「冒険できるプロジェクト」をつくるには?—Creative Black Box
想定外を恐れず、挑戦するためのチームづくりとプロジェクト設計
クリエイティブディレクションという仕事の中から、未知の領域で創造するための「思考」と「手立て」を紐解くディレクター対談シリーズ「Creative Black Box」。今回は、前回に引き続き、クリエイティブディレクター 飯沢未央(いいざわ・みお、通称イイミオ)と桑原季(くわばら・みのり)が、対話しました。
イイミオさんは、ロフトワークで働きながら、プライベートではアーティストとして精力的に活動しています。彼女が手掛けるプロジェクトの空気は、例えるならば、参加した全員がくつろぎながら楽しめる「ホームパーティ」のよう。メンバーそれぞれが安心して自分らしくコラボレーションできるプロジェクトの「場」を作るイイミオさんと、予測不可能なプロジェクトを推進するためのチームづくりや、壁ができたときの乗り越え方、PMの重要性などについて語りました。
執筆:佐々木 まゆ
イラスト:野中聡紀
編集:loftwork.com編集部
登場する人
桑原 季(みのり)/ クリエイティブディレクター。地域産業のブランディングから企業のサービス開発プロジェクト、官公庁によるリサーチプロジェクトなど、多様な領域のプロジェクトで活躍。また、プライベートでは映像作家、ペインターとしても活動する。本対談の企画者。
飯沢 未央(イイミオ)/クリエイティブディレクター。水族館の展示企画から地域産業のブランディング・PR、大学のWeb制作まで幅広いプロジェクトでディレクションを担当。プライベートではアーティストとして、バイオアート作品の制作やブックフェア「TRANS BOOKS」の企画・運営を手掛ける。
Creative Black Box 対談シリーズ
- 「最高の仕事」を導くコミュニケーションとは?(山田麗音×桑原季)
- クリエイティブの「品質基準」は、どこにある?(山田麗音×桑原季)
- 他者との「幸福な協働」を実現する、コンセプトのつくりかた(飯沢未央×桑原季)
「いい対話」ができるチームをキュレーションする
みのり: イイミオは、一緒に仕事をするクリエイターとの信頼関係が深い、という印象があります。クリエイターとチームを組むときは、どんなことを意識しているんですか?
イイミオ: キュレーターのような視点でクリエイターを選ぶことかな。いつもプロジェクトのテーマと相性が良さそうなクリエイターを2、3人イメージするんです。一緒に制作したらどんな会話ができるとか、アウトプットの方向性はこうだろうなとかを頭の中で何パターンかシミュレーションしながらプロジェクトチームの構成を考えます。
そしてそれぞれ選んだクリエイターがチームとなって組み合わさった時にどんなコミュニケーションやアウトプットが生まれるか、一番面白くなりそうな組み合わせを考えます。また、クライアントの担当者の方とこのクリエイターが対話すると、おもしろい掛け合いが見られそうだな、ということも期待しています。パズルのようにピースを探してはめてる感覚です。
みのり: クリエイターに仕事依頼の連絡をするときに、心がけていることは?
イイミオ: ごく基本的なことですけど、相手がこのプロジェクトに関わって楽しめるポイントと、なぜお声がけしたのかについては意識して伝えますね。クリエイターのポートフォリオやSNSでの投稿などは事前に調べて、これから依頼する仕事がその人の得意領域や関心事に通じていることを伝えています。「だから、このプロジェクトにはあなたが必要なんです」をきちんと伝えるのは大切ですよね。
みのり: 相手がその仕事をどうとらえるのか、どこで「おもしろそうだな」と感じるかを想像するんだね。
イイミオ: 基本的に、自分のネットワークとつながりのあるクリエイターをアサインすることが多いです。ミーティングはもちろんですが、雑談も含めて対話しているシーンをイメージできる人と仕事したいんですよね。人となりを知っていると、その人の思考も想像しやすいじゃないですか。その方が、プロジェクトの質をより深めることができるんです。
みのり: 確かに、クリエイターの特性と人となりの両方を理解した上でアサインしていればお互いに齟齬が生まれにくいし、プロジェクトの中でも冒険しやすい。ところで、イイミオはよく「クリエイターが(プロジェクトに)ハマった」という言い方をするよね。実際に、これまで「これはハマった!」と思えるようなプロジェクトはありましたか?
イイミオ: いろいろありますよ。SUWA Design Projectもうまくいったなと思いますし、東京芸術祭特別公演『ファンタスティック・サイト』の広報ツール制作もそうでしたね。このプロジェクトではWebサイトとフライヤーを制作しました。
みのり: 『ファンタスティック・サイト』のWebサイトは、開いたときにインパクトがあるよね。でも、芸術祭関連のWebサイト制作は作品の世界観を捉えるのが難しそう。
イイミオ: そうですね。プロジェクトオーナーだった、東京芸術祭の総合ディレクター・宮城聰さんは、日本の演劇界全体の底上げに尽力されている方なんです。その中でも、本公演はインバウンド向けに日本で生まれたパフォーミングアートである「舞踏(Butoh)」の魅力を伝えることを目的としていました。
このプロジェクトでは、とにかく面白い動きを出すWebサイトを作りたくて。だからWebデザイナーは、Webデザインとコーディングの両方を得意としている、HAUSの竹田大純さんにお願いしました。竹田さんはご自身でも演劇を見に行かれますし、HAUSは展覧会や演劇に関する案件をよく引き受けています。さらにご自身も仕事以外で表現活動をされているので、アートに対する理解が深く、「ファンタスティック・サイト」の趣旨もちゃんと理解してくれそうだなと。
さらに、竹田さんにどんなグラフィックデザイナーと組むと良いか相談した際に、アートディレクター・デザイナーのstudio pt 中澤さん、中西さんを紹介していただき、キービジュアルを担当してもらいました。結果、プライベートでも仲良くさせてもらっているメンバーが集まり、楽しく進めることができました(笑)。
みのり: メンバー間で作品に対する共通認識がある状態だと、コミュニケーションがスムーズになるよね。
イイミオ: そうそう。このプロジェクトでは、宮城さんの発想を捉えるのがなかなか面白くも、大変だったんです。宮城さんは、最初のクリエイティブコンセプトの提案もそうですし、デザインの提案の際も、私たちが「これは絶対に選ばないだろうな」と思う案をいつも選んでくるんですね(笑)。
先の予測がつきづらいプロジェクトでしたが、メンバーそれぞれが舞台や芸術に対する理解が深く技量も高いチームだったので、コミュニーケーションの齟齬もなく円滑に進みました。宮城さんも、最後は完成したクリエイティブの仕上がりを喜んでくれました。そういう意味で、このプロジェクトはクリエイターが「ハマった」なと。私自身も途中のコミュニケーション含め、面白がって取り組めました。
つまずいたら視点を変え、突破口を作る
みのり: 話を聞いていると、イイミオはクリエイターのネットワークが広いなって思う。学生時代からの繋がりなの?
イイミオ: 大学院を卒業してから、自分が何をすべきかをめちゃくちゃ模索してた時期があって。Maker Faire Tokyoやニコニコ学会のコミュニティに首を突っ込んだり、演劇・パフォーマンス系の制作のお手伝いしたり、とにかく多方向に顔を出していて。いろんなところで「仕事手伝わせてください」って言ったり、作品発表したり。当時を思い出すと体調悪くなります(笑)。
みのり: 今のクリエイターのネットワークは、そのときの行動力の賜物なんだね。アーティストとして活動するときも、仲間と一緒に理想のものを形にしている印象がある。
イイミオ: ロフトワークのみんなとの時間もおもしろいけど、クリエイターのネットワークの中ではまた違うテーマや話題で盛り上がれる。両方あることで良いバランスになっていると感じています。
みのり: クリエイターコミュニティの中では、いつもどんな話をしているの?
イイミオ: たとえば、2017年から「TRANS BOOKS」というブックイベントの企画と運営をやっているんですが、そのチームの中ではよく「なぜTRANS BOOKSをやるのか」という話をよくしているかな。会社や組織とは違って、こういった活動は自分たち自身でモチベーションを保ったり、行動のきっかけをつくっていく必要があるんです。常に「なぜやるのか」を考えているから、仕事のときもコンセプトを重視できているのかもしれないですね。
みのり: なるほどね。個人活動で積み重ねた思考が、ロフトワークでの仕事のスタイルにも影響を与えているのか。
イイミオ: そうですね。「コンビニやスーパーなどで販売されているチキンのジェンダー」について問うことをテーマに行った『the Male or Female』というアートプロジェクトでは、「最初のアイデアで進めることができなくても、突破口はつくれる」という学びがありました。
当初はチキンのDNAから元の鶏の3Dモデルを作ろうとしたんです。人間のDNAから具体的なモデリングをすることは可能なので、きっと鶏でもできるだろうと。でも、専門家の方に相談していくうちに、鶏のDNAのデータベースは人間ほど充実したアーカイブがないことから、実現が難しいことが判明してしまって。
ただその代わり、識者としてアドバイスを受けた大学の先生から鶏のDNAから性別は判定できるという話を聞いたんです。そこで、チキンのジェンダーを考えるというコンセプトに切り替えました。生物の性別を考えることはごく当たり前のことだけれど、食品としてのチキンの性別はどこか無視されている感じがある。これは、盲点であったなと。その盲点を突くプロジェクトにしようと方向転換しました。
みのり: そうやって、別の文脈を見つけて大胆にコンセプトを切り替えられるのは、アーティストらしい所作なのかもしれないね。
イイミオ: そこから2年がかりで様々なチキンのサンプルからオスメスを調べる実験を行って、その過程と結果、サンプルのチキンのオスメスの判定結果を記した写真集とコンセプトブック、実験ノート3冊をまとめたブックセットという形で発表しました。
科学的な理由から、当初やりたかったこととは別の実現可能なプランを考える流れとなりましたが、その過程を含めて面白い作品ができたと思います。この経験から、まずは手を動かすことは大事だなと。色々な想定をしていても、実際に形にしていく段階で何かしら想定と異なることは起こるじゃないですか。そこからポジティブに考えるということに意義を感じます。それに、想定していたことができなくても、最初のアイデアに固執せずに「だったら、視点を変えよう」と思えるようになりましたね。この姿勢はディレクターの仕事でも同じです。
みのり: プロジェクト中に想定外の変更が起こったとしても、そこからまた新しい方向性を見いだせるんだと解っていれば、怖くないよね。
常識や思い込みを外し、課題解決に向き合う
みのり: ロフトワークでの仕事ぶりを見ていると、イイミオはプロジェクトマネージャー(以下、PM)に徹しているなという印象が強くあります。PMの鑑だよね。
イイミオ: そう思ってくれていたんだ! 嬉しいなあ。
みのり: 僕はイイミオが個人的にいろんなアートプロジェクトをしていることを知っていたから、きっと自分が実現したい世界観を押し通すようなスタイルでディレクションするんじゃないかなと予想していたんだよね。でも実際に一緒に仕事をしてみると、クライアントとクリエイター両方の「やりたいこと」を汲み取りながら、丁寧にプロジェクトを進行している。
イイミオ: ありがとうございます。私自身、ロフトワークに入って「プロジェクトマネージメントって大事なフレームワークなんだな」って思ったんです。ロフトワークでは、ディレクターがそれぞれのプロジェクトに理論的に、またストイックに向き合う。その精度を高めることが、良いクリエイティブに直結しているのを実感しますね。
みのり: たしかに。僕もやっぱり、いいアウトプットを作る人が、どんなプロセスをふんでいるか気になる。まさにこの対談企画の目的だよ!
イイミオ: (笑)。ロフトワークでの仕事は、本当に学びが多いですよ。最新のツールやフレームワークがどんどん入ってくる。それを知識や情報として扱うだけではなくて、PMとして実践しながら使っていけるよね。
みのり: よりよいアウトプットをつくるために、みんな真剣に勉強して向き合っているよね。
イイミオ: やっぱり私もダサいものは作りたくないし、スケジュールも守っていきたい。「そこは絶対に死守」というのはありますよね。
みのり: 他にも、仕事をする上で大切にしていることはある?
イイミオ: 「然るべき論」じゃないものをつくっていきたい、と思っています。常識とか当たり前の範疇でプロジェクトを進めるんじゃなくて、自分が素直に面白いと思えるものや、時代性を汲み取って新しいことを取り入れながら、少しでも誰かや何かをポジティブな方向に持っていけるものを世に出したいんです。
みのり: 「然るべき論」というと?
イイミオ: アイデアを出すときに「無意識に何かに囚われていないか」という疑いは持つようにしているかもしれない。例えば、「ロフトワークだからこうしなきゃいけない」と思っていないか、自分を客観視するようにしています。
みのり: 僕たちがプロジェクトを始めるときに、必ず「プロジェクトマネジメント計画書」を作成してプロジェクトのゴールを定義するよね。あえてPM1年生的な質問をすると、計画通りに進行しようと凝り固まってしまった場合、ともするとプロジェクトマネジメント計画書が「然るべき論」的な存在になってしまうこともあるんじゃないかな?
イイミオ: プロジェクトマネジメント計画書は、プロジェクトを進行管理するために書かなければならないものというよりも、良いアウトプットを出すための計画を記すものだと思っています。どこに進んでいるのか、目的や目標をクライアントと共通認識を持つためにも必要だし、迷ったときに立ち帰れる場所があるというのは心強いですよね。
みのり: そうだよね。共通のゴールやルールが明確に設定されているからこそ、自分たちが今正しい道中にいるかどうかの判断ができるし、僕たちディレクターにプロセスをどうデザインするか裁量を任せてもらえる。それに、プロセスの中に偶発性や寄り道などを取り入れながら、面白いこと・チャレンジングなことに取り組める。どうせなら、クライアントもクリエイターも、そして僕たちも、思い切り楽しめるプロジェクトをデザインしたいよね。
今日は、お話できてよかったです。ありがとうございました!
イイミオ: こちらこそ、ありがとうございました。
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