FINDING
浦野 奈美 2026.04.08

研究を社会にひらく体験は、どう設計できるか?

難しい生命科学のテーマを、「触れて学べる体験」に変える

FabCafeは、世界各地に拠点を持つクリエイティブコミュニティです。国内外の拠点では、地域のクリエイターやアーティスト、研究者、企業などとともに、食、アート、バイオ、AI、教育まで、領域を横断する実践が育まれています。ロフトワークにとってFabCafeは、そうした出会いや実験が立ち上がる大切な場のひとつです。各地で生まれているプロジェクトや対話をお届けします。

今回は、FabCafe BangkokとSPCS(スピーシーズ)が参加した「ODC25 ASEAN(Organoid Developers Conference)、以下ODC」を取り上げます。ODCは、2018年に始まり、現在は世界50以上の機関と連携する国際会議で、学術・産業におけるオルガノイド研究(人の臓器の働きや構造を一部再現した小さな組織を用いる研究) の進展を共有する場です。2025年は12月12日・13日に、バンコクのSiam Paragonで開催されました。

この会議のおもしろさは、研究成果を専門家のあいだで閉じず、アートやデザイン、人文学の視点も交えながら「生命をどう理解するか」を考えている点にあります。ODCは、「生命を理解するには科学だけでは足りず、アート、デザイン、哲学、人文学を通した探究が必要だ」と述べています。

この記事で紹介したいのは、先端研究や高度な技術を、どうすれば人が関われる体験へと翻訳できるのか、そしてFabCafe BangkokのチームとSPCSが組むことで、どのようなアウトプットがあったのかという点です。FabCafe Bangkokは、参加型の学習ツール「Grow:ID」や AIを活用した映像ワークショップを通じて、専門性の高い生命科学の研究や動物福祉のような複雑なテーマを、触れられる入口へと変えていました。一方でSPCS は、その体験を一過性の驚きで終わらせず、継続的な関心や対話へとつなげていく視点を持ち込んでいます。

FabCafe Bangkok

FabCafe Bangkokの写真

FabCafe Bangkokは、2015年にバンコクで開設され、現在はThailand Creative & Design Center(TCDC)を拠点に活動するクリエイティブコミュニティです。これまで、テクノロジーやデザインを活用しながら、教育、環境、地域課題をめぐる多様なプロジェクトを育んできました。Ocean Meadowは、そうしたFabCafe Bangkokの実践のなかから生まれた、海の生態系を体験的に学ぶための新たな試みです。 FabCafe Bangkok Webサイト

SPCS(スピーシーズ)

ロフトワークの浦野奈美がオーガナイザーを務める、自然科学、デザイン、アート、工学、文化を横断しながら、研究と社会の新しい接点を育ててきたコミュニティ。自然を「制御する対象」としてではなく、ともに考え、共創するパートナーとして捉え直す実践を重ねている。 SPCSの詳細

研究と文化をつなぐ国際会議「ODC25 ASEAN」

2025年のODC25 ASEANは、生命科学の最前線の研究の進展を共有する場として開かれました。けれども、その特徴は単なる研究発表の場にとどまらないところにあります。ODCは、生命の複雑さをひとつの専門領域だけで捉えるのではなく、科学と文化を横断しながら理解しようとする姿勢を掲げています。だからこそ、この場にFabCafeのような存在が加わる意味があります。研究をそのまま伝えるのではなく、人が関われるかたちへと翻訳すること。その実践が、今回の参加の核になっていました。

カンファレンスの様子

FabCafe Bangkokが今回示したのは、研究テーマを専門家向けの説明で終わらせず、参加型の体験へと変えるアプローチです。会場では、オルガノイドを用いた研究の可能性を探る体験型ツール「Grow:ID」と、AIを活用した映像ワークショップ「AFI Film」が紹介されました。どちらも共通しているのは、複雑で抽象的なテーマに対して、まず人が入っていける入口をつくっていることです。FabCafe Bangkokの実践には、試作、実際に手で触れて操作できる体験、映像、ワークショップをまたいで、研究を社会にひらくためのプロセスが見て取れます。

会場内でも象徴的だったのが、研究を文化的な視点から捉え直す展示エリア「Culture Room」 で展示された Grow:IDです。これは、AI・コンピュータビジョン技術を手がけるDuscap AIと協働して開発された、手で触れながら学べる参加型の体験ツールです。

Grow:IDの写真
Grow:IDを操作している様子

参加者は2枚のオルガノイドカードを手にし、顕微鏡でほかの人と協力しながら、共有のオルガノイドバンクをつくっていきます。短いアニメーションを自分で操作しながら、オルガノイドがどのように反応し、成長し、研究に役立つのかを追体験できる構成です。最後には、こうした研究が動物実験の必要性を減らす可能性にも触れられ、研究と社会の接点まで見渡せるように設計されています。

この展示は大きな反響を呼び、バンコク最大級の解剖学ミュージアムとの新たな連携のきっかけにもなったそうです。つまり Grow:ID は、会議の場を盛り上げるための一時的な展示ではなく、教育やミュージアム体験へと展開していけるプロトタイプでもあります。ここに、FabCafe Bangkok のチームと組む意義がよく表れています。

ワークショップで倫理的なテーマを「一緒に考えられる問い」に変える

もうひとつ注目したいのが、AIを活用した映像ワークショップ「AFI Film」です。これは、参加者がAIを使いながら、コンセプトづくりから映像制作までを体験するワークショップです。重要なのは、単に「AIで映像をつくる」こと自体が目的ではないことです。

このワークショップが目指していたのは、動物福祉をめぐる対話を、より参加しやすく魅力的な形でひらくことです。複雑で倫理的な論点を、説明だけでなく、共に考え、感じ、話せる文化的経験へと変えていく。その意味で、ワークショップもまた、FabCafe Bangkokらしい研究を社会にひらくための伝え方や場づくり の一例です。

ワークショップの様子
FabCafe Bangkokによるワークショップでは、参加者がAIによる映像制作を、企画から完成まで一通り体験した

研究を社会につなぎ続けるための「回路」を設計する

一方で、SPCS は、こうした体験を単発のイベントで終わらせないための視点を提示しました。SPCS は、自然科学、デザイン、アート、工学、文化などを横断しながら、自然を制御するのではなく、自然とともに考えるデザインのあり方を探っているコミュニティです。ODCでは、ロフトワークの浦野奈美が研究を社会にひらくための伝え方や場づくり の3つの視点を紹介しました。

  1. Design Touchpoints:異なる分野の人たちが出会い、関わり始めるきっかけを設計すること
  2. Design Ecosystems:活動や関係性が続いていく土台をつくること
  3. Design Communications:人の関心を引き出し、参加したくなる伝え方を考えること

研究を伝えるだけでなく、接点をどうつくるか、活動をどう持続させるか、関心や参加をどう引き出すかまで含めて設計する。その考え方が、SPCSの強みです。

スピーシーズの活動を紹介するスライド画像
サイエンスコミュニケーションを「教える」から「ともにつくる」へ。SPCSは、粘菌染色技術の開発事例を通じて、研究を協働と実装へひらく実践を紹介

SPCS は、市民参加型の科学、生命をどう扱うかを考える倫理的な問い、素材をめぐる実験、都市と自然の関係を考える実践、公共の場での展示といった領域を横断しながら、研究に意味や存在感を与える「エコシステム」を支えていると説明されています。つまりSPCSは、研究を社会にわかりやすく翻訳する補助役というより、研究が社会のなかで生き続けるための土壌そのものを設計している存在だといえます。

浦野の登壇の様子

先端研究やR&Dの成果を、展示、教育ツール、ワークショップ、映像、対話の場として社会へひらきたいとき。あるいは、専門性の高いテーマを、市民や来館者、異分野の実践者と共有できるかたちに翻訳したいとき。FabCafeやSPCSと組むことで、そうしたアウトプットの可能性が広がることを、今回の事例ではご紹介しました。

※本記事は、FabCafe globalで2026年2月16日に公開された英語記事をもとに、日本語版として再編集・翻訳したものです。原文はFabCafe globalのWebサイトに掲載されています。

Keywords