多様な個と視点を育む学生寮 Tietgen
デンマークの共創・参加型デザイン #05
注意)この記事は、新型コロナウイルスでデンマークがロックダウンされる以前の2月に訪問した内容をもとに書き起こしています。
本記事は、公立はこだて未来大学大学院に在学中で、現在デンマーク滞在中の岡田 恵利子さんによる寄稿記事です。
岡田さんは、カメラのUI/UXデザイナーを経て、共創・参加型デザインを研究されています。2019年9月より共創・参加型デザインの先進地域である北欧・デンマークに渡り、実践を交えながら現地をリサーチされています。今回の寄稿では、デンマークで見たこと・聞いたこと・感じたことなどを、月に1-2回のペースでご紹介いただきます。
コペンハーゲンの中心から少し南に位置する Ørestad 地区、私が留学していた大学 ITU(
IT University of Copenhagen)のすぐ斜め向かいに、とてもユニークな学生寮 Tietgenkollegiet(英語名:The Tietgen Residence Hall)がありました。
みんなから「ティットゲン」と呼ばれているこの学生寮、2006年にデンマークの建築家 Lundgaard & Tranberg によって建築されたものだそうで、国際的な建築賞RIBAを受賞するなど、ドーナツ状の建物自体とても素敵です。そして何より、ここに住む学生たちの生活がとても興味深く、個人が能動的にこの住居コミュニティに参加することで、個人もコミュニティも成長できる新しい共同住宅のあり方を模索していると感じられるものでした。
私自身、このティットゲンの横を通って自転車で通学していたのですが、学生寮であると後から知って大変驚きました。
ITU に隣接する The University of Copenhagen(略称:KU)に留学生として滞在している吉田さんが、この学生寮で暮らしていると知り、実際の暮らしぶりを見学させて頂きました。
大規模マンションさながらの共用施設
ティットゲンの特徴はそのユニークで素敵な建物はもちろん、入居する学生が自由に使える豊富な共用施設にあります。共用ランドリーや郵便受け、駐輪場などの基本的な生活共用施設はもちろん、ミーティングルームや自習室といった学生に嬉しい設備に加え、小規模なイベントやパーティが行える多目的室やプロジェクターを備えたAVルーム、ビリヤードなどが楽しめるゲームルーム、そしてフィットネスジムまで備えているというから驚きです。
そしてどこを見てもおしゃれな佇まいで、ここが学生寮であるということを忘れてしまいそうになります。
通常、屋内エリアは入居者のみしか入室ができませんが、外から続く中庭には毎日18時まで自由に出入りできるそうで、建築好きな方が観光で訪れる姿も珍しくないそう。
7階建からなる建物の1Fが共用施設、その上部6階分が12名ずつ30グループで構成されたエリアに分けられており、合計360部屋の住居があるそうです。そして住居エリアにはグループごとに使える計30の共用キッチン・リビングエリアが備えられています。
横の繋がりが活性化するよう仕掛けられた住居エリア
住居エリアにある共用のキッチンやリビングは中庭に面した配置となっており、向かい合った他グループのキッチンやリビングでの活動や暮らしが見えるようになっています。
各グループのエリアへは入居者であれば自由に出入りできる構造になっていて、円形の建物ならではの突き当たりのない廊下が、コミュニティの行き来を活性化させているようでした。
共用キッチンにはオーブンや食洗機など一通りの設備があり、カウンター下には個人用食材庫も備えられています。
みんなで楽しめるイベント情報や過去の居住者からの手紙など賑やかな掲示物に加えて、掃除など担当を割り振った担当表が壁に貼ってありました。聞くと、こういったキッチンまわりの役割分担を含め、生活をより良くそして何より楽しく暮らすための取り組みが活発に学生主体で行われているのだそう。公式サイトによると、基本的な生活に関わるものから、ウェルカムパーティなどイベントの企画、カフェやバーの運営など、ティットゲンの生活を担う10以上のアクティブな委員会が存在するそう。こういった活動への参加は厳格なルールで決まっているのではなく「学生自らの好奇心と自主的な思いやりで成り立っているんです」と吉田さん。
吉田さんがキッチンを共有しているグループでは、毎週決まった曜日にグループみんなでご飯を一緒に作って食べることを約束しているそう。見学させて頂いた共用ダイニングには、私たちが訪れた前週にパーティをしたとのことで、可愛らしい飾り付けがされていました。
地域に開かれた文化イベントなど、時には地域や行政と連携した活動も、ティットゲンに住む学生の発案で行われているとのこと。過去に音楽イベントや、外部スピーカーをゲストにした講演会なども開催されたことがあるという話からも、単なる学生寮の枠を超え、地域社会にとっても魅力的でオープンな場所として年々その存在感を高めているようでした。
「コミュニティの活動に関わることは決して雑用ではなく、あなた自身の好奇心と行動力で新しい能力を開発する素晴らしい機会」であると公式サイトにも説明がある通り、共同生活を円滑に楽しくするためのルールや取り組みは強制されるものではなく、あくまで住民である学生たちの主体性に委ねられています。
コミュニティの多様化を促す住居構成と入居の仕組み
個別の住居は景色を眺められる建物の外側に配置されていました。それぞれの個室には独立した洗面所やトイレがあり、全て同じ間取りではなく、一人用の個室、二人部屋、四人部屋など、主に4種類のサイズが用意されているとのこと。
個室の様子はティットゲンの 公式サイトの Living ページ に写真がいくつか掲載されていたので、興味がある方は覗いてみてください。
特にユニークだなと感じたのは、デンマーク人学生と留学生の居住割合が決められていたり、カップル用(!)の二人部屋、などコミュニティが多様性に富むように、入居する人の属性に偏りがないよう采配されていたことです。
コミュニケーションが発生しやすい建物構造と緩い仕組みの数々が、入居する学生の同質化を防ぎ、様々な大学や国から集まった個性豊かな学生たちの強くて多様なコミュニティを育む土壌になっていました。
入居はなんと400人待ち!世界が羨む生活環境
建物もコミュニティも魅力的なティットゲン、その入居申請の仕方もユニークでした。
デンマークにある大学は全てが公立で、30才以下であればコペンハーゲン周辺のどの大学に所属していても入居申請ができるそうですが、このティットゲンにおいては単に入居したいから、空きがあるから、という理由では入居できません。
年に4回あるという入居申請手続きは、メールで申請開始が通知されるとものの数分で埋まってしまうそうです。それまでの学校での成績に加え、このティットゲンのコミュニティに参加する強い意思とコミュニティにどう貢献したいと考えているかなど面接を含めた選考が行われるとのこと。そしてその待機リストには300-400人もの人が登録しているというのですから驚きを隠せません。特に交換留学生向けにあてがわれている部屋は全360室中のたった10%ということなので、ただでさえ住宅探しが難しいコペンハーゲンにおいて、外国人がその入居権利を得るのは並々ならぬ運と実力が求められるということになります。
そうして集まった学生たちは、学生でありながら現役で活躍するモデルや歌手、ラジオパーソナリティなど、個性豊かで優秀な面々が集まっているそう。「みんなで集まると本当に色んな発見があって、毎日ここに帰るのがとても楽しみなんです」と話してくれた吉田さんは、ここでの刺激的な暮らしを思う存分満喫しているようでした。
個人の成長が育まれる参加型住宅としての学生寮
約400人もの学生が暮らすコミュニティを活性化させる仕掛けが、かつてないユニークなコミュニティを醸成し、そこでの自主的な活動や参加を促す土壌になっていました。大学の勉強だけでは得られない多角的な視野とユニークな経験が得られる成長の場として、ここで青春を過ごした学生たちが将来どんな面白い未来を創造してくれるのか、期待を感じずにはいられません。
コミュニティ自体も進化を続け、個人としても成長できる機会と余地がふんだんに用意されている、こういった取り組みが学生寮というフィールドで実践されていることに、多様なバックグラウンドを持つ人との対話を小さな頃から大事にするデンマークの教育エッセンスと、激動の世の中を自ら舵取りをして切り抜けられるイノベーティブな若者を育てたいというデンマークの挑戦を感じました。
余談)
前回の記事同様、こちらの学生寮もロフトワークの林さんと一緒に訪問し、寮から徒歩5分のところにあるKU(The University of Copenhangen・吉田さんの留学先)と、ITU(IT University of Copenhagen・私の留学先)も一緒に周りました。
この訪問から約一ヶ月後、新型コロナウィルスによる急な世界情勢の変化でデンマークは3/11に国境を封鎖するロックダウン措置をとる事態となりました。ロックダウンの翌日には大学立ち入り禁止、オンライン授業へスムーズに移行するなど、電子国家デンマークの底力を感じるスピーディな取り組みが目立ちました。
私自身はデンマークがロックダウンする前日に予定通りの留学スケジュールを終えて帰国をしたのですが、今もデンマークに滞在する吉田さんがロックダウン後のデンマークの状況や、まさにこの学生寮ティットゲンで起こった「コミュニティが本当に充実している寮ならではの協力」について書いてくれていました。
興味のある方は是非、読んでみてください。
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