リバースインテグレーションを実現した村 Hertha
デンマークの共創・参加型デザイン #03
注意)この記事は、新型コロナウイルスでデンマークがロックダウンされる以前の2月に訪問した内容をもとに書き起こしています。
本記事は、公立はこだて未来大学大学院に在学中で、現在デンマーク滞在中の岡田 恵利子さんによる寄稿記事です。
岡田さんは、カメラのUI/UXデザイナーを経て、共創・参加型デザインを研究されています。2019年9月より共創・参加型デザインの先進地域である北欧・デンマークに渡り、実践を交えながら現地をリサーチされています。今回の寄稿では、デンマークで見たこと・聞いたこと・感じたことなどを、月に2回のペースでご紹介いただきます。
先日ご報告した 障害者居住施設Sølund(スルン)とはまた別のあり方で、障害者を含めた様々な人が活き活きと暮らす場面にデンマークで遭遇することができたのでご紹介したいと思います。
デンマークの首都コペンハーゲンから電車で約3時間のデンマーク第二の都市オーフスから、さらに車で30分ほどのところにある Hertha(ヘァタ)という場所です。ここに行くために、初めてデンマークでレンタカーを借りました。
Hertha もまた、Sølund(スルン)と同様に豊かな自然に囲まれた土地という印象でしたが、その村の形や成り立ち、そして運営の仕方が Sølund とはまるで異なっていました。
村の広大な敷地には、そこで暮らす人たちの住宅と様々なワークショップ(英語本来の意味の作業場)があり、そこで各々が農業や加工などの仕事をしながら活き活きと暮らしている様子が伺えました。その人に合った意義のある仕事をして良い暮らしを送ることが一番の目的であり、過剰な利益は追求していないとのことでしたが、プライベートな組織・コミュニティとして運営が成り立っていることに驚きを隠せませんでした。
デンマークでも先駆的な共同住宅としての仕組み
ここで暮らしている約150人の住民のうち、23人が学習障害を持っており、その障害を持つ方の多くは親元から離れてここで自立して暮らしているのだそうです。ここの暮らしに魅力を感じる人が障害のあるなしに関わらずここで住宅を借りて生活を営んでおり、まるで昔ながらの田舎の故郷のような、住んでいる人全員がゆるく繋がり助け合う安全なコミュニティとして、日本でいう組合のような仕組みを持つ村になっていました。
Hertha を案内してくれた Allan さんの言葉を借りると、ここは「リバース・インテグレーション(Reverse integration)」を実現した共同住宅 (Co-housing)なのだそう。障害を持つ社会的マイノリティな人を社会へ統合(インテグレーション = Integration)していくのではなく、障害者が暮らす場所に健常者が入っていく逆統合(リバース・インテグレーション = Reverse integration)を試みたデンマークでも先駆的な事例であるということでした。
デンマークではコレクティブハウス(Collective house)やエコヴィレッジ(Eco village)と呼ばれる様々な共同住宅の事例が多くあり、市民が主体となって住まい手自身が自らの住宅や住区を住み良いものにしていく、市民参加(Citizen participation)による住宅運営が昔から盛んだそうです。
市民が主体となった住宅運営の取り組みがデンマークで盛んになった1990年代に、障害のある子どもを持つ家族や住宅運営に関心のある市民が中心となり、障害を抱えた子供たちが将来どのような生活を送っていくのが幸せなのか、自分たちにとってどんな暮らしが理想的なのかということを、約4年の歳月をかけ毎月のように集まって対話を重ねたそうです。そこで考え抜かれた理想の形が、住んでいる人同志で助け合いながら仕事をし、半自立した生活を送ることができる Hertha なのでした。
1996年の設立時、コンセプトに賛同した100人が1人ずつ10,000クローナ(日本円にして約16万円)を出し合い、合計100万クローナ(日本円にして約1,600万円)を元手に農家から土地を買い、その土地に住宅やワークショップ(作業所)の建築をして今の形に落ち着いたという Hertha は、現在も住民からの賃貸料と村仕事から生み出される利益、そして賛同する人からの多額な寄付(2018年で約6,000万円規模の寄付があったそう)で運営が成り立っていて、現在もここへ移り住みたい希望者が絶えず、日々村の拡張を続けているそうです。
ちなみにここに住む人たちは、村の農場で収穫された野菜や、村で生産されている様々な商品や加工品を、無料もしくは格安で手に入れる権利があるとのこと。
質の良い食品を独自に仕入れて販売する小さな共同店舗もありました。店舗といいつつ小さな倉庫のような小屋でしたが、住民だけが持つ鍵で出入りができるようになっていて、用紙に購入したい商品名と名前を記入して持ち帰り、後日口座からまとめてお金が引き落としされる仕組みです。
障害者のためのケア施設ではなく、住み心地の良い村に助けが必要な障害のある人たちが住み、そこにサスティナブルで文化的な暮らしを望む市民が移り住み、彼らの助けを担うという意図的な「リバース・インテグレーション」が実現していました。
そういった住民主体による対話から生まれた「リバース・インテグレーション」の流れと、「シュタイナー教育」で有名なルドルフ・シュタイナーが提唱した人智学(Anthropology)を基盤とした共同体「キャンプヒル運動(*1)」の考えが Hertha には取り入れられているそうです。
(*1) 「全ての人間が持っている、身体特性から独立した健康な心理面を育む」、「各人が労働の利益を主張するのでなく他人に奉仕するようになれば、それが個人の福祉につながり集団の福祉につながる」という考えで障害を持つ人も持たない人も共に人生を共有した共同生活を実践する、1939年にオーストリア人の小児科医 Karl König が創設した共同体で、現在もその思想を受け継いだ多くの共同体が世界中に存在する。
一部重度のケアが必要な人には公的な資格を持つスタッフが行政から派遣されており、それはデンマーク一般の福祉のシステムを利用する形で村が運営されていました。そのケアスタッフには国から給与が支払われるので、村としては住宅とワークショップの運営と管理に集中できるというわけです。また、村以外の人や組織(学校、幼稚園、他の障害施設、建築家など様々)からのボランティアにも支えられているそうです。
朝会から始まる Hertha の日常
この村で仕事がある平日の毎朝8時半に行われているという Morning gathering(いわゆる朝会)に参加させてもらいました。日によって増減はあるものの約30から40の人が円陣になって参加し、その日の仕事スケジュールや予定などを共有します。予定を確認した後は、みんなで歌を唄い一日がスタート、それぞれの持ち場・ワークショップへと移動します。
この朝会には希望すれば誰でも自由に参加できるそうですが、基本はここで働く人が中心となった一日のリズムを作るための定例行事のようです。
「どうしてここに来たの?名前は?」皆さん興味津々で、日本からの見知らぬ来客にも笑顔で優しく迎えてくださいました。どんな田舎や年代でも英語が普通に通じるデンマークでも、ここでは英語が通じない場面も多かったのですが、それでも笑顔は万国共通の言葉だなと心が暖かくなる場面でした。
人が写った状態での写真がNGだったので、朝会後の人が居なくなった後に撮影した写真となりますが、普段は季節に合わせた劇が行われている講堂で朝会が行われていました。ここで行われる劇のための衣装や舞台装飾なども Hertha 内にあるワークショップで制作されていて、その季節ごとの劇には Hertha の住民だけでなく他からもお客さんがやってきて、賑わうそうです。
村に存在する様々なワークショップ
Hartha には、農業、酪農、乳製品加工、パン工場、食品加工、金属加工、編み物・衣料品制作、アート制作、など本当に様々なワークショップ(作業場)があり、その種類も少しずつ増えているとのことでした。
バイオダイナミック農法を取り入れた農業
ビニールハウスや畑では、量は多くはないものの玉ねぎやトマト、ブロッコリーや豆類など多種多様な品種が栽培されていましたが、それらはどれも「バイオダイナミック農法(*2)」を取り入れたものとなっていて、ここでもシュタイナーの考えが強く見られました。
(*2) バイオダイナミック農法(ビオディナミ農法)とは、1924年にシュタイナーによって提唱された有機農法の一種で、畑や生産システムそのものを生きた生命体(オーガニック)であることを意識する。
収穫された玉ねぎや豆を見せてくれました。住民に提供されたり、近隣へ出荷されているとのこと。以前、日本からもボランティアでここの農作業を手伝いにきた人たちがいたとのことでした。
敢えて手作業で行われる少数生産の酪農
酪農エリアには10匹の牛が飼われており、酪農がオートメーション化されているデンマークでは珍しく手による搾乳が行われていました。
牛乳は1リットル14クローナ(デンマークの一般スーパーで販売される牛乳は10クローナ前後なので、少しお高め)で販売されているそう。また Hertha で収穫された野菜や乳製品を使って、近隣の幼稚園向けに約100食の給食を調理して出荷するキッチンもあるそうです。
自分たちの暮らしと社会還元を第一に考える共同体
今回の訪問ではタイミングが合いませんでしたが、毎週オープンカフェも開催されているとのこと。コーヒーやケーキなどの食事とここで制作されたアートを楽しめるというその開かれたカフェには、この環境を見学したいと毎年6,000人もの人が世界中から訪れるそうです。お世辞にも交通の便が良いとは言えないこの場所に、そんなに多くの人が世界中から訪れると聞いて大変驚きました。
近年では、この Hertha の仕組みを参考にして社会が良くなるのならば、と国内の大学と連携してこの村のリバース・インテグレーションの価値について分析をしたり、国際イベントで発表することもあるそうです。
住民や働く人たちが主体となり自分たちの暮らしの質を向上させるために、自分たちにとって楽しく意義のある仕事が重視され、そして決して安価にはならないようきちんと価値づけされて生活が回るお金の仕組みがマネジメントされていました。住民主体で運営されている参加型の合意プロセスがこの村の仕組みを素敵なものにしているのはもちろん、周囲や外部へ自分たちの価値を価値として伝えていこうと発信・公開し続けるオープンな姿勢が、外部との多様で質の高い交流を促し、村のコンセプトやユニークさを日々研ぎ澄ませているのかもしれないと感じました。
最近は規模が大きくなってきて、運営が以前より大変になってきたと話していた Allan さんですが、きっとこれからも住民たちで根気よく対話をし、問題をひとつずつ解決しながら新しい道を見つけていくのだろうと感じました。
最後に、今回は参加型デザインや共創の実践例を現地で感じたいとデンマークまで来てくださったロフトワークの林さんと一緒に訪問しました。引き続き、林さんと一緒に訪問できたデンマークの興味深い事例について記事をアップさせていただきますので、よろしくお願いします。
余談)
Hertha に訪問した約一ヶ月後、新型コロナウィルスによる急な世界情勢の変化でデンマークは3/11に国境を封鎖するロックダウン措置をとる事態となりました。後日 Hertha へ連絡をしたところ、衛生用品や防護具の配備を進めたり、親戚や家族であっても直接 Hertha の住民でない人の出入りを制限していて、通常時よりも静かな時を過ごしているそうですが、村の皆さんは元気に生活を送っているとのことで安堵しました。この世界の状況が落ち着いた時に、再訪問できる日を楽しみにしたいと思います。
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