
【連載】最近気づいていないことは何か?
#01|見えない生き物たちの存在から未来を感じ取る
水先案内人:伊藤光平(株式会社BIOTA 代表取締役)
ロフトワーク Culture Executive の岩沢エリが、各地で出会う実践者や現場から「社会の新しい兆し」を持ち帰り、これからの時代を読み解くヒントをお届けする連載「最近気づいていないことは何か? ー多元世界探訪記」。
第⼀回は、株式会社BIOTA代表取締役・伊藤光平さんを訪ねました。伊藤さんは、「BIOTAが本当に目指しているのは、単に微生物多様性を高めることではなく、微生物と共に生きることに向き合い、循環の起点を生み出すことだと思うんです」と語ります。実際に、最近BIOTAのバリューも見直したといいます。彼が描くのは、微生物と共にある暮らし。目には見えない存在に意識を向けることで、私たちは、まだ見ぬ未来の兆しに気づいていけるのかもしれません。
それは魔法でも、神の御業でもない。微生物の活動だった。
「これは、神の御業に違いない。」
私たちが口にするパンやチーズ、味噌、お酒、漬物などは、物によっては紀元前から親しまれてきたものばかりです。今でこそ、それらは全て微生物たちの活動によって生まれた発酵現象だと知られていますが、その存在が知られたのはわずか約360年前のこと。それまで、これらの神秘的な現象は、神の力や自然が起こす魔法だと多くの人が考えていました。
顕微鏡でなければその存在を見ることができない微生物。「最近気づいてないことは何か」の連載第一弾では、近年までその存在に気づかれていなかった微生物に焦点をあててみたいと思います。
その水先案内人として、一緒にお話ししたのは株式会社BIOTA (バイオタ)の代表取締役 の伊藤光平さんです。BIOTA は、都市の微生物多様性を高めることで、持続可能な私たちの暮らしと健康をつくることを目指す会社です。サイエンスとアートを切り口に、住環境の微生物ゲノム解析からランドスケープデザイン、アート制作まで多様なアプローチで、微生物と都市の新たな関係づくりに挑戦しています。

慶應義塾大学先端生命科学研究所にてマイクロバイオームを対象としたバイオインフォマティクス研究に従事。ヒトだけでなく都市や建築物における環境マイクロバイオームも対象とした。大学卒業後、株式会社BIOTAを創業。
8年前は、「敷地内の微生物の調査をさせてください」と言っても誰も首を縦にふってくれませんでした。今ではお金をいただいて微生物を調査することができるようになりました。それだけ、社会の中でも微生物に対するイメージが変わってきたのかなと。(伊藤)
8年前、伊藤さんは微生物研究をする大学生で、学生団体をつくって活動していました。「微生物採取させてほしい」と呼び掛けても、ほとんどの人たちには断られていたそうです。(余談ですが、その中で当時唯一そんな活動を許されたのが100BANCH*だったとのこと。嬉しい。)
しかし今や、日本科学未来館でビジョナリーとして「セカイは微生物で満ちている」の総合監修を務めたり、最近ではパナソニックグループが大阪・関西万博に出展するパビリオン「ノモの国」で菌糸を使った建材を共同制作するなど、あちこちでその活躍を目にします。(ロフトワークでも、自然と都市の共生を分解から考える企画展、「分解可能性都市」で、彼らの作品を展示しました。)


パナソニックグループのパビリオン「ノモの国」で、「センサリードーム(菌糸パネル)」が展示された(写真提供:BIOTA)
都市に微生物多様性は、必要なのか?
ところで、「多様性が重要」とは、人間社会においても言われています。では、私たち人間が多く暮らす都市にも、微生物多様性が必要なのはなぜでしょうか。
微生物の多様性が私たちにとって大事な理由は、シンプルです。それは、人の健康にもつながるからです。例えば、皮膚や腸内など、特定の微生物が増えたり減ったりすることで多様性が損なわれると、病気などのリスクが高まります。こうした人体における微生物多様性の重要性はさまざまな研究者の研究成果で明らかになっています。では都市という視点から見るとどうか。多様な微生物がいた方が、何かの感染症が拡大しそうな時も、その原因菌の拡大を抑える微生物が存在する可能性が高い。言い換えると、感染拡大の抑制につながるのです。(伊藤)
私たちはこれまで、都市の公衆衛生を保つには除菌・殺菌が重要だと信じてきましたが、本来の微生物の特性を活かすとしたら、むしろ加菌・育成菌が重要なのかもしれません。ただし、決して都市に微生物多様性が全くないと言っているわけではありません。
都市にも、森があったりするし、決して多様性がないわけではありません。ただ、一部の場所に人間に由来する微生物たちに偏ってしまっています。(伊藤)

微生物は、人間とは比べ物にならないほど多様な種が存在する生き物です。人間は、自身の外側に建築を作ることで外環境から身を守り一定の温度帯の中でしか暮らせませんが、微生物は驚くほど多様な環境で生きられます。土の中、氷の下、海の底、温泉の中。人間を経由する微生物の系統は、微生物の世界から見れば、ほんの一握りの系統にすぎません。
つまり、公衆衛生の向上を考えて都市の微生物多様性を目指そうとする時、いかに人間由来以外の微生物も、発生・保持されやすい環境・空間を作れるかが重要になります。サーキュラーエコノミーの観点から、脱プラスチックなど生分解性素材を活用する素材開発も注目されていますが、それは単にゴミを減らすだけでなく、実は私たち自身の健康のために自然由来の素材を増やそう、とも言えるのです。
ここでサーキュラーエコノミーの話題に触れたので、この機会に、もうひとつの視点をご紹介します。微生物多様性で重要なのは、微生物が生態系ピラミッドの土台であること。そして、自然循環の中で「分解者」という役割を担っていることです。

わたしたちは、小学校の算数で習ったと思いますが、底辺の大きさ以上に、大きく幅広な三角形を作ることはできません。生態系のピラミッドの一番下に位置するのが微生物であるということは、いかに、この底辺(=生態系の土台)にある微生物を増やすかが、その上に積み上がる植物や昆虫、動物、そして人間という種の存続に大きく関わってくるのです。
「分解者」という立場も重要です。植物は「生産者」、その植物や動物を食べる、人間も含めた動物が「消費者」。植物も動物も全てを一度分解するのが、微生物や土壌生物の「分解者」たちです。「分解者」がいないと、いくら分解可能な素材をつくっても分解されません。彼らがいて初めて分解され、「生産」の入り口に再びたどり着けるのです。
ただ、こうして微生物多様性が大事!と言うと、なんでもかんでも多様であることがいいと誤解されることもあるといいます。BIOTA 自身も、ここ最近悩む中で、次のステージへと向かおうとしているそうです。
BIOTAは除菌・殺菌のカウンターとして加菌をしていると思われがちだけど、実は微生物多様性を高めることはベースで重要なだけであって、すべての既存ソリューションを代替できるものではないと理解しています。
空間中の微生物多様性を高めることをミッションに掲げていますが、これにあてはまらないような発酵食品系事業もあるので、ビジョン、ミッションだけではなくそのベースになる哲学のような存在が必要だと感じたんです。(伊藤)
セカイは微生物で満ちている。見えない生き物たちと共に生きる。
改めてBIOTAの存在意義を問い直したとき、本当にやりたいのは、<微生物と共に生きること>に向き合うこと。そして、循環の起点をうみだすことなんじゃないかなと。(伊藤)
例えば、味噌や酒づくりの現場では、発酵のメインプレーヤーである麹菌、酵母や乳酸菌など単一の微生物を育てる環境を整えます。お風呂場では、カビが広がらないように定期的に掃除をして、菌の増殖を抑えます。食の残さを堆肥に変えるためには、分解を担う菌を育てる必要があるし、空間内の微生物多様性を高めたいときには、菌が棲みやすい植栽や自然物を取り入れます。
このように、空間や目的に応じて、特定の菌を育てたり防いだり、あるいは多様な菌が生まれる環境をつくったりする。そうした局所的な工夫を重ねながら、都市生活のなかで少しずつ、微生物と共に過ごす時間と場を増やしていく。
そして、先にも書いたように、微生物は「分解者」でもあります。彼らの力を借りる機会が増えるということは、都市の分解力を高めることにつながります。分解力が高まれば、循環の入り口、つまり起点へと還るものも自然と増えていくでしょう。本当の意味で循環型の都市を目指すなら、この「分解者」が活躍できる場所をもっと増やしていくことが欠かせないのです。

お互いの種が生き延びるために、種をまたいだ共助の関係を築く
微生物と共に生きる——。そう言うと、まるで人間が彼らをコントロールしているように聞こえるかもしれません。けれど、伊藤さんは言います。
人間中心的なところがあってもいいと思っています。そもそも、『多様性』が良いという考え方自体、他の種から見れば特殊なものです。どんな生き物も、本能的には自分の種の存続が重要であり、多様性を望んでいるわけではないかもしれません。(伊藤)
私たちは、人間である以上、人間にとっての「よさ」から完全には自由になれません。ただし、その「よさ」が、他の種にとってもよい選択肢であるよう努めることはできるはずです。もしかしたら、それがエゴの強い種としての、私たちの責任かもしれません。

微生物を感じるように、今起こっていることから未来を感じ取る。
微生物は肉眼では見えませんが、その存在に気づくことはできます。
例えば、麹菌が元気にブクブクと泡立って音を鳴らすこと。お風呂場のコーキングが少しピンクがかってくること。食パンに点々と青みがかかること。こうした、さまざまな菌たちの活動によって生まれた現象に目を向けることで、微生物の存在を確かに感じることができます。
未来もまた、微生物のように「いまは、見えない」ものです。
しかし、いま起きていること。感じる違和感やざわめき。そうしたものを「異常値」や「はずれ値」として斬り捨てるのではなく、麹菌のあぶくや小さなカビの点々のように、先々に起こりうる(社会の)発酵や腐敗現象の兆しとして捉えることで、見え方が変わるかもしれない。
微生物と共に生き、世界に溢れる見えない生き物の存在への感度を高めることは、見えない未来の世界に気づく感度も高めることにつながるのではないでしょうか。

*100BANCH:2018年にパナソニックが創業100周年を迎えることを機に構想がスタート、これからの時代を担う若い世代とともに、次の100年につながる新しい価値の創造に取り組むための活動。パナソニック、カフェ・カンパニー、ロフトワークの3社の共同プロジェクトで、2022年3月までロフトワークが運営業務を担っていた。
執筆:岩沢エリ(株式会社ロフトワーク)
水先案内人:伊藤光平(株式会社BIOTA 代表取締役)
撮影:宮崎真衣(株式会社ロフトワーク)
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