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細谷 祥央, 浦野 奈美 2022.05.13

バイオに触れる場をひらき、個人の好奇心を社会に接続する
BioClub 細谷 祥央

生物学に関心を持つすべての人々に開かれたコミュニティ「BioClub」では、会社員、研究者、アーティスト、学生など、年齢も所属もバラバラな人々が集い、バイオに対する知識や関心を深め合っています。さらに、BioClubの活動拠点であるFabCafe MTRLには、P1レベルまでの実験が可能なコミュニティラボがあり、生物学実験の機会・設備を提供しています。今回はFabCafeのディレクターで、BioClubのラボマネージャーとしてコミュニティを支える細谷祥央さんに、BioClubというコミュニティがどのように創発的な出会いを生み出し、個人の興味関心を育む場となっているかについてお話を伺いました。

インタビュー・執筆:桜木真理子
企画・編集:浦野奈美(loftwork.com編集部)

桜木 真理子

Author桜木 真理子(リサーチャー)

大阪大学人間科学研究科博士課程。専門は文化人類学。科学技術が人間の生に与える影響に関心を持つ。2020年以降、東京都内を中心に日本国内のDIYバイオ運動に関する調査とフィールドワークを続け、現代の市民科学の変化を、DIYバイオの実践、特に物質性の面から探求している。2022年2月末〜5月にかけては、BioClubの提携コミュニティであるオランダのWaag Societyが提供する集中プログラム「BioHack Academy(BHA)」の参加者の一人となり、多様なメンバーと共にDIYと実験に没頭した。富山育ち、京都在住。好物は刺身と茶碗蒸し。

非合理的なモチベーションで結びつくコミュニティ

—— BioClubは、2016年にFabCafe Tokyoの2Fにオープンしました。BioClubは、それまでバイオテクノロジー領域に触れていなかった人も含め、市民に開かれた実践型かつ実験的なプロジェクトとしてスタートしましたが、このコミュニティの立ち上げから運営をになっているキーパーソンがBioClubのファウンダー、ゲオアグ・トレメルさんです。彼についてまず教えてください。コミュニティにとって彼はどんな人だと言えるでしょうか。

細谷 ゲオアグさんは本当に重要な人です。彼に会いに行けば、何か面白いことを教えてもらえるというか。そういう期待感がありますね。色んなことを知っているし。

—— 色んな人と知り合いですしね。

細谷 そうそう。ゲオアグさん目当てに人が集まって、それと一緒に物や情報も集まってくるし。彼が知り合いの人を呼んできてイベントをするよとか、あの人が求心力になっているので。なんかコミュニティって、ゲオアグさんみたいな、正直言ってすごく非合理的な存在が必要だなと思います(笑)。不思議な人なんですけど、あの人がいるからBioClubがあるっていうところは本当にあると思うんですよね。みんながなにかしらゲオアグさんっぽくなればいいなとは思います。Shojinmeat Projectの羽生雄毅さんも自然にそれをやられている。羽生さんも、細胞培養という一つのテーマがあって、色んな人を呼び込んで活動しているし。ゲオアグさんや羽生さんのような人がいっぱいいると、すごくコミュニティは活性化するなと思っています。

——言いたいことは分かります。巻き込み力みたいなのが大事というか。

細谷 そうですね。BioClubで活動している方は、ここのラボで実験をされているんですが、その内容は、趣味的なものなんですよね。そういう、自分が本当に興味がある領域で活動してる方々は、側から見れば「えっ、そこまでするの?」って思ってしまうような、経済合理性や効率性みたいなのが通じない方々なんです。BioClubは、みなさんそれぞれ異なる非合理的な理由がモチベーションになっていて、それらが集積していってコミュニティになっている感じ。これがコミュニティにとってはすごく必要なんだろうと思います。集まりやすい場所やツールが集まっている場所があると、そこにみんなが集まってきて、もっと大きなものになっていくんじゃないかと思います。さまざまな人が求める基礎的な実験ツールの上に、ひとそれぞれの様々な関心が混ざっているのが、BioClubのなりたいプラットフォームかなと思っています。

BioClubファウンダーのゲオアグ・トレメル(中央)。アーティストの視点から、アウトプット自体へのアドバイスはもちろん、電子工学や生物学の知識や経験をベースにした実験の具体プロセスへのアドバイスまで、幅広くBioClubのメンバーをサポートしている。

——DIYバイオやファブカルチャーでは「オープン性」や「透明性」が重視されています。それらについてはどう思われますか。これは私がゲオアグさんから聞いたことですが、自分たちのしていることを公開することによって、思わぬところから声をかけられるなど、新しい出会いが生まれていくところが重要だと彼は話していました。

細谷 そうですね。公開することは大事です。ひとつ例を出すと、北海道の円山公園を毎日散歩していたおじいさんがいて、その人は散歩中に見つけたナメクジの数やその日の天候を毎日欠かさずノートに記録していたんですけど、それを誰にも見せたことがなかったんですよ。でも、ひょんなことから大学の生物学研究者がその記録の存在を知ることになり、貴重な統計資料として研究に役立てられたんです。このように、個人が趣味として続けていたことが大きな発見につながることもあるので、それをいかに公開するかを手伝うのも重要だなと思いました。

それに、オープンにして公開するとか、みんなに共有するって楽しいんですよね。僕はここでコミュニティやラボを管理している立場ですが、「バイオのことは全然知らないけれど興味はある」みたいな人がよく来るんですよ。僕自身が彼らに話せることは、生物学を学んだ人なら誰でも知ってるようなごく普通のことなんですけど、それに対して「そうなんですか!?」とか、「え、面白いですね!」みたいな反応をもらえると、すごく気持ちよくて(笑)。そして、多様な人が集まれば集まるほどお互いにその感覚になりやすい。それぞれ微妙にやっている得意とすることが違っているので、それぞれ教え合って、それぞれが小さくみんなの役に立っている、みたいな感覚があることは、とても精神的に健全だと思うし、楽しいし、豊かになる。そういうのを味わいに来るのもぶっちゃけありだとは思うんですよね。

 

BioClubの活動で大事にされていることのひとつに、実際にラボに集まって活動することがある。それぞれの研究内容をシェアしたり、仲間同士で教えあったり、時にチームで活動することで、それぞれの領域を超えて知的好奇心や発見を共有し、活動が活発化していく。左の写真はメンバーで協力しながらPCR機を作っている様子。右の写真は、3Dモデリングが得意なメンバーが他のメンバーにレクチャーしている様子。(Photo by Georg Tremmel)

おじいちゃんおばあちゃんも来て研究ができるような場に

—— 以前、小説家の森博嗣さんが論じていた「ホビイスト」について、興味深い話をしていましたよね。改めてお伺いしてもいいですか?

細谷 森博嗣さんは、「ホビー」という言葉は日本では「趣味」と翻訳されるのが一般的ですが、厳密には「個人研究」と訳すべきだと言っていて、面白いなと思ったんですよね。日本では「趣味」、「娯楽」、「遊び」などの表現がごちゃごちゃに認識されていて、それでもあまり違和感ないと思うんですが、英語の「ホビー」という言葉は、もっと個人的な興味をひたすら探求するみたいな意味合いが強いらしいんです。さらに、ホビーにおいて重要なのが、今までに誰も知らなかったことを知るとか、誰もやったことのないことをやるってことだと話されていました。

——まさに研究ですね。

細谷 そう。新しいなにかを創造することがホビーの一つの重要な条件なんです。新しい知識を得たり、誰もやったことのないことを作ったり調べたり、探求したりすることが、その人の品格とか品位、徳を作るみたいな意味合いが英語圏のホビーという言葉にはあるとのことでした。

——教養的な要素があるんですね。

細谷 そうですね。教養的な自由な探求。だから森博嗣さんはホビーとは個人研究なんだと主張しているわけです。だから、最初の話に戻りますが、やる意味がないようなことだけど面白いことってたくさんありますよね。世の中って不思議なことだらけなので。それを自分なりの方法で見つけたり調べたりするっていうのは非常に重要だと思うんです。ただそのためには調べる対象をまずは見つけることが大事で、それは個人のクリエイティビティだと思うんですよね。「猫って右利きなんかな?」みたいなとか。

——あはは、その問いは面白いですね。考えたこともなかったです!

右から、細谷と筆者の桜木

細谷 世の中には知らないことが無限にあるので、それをどうやって見つけるか、どうやって調べるかっていうのも個人のクリエイティビティだと思います。ただ、それをオープンにしなければ個人の活動で止まってしまうので、それではもったいない。なぜなら、分かったことや新しく見つかったことを世の中に発信したり公表したりすることによって、世の中全体の知識の量がちょっとずつ増えるわけじゃないですか。個人的な好奇心をきっかけに探求を行い、社会にシェアしていくときに、科学というのはひとつの共通言語やツールになります。特に生物学において必要なツールをここで提供できるようにしたいと思っています。それらは実験のための設備ももちろんですが、実験したことを一緒に公表する仲間や、プラットフォームとして発表する機会、ワークショップをする場所も含まれます。これらはつまり、個人のクリエイティビティを社会的なものにすることと同義だと思っています。なので、たとえばリタイアして趣味に没頭している年配の方などにもぜひ来てほしいと思いますね。

——それはとてもいいですね。これは私の意見なんですが、FabCafeの中でワークショップやトークイベントをやることも新しい人を呼ぶために大事だと思うんですけど、もっと幅広い世代層に知らせたいなら、外に出ていくとか、実際にBioClubが野外で何かしてるところを見せちゃうっていうのはどうでしょうか。

細谷 そうですね。歩いていって(笑)。

——出張版BioClubみたいな(笑)

細谷 リヤカーとかいいですね(笑)。実験カーみたいなやつ(笑)。

——実現できたら面白いかも。出張BioClub、やりましょう!

屋外でサンプルを集めている様子。地元の方々が声をかけてくる。

個人研究を社会に発信する

細谷 繰り返しになりますが、個人研究の発見をその人の中だけにとどめちゃうのは非常にもったいないですよね。個人の発見から広がっていくことはたくさんあるので、自分の見つけたことは出していったほうがいい。ただ、社会から受け入れられるためには、お作法というか、一応の形式やルールがあるので、そういうことをまずは知っておくというのも大事です。たとえば、論文という形式は、自分が調べたことや、これはたぶん自分以外誰も知らないだろうなということを体系化して世の中に出すことです。科学論文は、誰もが参照できる一定のルールがあるので、それに則って世の中に出したほうが知識を共有しやすいですよね。それに、論文を一回でも書いたことがあるという経験は、きっと何歳になっても活きる気がします。ある意味で、在野研究に近いと言えるかもしれませんね。

——市民の人がここで論文を書けたらいいというお話は非常に興味深いです。一方で、ここでアート作品を作っていたり、論文には繋がらないような実験をしている方もたくさんいるじゃないですか。バイオと名のつくものをみんなやっているけど、アウトプットの仕方はなんでもいい気もします。何でもできて、色んな回路に通じるっていうのも、このコミュニティの役割なのかなって気がしてるんですよ。

細谷 そうですね、それもやっぱり、色んな人がいるからできることなんじゃないかなぁと。

—— たとえばBioClubでは、アーティストと会社員が偶然出会ったりしますよね。普段は関わる接点が無い人たちが、なぜかここで出会ってしまい、そして生物学やバイオアートを互いに知るきっかけになっていくという。それは面白い出会いだなと思います。

細谷 そうかもしれない。ただ、「ここでアートをするぞ!」とか「科学をするぞ!」っていうモチベーションもちょっと違う気がします。それはあくまでカテゴリの名前に過ぎないので。それよりも前に、あなたの知りたいことは何ですかっていうのが大事だと思うんです。具体的な関心や活動を原動力に何かを追求して、最終的にそれを社会に発信して、周りから反応や評価を受け取れるようにするのが重要だと考えています。論文はもしかすると言い過ぎかもしれないけど、せめて文字化した形で発信できるとよいですね。

BioClubファウンダーのゲオアグ・トレメル(左奥)、ラボマネージャーの細谷祥央(右奥)、筆者の桜木真理子(右手前)。Bio Hack Academyのミーティングにて。

興味関心を実験する場としてBioClubがある

細谷 よく、サイエンス・コミュニケーション的な文脈で「生物学を知ったら人生豊かになりますよ」とか「世界の解像度が上がりますよ」といったメッセージが発信されることがあるけれど、僕はあまりそうは言いたくないですね。もちろん科学っていうのは世界を細かく分解して、体系立てて理解できるようにはなるので、科学をやることも良いと思う。でも、文学でも何でも、世の中に面白いものはたくさんあるので、生物学をやる理由も自分で見つけないといけない気がします。

—— こっちから宣伝するんじゃなくて。

細谷 そう、自分で見つけてほしいなあとすごく思いますね、むしろ見つける上で重要なのは、自分は、己の心が原因で内側から湧いてくる喜びと楽しみのために、生物を学び探求したいんだ、ということに自尊心を持つことだと思います。この自尊心の輝きが、さっきの、側からみたときの非合理的なモチベーションに見えるわけですね(笑)

逆にいうと、ゲオアグの元に色んな人が魅力を感じて集まるのは、彼の自尊心が枯れることなくあり続けるためではないでしょうか。この状態になればもはや個人研究に関しては最強で、それをする理由などは後からいくらでも、TPOに合わせて(建前的にも)説明できるようになると思います(笑)

——BioClubに来ている人と話しても感じることなんですが、彼らは別に、生物学を自分の役に立てたいとか、社会の役に立てたいとか、そういう動機で来ているんじゃなくて、「たまたま面白い本を読んで、生物学って面白そうだなと思ってきました」とか、「知識はないけれど、生命とかそういうものに漠然とした興味があって、でもそれを追求する方法とかきっかけが分からなかったから来ました」という人が多くて。でも、役立つことや社会的意義を前提に話を始めちゃうと、視野や可能性をすごく狭めてしまうから。そういう漠然とした興味で最初はいいんじゃないかなと私も思います。

細谷 そう思います。個人単位で見たときの動機と、それらを総合して抽出したときの理由や意義って全然違って見えるから。ただ、自分だけを満たそうと自己満足的な探求を始めていくんですが、それをするために何かを使ったり調べたりしていくと、それらはすべて自分以外の人の成果の積み重ねであることに気が付きます。自分のためのことですら、他人がいないとできないということに気がつくんです。そうすると、自分だけではなく、他人に目がむき始めます。それを世の中に出したらどうなるんだろうって、例えば誰か喜んでくれる人がいるかなとか、得られた知識とかを世の中に活かせないかなって発想に徐々に切り替わってくるはずなんですよ。

その過程を踏むことがすごく重要で。それは、エゴがクリエイティビティになっていって、どんどん社会性を持ち、社会的な価値になっていくということだと思うんです。その一連をサポートするなど、必要なプラットフォームとなるのがFabCafeやBioClubのミッションだと思うんです。そして個人のクリエイティビティが、どんどん全体が喜ぶ形になるように手を加えていく、みたいなのが必要だよなぁと思っていて。BioClubはそういうところですね。

——ここでラボマネージャーをするなかで、細谷さんにとって一番楽しいと思うことは何ですか。

細谷 僕はずっと、個人的な興味がどう育っていくのかにすごく興味があります。その人の研究内容自体じゃなくて、「俺これ好きなんでこれやってるんですよ」という、その訳のわからなさの背景がすごく好きなんです。FabCafeやBioClubはそういう人が多いので、彼らを側から見てるのが面白いです。で、自分だったらどうかなって考えるのが好きですね。

—— 細谷さんの場合、それは怪獣ですよね。

細谷 そうですね、バイオじゃない(笑)。最初はバイオに関心があると思ってたんですが、あとから怪獣だってことに気づいた。最近は熱海怪獣映画祭に実行委員として関わっています。怪獣って色んな映画で見ると思うんですが、生き物だなってなんとなくわかりますよね?

—— そうですね(笑)。

細谷 すごく不思議ですよね。正体不明なんだけど、これは多分生き物だなって我々はぱっと見てなんとなく理解するわけですよね。ゲームに出てくるような見たことのない形や動きの怪獣でも、生き物らしさ/らしくなさを何となく分けられるじゃないですか。僕はそこの差がどこから出てくるんだろうっていうのに興味があって。色んな空想上の生き物などをたくさん調べています。生き物を感じる原因がどういうところにあるのかを考えるのが僕の個人研究です(笑)。

—— まさにホビーですね(笑)。

細谷 僕が怪獣の世界に進んできたのも、自分自身の好奇心の方向に行っただけです。だから、バイオがいいかもと思って研究していたものの、実は本当の関心は怪獣だったみたいなことも起きているわけで。BioClubもそうで、活動していた人がBioClubを出ていっても全くいいんですよね。そういうふうに、自分の興味関心を試しながら、自分が豊かになる暮らし方や物事との関わり方を自分で発明してほしい。ここで実験をしてもいいし、やめてもいいし、FabCafeのスタッフのように中の人になってもいいし。そういう人を応援したいと思っています。自分の興味関心を試せるこういう場所は必要な気がするんですよね、絶対。世の中のどっかには必要な気がするので。だから僕はBioClubがここにあっていいんだなと思っています。

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