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宮崎 真衣 2026.01.23

空き家がひらかれると、何が起きるのか?
「FUJI TEXTILE WEEK」を支える人と関係の話

山梨県富士吉田市で開催されている「FUJI TEXTILE WEEK」。2025年11月22日(土)から12月14日(日)にかけて、4度目の開催を迎えました。本記事では、FabCafe Fujiの代表であり、芸術祭の事務局長を務める八木毅さんの考えを軸に、芸術祭をきっかけとして街や人、空き家の使われ方がどのように変化してきたのかをたどります。地域に関わり続けることで生まれる、静かな変化の輪郭を描きます。

八木毅さんと、FUJI TEXTILE WEEKが富士吉田にもたらした変化とは

富士吉田を歩いていて、展示作品よりも先に気になったものがありました。それは、普段は閉じているはずの建物の扉が、いくつも自然に開いていたことです。

FUJI TEXTILE WEEKは、山梨県富士吉田市を舞台に開催されている、テキスタイルとアートの芸術祭です。1000年以上続く織物産地の歴史を背景に、使われなくなった工場や倉庫、商いの場や住居としての役目を終えた建物などを展示会場として再利用しながら、国内外のアーティストと地元の事業者が協働し、新たな表現や関係性を生み出してきました。

FUJI TEXTILE WEEKは、布を主題とした芸術祭です。実際に現地を歩いてみると、そこで起きているのは作品鑑賞にとどまりません。建物がひらかれ、人が入り、会話が生まれる。その積み重ねによって、街の使われ方そのものが、少しずつ書き換えられているように感じられました。

本記事では、芸術祭を内側から支え、編み続けてきた一人の人物の視点を軸に、街に起きている変化の輪郭をたどります。話を聞いたのは、八木毅さん。FabCafe Fujiを運営し、株式会社DOSOを経営しながら、FUJI TEXTILE WEEKでは事務局長を務めています。

八木 毅/株式会社DOSO代表取締役、静岡県出身。SARUYA HOSTEL、FabCafe Fuji、SARUYA AIR、SARUYA 出版(Riso Studio)の運営、FUJI TEXTILE WEEK 事務局長を務め、空間・グラフィックのデザインも行なっている。名古屋芸術大学芸術学部絵画科卒業。L’École Nationale Supérieure d’art de Dijon大学院卒業。

外から来て、住み込み、関係を編み続けてきた人

八木さんが富士吉田に関わり始めてから、約11年が経ちます。市民活動を支援する一般財団法「みんなの貯金箱財団」の社員として富士吉田市に移住し、当時はデザインを担当していました。外からこの街に入った八木さんは、当初から街を変えようと構想していたわけではなかったと言います。

八木毅さん(以下、八木) 富士吉田に関わり始めた頃、まず必要だと感じたのがレジデンスでした。将来的に文化の話をしていくには、アーティストが腰を据えて滞在できる場所が欠かせないと思ったんです。外から人が来ることで、自分自身にとっても刺激になるだろう、という思いもありました。

その後、宿を始めてみると、今度は朝食を食べる場所がないことに気づいて。それなら、朝から開くカフェが必要だと思ったんです。滞在する人が増えていくなかで、結果的に、レジデンス、宿、カフェといった機能が少しずつ重なっていきました。

FabCafe Fujiもまた、もともとは使われなくなっていた建物を活用して生まれた場所です。現在の姿に至るまでには、建物のオーナーが代わり、リノベーション費用をオーナー側が負担し、専門の業者が工事に入る… というプロセスがありました。

八木さんは、工事が始まる前から、この場所でカフェを開くこと、FUJI TEXTILE WEEKの会場として使うこと、さらには将来的に宿へと展開していく可能性までを見据え、オーナーと対話を重ねてきました。その過程で、工事の段階からデザイナーとして内装設計に関わり、空間の使われ方を構想してきたと言います。

後から振り返れば、レジデンス、宿、カフェ、芸術祭は一本の線でつながっているように見えます。ただ、その線は最初から描かれていたものではなく、必要に応じて場を構想し、人と向き合いながら調整を重ねていった結果として、関係が少しずつ編み上がってきたのかもしれません。

ジュリエット・ベルトノーと武藤株式会社の協働による作品。障子から着想を得て、和紙の糸を織り上げて制作された。光や風を透かしながら自立する構造と、トタン板の継ぎ接ぎを思わせるリズミカルなライン(写真提供:FabCafe Fuji)

ジュリエット・ベルトノーと武藤株式会社の協働による作品。障子から着想を得て、和紙の糸を織り上げて制作された。光や風を透かしながら自立する構造と、トタン板の継ぎ接ぎを思わせるリズミカルなライン(写真提供:FabCafe Fuji)

ジュリエット・ベルトノーと武藤株式会社の協働による作品。障子から着想を得て、和紙の糸を織り上げて制作された。光や風を透かしながら自立する構造と、トタン板の継ぎ接ぎを思わせるリズミカルなライン(写真提供:FabCafe Fuji)

FUJI TEXTILE WEEKが始まった背景には、コロナ禍という大きな環境変化がありました。東京での展示会や商談の場が止まり、産地として外とどうつながるかが改めて問われたのです。

八木 工場見学に案内すると、現場を見た人たちがよく理解してくれるんです。誰が、どんな環境で、どのようにつくっているのかを知ると、ものへの見方が変わります。その実感が、外で見せるよりも、こちらに来てもらうほうが伝わるのではないかという発想につながりました。

産地そのものを会場にする芸術祭は、発信の手段であると同時に、関係をつくるための装置でもありました。使われなくなった建物を一時的にひらくことは、結果として産業の記憶を呼び起こし、街の輪郭を浮かび上がらせることにもなっていきます。

芸術祭の期間中に開催されたツアーでは、いくつかの織物事業者を見学。手前は渡邊織物3代目の渡邊竜康さん。写真家・建築家の肩書きを持ち、テキスタイルブランド「Watanabe Textile」を立ち上げた

街は、どう変わったのか?

芸術祭によって、実際に街はどう変わったのでしょうか?

八木 空間を掃除し、展示として使うだけで、建物の印象は大きく変わります。きれいになった場所を見て、家主が人に貸してもいいと思うようになり、借りたいと思う人が現れ、次の使い手が見つかる。空き家が店舗へと転用される例も出てきました。シャッターが閉じていた場所が、少しずつ息を吹き返していきます。

芸術祭は万能薬ではありませんが、街に変化が起こりうる余白を生み出したと言えるのかもしれません。その点について、街を歩いて話を聞く中で、多くの人が共通して感じているように見えました。

柴田 まお《Blue Lotus》2025|老朽化とコロナ禍により使われなくなっていた下吉田第一小学校のプールが、事務局や市民の手で清掃され、展示空間としてよみがえった。

かつて織機を取り扱う商社であった旧山叶産業の屋上エリアは芸術祭だけ解放され、絶景の撮影スポットになる

相澤 安嗣志《How The Wilderness Thinks》2025|富士吉田で集められた約800枚のデッドストックの絹生地を用い、富士山信仰の「胎内巡り」を想起させる空間をつくった。制作協力:丸幸産業株式会社、織元東邦シルク

相澤 安嗣志《How The Wilderness Thinks》2025|富士吉田で集められた約800枚のデッドストックの絹生地を用い、富士山信仰の「胎内巡り」を想起させる空間をつくった。制作協力:丸幸産業株式会社、織元東邦シルク

相澤 安嗣志《How The Wilderness Thinks》2025|富士吉田で集められた約800枚のデッドストックの絹生地を用い、富士山信仰の「胎内巡り」を想起させる空間をつくった。制作協力:丸幸産業株式会社、織元東邦シルク

特に芸術祭を通じて顕著だった変化の一つが、事業者とクリエイターの関係性です。短期間の展示ではなく、時間をかけた協働によって、技術そのものが更新されていきました。完成した表現が評価されることで、事業者に自信が生まれ、視野が広がっていきます。現地で話を聞いた織物事業者は、「自分のところだけが良くなればいいわけではない」と語っていました。「自分も、他も、産地全体も前に進みたい」と。その感覚は、芸術祭での協働の中で育まれてきたのかもしれません。

ファッションデザイナーのシーチュー・チーとWatanabe Textileによる協働作品。台湾・富士吉田・アメリカを横断する視点から、織物を媒介にした文化交流と価値の共有を試みている。産地の機屋と若手デザイナーを結ぶ、新たな関係性のかたちを示す一例

芸術祭の風景から見えてきたもの

FabCafe Fujiの屋外に現れた、布の風景。FabCafe Fujiの屋外スペースに展示されていたのは、テキスタイル作家の森山茜さんと、地元の機屋である舟久保織物による作品でした。空の色を映し取ったようなグラデーションの布が、屋外の光を受けて揺れています。

舟久保さんの言葉は、協働を通じて布の表情を更新し続ける姿勢そのものを表しているようでした。

やってみないと、おもしろいかどうかわからない。
進化しないと、産地は残れない。

写真提供:FabCafe Fuji

写真提供:FabCafe Fuji

写真提供:FabCafe Fuji

空き家と人を通して知る、もう一つの芸術祭

芸術祭の会場は、廃工場や織物産業に関わる商いの場として使われていた空き家などを活用しています。役目を終え、長いあいだひっそりと佇んでいたその空間が、芸術祭をきっかけに、再び人を迎え入れる場としてひらかれています。会場でボランティアとして作品案内をしている地域の人の存在が印象に残りました。回を重ねるごとに規模が大きくなり、シャッターが閉じていた場所が開き、古い家が店へと変わっていく日常の風景は、静かに変わり始めていると言います。

だんだんと、シャッターが閉じていた場所が開いていくのを目にしてきました。テキスタイルウィークの間接的な影響で、日常の風景が変わってきているんです。

他にも、先述した小学校のプールを利活用した会場にいたボランティアの方は、「孫がこの小学校に通っている」と教えてくれたり、「隣町に住んでいるけど、芸術祭が楽しそうなので初めてボランティアに参加した」という方もいました。

松本 千里《Embracing Loom》2025|かつて糸や織機が行き交った旧糸屋の座敷に設置された。ひとつひとつ手で絞られた布で実際に使われていた古い織機と融合している。

齋藤 帆奈《織目に沿ったり逸れたりしながら流れる》2025|織り柄の入った絹の反物に粘菌の変形体を植え付け、移動と排出の軌跡を布の上に残す作品。織り目に沿い、あるいは逸れながら広がる粘菌の動きが、布との相互作用を時間の層として可視化している

話を聞いたボランティアの方。この建物が、昔はお茶や踊りの稽古場として使われていたことを教えてくれた

山梨の織物工場とクリエイターがともにつくる、テキスタイルの現在地。長い歴史の中で培われた技術と、自然の恵みから生まれたプロダクトを集めた空間

芸術祭のポスターが街中に貼られ、各会場の入り口には大きなターポリンが掲示され、街全体で芸術祭の舞台がつくられる。

飛騨高山の老舗家具メーカー・飛騨産業の椅子。オランダのデザイナー Raw Color と、富士吉田のTENJIN-factoryが協働して制作した生地を用い、試験的に制作された

次の「FUJI TEXTILE WEEK」は二年後の2027年に開催される予定です。今回の芸術祭でひらかれた建物や育まれた関係は街に残ります。

FUJI TEXTILE WEEKは、変化が起こりうる余白を生み出してきました。富士吉田で起きていることは、空き家、産業、人の関係をどう編み直すかという問いを、私たちに投げかけています。

執筆・撮影:宮崎真衣(ロフトワーク)

FUJI TEXTILE WEEK 2025

FUJI TEXTILE WEEK は、1000年以上続く織物の産地でもある山梨県富士吉田市の産業の歴史を根底に、伝統産業および地域活性を目的として2021年よりスタートした、テキスタイルと芸術が融合する国内唯一の布の芸術祭です。テキスタイルに光を当て、アートやデザインを通じて、テキスタイルの新たな可能性を模索し発見するイベントです。

また、産地を物づくりの起点として国内外の様々なコミュニティーと結ぶことや、使われなくなった織物関連の工場や倉庫、店舗などを展示会場として再利用することで、産業の記憶の保存と街のアイデンティティ形成に取り組んでいます。

会 期:2025年11⽉22⽇(⼟)〜12⽉14⽇(⽇)

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