働き方は変わった。働く場所はどう変わる?
変容する新しいしごと空間
ここ10年ほどで、欧米だけでなく国内でも「ワーク・ライフバランス」という言葉が根付きはじめました。ただがむしゃらに働くのではなく、フレックス制やリモートワークなど新しい働き方への需要が広がり、仕事と私生活とのバランスを問う機会も増えています。
企業の制度改革が進む一方で、働く空間そのものは従来のオフィス然としたものが多いのも現実です。ロフトワークでは、そんな現実を見つめる中で、働き方の変化に合わせて、空間そのものも大きくリニューアルを行いました。
2018年10月12日に開催したイベント「働き方は変わった。働く場所はどう変わる?変容する新しいしごと空間」では、自社のオフィスリニューアルにあわせ、今どきの働き方と働く空間の理想的な関係について考えていきました。後半は専門家やアーティストを招き、オフィスとアートの関係性を考える「Welcome! Art Office」も開催。その様子を前後編のレポートでお届けします。
テキスト=和田 真文
ロフトワークのオフィスリニューアルを大公開! 創業18年の変遷から紐解く「はたらき方」と「はたらく場所」の関係とは?(前編)
第一部では、松井 創(Layout Unit CLO)のモデレーションで、諏訪光洋、林千晶、FabCafe 岩岡孝太郎が登壇。そもそも、働き方にあわせて空間が変化していくのか? それとも、空間の変化につれて働き方が変わっていくのか?この問いをきっかけにトークがスタート。岩岡は前者を、創業者2名は後者を選びました。
──ロフトワークが今のかたちになったのは、FabCafeがあるから
林 FabLab Japan発起人でもある慶應義塾大学の田中浩也先生と一緒に、レーダーカッターを体験する「Make-a-thon(メイカソン)」を開催したのが最初のきっかけです。
岩岡 FabLab Japanの一員としてメイカソンに参加していた僕は、レーザーカッターを誰でも毎日体験できる場所がつくりたくなって思っていました。翌日には「FabCafe」の構想を林さんに相談しにいきました。そこからはもう、あっと言う間に話が進んでいったんです。
ロフトワークは今年で創業18年目。当初は都心の住宅用マンションをオフィスとしてリノベーションし使っていましたが、現在の姿に近づく第1歩は、2012年に「FabCafe」をオープンさせたことだと言います。
岩岡の提案をきっかけに、3Dプリンターなど研究者でないとなかなか触れることのなかった最先端のデジタルファブリケーション機器をカフェ形式でまちなかに解放。プロでなくても楽しく気軽にものづくりができ、人と人が出会う場の存在が、ロフトワークのあり方にも影響を与えていきました。
──失敗リスクが高いものは自分たちの手とお金でやってみる
林 新しいことでなおかつ、失敗のリスクが高いことは、まず社内で試してみます。「COOOP10」もそのひとつ。当初、ここにクライアントを招いてミーティングをしたときは、「こんなオープンなところで……」「セキュリティは大丈夫ですか?」と戸惑う方も多かったんです。でも一度やってみると、開放的な空間だからこそ生まれるアイデアもあって、次もここでミーティングしたいという声があがって。
このように自社の空間で実験することから始まり、「KOIL」をはじめ外部の企業にプロジェクトやオープン・イノベーションや空間を提案するプロジェクトも始動していきました。
──その場所らしさを打ち出すことで、魅力的なオフィスになる
諏訪 オフィスがつまらないと、仕事に対するモチベーションも上がらないと思うんです。京都に来たのにオフィスは東京と大差なかったらどうですか? その場所らしさを打ち出すことで魅力的なオフィスになるし、せっかくなら、人と人がぶつかれる、磁場のようなものを発するオフィスにしたい。MTRL京都も、そんな発想でつくっています。
オープン・イノベーションの考え方は、その後さらに進み、企業とともにプロジェクトを企画・立案・実現する「co-creation」へと進化。2015年には、コワーキングスペース「MTRL京都」をオープンしました。
築110年の3階建て⼀軒家(386平米)を全面改装し、クリエイティブラウンジとして生まれ変わった建物では、ロフトワークが飛騨市、株式会社トビムシ(林業のトータルマネジメント会社)と設立した第三セクター「飛騨の森でクマは踊る(通称:ヒダクマ)」から、飛騨の木材を取り寄せふんだんに使用。ファサードから家具に至るまで、京都の伝統素材と融合した空間になっています。
現在では、国内外から様々なクリエイターが訪れ、その場でプロトタイピングを行い、共有する姿が見られるようになりました。また、この頃から、ヒダクマの家具がロフトワークのオフィスだけでなく、ヤフー、パナソニックなど外部の会社にも導入される機会が増えていきました。
体験型オフィスツアー
後半のプログラムでは、リニューアルした執務エリアや、デジタルものづくりカフェ「FabCafe」、マテリアル(素材)をテーマにしたコワーキングスペース「MTRL」、プロジェクトルーム「COOOP3」などを実際に体験してもらうツアーを開催しました。
COOOP10(10F)
仕切りがなく、開放的な空間。イベント開催はもちろん、キッチン付きなので食事をつくりながらの交流型のミーティングも可能です。壁面には浅井祐介さんの作品も。
執務スペース(8,9F)
ヒダクマの木を使った家具を随所に配置。複数あるデスクの中から、そのときの目的や気分にあったものを選ぶことができます。
蛇のようにうねる木製の楕円形テーブルは、数人でミーティングしたいときは角に、一人で集中して作業したいときは角度が大きい場所にと、用途によって使い分けられます。テーブルの側面が緩やかな丸みを帯びていることで、長時間使っていても、疲れにくいよう配慮されています。また、窓際に配置されたハイ・テーブルは、背が低い人でも使いやすいよう少し傾斜がついています。
COOOP3(3F)
効率的に、集中して快適にプロジェクトを進めるためにつくられた、3社によるシェアオフィス。入れ替え可能なボードでいくつかの空間が仕切られています。レールに取り付けられたモニターは、都合の良い位置に移動させて使うことも。
MTRL(2F)
企業のテストマーケティングやミーティング、少人数のイベントなどに使用。ソファや卓球台も設置されていて、よりリラックスした雰囲気が漂っています。
──デジタルでのやりとりと、アナログなやりとりを両立させる
諏訪 ロフトワークでは、Slackなど常時10-15個ほどのコミュニケーションツールを使い分けてやりとりをしています。でも、やはりデジタルだけでは足りない面が出てくるんですよね。直接、人に会って話すからこそ学ぶこと、解決できること、進むこともたくさんあるから、それを両立させることが大事だと思っています。
今回のリニューアルに合わせ、フリーアドレス制を導入。思いおもいの場所で仕事ができるようになった反面、誰がいつ、どこにいるのかがわかりづらくなる点も。ロフトワークでは、SNSやメールなどで連絡をとると同時に、直接会って話すことで信頼感が増しスピードアップすることも重視していると言います。
諏訪 そこで現在、社員の居場所がわかる新しいアプリをネオスさんと協働で開発。社員にビーコンをつけてもらい位置情報を知らせる方法もありますが、自由な社風の強いロフトワークでは、社員がビーコンを置いて出て行ってしまうという可能性も大いにある……(笑)。位置情報の提出を強要するのではなく、より自然に位置を知らせる方法を考案中です。
編集後記
マンションの一角ではじまった会社は現在、100名以上の社員を抱える企業へと成長し、香港や台北にも拠点をもちました。この18年間で変わらないのは、デザインのなかに「楽しいこと」を追求する企業であること。ITの力と、多様な人々が出会うことで生まれるパワー両方をいかし、より働きやすい空間づくりを目指しています。企業だからこそできるスケールを活かし、個々人の「あったらいいな」に寄り添っていく姿を模索中です。
アートがオフィスにある日常──Welcome! Art Office(後編)
「Welcome! Art Office」は、アートマネジメントオフィス「island JAPAN 」とロフトワークがはじめた取り組みです。アート作品を本社のイベントスペース兼オフィスに飾り展示・販売するというもの。実際、ロフトワークのオフィスには、ふと目をやれば、さまざまな作品が飾られています。
ここ数年で、アートを教養のひとつとして身につけるとビジネスに役立つ、などの謳い文句が目立つようになりました。それはなぜか? 今回は、個人や企業に向け「アートシンキング」を取り入れたワークショップを行っているHEART CATCH inc. の西村真里子さん、一般社団法人「芸術と創造」 代表の綿江彰禅さん、ロフトワークの諏訪光洋がトークを行いました。
今はまだないものを思考していくとき、アート的な思考に倣ってみる
西村 AI技術が進歩しつつある今、人間だからこそできる仕事は何かを考える必要があります。アート的な思考は、イシューを見つけ、目を養う力があると思いますが、ビジネスにおいても、そこから予測しえないような発想法を生み出せるのではないでしょうか。
西村さんは、フランス発の「Art Thinking Improbable Workshop」を日本に広める活動をしています。アート的な思考には、従来のビジネスを回すための考え方だけでは解決できない、AIには予測し得ないような発想をうながすヒントがある、と言います。今後需要が減ることが予測されている大企業や、IT企業など新進の企業から、ワークショップを行ってほしいと声がかかっているそう。
芸術は人が豊かに生きるために必要、という考えは浸透しているが、仕事において芸術的な視点が重要と考える人はまだ少ない
綿江 もともと、経営者がアート作品を買って飾るという文化が日本にもありました。また近年は、企業の文化投資、ブランド商品にアートを掛け算することで商品価値を上げるなどの目的でアートを用いてきたんです。さらに、踏み込んで踏み込んでイノベーション創出や人材育成、ガバナンスにもアートは有効なのではないかと考え始める企業も見られるようになってきた。
でも、一般的には、「人が豊かに生きるために必要なもの」という考え方は浸透しているが、まだまだ「自分の仕事にアート的な思考」が重要だと考えている人は少ない。しかし、若い世代を始めとして、この考え方は確実に浸透してきています。
創造には、エンジニアリング、デザイン、アート、サイエンス4つの視点が求められる
諏訪 MITの伊藤ジョイ(MITメディアラボ所長 伊藤穰一)とネリ・オックスマンが提唱した「Krebs Cycle of Creativity」によれば、創造性には、エンジニアリング、デザイン、アート、サイエンス4つの視点が必要だと言います。ただ、アートの視点を企業に持ち込むというのは、すごく難しい。ロフトワークでは今、island JAPANの伊藤さんにコンサルティングしてもらいながら、その視点を持ち込もうとしています。
ロフトワークで作品を購入・展示するときには、上記の視点から、プロジェクトにアーティストがどのように絡めるかを考え、アーティストと会うことを大事にしているそう。社内には、著名なアーティストによる作品もあれば、学生など若手の作品も飾られています。最近は、作品がコレクションとしてどうか、という視点も考えるようになったのこと。今後、ここからどのようなプロジェクトが生まれるのでしょうか。
後半は、アートメディエーターとして活動する冠那菜奈さんがモデレーターとなり、今回の「Welcome! Art Office」に展示してくださった3名のアーティストが作品紹介を行いました。
華雪さん
書家の華雪さんは、小学校の頃から書道を習い、絵を描こうとするのではなく目の前のかたちを取り出そうとする象形文字に惹かれたそう。現在はアートとしての「書」を扱い、漢字ひとつで表現する「一文字書」をメインに作品を発表しています。
山本努さん
山本努さんは、趣味の釣りなどから着想を得て作品を製作しています。釣り糸を垂らしたとき湖に浮かび上がる、振動などの目に見えない事象をかたちにした作品は、布に樹脂を吹き付け加工しています。
山本修路さん
山本修路さんは、土地の地形や植生、歴史、人々と向かい合い、旅をしながら作品製作を行っています。地元住民とともに米作りからラベル製作まで日本酒造りに携わる「酒プロジェクト」や、イタヤカエデの樹液からシロップを採取するプロジェクトなど、その土地の魅力を最大限引き出しています。
編集後記
アートに触れる機会は、なにも美術館など文化施設で触れるだけに限りません。オフィスにアート作品が飾ってあれば、日々、作品から受ける印象や感覚が変化していくこともあるでしょう。その作品をつくったアーティストに話を聞く機会があれば、その印象はさらに変わっていくかもしれません。さらには、ふとしたときに、その話と自分の仕事がリンクすることもあるかもしれません。1日のうち大半を費やしている「仕事」。そこに、自分自身の思考回路を押し広げ、視野をひろげてくれるものとして、アートがある未来が、すぐそこまでやってきています。