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桑原 季, 飯沢 未央 2021.03.17

他者との「幸福な協働」を実現する、
コンセプトのつくりかた—Creative Black Box

チームのモチベーションを高めるのは、「安心感」と「ワクワク感」

たえず変化しつづける不確実な時代。今、業界や業種を問わず、あらゆるビジネスにおいて他者と価値共創することが求められています。そこで重要になるのが「多様なバックグラウンドを持つ人々が活躍できるチームづくり」です。

では、どんな人たちとどのようなチームを組めば、ひとりひとりが力を発揮し「良い化学反応」を生み出せるでしょうか。それには、緻密な計画を立てることとは別のところにも、秘訣がありそうです。

クリエイティブディレクションという仕事の中から、未知の領域で創造するための「思考」と「手立て」を紐解くディレクター対談シリーズ「Creative Black Box」。今回は、クリエイティブディレクター 飯沢未央(いいざわ・みお 以下イイミオ)と桑原季(くわばら・みのり)が、「多彩なメンバーによる共創を実現するためのディレクション」について語りました。

イイミオさんは、ロフトワークで働きながら、プライベートではアーティストとして精力的に活動しています。彼女が手掛けるプロジェクトの空気は、例えるならば、参加した全員がくつろぎながら楽しめる「ホームパーティ」のよう。メンバーそれぞれが安心して自分らしくコラボレーションできるプロジェクトの「場」は、いかにして生まれるのでしょうか。今回は地域のブランディングプロジェクトSUWAデザインプロジェクトのクリエイティブディレクションを紐解きながら、その秘密に迫ります。

執筆:佐々木 まゆ
イラスト:野中 聡紀
編集:loftwork.com編集部

桑原 季(みのり)/写真左。クリエイティブディレクター。映像作家、ペインターとしても活動する。本対談の企画者。>Profile

飯沢 未央(イイミオ)/写真右。クリエイティブディレクター。水族館の展示企画から地域産業のブランディング・PR、大学のWeb制作まで幅広いプロジェクトでディレクションを担当。プライベートではアーティストとして、バイオに関わるアートプロジェクトの立ち上げやブックフェア「TRANS ART BOOKS」の企画・運営を手掛ける。 >Profile

困難な状況だからこそ、立ち止まらない

みのり: 2020年はコロナの影響で、地域に携わるプロジェクトにとっては難しい1年になったと思います。その中でも、イイミオが担当した長野県諏訪市の地域産業ブランディングプロジェクト「SUWAデザインプロジェクト」は、地元の事業者の方やクリエイター、公立諏訪東京理科大学の学生の皆さんも巻き込んで、地元でも注目されるプロジェクトになったね。

イイミオ: SUWAデザインプロジェクトは2016年のスタート以降、これまで諏訪市のものづくり産業の魅力を地域の内外に向けて言語化し、事業者の方たちが共創できる素地を作る取り組みを続けてきたんですね。

私は、2019年にSUWAデザインプロジェクトの活動を発信するWebサイトのディレクションを担当しました。サイトを公開して、「2020年はもっと魅力的な動きを作っていくぞ!」というタイミングだったんです。今まで良い流れができていたので、コロナ禍でもなんとか踏ん張ってプロジェクトができたらと思いました。

そこで、2020年は「なぜSUWAデザインプロジェクトをやるのか?」という意識をより強く持つ必要があるのではないかと考え、コロナ禍で苦しい今だからこそ創造し続ける意義を伝えるためのステートメントを作りました。

2020年のプロジェクト始動時に、諏訪市とプロジェクトメンバーに共有したステートメント

みのり: 今立ち止まるのではなく、長い目で見たときに「プロジェクトを続けなければならない」という共通認識をつくることから始めたんだね。

イイミオ: コロナ禍の影響でみんなネガティブになりがちだったので、自分たちの住んでいる諏訪に対して誇りや希望を持てるきっかけになるプロジェクトにしたいと思ったんです。ステートメントを共有したことが、クライアントを含めたプロジェクトメンバーが情熱を持ってプロジェクトに参加するためのベースになったのではないかなと思います。

みのり: みんなの士気をあげるためにも、必要なことだったんだね。

コンセプトを起点に、みんなの「やりたいこと」を引き寄せる

みのり: 地域に携わるプロジェクトでは、クライアントだけじゃなく、地元の事業者の方たちやクリエイターなどいろんな人が関わるよね。こういうプロジェクトを進行していく上で、イイミオが一番大事にしていることってなんですか?

イイミオ: 地域に限らずどのプロジェクトでもそうですが、「なぜやるのか」といったプロジェクトの軸となるコンセプトをしっかり考えるようにしています。以前、 Make: Tokyo Meeting(現:Maker Faire Tokyo) を立ち上げた編集者の船田戦闘機さんが、「良いコンセプトがあると、自然に人が集まってくる」ということをおっしゃっていて。私はその言葉を信じていて、どんなプロジェクトでもコンセプトにはこだわるようにしていますね。

みのり: 僕もいくつか地域に関わる案件を担当してきたけど、プロジェクトのコンセプトが地域にとってどのぐらい先を見据えたものなのかという点は、すごく意識するよね。今年のSUWAデザインプロジェクトはどうだったのかな。

イイミオ: 今年は、未来につながるような取り組みをやりたいなと。そこで、若い人たちを巻き込むことフォーカスしました。地元の事業者の方にインタビューしたときに、「新しいことにもチャレンジしたいけど、未来を担う若い人たちに、事業の魅力を伝える取り組みもやりたい」と仰っていて。実は、事業者の方たちは自分たちの経験を人に教えることが好きだということもわかって。私自身も以前から「教育」というテーマに関心がありました。それで、諏訪市の方が公立諏訪東京理科大学の先生や学生さんたちを繋いでくださって、一緒にプロジェクトをやろうと。

みのり: それで制作したアウトプットが、「諏訪市の事業者の新規事業企画をラップで紹介する動画」だよね。突飛な企画で、イイミオにしかできないなと思いました(笑)。どんな経緯でこの動画をつくることになったんですか。

イイミオ: 「未来の諏訪で実現したい、ワクワクする企画を発信する」というテーマで、地元の大学生と行うプログラム案を諏訪市に提案したんです。「事業者の魅力を伝える紹介動画を制作する」「参加者と事業者がコラボレーションして新規事業を企画する」「事業者訪問ツアーを企画する」という3つ。ここから1つ選んでもらおうと提案したら、諏訪市の担当の方が「事業者の動画を作って発信したいし、新規事業を考える企画も実施してほしい」と。

みのり: 1つじゃなくて、2つをやりたいと?

イイミオ: そう(笑)。でも、それを聞いて「やれるんじゃないかな」って。事業者の魅力になる動画コンテンツを作りつつ、新規事業の企画も組み合わさる良い落とし所を考えてみようと思ったんです。

みのり: もりだくさんな要望に、怯まない姿勢がいいね。

イイミオ: 考えたことはWebサイトに新規事業の企画書をPDFで公開しても、あまり閲覧されないだろうなと。動画なら誰でも気軽に見れるよね、と。だから動画制作と企画を合わせた「新規事業の企画書動画」を作りましょうと提案しました。もちろん根拠として、動画で企画を発信するメリットを考えてのアイデアですが。

みのり: 「企画書動画」って、初めて聞く言葉だよ(笑)。

諏訪のケーブルテレビで放映された、最終発表会の様子。映像作家のくろやなぎてっぺいさんが作成した動画フォーマットにあわせて、公立諏訪東京理科大学の学生さんが作った企画書動画も見ることができる。

イイミオ: 映像作家のくろやなぎてっぺいさんに、今年度のSUWAデザインプロジェクトの動画フォーマットを作っていただけないか相談したんです。彼が、東北大震災をきっかけに被災地の皆さんと一緒に制作した『あいうえお作文RAP』の映像シリーズがすごくよかったから。諏訪の学生たちとも、絶対に良い形でコラボレーションできそうだと思いました。

くろやなぎさんからのお返事は、「ちょうど、パワポ(Powerpoint)で動画を作るのをやってみたいと思ってたんだよね」と。「本当に?」ですよね。まるで「引き寄せの法則」じゃないかって。

くろやなぎさんには、学生が制作する企画書動画の「型」を考えてもらったんです。タイトルのデザインとか、動画の構成や尺とか、映像に落とし込むためのフォーマットですね。そうしたら、なんと、そこにラップが付いてきたんです(笑)。

みのり: ラップは必須だったんだ(笑)。自治体のプロジェクトは予算も厳密に決まっていて、スケジュールも延ばせない中で、ちゃんと着地させないといけない。そんなところに、そういった「未知のもの」を入れてくる感じが面白いね。

諏訪市のホテル「紅や」で開催された、プロジェクトの成果発表会の様子(写真 : 合同会社ヤツガタケシゴトニン 小林聖)

イイミオ: アウトプットが得体の知れないものだからこそ、下準備はきちんとやりましたよ。学生たちが本当にこのフォーマットで作れるのか、社内で課題のサンプル動画を作って検証しました。ディレクターの伊達くん室くん岩倉さんにも協力してもらって、どのぐらい制作に時間がかかるものなのか、おもしろく作るためのポイントはどこかといったことを探りました。

みのり: 社内でも、ノリが良いメンバーだよね。サンプルを見たクライアントも「面白いものができそうだぞ」って期待が高まっただろうね。結果、地元の新聞やケーブルテレビなどのメディアにもプロジェクトが紹介されて盛り上がった。くろやなぎさんが作った「型」の強度を感じます。

イイミオ: そうですね。諏訪市のみなさんもワクワクしながら話に乗ってくれました。「せっかく動画を作ったから、地元で発表会も開催したい」とか、「発表会をやるなら、地元のケーブルテレビを呼んだ方がいいね」とか、こちらからどんどんアイデアを提案してそのほとんどが実現するという。良い流れができていました。

みのり: SUWAデザインプロジェクトに関わった全員が、気持ちよくプロジェクトに乗ってくれたんですね。それもコンセプトの力なのかな。

イイミオ: ステートメントをつくったことで、プロジェクトに関わった人それぞれが自分たちが何をすべきなか明確になったし、同じ方向に向かって進めたんじゃないかと思います。

人の創造性を信じる

みのり: とはいえ、学生のみなさんに新規事業の企画とラップ、動画制作までやってもらうことを想像すると、インプットのためのレクチャーや取材、学生へのファシリテーションもやらなくちゃいけない。実現までの工程は大変そうだよね。

イイミオ: なかなか、大変でしたよ(笑)。特に今年はコロナ禍だったので、地元のクリエイターの方にも協力してもらいながらワークの内容を設計したり、学生の皆さんと講師の方とをZoomで繋いで中間レビューを行ったりと、一筋縄ではなかったです。

そんな中でしたが、今回プロジェクトマネージャーを担当してくれた宮本さんが、特にコロナ対策について丁寧に考えてくれて。おかげでプロジェクトチームのみんなが安心してプログラムに臨めたのかなと思っています。

みのり: イイミオは、アーティストとして創作活動をしているじゃないですか。クライアントや関わってくれる学生さんに対して、どうやって「作ること」を開いていけば楽しい体験を共有できるか、感覚的に分かっているから今回のようなチャレンジができたんじゃないかと思う。

イイミオ: これまで映像制作、プログラミングやモデリング、Webコーディングとプロレベルではないですけれど、自分で手を動かすことは一通りやってきた経験があるので、クリエイターにお願いするときも相手がどれぐらいどんな作業をするのか大凡はイメージできているのかなとは思います。今回もサンプル動画を作りながら、学生がどう制作に取り組むかをイメージしてプログラムに落とし込みました

あとは人が持つ創造性を信じているのかも。クリエイターでなくても、誰しも面白い発想を持っている。くろやなぎさんもこの考えを強く持っている方という印象でした。SUWAデザインプロジェクトでは、参加者それぞれが持っている創造性をどのように引き出して、どうアウトプットに生かせるか考えてましたね。幸いにもプロジェクトメンバー全員が、人が持つ創造性や、想像を超えた展開を楽しむことができる人たちでした。それがプロジェクトの盛り上がりにつながったのかなとも思っています。

みのり: 共創プロジェクトを設計する時に、初めから「(学生だから)ここまでしかできない」「事業者がやるのは無理そう」って決めつけてしまうと、新しいことや面白いことにチャレンジできないよね。

相手の創造性を信じて、委ねる。その方針をクリエイターのくろやなぎさんと共有して形にできたから、みんながプレイフルにプロジェクトに参加できたんだね。もちろん、冒険するときは事前の段取りは丁寧にやる。なんだか、イイミオのクリエイティブディレクションの秘密が見えてきたような気がします。

SUWAデザインプロジェクト 2020年の取り組み

「SUWAクリエイティブシティ化戦略事業」の一環として2016年度にスタートした「SUWAデザインプロジェクト」。5年目となる2020年は、人材育成・動機形成・情報発信をテーマに実施しました。産業の魅力を若手に広く伝え、良さを感じてもらうことはもちろん、将来的に産業を牽引する機運の醸成にも挑戦。現地のクリエイターや大学生の参加により、地元でも大きく注目されたプロジェクトをご紹介します。

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複雑な世界で未来をかたちづくるために。
いま、デザインリサーチに求められる「切実さ」を問い直す