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重松 佑 2015.11.19

制作現場からグレーゾーンをなくすためのプロジェクトマネジメント

本記事はAdverTimes(アドタイ)に重松が寄稿した記事を再編集しています。

「PMBOKって一言で言うと何ですか?」とディレクターやデザイナー、クライアントに聞かれる事があります。「PMBOKとは10の知識エリアに沿ってプロジェクトを整理し……」というような話を期待されているのではありません。忙しい制作現場で求められているのは、実際にプロジェクトを担当しているディレクターがPMBOKをどのように使っているのかということを意図しています。そのようなとき、私はいつも「一言で言えばPMBOKとはグレーゾーンをなくすために使います。」と答えています。では、グレーゾーンをなくすとはどういうことなのか。例として「朝、たまごを焼く」という体験を通して説明出来ればと思います。

PMBOK 10の知識エリアのおさらい

PMBOKとは現在世界標準となっている、プロジェクトマネジメントの知識体系のことです。「10の知識エリア」とは、いわばプロジェクト全体の航海図です。

1,プロジェクト統合マネジメント
全体を捉えるための作業エリアです。プロジェクト全体を俯瞰し全体最適を図るプロジェクトの要の部分です。

2,プロジェクト・スコープ・マネジメント
「スコープ」とは、そのプロジェクトにおけるすべての成果物のことで、「作業範囲」と訳されることもあります。

3,プロジェクト・タイム・マネジメント
スケジュール作成・管理のエリアです。

4,プロジェクト・コスト・マネジメント
見積りなど、コストに関するエリアです。

5, プロジェクト品質マネジメント
成果物の完成度を設定し、それを達成するための手法を計画するエリアです。

6,プロジェクト人的資源マネジメント
プロジェクト・チームをどのような体制にするかを決めるエリアです。

7,プロジェクト・コミュニケーション・マネジメント
プロジェクト・チーム内でどうやってコミュニケーションをとるのかを決めるエリアです。

8, プロジェクト・リスク・マネジメント
作業を進める際に、どのようなリスクがあるのかを事前に洗い出し、その対応方法を考えておくエリアです。

9, プロジェクト調達マネジメント
外部業者への発注や契約にかかわるエリアです。

10, プロジェクトステークホルダーマネジメント
ステークホルダーとの関わり方をマネジメントするエリアです。

「10の知識エリア」に沿って、つくるモノの輪郭をはっきりさせる

「朝、たまごを焼いてください」と頼まれたとします。依頼者は家族でも友人でも恋人でも誰でも構いません。たまごを焼くことを依頼されてあなたが最初に行うことは何でしょうか。「どんな焼き方がいいか?」「いつまでに出来ていればいいか?」「どのくらい食べるか?」など、依頼者に確認するのではないでしょうか。その際に考えなければいけないことを網羅するための指針がPMBOKの10の知識エリアです。例えば「どんな道具を使うのか(調達マネジメント)」「誰か作業を分担できるのか(人的資源マネジメント)」「焼き加減を失敗した場合どうするのか(リスクマネジメント)」など。PMBOKのフレームワークを使うことで、全体を抜け漏れなく確認することが出来ます。言わなくても分かるだろうと思い込むより、細いことだけど念のため確認しておくという姿勢を常に持ちながらプロジェクトに取り組むことによって、つくるモノの輪郭はよりはっきりと見えてきます。

「WBS」を使って、やることとやらないことをはっきりさせる

では「朝、たまごを焼く」という作業にはどのようなことが含まれているでしょうか。「たまごを買いに行く」「食器を洗う」などが「朝、たまごを焼いてください」という依頼者の言葉の中に実は含まれているかもしれません。多くの場合、依頼者は「ここまでやってくれると思ってた」と作業範囲を最大で考え、制作者は「ここまでで良いと思ってた」と作業範囲を最小で考えます。ここまではやる、ここまではやらない、ということを決めるのがスコープマネジメントです。想像に難くないと思いますが、スコープを曖昧なまま進めるとトラブルが発生する確率が上がります。そのスコープを定義するためにWBS(Work Breakdown Structure)を作って作業を細分化します。どこまで細分化するかはプロジェクトの性質によって変化しますが、細分化することによって誰が何をどこまで行うのかといった責任分担を各作業において明確にしていきます。

品質を計画するのはいつも難しい

プロジェクトに関わる度に、10の知識エリアのうち品質マネジメントは言語化しにくく計画することが難しいエリアだと感じます。依頼者の嗜好や、そのときの状況などをしっかりと把握しないと依頼者の求める品質のものを作ることは出来ません。例えば「ふわふわなオムレツが食べたい」と言われても「どんな風にふわふわしたオムレツが良いのか」は人により千差万別。時には依頼者自身もどんなオムレツが良いのか分かっていないこともあります。その場合にはどんなオムレツが良いのかを依頼者と一緒に探していかなければなりません。そのために参考になるレシピを見たり、過去に食べたオムレツを振り返ったり、理想のオムレツを絵に描いたりして、頭の中にあるイメージを探索して、お互いに共有していくことが大切です。ここでは明文化することのみが目的ではありません。最も大切なのはお互いのことを深く理解すること。そして理解するために必要なプロセスをきちんと計画することです。

プロジェクトマネジメントは終わらない

さて、依頼者の「朝のたまご料理の理想像」が分かったとします。そして、それが「ハムとチーズ入りのふわふわのオムレツ」であることが分かりました。その場合、誰がハムを買いに行くのでしょうか。どのようなチーズが良いのでしょうか。予算は足りるのか。スケジュールは間に合うのかなど、再びPMBOKの10の知識エリアの項目に沿って計画を調整する必要が出てきます。

実際の仕事でも、当初の計画通りに全てが進むプロジェクトは一つもありません。しかし大切なのはプロジェクト全体を網羅した計画を立て、依頼者と制作者の間のグレーゾーンをなくすことです。計画を事前に立てておくかどうかで問題が発生したときの対処は大きく変わります。そして、プロジェクトマネジメントは計画だけでは終わらず、プロジェクトの実行段階から終了まで続きます。PMBOKを活用して依頼者との相互理解を深め続けることが、プロジェクトの成功の鍵となります。

ロフトワークでは、PMBOKに基づくWebディレクションの手法を体系化した2008年の書籍『Webプロジェクトマネジメント標準』全文を PDFデータで無償公開しています。

重松 佑

Author重松 佑(クリエイティブDiv. シニアディレクター)

シニアクリエイティブディレクターとしてブランディングを中心としたプロジェクトをリードする。クリエイティブの仕事において最も大切なことは「良いチームを作ること」を信条に、型に囚われないプロジェクトのデザインを行う。宣伝会議プロジェクトマネジメント講師。

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