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2020.06.01

デモクラシー的自治の中で変化し続ける Institut for (X)
デンマークの共創・参加型デザイン #04

本記事は、公立はこだて未来大学大学院に在学中で、現在デンマーク滞在中の岡田 恵利子さんによる寄稿記事です。
岡田さんは、カメラのUI/UXデザイナーを経て、共創・参加型デザインを研究されています。2019年9月より共創・参加型デザインの先進地域である北欧・デンマークに渡り、実践を交えながら現地をリサーチされています。今回の寄稿では、デンマークで見たこと・聞いたこと・感じたことなどを、月に1-2回のペースでご紹介いただきます。

#デンマークの共創・参加型デザイン

注意)この記事は、新型コロナウイルスでデンマークがロックダウンされる以前の2月に訪問した内容をもとに書き起こしています。

人口30万人ほどのデンマークの第二の都市オーフスにある、再開発インキュベーションエリア Institut for (X) を訪れました。写真にある小さな小屋やカラフルなコンテナがたくさん並ぶエリア一帯に、アクティブな人だけで少なくとも50人ほどが日常的にここで活動しているそうです。

Webサイトから引用した空撮写真

貨物駅だったエリアを再開発

2009年からスタートしたという Institut for (X) は、元々100年以上前に建てられた貨物列車に貨物を積み降ろしする貨物駅だったところを再開発したエリアで、設立から10年以上経つ今も変化を続けながらオーフスの創造的ビジネスが生まれる中心地として、そして市民が自由に出入りできるコミュニティエリアとして、日々面白い文化が生まれているとのこと。

様々な市民団体やスタートアップ企業が入居する小屋やコンテナが密集している

大小様々なコンテナハウスが建ち並び、様々なグラフティアートやイベントスペース、ベンチなどが点在するこのエリアには、すぐ横に自治体が運営するファブスタジオ併設の巨大なカルチャーセンターもあり、クリエイティブなパワーに満ち溢れていました。

もともと駅舎の跡地にカルチャーセンターを建設する予定が先にあり、その再開発が終わるまでの一時的なプロジェクトとして、地元のクリエイティブエージェンシー「Bureau Detours」が駅舎の跡地を貸与してもらったのが始まりだそうですが、カルチャーセンターが建築された今も、エリアを縮小しつつ残り続けています。

Institut for (X) の全体の雰囲気を感じるにはこちらの動画がとても分かりやすいです。

設立から現在までの詳細なタイムラインについては Insititut for (X) のサイトで確認することができるので、興味のある方は是非覗いてみてください。

自治体との関係性や法律そのものを変えながら挑戦を重ねてきた

もともと一時的なプロジェクトで終わる予定だったこの場所は、年々規模が大きくなるにつれて市も無視できない経済効果をもたらすイノベーションの震源地となっていました。

建物ひとつ例にとっても、古い建物内にテトリスのように増改築を重ねてきた状態であるため、法律的に怪しい基準の箇所も実はたくさんあるそう。しかし、それらを違法とすぐに規制するのではなく、あくまで「一時的」であることを条件にこれらを合法化する過程にあるとのこと。建物も含めてここからスタートした多くのプロジェクトが前例のないものばかりだそうで、法律の手が行き届かないイベントやプロジェクトがここから発足するたびに、入居者と市が対話を重ねてひとつずつ問題を解決するということを繰り返してきたのだそうです。

「イノベーションを妨げる多くの法的要件が存在することそれ自体が、イノベーティブな都市開発を進める際のパラドックスのようなもの」であると、Institut for (X) 内に建築事務所「Kondens Arkitekter」を構える Eske さんは話してくれました。

テトリスのように増改築された屋内
敷地内を案内してくれた Eske さん

全てが「一時的」である Insititut for (X) から次々に生まれるボトムアップなスタートアップカルチャーが、その都市開発のパラドックスを紐解くためのカンフル剤に、ときには潤滑油のような役目を果たしていることが、とても興味深いです。

大会が開かれたこともあるスケートボードエリアや、毎年4,000人もの人が集まる大規模な音楽イベントが開催できるイベントスペースなど、屋外スペースは市民が出入りすることによって常に新しい文化や活動が生まれる公共エリアとしても機能していました。これらイベントも全て前例がないところからひとつひとつ作り上げたものだそうで、大小合わせて毎年200件近いイベントが開催されているとのこと。

自由に出入りできる公開エリアではスケートボードもでき、大会が開かれたこともあるそう

ランチのシステムもとても興味深いものでした。周辺のスーパーマーケットやレストランからの廃棄食材を集めたものから、共用キッチンで入居者達が毎日交代で作っているそう。また、敷地内にあるキオスクでは、エコバックが浸透している北欧・デンマークならでは、持ち帰り用のビニール袋がないのはもちろんのこと、容器レス・パッケージレスでの販売が行われているとのこと。こういった取り組みも、全て入居者たちがひとつずつ作り上げてきた文化だということでした。

共用のキッチン
コンテナで作られたキオスク

今後数年で、周辺に建築学校の新校舎が建築されたり、郊外の湖から続く遊歩道が整備されたりする計画があり、その再開発に合わせて Institut for (X) は更なる縮小を受け入れることが決まっているそうですが、その縮小という変化自体を、この土地ならではの新しい挑戦を模索し続けながら楽しんでいるようにも思えました。

デンマークに根付く市民主導の民主主義が実践される場所

今回私がデンマークで訪問した施設や団体に共通することの一つに「デモクラシー(民主主義)的な自治」が各々のコミュニティで実践されているということに気付かされます。Institut for (X) でも前例がないことをやろうとする時はもちろん、場所をどう使うか、何をやるか、全てここに入居する人たちの民主主義的な対話と行動によって決定していくとのこと。Institut for (X) の X は既存の常識では定義不可能なことを指すネーミングなんだそうです。

建築士である Eske さん自身も学生時代から Democratic Architecture(民主主義建築)を専攻し、現在もリノベーションや再開発といった建築仕事において「Democratic Architecture」を実践しているとのこと。企画段階からその建築や場所に関わりの深い市民とワークショップを重ねながら設計を進め、どういう場所として機能して欲しいのか、利用したいのかを、市民が自発的に発想し自分たちごととして設計に関われるよう心掛けているそう。

Eske さんが関わったトンネル建設
トンネルを通学路として利用する予定の学生たちと一緒に検討して建築した
過去に開催した子どもや市民向けのワークショップなど、写真や映像が事務所に飾られていました。

同じデンマークでも、もしここが首都コペンハーゲンだったら、土地も高く、人も多く、Institut for (X) のようなビジネスと街との関わり方は難しいのではないかと語る Eske さん。昔はコペンハーゲンの近くに住んでいたそうですが、物理的な土地の広さはもちろん、市民や地域と柔軟に関わりながら仕事ができるオーフスに魅力を感じ引越してきたそうです。目新しい技術やデザインでなくても、既にあるものを組み合わせ、市民自らが身近に感じて愛着を持てるようにする方法を模索することが大事とも語っていました。

ファブスタジオ併設の巨大なカルチャーセンターがすぐ隣に

すぐ横に併設されたカルチャーセンター「GODBANEN」

Insititut for (X) のすぐに横には、元々あった貨物駅の名前をそのまま受け継いだカルチャーセンター「GODSBANEN」があり、カフェや様々なワークスペース、そして巨大なファブスタジオが入っており、市民は誰でも自由に利用できるようになっていました。

カルチャーセンター内のカフェは市民の憩いの場になっていました。
市民が利用できる展示スペースには、建築学校の生徒による作品展が行われていました。
オーフス市内を一望できる屋上では、千人規模の人が座りながら小説を聞いて寛ぐ文学イベントが行われたこともあったそう。

一回わずか10クローナ(約160円)で参加可能な陶芸、木工、金属加工、シルクスクリーン、テキスタイル、写真などの豊富なワークショップが開催されており、遅くまで営業している火・木曜日には仕事帰りに利用する人も多いそう。「紙の印刷から鶏小屋の建設まで、あらゆる形態とサイズのセルフプロジェクトを支援します」とウェブサイトにある通り、あらゆる種類・サイズ感のDIYができる環境が整っていました。

商業利用も可能で、簡易なプロトタイプを作るのに様々な企業が利用しているとのことでした。一定期間に渡って専用のスタジオを借りたい場合は所定の審査があるそうですが、市のためになるプロジェクトと認められれば無償で借りられるそうです。

Insititut for (X) がオーフスにあることの意味

オーフスは、デンマークの中でも特に市民やクリエイターに様々なスペースや機会を率先して提供することで知られていて「イノベーション都市」と呼ばれているんです、と教えてくれた Eske さん。2012年にオープンしたこのカルチャーセンターも含め、Insititut for (X) のエリア全体で年間20ミリオンクローナ(日本円で約3億2千万円)近くの経済効果を生み出しているとのこと。

オーフスのイノベーション都市としての概要についてまとめてあるこちらのレポート(デンマークで有名なヤン・ゲール建築事務所によるもの)にも、Insititut for (X) とその周辺が「ビジネスとレジャーの間に明確な区分がない緩やかで自律的なプラットフォーム」であることや、「起業家だけでなく市民の誰もが非公式に集まれる場所」が多く用意されていることが、イノベーションが生まれる要因として分析されていました。

ある特定の組織や団体のためだけでなく、「一時的」な状態を変化させながら常に市民に開かれた場所があり、いつでも誰でもデモクラシー的で能動的な参加ができる余白があるということ、そこに自分のことは自分で納得しながらデザインしていく、幸せの国デンマークと呼ばれる由縁を垣間見た気がしました。

余談)
この Insititut for (X) も前回記事にした Hertha と同様、ロフトワークの林さんと一緒に訪問しました。訪問した約一ヶ月後、新型コロナウィルスによる急な世界情勢の変化でデンマークは3/11に国境を封鎖するロックダウン措置をとる事態となりましたが、後日 Eske さんへ連絡をしたところ、ロックダウン中は全員自宅からのテレワークだったものの、5月始めから徐々にオフィスで仕事を始めているそうです。皆さん変わらず元気だそうで安堵しました。この世界の状況が落ち着いた時に、再訪問できる日を楽しみにしたいと思います。

岡田 恵利子

Author岡田 恵利子(デザイナー)

大学で情報デザインを専攻したのちキヤノンに入社、カメラなどの精密機器や写真関連アプリなどのデザインリサーチ・UI/UXデザインに14年従事したのち、2018年より参加型デザイン・共創・サービスデザインなどの知見を深めるため公立はこだて未来大学の博士後期課程に進学。2019年9月より半年、娘を連れてデンマークのITUに交換留学。好奇心の赴くまま色んな出会いを広げ、新しいことに繋げるのが大好きです。
https://note.mu/coeri

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空間に魂を吹き込む、オフィスリニューアルの軌跡