないですからね。ですから、新しい取り組みに対して、きちんと結果・成果を出すことでいくことを意識しています。

 横山 私は、いきなり社内の全員を巻き込むのではなく、初動は新しいことが好きな人を巻き込むことを重視しています。組織は生きものなので、去る者は追わずの精神で、魅力的な人が入りたいと思えるような部署をつくっていくことで、組織の中にいい循環が生まれていくんじゃないかと思っています。

—— デザイン経営というと、プロダクトやパッケージといった、表側に現れるものの美しさに注目が行きがちですが、イノベーションを生み出すには、表側からは見えない組織デザインというアプローチも非常に重要ですよね。挑戦心のある組織をつくるためにはどうしたらいいのか、悩んでいる経営者の方は多いと思います。

 山添 僕は、先輩の経営者から「会社の器は自分の器以上にならない」という話を聞いたことが印象に残っています。自らを磨くことと、自分自身が納得できる言葉を社員に対しても誠心誠意伝えていきながら、全社に納得してもらえるような構想を提示していきたいです。

 横山 海外でビジネスコミュニケーションをしようとすると、セルフコンフィデンス(自信、誇り)を持って話さないと、話すらきいてもらえないことが多いんです。だから、ブランドづくりに関わる意思決定をするときは、社員の意見を取り入れながらも、主語を”I”で話せるように、最後は必ず自分が腹落ちするものを追求しています。

一方で、職人が関わるような技術的な判断に関しては、まずサンプルをつくってもらってから、プロユーザーに試してもらってフィードバックを受け取る。私と職人の一対一で決めるのではなく、お客さんの視点も入れた三角形の関係の中で検討することで、意思決定がスムーズになることが多いです。

 —— 創造的な戦略を立てつつ、非合理な判断もしていく。お2人には経営者としての柔軟さがあるからこそ、今の時代で挑戦し続けられるのだということがわかりました。

デザイン経営は、「デザイン」といういう言葉がつくことからハードルが高いように思われる中小企業経営者の方が多いように感じます。そのハードルを少しでも下げるため、今後も挑戦している企業や新しいことを生み出している事例を紹介していきたいと思います。今日は赤裸々なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

広部さん、山添さん、横山さん、二本栁。2時間のトーク、お疲れ様でした!

まとめ:多くの先行事例に学ぶことが、挑戦につながる

二本栁 友彦/ゆえん ユニットリーダー

これからデザイン経営に挑戦してみたいと考えている経営者のみなさんに伝えたいのは、『デザイン経営に取り組むこと自体を目的にはしないでね』、ということです。

今回ご登壇いただいた山添さん、横山さんのお話を紐解くと、両社ともに明確に「デザイン経営」に取り組んでいたわけではありません。自分たちで試行錯誤し成果を生み出してきた過程が、結果としてデザイン経営のアプローチに当てはまるものだったのです。このことが、僕にとって改めてデザイン経営の可能性を実感できる機会となりました。

経済産業省 特許庁からデザイン経営の宣言が発出されてから6年が経過しました。これまで、数多くの企業による挑戦の事例も数多く出ており、それらが報告書などの形で経済産業省のWebサイトで公開されています。

自社でデザイン経営を実践するならば、どのように手法を活かして挑戦に繋げるのか。これからデザイン経営を実践する方は、できる限りたくさんの事例を参考にしながら解像度を高めていただきたいです。今回のイベントが、みなさんが一歩を踏み出すためのヒントになれば嬉しいです。

協力:FabCafe Nagoya(ファブカフェ ナゴヤ)

FabCafe NagoyaはHisaya-odori Park(ヒサヤオオドオリパーク)内にある、クリエイティブの力で未来を盛り上げる、グローバル・コミュニティです。

カフェスペースでは、スペシャリティコーヒーと地域の企業やフードクリエイターと連携したメニューを提供。共創空間でのオープンコラボレーションを通じて、世界中のクリエイターと共に、幅広いクリエイティブサービスを提供します。

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