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松井 創 2016.09.01

ケンカもコンプレックスも解消するかもしれないバックキャスト思考

フォアキャスト思考(現状分析を積み重ねて未来を見通すやり方)

カノジョが微笑みながら言う「ねえ、私たち付き合って4年になるわね。」

カレは「うん。…そうだ。今日、また契約とれたよ。今月も達成しそう。」と話題を変える。

「今月末は、会えるわよね?」カノジョは念を押す。

「実は上司の付き合いで食事会に呼ばれたんだ。」と、カレが火種をつけた。

いつも、こんなふうに二人の会話は止まる。大学時代から付き合い、社会人になってカノジョは京都、カレは東京へ。新卒で入社した別々の会社で3年目、それぞれ実績も出はじめて仕事は順調だ。遠距離がゆえ、二人が会えるのは月に1回程度、東京か京都を行ったり来たり。お互いを尊重しあっているし、将来、結婚だって考え始めている。問題は、いつも会ってはケンカしてしまうこと。さて、この若き遠距離カップルの課題をアナタなら、どのように解決するだろうか。

例えば、

  • どちらかが転職して二人で同じ土地に住む
  • デートの頻度を上げ、毎回、名古屋で会う
  • 子供をつくって今すぐ結婚する

上記のような発想をした人の思考回路は、いずれも「フォアキャスト思考(現状分析を積み重ねて未来を見通すやり方)」だ。二人のどちらかが現在の生活を我慢したり、妥協したり、今だけを見て強引に解決する事は、どちらか不満を感じたり、結局、お互い不幸になってしまう。

バックキャスト思考(バックキャスティング)

一方で、「バックキャスト思考(バックキャスティング)」でケンカを解決する場合は、どうだろうか。未来を想像したり創造する仕事に携わる人は一度は聞いたことあるかもしれないバックキャスト思考。一般的に「バックキャスト思考とは、未来の理想を描き、想定した未来社会像へ向けて逆算したサービスを企画し、現在取り組むべき事業や将来への道筋を明らかにし行動すること」と説明されてきた。

たとえば、「成りたい自分を想像して目標を立て、目標に向けて実行計画を立て行動すること」も同じ。なるほど意識高い人がやっているそれだ。いや、世の中のプロジェクトがほどんどそうやって進んでいるではないか。ならば自分にもできるはずと、過去、幾度かバックキャスト的な発想法のワークショップやプロジェクトを企業と実施してきたのだが、残念ながら、かなりの頻度で「絵に描いた餅」となってしまう。

「なぜだ!?」と悶々としていた約1年前、バックキャスト思考の先駆者である石田秀輝先生(地球村研究室代表)と出会った。石田先生いわく、「未来の理想を想像して逆算すれば、最適なサービスや新規事業が創れるなんて大間違い。」加えて、「ネット上で紹介されているバックキャスティングは、ほとんど間違っている」と一蹴された。では、本来のバックキャスティングとは、どのようなものだろうか。僕は改めて石田先生から学ぶことにした。

未来をデザインするシリーズで基調講演をする石田秀輝さん(合同会社 地球村研究室代表・東北大学名誉教授)

実は、冒頭の遠距離恋愛カップルの例題は、先日、石田先生が未来デザインのワークショップで出した「お題」だ。(ただし、カップルの会話は僕の妄想。)

この若き二人の問題を解決するには「制約条件を踏まえたバックキャスト思考」が必要と石田先生。中長期的な二人の幸せを考えれば、制約条件を土台にして未来を考えること。この制約なしに素敵な未来は描けない。

するとバックキャスト思考による「会うと喧嘩になること」に対する、解決例は、以下のようになる。

(制約として)京都と東京でそれぞれ暮らし、職場で活躍しつつ、

  • 将来、二人が一緒に暮らしたり、いつか結婚する日が来るかもしれない日を話してみる
  • 将来、どこかに家を立てるとしたら、いつ頃、どこに建てたいだろうかという話してみる
  • 将来、二人の働き方や暮らし方は、どのようになりたいだろうかという話してみる

これらのような望ましい未来を話し合う。そして、現在からできる二人の楽しみ方として、

  • 理想のライフスタイルを相談しあったり、そのスタイルに近いイベントに参加する
  • デート旅行がてら将来、二人で住んでみたい街やを散策してみる
  • 上司に将来の働き方を相談したり、相手の紹介をかねて食事会を企画する

なるほど。これならケンカは無くなるかもしれない。

(それぞれ京都と東京で暮らしているという)自身の環境の「制約条件」がある上で、我慢や妥協でなく「それでもワクワク・ドキドキ過ごせるアイデアは何か」を考えることがバックキャスト思考の本質と石田先生は言う。バックキャスト思考で二人の課題を解決するならば、京都と東京の遠距離という「制約条件を外さずに考えること」が大前提となり、その上で「楽しめるアクションやソリューション」につなげることが最も重要な点となる。

ただし、石田先生の例題はバックキャスト思考回路を身につける練習の「初級編」。お題の制約条件はシングルだが、実際の世の中は制約がマルチ(多様な人と複数の制約が複雑に混ざり合う)。だから現実社会のバックキャスティングの実践はとても難しく日常的な出来事を使った訓練が必要となる。

遠距離カップルの課題を、私たちの実社会に置き換えてみよう。石田先生が、特に制約条件として挙げるものとしては自然環境(水、エネルギー、天然資源など)と共同体そして個の関係。水をはじめとする地球の資源は、有限だということ。先進国のような大量消費型の暮らしを全ての地球人が同じ生活水準まで上げ、継続し拡大たら、間も無く資源は枯渇する。有限である地球の資源環境を制約条件の土台に置いて、その有限の自然と共存・循環する共同体の上に個があるという視点のもと、現在の「依存型ライフスタイル(大量生産・消費拡大など)」から「自立型ライフスタイル」への転換を目指したときに、その現在と未来への間に生じるギャップが沢山あり、「ギャップ(間)」を解決するサービスやソリューションにビジネスの機会が沢山潜んでいると石田先生は強調する。

石田先生に協力いただいたワークショップの詳細については、タムラカイさんによる実施レポートに詳しく紹介されている。

もしもバックキャスト思考を習得できたら、ビジネスだけでなく例えば「保育園落ちた日本死ね!!!」のような課題や地方創生のような挑戦にも活用できるはずだ。

身近な出来事で考えるバックキャスト思考

ちなみに、僕がいま挑戦しているバックキャスト思考は、生まれたばかりの息子(満3ヶ月)の将来について。

彼には生まれつき眉間に巨大なホクロがある。親からすれば五体満足であるし、無条件で可愛い息子なので何ら問題はないけれど、今のところ「そのホクロ、凄くカッコイイね!」とは、まだ言えない。大仏様のようなので、毎日のように妻と「ありがたや〜」と息子の前で手を合わせては拝んでいるうちは良い。だが、将来、友達ができたり、小学校に入ったり、思春期になったときに彼にとってホクロはどのように影響するだろうか。コンプレックスにはならないか。いまのことろネガティブなシーンばかりが思いつく。

これをバックキャキャスト思考で解決してみたい。(全身麻酔の外科手術となる)ホクロの切除は果たしてフォアキャスト思考だろうか、「授かったホクロを取らないこと」は制約条件に成り得るだろうか。オリンピック・メダリストに育ててホクロを「コンプレックス」から「シンボルマーク」に変えることはバックキャスティングだろうか…理解した気になっていたけれど難しい。バックキャスト思考の訓練はまだまだ続く。

松井 創

Author松井 創(Layout CLO(Chief Layout Officer))

1982年生まれ。専門学校で建築を、大学で都市計画を学ぶ。地元横須賀にて街づくりサークル「ヨコスカン」を設立。新卒で入ったネットベンチャーでは新規事業や国内12都市のマルシェの同時開設、マネジメントを経験。2012年ロフトワークに参画し、100BANCHや SHIBUYA QWS、AkeruEなどのプロデュースを担当。2017年より都市と空間をテーマとするLayout Unitの事業責任者として活動開始。学生時代からネットとリアルな場が交差するコミュニティ醸成に興味関心がある。2021年度より京都芸術大学・空間演出デザイン学科・客員教授に就任。あだ名は、はじめちゃん。

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複雑な世界で未来をかたちづくるために。
いま、デザインリサーチに求められる「切実さ」を問い直す