釧路市・阿寒アイヌ工芸協同組合 PROJECT

伝統芸術・工芸の可能性ひらく関係をデザイン
阿寒アイヌアートウィーク2024

Outline

アイヌ民族の芸術・工芸の価値に光をあて
その深い魅力を伝える3週間の祭典

2024年11月から12月、釧路市の阿寒湖アイヌコタンを舞台に、アイヌ民族のアート作品と現代アートがまじりあう祭典「阿寒アイヌアートウィーク2024」(以下、アートウィーク)が初開催されました。アートウィークでは、アイヌアーティストによる伝統的な技術と現代的な感性を融合させた芸術作品の展示と、国内外の現代アーティストが阿寒湖に滞在し、地域の文化や自然からインスピレーションを得て制作した作品の発表などが行われました。

広い展示空間に、映像作品やアイヌの民族的な美術品や工芸品など、さまざまなアート作品が展示されている
阿寒アートギャラリーでの展示風景
アイヌの民族衣装。灰色の布地に、オレンジや朱色のアイヌ独特の紋様が縫い付けられている。
西田 香代子《ルウンペ》
紙に墨で描かれたようなドローイング。何らかの軌跡を描いているように見える。
山口みいな+木下真紀《trail of correspondens-文通ドローイングの軌跡-》

会期中に阿寒湖アイヌコタンを訪れた人々が、現代アートにとどまらない多様なプログラムを通してアイヌ文化の深い魅力を体感できるよう、釧路市内の観光事業者や施設運営者とも連携。阿寒湖アイヌシアター「イコㇿ」での伝統演目の上演、地域の自然や文化に触れるガイド付きツアー、アイヌ文化をテーマにしたショートフィルムの上映会も行われました。

阿寒湖アイヌコタンの観光産業の発展に、長期的な展望から寄与することを目指した本事業。株式会社ロフトワークはプログラムのプロデュースから企画設計・実施を一貫して伴走しました。

Approach

アイヌ文化を体感できる場所として
阿寒湖アイヌコタンの認知を広げる

阿寒湖アイヌコタンの芸術・工芸の固有性は、その成り立ちの歴史とともに発展してきました。前田一歩園の三代目園主である前田光子氏が、阿寒湖の土地をアイヌ民族の人々に私有地を提供するとともに民芸品の製作ができる共同作業所を設置したことが重要な起点となっています。

コタンではアイヌ民族のコミュニティが形成されていくと同時に、早くから工芸の技術開発と職人間による資源の共有、技術の共同学習が進み産業基盤が整ったことにより、芸術的発展を遂げました。結果として、阿寒湖のコミュニティからアイヌ工芸の巨匠たちを数多く輩出してきたのです。

阿寒湖アイヌコタンの象徴的な風景写真。道の真ん中に東屋があり、両脇にアイヌ料理を出す飲食店や土産物屋などが並んでいる。
阿寒湖アイヌコタンでは、住民がアイヌ文化を継承しながら暮らしている

また、阿寒湖アイヌコタンの経済のもう一つの柱である観光産業は、芸術・工芸との相互作用を生みながら発展し作家たちの生活と創作活動を支えたと同時に、その魅力が観光客からの評判を通して全国に知られるものとなりました。また、阿寒湖のアイヌコミュニティは外部からの影響を積極的に受け入れる気風があり、個性的な才能や新しい表現が生まれやすい土壌を育んできました。この特性が、現代においてアイヌ文化とメディアアート、コンテンポラリーダンスなどとのコラボレーションの実践に繋がっており、ユニークで意欲的な観光コンテンツが生まれています。

さらに近年、若者を中心に観光のトレンドが体験型志向へと移行していることやアイヌ文化への関心の高まりなどの潮流が、阿寒湖アイヌコタンの観光産業にとって追い風となることが期待されていました。また、長期的な地域振興の観点からも、アイヌ文化を体感できる場所としての魅力度をより高めながら、地域のファンを増やしていく取り組みが求められていました。

人々がアートを鑑賞している様子。青い服の若い女性が作品らしきものに手を翳している。
「阿寒アイヌアートウィーク2024」メディア向け展示ツアーの様子

釧路市と阿寒アイヌ工芸共同組合は、令和6年度アイヌ政策推進交付金事業の一環であるアイヌ文化関連観光プロモーション事業の取り組みとして、「阿寒アイヌアートウィーク2024」の開催を決定。その目的は、現代アートとの交流を通して、従来の観光コンテンツではまだ表現できていなかった、アイヌ民族による芸術・工芸の深い魅力に光を当てること。また、現代アートへの関心が高い都市部の人々やカルチャーへの感度が高い若者といった新たな層を誘客し、それらの魅力に触れてもらうことを目指しました。

Concept

“創造のラタㇱケㇷ゚:混じり合うアイヌ文化と芸術”

阿寒アイヌアートウィークのビジュアル。「a」「w」を模った藍色、緑、オレンジのタイポグラフィに葉っぱなどの自然物から拓本によって映し取ったモチーフがあしらわれている。
コンセプトを紹介するビジュアル。“創造のラタㇱケㇷ゚:混じり合うアイヌ文化と芸術”のキャッチコピーとボディコピーが画像内に記述されている。

「ラタㇱケㇷ゚」は、様々な種類の山菜や野菜を混ぜ合わせたアイヌ民族の郷土料理です。この言葉には、異なる要素が組み合わさることで新たな味わいや価値が生まれるように、アイヌ文化と現代アートが融合し、創造的な新しい表現が生まれることへの期待が込められています。

このコンセプトは、多様なルーツを持つ人々が交流してきた阿寒湖アイヌコタンの歴史や、伝統を守りながらも新しい表現に挑戦するアイヌアーティストたちの精神、そして外部の多様な文化との積極的な交流を重視する姿勢を表しています。

Art Week

異なるアーティスト同士の
対話と協働を実践する

「阿寒アイヌアートウィーク2024」の体験を形にする上でもっとも重要だったのは、アイヌアーティストと現代アーティストという異なるバックグラウンドを持つアーティストらとキュレーターによる対話と協働のアプローチです。

アイヌアーティストらによる作品展示は、伝統的なアイヌ民族の表現技法と現代的な素材・表現方法を組み合わせた作品や、アイヌ民族の自然観や精神性を現代アートの手法で再解釈した作品、さらに歴史的な価値を持つ貴重なアイヌ美術・工芸作品などに焦点を当てました。

国内外から招聘された現代アーティストらは阿寒湖に滞在し、フィールドワークを通して自然や文化、地元の人々との対話を通してインスピレーションを得、作品を制作しました。

MSHR《波紋 蝶番》
岡田 実《風鈴》
阿寒吉田屋での展示風景
加々見 太地《山際の景色》(部分)
辺泥 敏弘(Pete)《共鳴弦付きトンコリ》

キュレーターを務めた西野慎二郎氏(ガスアズインターフェイス株式会社)は、自然や風土、地域への独自の視座を持つアーティストにアートウィークへの参加を打診。コミュニケーションを探り、対話的なプロセスを持つ作品が地域のアイヌアーティストの作品と融合した展示空間をつくることで、アートウィークのコンセプト「創造のラタㇱケㇷ゚」を体現しました。

アートウィークの展示は阿寒湖アイヌコタン内の観光スポットやアートギャラリーなど、様々な場所で同時多発的に実装され、訪れた人々にアイヌアートと現代アートが融合する新たな体験を提供しました。

Communication Design

ビジュアルコミュニケーション

釧路・山形・札幌・東京でクリエイターが連携
多様な視点から探った芸術祭の世界観

メインビジュアルは、阿寒湖アイヌコタンの歴史や世界観から想起される、「人間らしさ」「自然との共生」「他者との相互理解」を視覚的に表現。その制作過程では、この3つのテーマをそのものを実践しています。

アイヌアーティストの瀧口健吾さん、井上綾子さんが阿寒湖周辺で採集した自然素材を元に、デザイナーであり採集者の𠮷田勝信さんが拓本(たくほん)を制作。札幌市に拠点を持つデザイン会社 Commune Inc.がビジュアルへと落とし込みました。

瀧口健吾さん・井上綾子さんが収集した植物や素材。中には、なかなか手に入れることができない貴重な素材も

阿寒湖のアイヌ民族の文化や暮らしにおいて重要な意味を持つ植物や素材を拓本することを通して、物語性や自然に対する畏敬の念といったアイヌ文化が内包する精神性を受け取りながら、それらを欧文タイポグラフィの現代的なスタイルと融合。阿寒湖のアイヌアートと現代アートが混じり合うことで生まれる、独特の世界観を体現しています。

メインビジュアルはポスターをはじめ、パンフレット、のぼり、Webサイトといった広報物から、スタッフやアーティスト用のパスカード、ステッカーといったグッズ、キャプション等のナビゲーションにも展開。多面的なコミュニケーションを通してアートウィークの世界観を演出しました。

Outcome

アイヌアートの地としての
未来を歩む道筋を描く

「阿寒アイヌアートウィーク2024」で釧路市とアイヌアーティスト、そして現代アーティストたちが実践したのは、短期的な観光誘客施策に留まりません。それは、阿寒湖アイヌコタンで長らく育まれてきた美術・工芸を通してアイヌ民族の歴史や文化への理解とリスペクトを抱く人々との関係人口を広げ、地域の観光産業を長期的に育てていくための第一歩となる挑戦でした。

本プロジェクトを通して、アイヌ文化をより深く体験する意欲を持つ層に向けプロモーションを展開し、阿寒湖アイヌコタンならではの新たな観光体験を提供したことで、アイヌアートの地として未来に向けた地域ブランディングの道筋を示しました。

また、アートウィークを契機とした地域内外のアーティスト同士の対話と協働の実践は、伝統的な芸術・工芸の新たな展開や、観光資源としての発展可能性をも示唆しています。阿寒湖アイヌコタン固有の文化資源と関係人口が育まれることで、観光産業を主軸に置く同地において経済的な好循環が生まれることが期待されます。

執筆・編集:岩崎 諒子/ロフトワーク ゆえんunit マーケティング・編集
編集:乾 隼人/Loftwork.com編集部
制作物撮影:中込 涼

基本情報

  • クライアント:釧路市、阿寒アイヌ工芸協同組合
  • プロジェクト期間:2024年6月〜2025年2月(アートウィーク会期:2024年11月23日〜12月15日)

体制

  • プロジェクトマネジメント:伊達 善行
  • プロデュース:室 諭志、二本栁 友彦
  • クリエイティブディレクション:平井 真奈、高橋 ナオヤ、許 孟慈、久保 治子(以上、株式会社ロフトワーク)
  • 制作:
    • アイヌ文化監修:阿寒アイヌ工芸協同組合
    • キュレーション(現代アート):ガスアズインターフェイス株式会社
    • ステートメント:肥髙茉実
    • デザイン素材提供:瀧口健吾、井上綾子
    • グラフィック:𠮷勝制作所、Commune Inc.
    • ウェブサイト:Curious Inc.、NOCK DESIGN.inc
    • 会場設計:d’ores
    • 会場施工:MID CITY
  •  参加アーティスト:
    • アイヌアーティスト:秋辺 日出男、井上 綾子、岡田 実、郷右近 富貴子、斉藤 政輝、下倉 洋之、平良 秀晴、瀧口 健吾、床 州生、西田 香代子、平間 覚、辺泥 敏弘(Pete)、簗瀬 秀夫、渡辺 澄夫
    • 現代アーティスト:磯崎 道佳、加々見 太地、MSHR、山口みいな+木下真紀
  • 施設協力:阿寒湖アイヌコタン、阿寒湖アイヌシアターイコㇿ、伝統・創造 オンネチセ、阿寒アートギャラリー 1F、野の花ギャラリー、阿寒 吉田屋、阿寒湖バスセンター、ホテル御前水、阿寒アイヌクラフトセンター ハリキキ、鶴雅リゾート株式会社、一般財団法人前田一歩園財団、有限会社 明吉左官店/なつかし館 蔵
  • 実施協力:NPO法人阿寒観光協会まちづくり推進機構、阿寒湖アイヌコタンの皆様

Member

室 諭志

株式会社ロフトワーク
バイスMVMNTマネージャー

Profile

伊達 善行

株式会社ロフトワーク
クリエイティブディレクター

Profile

平井 真奈

株式会社ロフトワーク
クリエイティブディレクター

Profile

高橋 ナオヤ

株式会社ロフトワーク
クリエイティブディレクター

Profile

許 孟慈

ロフトワーク
クリエイティブディレクター

Profile

久保 治子

久保 治子

株式会社ロフトワーク
クリエイティブディレクター

二本栁 友彦

株式会社ロフトワーク
ゆえんユニットリーダー

Profile

Team

MVMNT unit

20xx年の伝説を創造する

MVMNT(ムーブメント)unit は、エモーショナルな社会と文化の創造をミッションにアーティスト/クリエイターとともに未知のムーブメント(新たな伝説)を生み出す組織です。

アートドリブンで思想性・社会性のあるコンテンツ(新たな意味・世界観、きっかけ)をプロトタイピング、レガシーな手法をハックした伝達システムをつくり、ファンダムの力でXS〜XXXLまで創造的な運動を起こすことを目指します。

>>MVMNT unitについてさらに詳しく知る

ゆえん unit

地域の価値共創に向け、協働的な関係をデザインする

絶えず変化する時代、人口減少社会がすでに始まっている日本。地域の経済・産業の成長を長期展望からうながす仕組みづくりは、喫緊の課題です。

ゆえんunitは、地域の産業、文化、人、自然といった「今ある資源」を活かしながら、産業振興、関係人口回復、文化振興、未来のビジョニング、持続可能な地域づくりなどの領域に取り組んでいます。成果を生み出す創造的なプロジェクトを設計し、地域のみなさんと共に価値づくりを実践します。

>>ゆえん unitについてさらに詳しく知る

Keywords