国広信哉は2011年3月ロフトワークに合流。グラフィックデザイナーとしてキャリアを築いてきた国広が次のステージとしてロフトワークを選んだのは、デザインすることのフィールドを広げるため。 

表面的なデザインから、プロジェクト全体のデザインへ挑戦する国広にその想いを聞きました。

見た目のデザインから総合的なデザインへ

「前職でデザイナーとして働いていることにはもちろん自信がありましたし、やりがいも感じていました。でも、いつからかデザイナーとして関わっている部分が、紙の上やパッケージの上だけで終わっているような気がしてきたのです。デザインの考え方って、社会や環境や文化など、もっと深いところから始めてもいいんじゃないのかな、と一人で考え続けていたんです。そんな中で、システム開発からデザインまでをトータルで制作するスタイルのロフトワークに出会いました」

デザインが関わることのできる範囲は、ここ数年大きく変化しています。社会のさまざまな情報基盤がWebに移行しつつある今、表面上のデザインワークで終わるのではなく、モノやサービスが実際に機能する環境や関係性全体から考えることのできるような、大きな意味での「デザインの力」が必要とされているのです。

「現在、とある大学のWebサイトを改修しています。一見、機械的な作業も多くありますが、Webサイトは、最終的に送り手側、受け手側の間でコミュニケーションの循環を生み出すことがミッションです。そのためには、もちろん見栄えとしてのWebデザインも大切ですが、同時に機能も優れていなくてはなりません。今までエンジニア任せだった部分から考えられることに、確かな手応えを感じています」

スタッフとプレゼンの最終確認をする

東京から京都、そして世界進出と地域再生への展望

2011年9月にロフトワーク初の支社となる京都オフィス『ロフトワーク烏丸』がオープン。国広は立ち上げメンバーに立候補、スタッフ3人の内の1人に抜擢。入社して半年後で烏丸メンバーとなりました。

そんな彼の夢、それはloftwork.com に登録する16,000人にも及ぶクリエイターと、世界中で様々なプロジェクトを動かしてゆくこと。

京都、烏丸オフィスの立ち上げメンバーと代表の諏訪

「クリエイティブディレクターとしての僕の夢は、2つあります。ひとつはその舞台を世界に移すこと。もともとアフリカなどの民族文化が好きで、旅をしながら優れた民族音楽や絵画に接してきました。でも旅をしていて気づいたことは、そうした素晴らしい文化を世界に発信できる仕組みや、お金を生むことのできる機会がもっとあってもいいはずだということです。そうした経験から、ゆくゆくは、世界を渡り歩いて、文化とWebの力を組み合わせ、表現の場や雇用を創出できるような仕組みをデザインして社会に貢献できたら、と考えています」

「そしてもうひとつは、国内の地域再生にクリエイティブディレクターとしてのナレッジを生かすことです。僕の生まれた場所は兵庫県の山奥の超高齢化、過疎化の進む町です。里帰りをするたびに、町の活力はどんどん薄れていっています。地域には独自の文化と風土があるのだから、それらを生かして経済を豊かにできる仕組みをWebを使って実現したいです。自分が生まれた場所がずっと続いて欲しいですから。」

ロフトワーク入社直前に訪れたモロッコにて

「今回、烏丸オフィスの立ち上げメンバーに立候補したのは、この2つの夢を実現していくための第一歩だと考えています。東京とは違う場所でゼロからどんなことがやっていけるか、まずは試してみたいと思っています。当面の目標は関西のクリエイターさんたちのネットワークのハブになることですね」

仕組みをデザインするということは、社会の問題とも向き合うこと。国広の視野はクリエイティブを起点に社会問題や世界にも向けられています。

作り手としての能力を持ち、ディレクターとしてロフトワークに合流した国広信哉。すでにクライアントやパートナーから高い評価を得ながら優れたアウトプットを提供しています。

「まだまだこれからです」

謙虚でありつつ強気な目とわくわくする話をする国広信哉が烏丸から発信するクリエイティブ、是非皆さん楽しみにしてください。

渋谷オフィスにて
渋谷オフィスにて

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