大学の未来 #4 レポート
施設と一緒に「熱」をつくる。
MITとSHIBUYA QWSに学ぶ、カオスな共創拠点の生み出しかた
これからの大学のあり方を考えるシリーズ「大学の未来」第四回目のテーマは、「カオスなイノベーション・コモンズ(共創拠点)のつくりかた」です。
日本の数多くの大学施設は労働人口が求められた高度経済成長期に建てられ、50年強が経った今、老朽化が進んでいます。この状況に対し、文部科学省から推奨されるのがイノベーション・コモンズの設立です。単に施設を修繕するのではなく、地域や産業界など多様なアクターに大学を開き、新たな価値を生み出す共創の場へとアップデートしていく試みが求められています。
少子化が急速に進み、大学経営が大きな転換期を迎える昨今。どのような空間を設計し、人々が集う仕組みをどう整えていくのか。あるいは、大学はどのような経済的・文化的価値をつくれるのでしょうか。
本イベントは、大学の未来につながる知恵と戦術を探るべく、エコシステム論の第一人者である辻本将晴先生と、共創拠点「SHIBUYA QWS」を立ち上げた野村幸雄さんを迎え、議論を交わしました。本レポートでは、イベントのダイジェストと見どころをご紹介します。
イベント詳細と視聴はこちら▼
信念が異なる人が集うのが、健全なエコシステム
東京科学大学と早大・東大などが連携して大学発スタートアップ支援を行うプラットフォームGTIE(ジータイ)のプログラム代表、東京科学大学 イノベーションデザイン機構 機構長、そしてエコシステム論の研究者とさまざまな役割を担いながら、大学と企業の共同研究の推進や活動支援などを行っています。

ビジネスの世界でも、企業や団体が業界の垣根を越え、互いの強みを編み合わせながら新しい価値を創造していく。その様を表す「エコシステム」という言葉が定着して久しくなりました。しかし、言葉が浸透する一方で、その読み解く対象範囲や指標にするべき成果の範囲など、多様な解釈が可能です。
では、エコシステム論の研究者である辻本先生はどのようにこの言葉を論じてきたのでしょうか。イベントでは辻本先生に、2018年に発表した論文“A Review of the Ecosystem Concept(エコシステム概念のレビュー)”について取り上げていただきました。
この論文におけるエコシステムの定義の真髄は、「ユーザーで始まり、ユーザーで終わる」に要約されます。その心は、ビジネスの成果指標や元の意味である自然環境を指すのではなく、そこに集まった人たちが価値を認め合えればエコシステムが成立する可能性があると辻本先生は紹介します。

辻本先生らによるエコシステム論は、生態系の比喩とは異なり、イノベーションを創出する文脈を踏まえたものです。だからこそ、イノベーティブな価値をつくる上でハードルとなる「信念(Belief)」の相違にも着目しています。
例えば自動運転のエコシステムをつくろうとすると、企業の技術力を向上するだけでなく、政府の規制緩和や保険会社の協力が必要となってきます。しかし実際には、企業としては「ビジネスの収益性」を、政府は「新産業による雇用の創出」を重視するでしょう。一方で、大学の研究者は「学術的な真理の探求や、技術の客観的な証明」を第一義に掲げることが多く、出口戦略(社会実装)を求める人々との間で議論はスムーズには進みません。
しかし辻本先生によると、企業、大学、アントレプレナー、政府など、属性が異なる多様な人たちが集まったとき、考えが一意にまとまらないことは停滞ではなく、健全なエコシステムが機能している証だと言います。企業は「収益」、政府は「雇用」、大学は「研究」など、異なる信念を持つ人々が安易に妥協せず熱量をぶつけ合い続けることこそが、新たな価値を生む原動力になると続けました。
そんな辻本先生は、自身が長年のキャリアで築いてきた「あたり前」を揺さぶられる経験として、客員教授として1年間滞在したMIT(マサチューセッツ工科大学)で目にした、熱量が集まるカオスな現場の話題にも触れました。例えば、着任初日に突きつけられたのは、「MIND AND HAND」というモットーです。このモットーが示す、「理論の探求と同じくらいの熱量で、実際に手を動かし社会へ実装する」というMITの意志に、辻本先生は感銘を受けたと言います。
「MITもプログラムが20以上乱立していて、誰も全体を把握できていない状態なんです。それでも一つひとつのプロジェクトには世界を変えたいというオーナーの強烈な熱量がある。その熱量が強ければ強いほど、集まった時にカオスは活性化するんです」
研究者の評価軸には、研究の新規性だけでなく、それが世界に何をもたらしたかが据えられています。このMITの文化は自然発生するものではなく、この10年でつくり変えられてきたものです。教員自らが研究を携えてスタートアップの世界へ飛び出していく。その姿勢が、大学を変える原動力となっていました。
多様性を混ぜ合わせる寛容性
次にお話いただいたのは、SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)を立ち上げ、エグゼクティブディレクターとして運営を担っている野村幸雄さんです。QWSを立ち上げた際の資料を惜しみなく共有しながら、当時のリアルな試行錯誤をお話してくださいました。

QWSの立ち上げにあたって、プロジェクトリーダーを任されたのが野村さんです。立ち上げ当初に決まっていたのは、「産学連携」と「クリエイティブ・コンテンツ産業の支援」という2つの機能を持つ施設をつくることでした。野村さん自身はそれまで財務の仕事をしていたため、施設設計・運営の経験も知識もなかったと言います。
世界各国の先進事例の視察に赴き、渋谷という街の状況を整理し、さらに未来洞察を進めるなかで見えてきたのは、「問い」という言葉でした。視察と洞察を経て野村さんが考えたのは、世に知られるイノベーションはあくまで「結果」であって、それを起こすためには、まずは解決すべき「問い」を見つけることが何よりも重要になってくるという点でした。複雑化していく社会のなかで、QWSでは本質的な問題を発見し、未来を牽引する人々が集い、切磋琢磨する環境づくりを目指すことを掲げたと野村さんは語ります。

では、課題を発見していくクリエイティブなコミュニティは、どのような環境から生まれるのでしょうか。その問いに向き合ったコミュニティ構築の企画設計段階では、ロフトワークも伴走パートナーとして支援しました。支援の過程で見出したのが、1760年頃にイギリスで生まれた「Lunar Society」です。科学者やアーティスト、政治家が満月の夜に集まって雑談していたこのコミュニティは、産業革命の礎になったといわれています。
アート、サイエンス、デザイン、エンジニアリング、ビジネスなど、さまざまなバックグラウンドを持つ人が集まり、心理的安全性が担保されたコミュニティで自由闊達に意見交換できる場所がQWSです。QWSでは「スクランブル・ソサエティ」というコンセプトを掲げ、領域を横断し、知的交流を通して、新しい価値創造を実現していくことを目指しています。
多様性を生み出すための仕掛けの一つが「QWSチャレンジ」と名付けた公募プロジェクトです。ポイントとなるのは、さまざまな活動や価値観を持つ審査員が採択するという仕組みです。合議制でなく、審査員が一人でも「応援したい」と言えば採択することで、参加するプロジェクトにも多様性が生まれています。創業から6年が経った今、60を超えるプロジェクトが動き、14歳から91歳と幅広いメンバーが活動する場となっています。
熱量を伝播させるための土壌の耕しかた
おふたりからのインプットのあとは、本イベントの企画と進行を担当するロフトワークの青山俊之、プロデューサーの福田悠起も参加したクロストークに入りました。
冒頭ではロフトワークが立ち上げ支援をした、東海国立大学機構が名古屋大学に開設した共創施設「Common Nexus(愛称:ComoNe・コモネ)」について福田から紹介しました。ComoNeでは、大学に秘められたさまざまな可能性(人的資源、空間などの物的資源、研究成果を含む情報資源)をどう開いていくかを模索してきたと言います。
ロフトワークは、これまでに「SHIBUYA QWS」をはじめ、いくつかの大学施設や共創施設をつくり、運営まで担うという事業支援を行っています。その経験を活かしながら、ComoNeでも建築の竣工をゴールとせず、学生の日常(ケ)と外部発信(ハレ)を循環させる仕組みを設計することで、大学に意図的なカオスを生み出すことを試みている、と福田は語りました。


プロジェクト詳細ページはこちら▼
辻本先生によるエコシステム論と、問いを起点にした共創施設QWS、カオスを生む施設を大学に実装した「ComoNe」、それぞれの視点を掛け合わせ、クロストークではイベントの本題へと迫っていきました。
青山 三者揃ったところで、あらためて本イベントの問い、「価値あるイノベーション・コモンズ、共創拠点をいかに生み出すか」についてみなさんと議論させてください。イベントのタイトルに「カオス」とつけたのは、異質な人同士の出会いの場がどのような価値を生み出せるかが重要だと考えたからです。みなさんの発表のなかでも、イノベーションやコミュニティに「カオス」が必要だという話は出ていたのですが、そもそもカオスがなぜ・どう必要なのだと思われますか。
野村氏(以下、野村) どのようなカオスが必要なのかについて、最初に思い浮かべたのは「渋谷スクランブル交差点」です。渋谷は江戸時代に「朱引(しゅびき)」と呼ばれる江戸の境界線だったそうです。多様な目的で人が集まってくる場所をそのまま15階に持ってこれないかと考えてつくったのが、QWSなんです。そうした歴史を踏まえてQWSを運営する身からすると、誰でも来ていいという「寛容性」がカオスが生まれる条件なのではないかと考えています。
辻本先生(以下、辻本) 私なりの観点で言うと、MITで学んだのは「モチベーション」が一番大事だということです。MITも思ったよりカオスで、スタートアップのプログラムが20以上あって、全体を把握している人がいない。人気がなくなれば辞めていくし、どんどん増えたりもする。それでも一つひとつのプロジェクトにオーナーがいて、熱量がある。なにをしたいのかが強ければ強いほど、集まったときカオスになり、活性化するんだと思います。
MITではアドミッションの時点から、モットーに合致する人を待つだけじゃなくて探しに行っています。そう考えると、日本の大学は全体的に静かなのかもしれませんね。「大学に入ったらモラトリアムでのんびりしよう」ではなく、「大学に入ったら大変でもチャレンジしよう」という人が集まる場所になっていけるよう、やるべきことはたくさんあると思っています。
福田 ComoNeでもやりたいことを軸に、学部を横断した繋がりができ始めています。QWSも、若い学生のエネルギーが起点になっているプロジェクトが多くありますよね。
野村 コミュニティにおいて一番大事なのは熱量です。では、熱量のあるコミュニティをどう維持するかというと、QWSでは全会員と面談して「何をやりたいんですか?」を問うているんですね。「ここに来ると何かもらえるんじゃないか」という受動的な方はお断りしています。熱量のある方だけで動かないと、推進力のあるカオスにならないんです。
辻本 東京科学大学では、ビジョナリーイニシアティブを導入して研究の仕方を変えてきました。ビジョンを掲げ、その実現に向け、学部を横断した研究体制を構築していく仕組みです。共創拠点を持つことも大切ですが、大学自体のあり方、研究の進め方、学生の集め方も含めて、クリエイティブに変わっていく必要があると考えているんです。なにをしたいか、どのような世界をつくりたいのか。強いモチベーションがあって動いた人ほど、自分1人ではできないことが多いと実感します。大学もエコシステムの一部なんですよね。モチベーションドリブンになるように大学を変えていこうと、日々考えています。
組織の文化とマインドは、対話を積み重ねてつくりあげる
クロストークが進むなか、オフライン・オンラインともに参加していた参加者の方々から質問が次々と寄せられてきました。その一例が、個人の熱量だけでは突破できない、組織論理の壁の乗り越え方についての質問です。
参加者 個人として熱意があっても、組織的な論理の壁が立ちはだかり、会社や役所の事情などでなかなかコラボレーションが進まないという課題があります。その壁を超えるための考えはありますか。
辻本 私のビジネススクールに来る社会人学生も、熱意を持って会社に提案しても「3桁億円のビジネスになるのか?」「そんなことやってていいのか」と言われて話を進めることができない、ということが繰り返されています。実際には、個人の熱意だけでどうにかなる話ではないことがほとんどです。では独立すればいいかというと、個人ではできないこともある。現実的な解としては「組織の論理に乗せていく」やり方も重要です。
野村 QWSも開業直前まで、社内の9割近くから理解されていませんでした。そこで僕がとったのは、社内への説明を戦略的に切り替えることでした。あえて言うなら「二枚舌」ですね。本音では問いを深めたいけれど、社内向けには不動産会社の論理で「将来のオフィスビルを埋める企業を育てる施設が必要だ」と説得しました。ときには「共同事業者もいいねと言っている」と周囲の評判も使いながら。組織を超える突破力が必要だと思います。
辻本 実現に向けた野村さんの熱量、すさまじいですね。東京科学大学でも、MIT以上にチャレンジングなことをやろうとしていて、周囲から「そこまでやるの?」と驚かれることもありました。学生も教員も、対話や教育プログラムというプロセスを経ていくなかで、少しずつマインドが変わっていく。その積み重ねが、やがて組織全体の文化を塗り替えていくんです。資金面でも自分たちのエコシステムのなかで資金が循環する仕組みをつくること、経済的な自立は、そのまま「自立意識」の向上に直結します。そうなれば実を伴わない「やったふり」は通用しなくなる。本気で世界にインパクトを与えたいなら、そうした逃げ場のない、純度の高い循環を生み出していく必要があると考えています。
イベントを終えて
本イベントの企画背景にあったのは、冒頭でご紹介した通り、大学施設の老朽化に伴うイノベーション・コモンズ化の推進でした。しかし、本イベントには大学施設の管理・運営に関わる担当者が登壇者だったわけではありません。
大学経営の危機が叫ばれている今、その危機感や具体的な施設設計・運営ノウハウに対して直接応えるイベントだったのかと考えると、そうではなかったかもしれません。しかしながら、イベント参加者からいただいた感想には、「時間があっという間に感じた」「もっと話を聞きたかった」というまさに熱を感じさせる言葉を数多く頂戴いたしました。
その熱の発信源は、間違いなく本イベントへの登壇を快諾してくださった辻本先生と野村さんの等身大の実践の語りに滲む、さまざまな立場を横断しながらも、自らの責任を引き受ける姿だったはずです。「大学施設はどうカオスなイノベーション・コモンズになり得るか」という問いを起点とした本イベントは、まさに熱量ある「人ありき」でその施設の価値が膨らむという大切な気づきを与えてくれました。
未来に向けて突き動かされるような価値をいかに紡げるか。カオスな熱量こそが、大学の未来を紡ぐ豊かな土壌を肥やしてくれるのかもしれません。
執筆:中嶋 希実
企画・編集:青山 俊之(株式会社ロフトワーク)
撮影:村上 大輔
イベント視聴はこちら
本イベント「大学の未来 #4 大学施設はどうカオスなイノベーション・コモンズになり得るか?」はアーカイブ配信を実施しています。当日の様子をご覧になりたい方は、以下イベントページよりお申し込みください。







