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藤原 里美, 横山 暁子 2024.08.30

シリーズ 大学の未来 #1レポート
「地域との共生」から探る、大学の新しい価値提供の可能性

ロフトワークは、多様な視点でこれからの大学の在り方を考えるべく、シリーズ「大学の未来」をスタート。教育現場で新たな道筋を切り拓く実践者をゲストに迎え、教育・大学における改革の具体例を共有しながら、これからの教育に必要な視点や大学の存在意義について模索します。

第一回目のテーマは「地域との共生」。本イベントでは、地域と新たな関係性を構築しながら大学変革を推進している事例をご紹介するほか、実践者2名によるクロストークを実施。

急速に変化する時代のなかで持続可能な大学経営をしていくためには、どのような戦略と戦術が必要なのか?そして、人口減少が進む中で地域における大学の役割はどのように更新していくべきなのか。各大学の実践と知見をもとに、さまざまな視点が語られました。同イベントの様子をレポートします。

イベント概要はこちら

大学の未来 #1 地域との共生で強化する大学ブランドと役割
ゲスト:椙山女学園・立命館アジア太平洋大学

執筆:乾 隼人 
企画・編集:横山 暁子Loftwork.com編集部)

話した人

椙山 泰生

椙山 泰生

学校法人椙山女学園 理事長
京都大学名誉教授

栗山 俊之

栗山 俊之

立命館アジア太平洋大学
事務局 次長

藤原 里美

株式会社ロフトワーク
シニアプロデューサー

Profile

ブランディングは中長期視点で経営戦略とともに考える

イベント冒頭では、ロフトワークのプロデューサー・藤原里美(以下、藤原)が登壇。自身も椙山女学園のブランディングや、立命館大学による新キャンパスの人材育成プログラムに携わるなど、大学のコミュニケーションを抜本的に見直す取り組みに尽力してきた経験から、大学の役割やブランディング戦略の必要性について語りました。

今回のイベントにおける問いの1つ「大学の役割」について、時代の変遷とともに振り返った藤原。2000年代に語られはじめた「大学の就職予備校化」についても、就職氷河期において大学が学生の就職を支援せざるを得なかった背景にふれ、実学が評価されるようになった理由を振り返りました。大学の役割は本来、研究拠点や地域の生涯学習拠点としてあることに触れた上で、「大学の理念や建学の精神に紐づけて自分達の存在価値を社会に提示することで、独自性をつくることができる」と語りました。

ブランディングに取り組む際、大学からWebのリニューアルを依頼されることがあるという藤原。「しかし、いまはデザインを変えるだけでブランディングが成立する時代ではありません。それだけではなく、大学としての中長期的な計画や戦略を体現する活動をつくり出していかないといけない。短期的な募集者増よりも先のアウトカムとして何を求めたいのか?そのために何をするのか?を考えることが重要です」と語った。

さらに、今回登壇される2つの大学について「ダイバーシティインクルージョンを目指しているという点で、同じ未来を見据えている大学なのではないか」と指摘。イベントは、それぞれの大学の事例紹介へと進んでいきます。

「トータルライフデザイン教育」を掲げる、学校法人椙山女学園

名古屋市に位置する椙山女学園は、中部地方唯一の幼稚園から大学院までを揃える女子総合学園です。女性のライフステージを意識し、社会で自立して生きていく力を養成し、生涯というタイムスパンで自分自身の人生設計を行う「トータルライフデザイン教育」を主導コンセプトとして、学習者本位の教育の実現を目指しています。

ロフトワークは、同学園のブランディング方針の再構築を担当。パーパス策定、タグラインの設計を経て大学の価値を言語化し、Webサイトのリニューアルをはじめとする各コミュニケーション施策へと落とし込みました。

ブランディングにおいて2つの柱を設定した椙山女学園。1つは、自立した女性の生き方を追求すること、もう1つは女性の社会参画への意識を高めていくこと。それらの柱を、新たなタグライン「私を選ぶのは、わたし」に込めています。

学生である「私」が、自分で自分の将来を選んでいくということを女性に向けて提示することが、椙山女学園としての存在意義になっていくと語られました。

また、リブランディングの方針として示した内容を実際の提供価値として生んでいくため、3つの課題に取り組んでいるといいます。1つは、社会のニーズに合わせた教育内容の転換。1つは、リカレント教育や地域連携を含む「トータルライフデザイン」の推進。最後の1つが、キャンパスのある星が丘を女性の社会参画のための拠点にしていくための場所の魅力づくり。校舎のリニューアルや地域にひらかれたプログラムづくりなどに取り組んでいます。

椙山女学園は、地域との関わりとして、キャンパスのある星ヶ丘地域の再開発にも関わります。リカレント教育のための教育プログラム開発や、東山遊園とともに共創の拠点作りを行っていくといいます。これらは椙山の行ったリブランディングのタグライン「私を選ぶのは、わたし」を実現するために行われていくことであり、自明とされていた都市の当たり前を女性視点から再考し、学びや人との関係、生活の充実、キャリア、子育てをワンストップで実践していけるような街づくりを目指しているといいます。

椙山女学園大学の提供価値について(椙山女学園さん登壇資料より抜粋)

地域を課題解決のフィールドとする、立命館アジア太平洋大学

国際大学として知られる立命館アジア太平洋大学(以下、APU)は、別府市や飯塚市と連携しながら社会課題解決へと導く仕組みを構築するなど、地域をフィールドとした実践を強化しています。
グローバル大学というブランドのその先に、成果を社会に実装して価値を創造していく社会変革の担い手へと転換していく狙いを持っています。

18-22歳だけを学生と考えるのではなく、年齢やジェンダー、国籍などを問わず、学ぶことで自分の能力を拡張したい、あるいは新しい知識を身につけたいと考える方々を「ライフロング・ラーナー」と位置付け、そうした方々を受け入れ、サービスを提供していけるような大学を目指すといいます。
同時に、異なる考え方を持った人が集まる多様性のある環境を作った際に起こるコンフリクトを乗り越え、包摂性を高めることにもAPUの大学としての価値があると語られました。
APUの持つ学びのコミュニティ自体が、ダイバーシティ&インクルージョンの実践であり、多様性のある環境を推進できる人材を育成する拠点となるのではないかと考えられています。

そうしたAPUの特性を踏まえ、新たな提供価値として、「地域の課題を抽出し、打ち手を生み出し、実際の社会実装にまで繋げていく」ということを考えているそう。地域の課題解決のプロセスに大学が関わる可能性を示しました。

その実践として、APUは九州工業大学、飯塚市との三者連携を締結。社会科学分野の拠点であるAPUと、科学技術の実践に知見のある九州工業大学、課題解決のフィールドとしての飯塚市が協働することで、リアルな地域の課題解決を通じて人材育成を行っていくことのモデルを作ろうとしています。

APUの将来構想について(立命館アジア太平洋大学 栗山さん登壇資料より抜粋)

ソーシャルインパクト創出に向けた人材育成について(立命館アジア太平洋大学 栗山さん登壇資料より抜粋)

「地域との共生」から探る、大学の新しい価値提供の可能性

クロストークでは、「地域との共生」をテーマに、大学の地域における役割や、生存戦略について深掘りしていきました。
どちらの大学も、地域との共生を考えるにあたってまず分析していたのは、地域の持つ特性について。

なかでもAPUは、自学の強みはどこにあるのかを強く意識してきたといいます。アジアに開かれた大学として、20年にわたって多国籍・多文化な環境を作ってきたAPU。
長年積み重ねてきたその知見から、栗山さんは「単にいろんな国の人がいるって言うだけではなくて、その環境がどういう価値を持つのかを定義し直して考えた」といいます。そのなかで、「多様性をマネージする環境や、それをつくれる人材こそが、本来我々が価値提供できる部分」だと考えたそう。環境づくり、人材づくりのノウハウ提供こそがAPUらしい大学の価値ではないかと考えられました。

一方で、椙山女学園は自分達の強みを「何世代にも渡る地域との繋がり」だと語ります。椙山さんが「東海地域の仕事をしていて、お仕事相手の方から『実は娘が通っている』なんて明かされることがある」と語られたように、親子数代に渡って椙山女学園と関係性があるというご家庭が、地域にはたくさんあるそう。

「そういう意味での地域との関わりは既にあるが、学校から離れた後にずっと繋がれているかというと、そうは言えないと思っている」と椙山さん。「ものすごく密なローカルのなかに生きてきたのが我々の特性で、その割には密なローカルを繋げるような活動をしてこなかったのが現状。これからやっていかないといけないと話しています」と語りました。

同時に、「本当に一生のどのタイミングでもいいので学びたいと思ったときにこれる場所には、なれていない」と指摘。ロングライフ・ラーナーとしての地域の方々が、大学を学びの場として活用してくれるなら、大学に新しい価値が生まれていくかもしれないと、地域社会へ貢献することの展望を語ります。

左上:立命館アジア太平洋大学 栗山俊之さん、右上:学校法人椙山女学園 椙山泰生さん、下:ロフトワーク 藤原里美

業態の転換が難しい大学が、どうやって新しい事業を生み出すのか?

大学の持続的な経営という視点で議題に上がったのは、「業態の転換がしづらい大学において、どのように業態を変えて、持続可能なあたらしい事業やマネタイズの仕組みを生み出していくのか?」と言う問い。

前提として、「学生が大学に通う4年間に、毎年学費が支払われる」という仕組みが慣行化しているなかで、それに代わるほどの仕組みをデザインすることは難しいと、椙山さんは語ります。

「私の今の考え方としては、価値提案をしていく内容と、実際にそこから収益化を図る方法は一応切り離して考えていくのが基本的な動かし方になると思っています」。つまり、受講者がお金を払う仕組みだけではなく、政府からの補助金や寄付金などの制度を活用しながら、新しいお金の集め方を考えていくべきだと話しました。

対して、APUは「大学の価値は、教授たちの知見や専門性、研究内容にある」という前提を示した上で、その次に大学ができる価値提供を模索したいと話します。

そのなかで出たのは、「学生が地域へどんな価値提供ができるか?」という事柄の再定義。

「学生といっても、これまでのような18歳〜22歳だけではない」と栗山さん。大学へ学びに来る社会人の方や地域の方も「学ぶ人」として大学のラーニングコミュニティに参加できると語ります。「そのラーニングコミュニティ自身が地域にインパクトを与えるということになっていくと、大学が地域や社会に対して提供できる価値がもう少し幅広くなるんじゃないかと」と語ります。

ラーニングコミュニティによる価値提供もまた、大学のマネタイズの可能性としてあるのかもしれません。

地域との協働において、留意すべきこと

「大学として、地域社会に対してどんな価値提供ができるのか?」という問いと同時に、学生に選ばれる大学として、いかに大学の個性を出すのかにも触れられた今回のトーク。

個々の学生の体験価値について考える上で、APUは「単位が出る授業の中でやる学習体験と、それ以外の場である学習体験をいかに接続するか」という視点に触れます。

栗山さんは、「単位の出る授業になると14回〜15回の中で一定のゴールに到達しないといけません。そのためコントロールをしてカリキュラムを設定していきますが、それだけだとどうしても大体答えがわかるような話になってくる」と指摘。答えのないようなものに取り組めるよう、教室の外で学ぶプログラムを設計するべきだと語りました。

同時に、大学側が用意した枠組みの中で学ぶことで、果たして学生の自主性は育まれるのか?という葛藤を伝えてくれた栗山さん。APUでも試行錯誤をしながら、設計を続けていくといいます。

「大学と地域との共生」を考えるなかで、一般的なカリキュラムの外側にある学びについても考えられてきました。特定の機関や地域と大学が連携をとっていく上で、地域と大学の関係性において「互いが互いを消費する関係性だけは作りたくない」と、栗山さんは語ります。

「本学の学生だけが、地域から何か得られるものがあるだとか、あるいは逆に学生の属性だけが消費されていくような連携体は、作らないでおこうと考えています」と栗山さん。そのためにも、連携の初期段階で連携相手との共通認識を持つことが重要だと語りました。

偏差値だけではない、「独自性ある大学」として選ばれるには

「学生に選ばれる大学であること」を考える上で避けては通れないのが、偏差値によるヒエラルキーです。偏差値を理由に大学を選ぶ今の状況に対して、学生が「独自性のある学び」を理由に大学選びができるようになるには、どうすればいいのか?

APUは、大学で経験を積んだ人たちが描いていくキャリアそのものを捉え、発信する必要があるといいます。これまでは卒業生の就職時の状況を成果として捉えてきたなかで、より中長期のキャリアを見て、人生の中でどのようなウェルビーイングを達成してきたのかを考えるべきであると指摘。そうすることで、「大学というコミュニティに参加した意義」をより言語化できるはずだと話しました。

同時に、椙山女学園はこうした「卒業生の中長期キャリアの描き方から、大学の価値を捉えること」に賛同しつつ、社会人教育との繋がりも指摘。

「リカレント教育や社会人教育を通して、大学やラーニングコミュニティとの繋がりを持っている人たちがいれば、自分たちのお子さんの選択に対しても、『慎重に考えて選んだ方がいい』と提示してもらえる」。大学選びの考え方を共有できる大人が増えることの意味も語られました。

 女性が自らの将来を選び、社会参画の実践ができる未来を目指す椙山女学園と、多様性のある環境づくりを通して、ダイバーシティ&インクルージョンを実現できる人材の育成に取り組むAPU。いずれの大学も、人々がより幅広い選択肢を持つ社会を理想とし、その実現の第一歩に、地域というフィールドを選んでいます。地域との共生が大学の生存戦略に結びついているだけではなく、大学が社会に働きかけ、貢献するために地域との共生が必要だったのかもしれません。

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