海草藻場をゲームで再生する。
FabCafe Bangkokが手がけたマルチプレイヤー型メタバース「Ocean Meadow」とは?
FabCafeは、世界中に広がるクリエイティブコミュニティです。現在は国内6拠点、海外7拠点の全13拠点で、地域のクリエイターやアーティスト、研究者、企業などとともに、食、アート、バイオ、AI、教育まで、領域を横断した実践が生まれています。ロフトワークにとってFabCafeは、こうした出会いや実験を育む大切な場のひとつです。各地で生まれているプロジェクトや対話をお届けします。
今回は、FabCafe Bangkokが開発したマルチプレイヤー型メタバース体験「Ocean Meadow」を取り上げます。
前回紹介したのは、FabCafe BangkokがUNESCOとともに進める海洋教育プロジェクト「Sustaining Our Oceans(SOO)」の全体像でした。本記事で取り上げるのは、そのSOOプロジェクトのもとで新たに開発されたプログラム「Ocean Meadow」です。海の課題を知識として理解するだけでなく、観察し、手を動かし、ほかの人と協力しながら生態系の再生を体験していく。Ocean Meadowは、そうした学びをメタバース上で実装したプロジェクトです。
気候危機への対策をめぐる議論では、サンゴの白化や氷河の融解のような、目に見えやすく象徴的なテーマに注目が集まりがちです。一方で、私たちの日常からは見えにくくても、気候や生態系にとって重要な役割を果たしている場所があります。そのひとつが、沿岸や河口域に広がる海草の藻場です。海草の藻場は、多様な生き物のすみかや餌場となる重要な生態系です。FabCafe Bangkokは、この見えにくい海の生態系を、若い世代や一般の人びとにどう伝えられるかという問いから、Ocean Meadowを構想しました。
見えにくい海の生態系を、どう伝えるか
海草の藻場は、陸上の草原や牧草地のように、多様な生き物のすみかや餌場となる生態系です。その役割は、藻場の中に生きる生物を支えることにとどまらず、気候の安定にも関わっています。海草の藻場は、海底のごく一部しか占めていないにもかかわらず、海洋の炭素循環に大きな役割を果たすことが知られています。こうした重要な生態系が、いま人間活動によって脅かされています。

Ocean Meadowは、この海草の藻場をメタバース上に再現した体験です。舞台となるのは、タイ沿岸の海をもとにした水中世界。タイ沿岸で見られる12種の海草に加え、数多くの魚や海の生き物たちが登場し、地域の海の豊かさをリサーチに基づいて伝えます。遠い海の話ではなく、自分たちの足元にある沿岸環境の価値を感じてもらうことが、この体験の出発点になっています。
観察から再生へ。Ocean Meadowの体験設計
Ocean Meadowでは、再生のプロセスはまず観察から始まります。プレイヤーは水中環境を探索しながら、海草藻場の生態系や、プラスチック汚染、堆積物の攪乱といった環境悪化の要因を見つけていきます。同時に、海草の種類ごとに必要な土壌や光の条件にも目を向け、どの場所にどの海草が適しているかを理解していきます。
そのうえで、プレイヤーは汚れた場所を掃除し、適した場所に種を植え、生態系の回復を進めていきます。海草が育つと、それを餌やすみかにする魚、ウミガメ、貝類などが戻ってきます。さらに、海草を好むジュゴンも現れます。ジュゴンは、現実の自然界では排泄を通して種を広げる自然の庭師のような役割を果たしており、ゲーム内でもボーナスの種を与えてくれる存在として設計されています。人が手を入れることで自然が応え、自然の回復が次の再生を助ける。この循環が、Ocean Meadowの体験の核になっています。

協力しなければ回復しない、マルチプレイヤーの意味
Ocean Meadowの大きな特徴は、ひとりで完結するゲームではなく、マルチプレイヤー型であることです。プレイヤーはリアルタイムで互いの姿を見ながら、一緒に清掃し、植え、育てていきます。進捗はプレイヤー全体で共有され、藻場がきれいになるほど、参加者全員がより多くの種を得られるようになります。生態系が多様な存在の協力によって維持されるように、その回復もまた協力によって進む。Ocean Meadowは、その構造自体をゲームの設計に織り込んでいます。
セッションの最後には、植えた海草の種類、呼び戻した動物の種類、そして再生した藻場がどれだけ炭素を保持できるかによってスコアがつけられます。この仕組みによって、参加者は生物多様性の回復と気候アクションの関係を、数値と体験の両方から理解できます。環境教育を、ただ知識を受け取るものではなく、判断や協力を伴うプロセスとして捉え直している点が印象的です。

科学的リサーチに支えられた水中世界
Ocean Meadowの海の風景は、空想だけでつくられたものではありません。タイ沿岸の海に関する実際の研究をもとに設計されており、タイ・ブラパ大学の海洋科学研究所による知見や、タイ南部のソンクラー王子大学で環境マネジメントを専門とするSunitee Sunitok氏との連携が生かされています。単なる海っぽいゲームではなく、地域の環境を学ぶための解像度を備えた世界として組み立てられているのです。
また、このプロジェクトは、台湾のテクノロジー企業HTCが展開する3Dインターネットプラットフォーム「VIVERSE」のクリエイター支援プログラムのもとで開発されました。将来的には、この基盤を使って、コードを書かずに新たな学習体験や世界観をつくっていくことも視野に入れています。今後は、教育者や学生がこの仕組みを活用しながら、海洋保全をテーマにした別の学びへと発展させていく可能性もあります。

テスト公開から見えてきた、学びの手応え
Ocean Meadowは開発の最終段階として、2025年11月3日にタイ南部のラノーン生物圏保存地域で、11月9日にFabCafe Bangkokで一般向けのテストを実施しました。学生たちはベータ版を体験し、クイズに参加しながら海の生態系への理解を深めました。ラノーン生物圏保存地域では、体験後に保護区をめぐるツアーも行われ、ゲーム内の学びを現地の生態系の理解へとつなげる機会が設けられました。


Ocean Meadowは2025年11月28日に正式リリースされ、SOOにおいてFabCafe Bangkokが展開する教育ツールのラインナップに新たに加わりました。SOOは、UNESCOが東南アジアと日本で進める海洋教育プロジェクトで、FabCafe Bangkokはそのなかで海の生態系を学ぶためのデジタルツール群を開発しています。最初のXRモジュールはすでに大阪・関西万博でも公開されており、Ocean Meadowはそこからさらに、参加型で協働的な学びへと広げた実践です。

教育ツールを、参加型の体験へ変える
Ocean Meadowが興味深いのは、メタバースや3D体験を新しい見せ方として使っているだけではない点です。大切なのは、見えにくい海の生態系を可視化し、観察、対話、協力、再生という一連の流れを参加者自身の行為として体験できるようにしていることです。環境問題を「知る」から「関わる」へ変えていく。そのために、ゲームという形式が選ばれています。
FabCafe Bangkokは、教育プログラムやXR体験の開発を通して、グローバルなパートナーと連携した多様な学びを展開してきました。Ocean Meadowは、その取り組みの最新例のひとつです。地域の海を理解し、自然の回復を自分の行動として体験すること。その入口を、メタバースの中にひらこうとしている点に、このプロジェクトのおもしろさがあります。
※本記事は、FabCafe Globalで2025年11月17日に公開された英語記事をもとに、日本語版として再編集・翻訳したものです。原文はFabCafe GlobalのWebサイトに掲載されています。








