
良品計画の防災プロジェクト「いつものもしも」から探る
社会と対話するものづくりの手立て
社会や環境の持続可能性を考えることが、あたりまえな時代に
つづく事業をデザインするためのアプローチを探る
ビジネスの世界でも、持続可能性への取り組みがあたりまえとなっている現代。企業活動をする上で、これまで培ってきた技術や今ある資産・資源を活かしながら、未来の社会に求められつづける価値を生み出していくことが求められています。
では、これまでとは異なる視点を取り入れながら新たな価値を創出していくには、どうすればいいのでしょうか?
資源や価値を、社会や地域と交わりながら捉えなおす。さらに、それらを「社会に求められつづける価値」へと編み直す。ロフトワークの地域共創ユニット ゆえんでは、そんなデザインのアプローチを、先行事例の紐解きと手法解説を通して理解するイベントシリーズ「つづくデザインの秘密」をスタートしました。

第一回は、無印良品を展開する株式会社良品計画による防災プロジェクト「いつものもしも」にフォーカス。プロジェクトに取り組む方々をお招きして、長くつづいている秘密を伺いました。
イベントの後半では、社会や生活者が本当に求めていることを探り当て、事業につなげるためのプロジェクトデザインの手法を、ロフトワーク VUユニット リーダーの伊藤望、ゆえんユニット プロデューサー日髙拓海が紹介しました。


「もしも」を「いつも」に組み込む
最初に話をしてくださったのは、防災士と靴下ソムリエの資格を持つ良品計画の石川さんです。無印良品の店舗での勤務を経て、靴下や雑貨の開発を担当。2023年8月よりソーシャルグッド事業部 いつものもしも担当になりました。

「防災の備えについては、大事なことだとわかっているけれどできていない、という声をよく耳にします。いつ起こるかわからない災害を『もしも』の非日常だと思うと、『いつも』の日常からかけ離れているように感じてしまうんですよね。
そこで、無印良品の防災の考え方では、いつもの日常生活のなかに、もしもを組み込んでしまおうと提唱しています。知識や道具はもちろんですが、日頃から周りの人とコミュニケーションをとること、声を掛け合うことから、暮らしの備えが始まることをお伝えしています」(石川さん)

2008年から始まった「いつものもしも」の活動は、防災につながる製品の開発やキットの販売にとどまりません。日本各地で、防災を楽しく学ぶことができるイベント「いつものもしもCARAVAN」を開催。さらに災害発生時に店舗在庫から物資を提供する契約を自治体と行うなど、活動は広がっています。

いつものもしもCARAVANの様子



被災者の経験から、本当に必要なものを考える
次に、石川さんと同じく、いつものもしも担当をしている本田さんより、防災プロダクト開発の舞台裏についてお話を伺いました。

「2024年はお正月から能登で大変な震災があり、また昨今の南海トラフの状況も含め、防災に対して非常に関心が高まった1年だったと思います。実は、防災用品への関心度は、変動がとても激しいんです。防災セットを発売してもまったく売れないこともあれば、あっという間に売り切れてしまうこともある。これまで社内で何度も議論を重ねて、悪戦苦闘の連続でやってきたという経緯があります」(本田さん)
良品計画では現在、シチュエーションに応じた3つの防災セットを販売しています。今では定番商品のひとつとして店頭に並んでいますが、限定品として扱っていた期間も長くあったそうです。

元々アウトドア関連の商品開発をしていた部署から、「いつものもしも」担当となった本田さん。当初は防災についての知識がなかったことから、実際に被災された方々に話を聞きながら商品開発を進めていきました。
そうして生み出した商品の1つが、家庭用の白い消化器です。

「社内から何度も『白い消化器では、煙が充満した室内で見つけづらくなってしまう。だから、消化器はそもそも赤いんじゃないか』という指摘が何度もありました。
ただ、実際に火災の被害に遭った方にお話を伺ったときの話では、『煙が充満するような状況ではもう逃げなくてはいけない、消化器を使う状況ではない』と。それならば、普段から部屋の中に置いても嫌じゃないと思えるようなデザインにしたほうが、いざという時に素早い消火につながるのではと考え、社内でも説明を続けました。
災害は一発勝負で、突然、命がけの状態に巻き込まれます。実際、その瞬間に想像を絶するような体験をしてきた方々がいらっしゃるんですよね。状況を想像するだけでデザインしたものよりも、現実の被災体験に裏付けられた体験をもとに、被災者の方が必要だと思うものは何かを真摯に伺って商品づくりに反映していく。いざという時に本当に役立つものをつくれるはずだと考えています」(本田さん)

小さなチームから、輪を広げともに取り組む
商品開発から防災イベントまで、さまざまな活動をしている「いつものもしも担当」は、実は、本田さんと石川さんを含む3名のみ。チームの中でできることには限りがあります。
そんな少数精鋭チームの強い味方は、全国にある無印良品の店舗スタッフ。9月1日の防災の日には、各店舗のスタッフが自主的に防災について考える売り場づくりをしたり、ワークショップを開催したり、地元のハザードマップを配布するなど、さまざまな工夫を重ねてくれているそうです。
「いつもの暮らしのなかにどう備えをしていくか。店舗のみんな、地域のみなさん、行政や企業の方と手を取り合いながら、少しずつ輪が広がってきました。自分の命は自分で守れることをどうしたら伝えていけるのか、考えていただけるのかに重点を置きながら活動を続けていきたいと思っています」(石川さん)

関連情報
文脈に浸り、憑依し、生活者のニーズを見つける
ケーススタディとして良品計画の話を伺ったあとは、ロフトワークのVU unit リーダー伊藤と、ゆえんユニット プロデューサーの日髙より「つづくデザインの手立て」と題して、それぞれプロジェクトをつづけていくためのヒントと手法を、事例とともに紹介しました。

伊藤がリーダーを務めるVU unitは、ロフトワークのなかでも特にユーザーに向き合うことに真摯に取り組んできたチームです。未来洞察やデザインリサーチを通して、さまざまな企業の新規事業の開発や、自治体のビジョンづくりを支援しています。
「僕たちは生活者のニーズを確かめるため、全国各地を飛び回り、ユーザーに直接会いに行くようにしています。いろいろな企業からご相談をいただくのですが、皆さんすごい技術や熱い想いを持っているのに、それらがうまく市場とフィットせずに事業化につなげることができていない、という問題を見かけることが多くて。
僕たちは、こうしたクライアントの課題に対して、彼らが持つ技術やビジョンとユーザーとのより良い出会いをつくることを意識しながら活動をしています」(伊藤)
「他人のことを理解するのは難しい」と話す伊藤。だからこそユーザーが求めるものを理解するために、会議室に閉じこもって考えるのではなく、フィールドに出てリサーチすることを大切にしています。その所作は、良品計画の本田さんが話していた「被災した方々の声を聞きに行く」商品づくりとも共通しています。
VUが実践するリサーチの手順は、まず「文脈に浸る」。そして「聞く/憑依する」。そうして、価値の探索をしていきます。
「文脈に浸る」ときには、ユーザーと同じ環境に自分たちの身をおいてみることを試みています。
「たとえば横浜市のイメージを想像してみたとき、みなとみらいや中華街のようなベイエリアを思い浮かべる方が多いと思うんです。ただ、実際の地図を見ると、それは横浜市のほんの一部にすぎない。
実際に横浜のまちを歩いてみると、庶民的な雰囲気のエリアもあれば、高級住宅街が並んでいるようなエリアもある。僕たちは、そのまちのユーザーに浸るためのリサーチとして、実際に訪問して風景を写真に撮ったり、喫茶店でおじいちゃん・おばあちゃんと話してみたりして、そのまちで暮らしている人たちと同じように過ごしてみるんです。そういう体験をしたあとにユーザーにインタビューをしていくと、その人たちのニーズや課題に関する解像度が一気に上がります」(伊藤)

ユーザーにインタビューをするときに大切にしているのは、「聞く/憑依する」所作。インタビュー対象を「消費者」としてとらえるのではなく、ひとりの人間として向き合いながら、より深い理解を試みる姿勢が必要です。
「一人ひとりに話を聞いていると、ぜんぜん合理的に見えないような行動がでてくるんです。それは当たり前のことで、現実では僕らはみんな、矛盾や惰性を抱えながら生きている。プロダクトをつくる側・売る側の視点では、『ユーザーはそのカテゴリーすべての商品のスペックを比較して、よりメリットがある方を選んでくれるだろう』とロジカルに考えるわけです。
でも、実際には『なんだかかわいいから、こっちにしよう』とか『パッと目に映ったものを考えずに買う』という、合理性とはかけ離れたことが起きたりする。だから、僕たちは人間のリアリティとちゃんと向き合うことを大事にしています」(伊藤)
伊藤望のプレゼンテーションスライド全編を見る:
人も自然も幸せにするビジネスを、地域で編みだす
続いて、ゆえんユニット プロデューサーの日髙が紹介したのは、SDGs先進都市である岡山県真庭市が行っている事業者同士のマッチングプログラム、「Cultivate the future maniwa(以下、カルマニ)」です。
「人も自然も幸せにする“500のビジネス”を生みだす」という目標を掲げ、2024年で4年目を迎えるカルマニのプログラム。長期的な展望から、地域産業としてのサステナブルビジネスを盛り上げていこうとしています。

カルマニでは、市内の事業者と地域外の事業者、それぞれ異なる視点と専門性を持った企業同士のコラボレーションを通して、サステナブルビジネスのアイデアを創出。2023年までにプログラムに参加した企業は26社、13のビジネスアイデアが生まれています。
「こうしたマッチングプログラムを実施するときに大切にしているのは、事業者の方たちがどんな想いを持っていて、どんな課題を抱えているのかを深くヒアリングすることです。共通する想いやビジョンを持っている事業者同士を丁寧にマッチングしていくと、ミスマッチを回避できます」(日高)

日髙は、カルマニのプログラムから生まれたビジネスアイデアの一例として、お菓子のブランド「HOCCA」を紹介。真庭市で障がい者の就労支援をしている就労継続支援A型事業所 株式会社今本屋と、大阪でブランディングを手掛けているデザイン事務所 株式会社ミーティングがチームを組んでHOCCAを開発しました。
「障がいのある人がつくったお菓子」としてではなく、「障がいがあるからこそ見える視点」が商品の付加価値になるよう、商品をデザインしました。ブランドが成長していくことで、障がい者の方々のそれぞれ得意な分野を生かした仕事が生まれ、現代社会に少しでも多く笑顔が生まれるように。そして、障がい者への理解が増えるとともに、世の中の不が減っていくように。
そんな循環を目指し、プログラム期間終了後も、事業化に向けて商品開発が進行しています。
makuakeで応援購入
粘り強くやり抜く
イベントの最後は、良品計画の石川さんと本田さん、ロフトワークの伊藤、日高でパネルトークを実施。そのなかで印象的だったのは「社会的価値に結びついている活動を続けていくために大切にしていることは?」という問いかけに対する、本田さんのコメントです。
「やっぱり、粘り強くやり抜くことじゃないかと思います。防災というと誰もが認める社会的価値のあることですが、一方で『世の中に必要なもの』と『売れるもの』って、必ずしも一致するわけではないんですよね。ふだんは必要ないものや活動を平常時でもやり続けることが本当に必要なのかどうか、資本効果や生産効率という観点から問われ続けるわけです。
実は、防災セットの製品化にあたって、反対を押し切ってというほどではないのですが、少しだけ強引に推進したことがありました。当時は被災された方の想いを受け取ったという意識も手伝ったのだと思います。
しかし結果として、発売した製品はグッドデザイン賞を受賞できました。今では、意見を通してよかったと言えるようになりました。社会に対しても、無印良品に対しても、いいインパクトを生み出すことにつながったのではないかと思っています」(本田さん)

トークのあとは参加者との交流会。「いつものもしも」のプロダクトを手に取りながら、石川さんや本田さんと参加者のみなさんが対話する姿も見られました。
イベントに参加してくださった皆さんのなかには、企業活動として社会的価値を創出すること、そして、それを続けていくことの難しさを感じている方も多かったようです。イベントの感想として、以下のような声をいただきました。
「社会課題の解決に取り組む事業のプロセスについて、その中の苦労も含めて知ることができた」
「普段聞くことができない、良品計画さんの商品開発の裏側を聞けて良かった」
「顧客のインサイトリサーチにおけるヒントをもらえた」

「つづくデザインの秘密」では、今後もさまざまなテーマから、社会に求められ続ける事業のつくり方を探っていきます。

執筆:中嶋 希実
企画・編集:岩崎 諒子/ロフトワーク ゆえんマーケティング・編集
写真:村上 大輔
Next Contents