常識を覆すアイデアの引き出し方
#2 思い込みを外し、新しい視点と出会う
「箱」の外に出るためのトレーニングとアプローチ
“Think outside of the box” という言葉がある。「箱の外を考えろ」という意味で、画期的なアイデアを思いつくには、自分自身が常識だと思い込んでいる箱のような存在から脱しないといけないということだ。
私たちは、ある特定のテーマに関するアイデアを発想するとき、無意識のうちに「◯◯(テーマ)とは××だ」という視点をもってしまう。例えば、「自動車のボディは鉄でできていて硬い」「冷蔵庫は直方体だ」「アイスクリームは冷たい」など。これが、「思い込み」だ。例えば、卵型や流線型の冷蔵庫があってもおもしろいかもしれないし、動物の肌のようにぷにぷにとしたボディの車があってもいいかもしれない。私たちが持っている「思い込み」や、さらには「世の中の常識」を認識し外すことができれば、そのテーマに関する新しいアイデアを生み出すことができるのではないだろうか。
連載コラム「常識を覆すアイデアの引き出し方」。第二回は、「自分の思い込み」や「世の中の常識」という「箱」を外すためのトレーニングや手法について紹介したい。
失敗作「かんたんに剥がれる接着剤」が世界的ヒットに―『ポスト・イット® 』
「世の中の常識」にとらわれなかったことで大きなインパクトを生んだプロダクトといえば、3M社の「ポスト・イット® 」だ。ロフトワークではアイディエーションやワークショップなどで毎日活躍しているこのアイテム。実は、製品開発の過程でうまれた「失敗作」がきっかけで生まれたものだった。
1968年、「接着力の強い接着剤」の開発を目指していた3Mの研究者、スペンサー・シルバーは、実験の結果「よくつくけれど、かんたんに剥がれてしまう」接着剤を開発してしまった。本来であれば捨てられてしまう失敗作だ。しかし、シルバーはこの失敗作に漠然としたビジネスの可能性を見出した。彼は、この接着剤の使いみちのアイデアを求めて、会社中の人間とディスカッションしたのだ。
同社の研究員 アート・フライがその接着剤を用いた「貼れるしおり」のアイデアを発想したのは、その5年後。これが、世界的ヒット商品「ポスト・イット® 」誕生のきっかけとなった。
失敗作の可能性を信じて社内に粘り強くアイデアを求めた続けたこともすごいが、そもそも接着剤とは「剥がれにくい」ことに価値があると多くの人が認識しており、「かんたんに剥がれてしまう接着剤」というもの自体に「ニーズがない」「役に立たない」と思われそうなものだ。その常識から逸脱したシルバーの視点と行動が、新しいアイデアと結びつき成功へつながったといえる。
トレーニングその1: 対象を「分解」「説明」し、ツッコミを入れる
「自身の思い込み」や「世の中の常識」を認知し覆すことが創造的なサービスやプロダクトのアイデアにつながるとして、どうすればそれらの「箱」を認知できるだろうか。そのために役立つ、誰でもすぐに実践できるトレーニングをふたつ紹介したい。
まず、対象を「分解」しテキストで「説明」するという方法だ。なんでもいい、自分の身の回りにあるものを、その名前を使わずに説明してみてほしい。例えば「本棚」をイメージし、「本棚」という言葉を使わずにその特徴を分解、説明してみる。実際にやってみよう。
人間の身長くらいの高さで
人間二人分の横幅をもち
3段から5段くらいになっていて
そこに本をしまえる
背文字で本の名前が一覧でき
すぐに本を取り出して読むことができる
四角い箱型の収納家具
次に、自分で書いた対象の特徴、1つ1つに「誰がそんなこと決めたんだ?」とツッコミを入れて見る。
“人間の身長くらいの高さで” → 腰くらいまでしかない本棚だってあるし、むしろ3mくらいある本棚だってある。
“背文字が一覧できる” → 蔦屋書店など、最近の書店の本棚では表紙が見えるように収納する本棚も増えている。
このようにツッコミを入れてみると、ぼんやりと当たり前だと思っていたことが実は何も当たり前でなく、「思い込み」であることに気がつく。
トレーニングその2: 対象をスケッチし、ツッコミを入れる
より高い精度でもっと多くの「思い込み」をあぶり出すために、今度はスケッチをしてみよう。紙とペンを手に取り、自分の頭の中で思い描く本棚の姿を描いてみてほしい。
実際に描いてみた。
この絵を見ながら、先程と同じようにできる限り細かくツッコミをしてほしい。
「誰が本棚は本を入れるものだとって言ったんだ?」
「誰が本棚は固定されてると言ったんだ?(車輪がついていてもいいのでは)」
「誰が本棚は本をいれるスペースが全て同じ高さ・幅だって言ったんだ?」
「誰が本棚は地面に垂直だなんて言ったんだ?(斜めでもいいかもしれない)」
…などなど。
スケッチといえば、世の中に多くのクリエイターを輩出している美術大学で、ほとんどの学部で必修となる技能だ。彼らはスケッチの練習によって「描く対象をつぶさに観察・分解して細部まで捉える」トレーニングを積んでいるため、他の人と比べて斬新なアイデアを生み出す基礎体力があると言えるのかもしれない。
ちなみに、「斜めの本棚」を実際に作った方がいる。藤井伸介さんという建築家だ。
この壁一面の「斜めの本棚」は、子供から大人、老人までかんたんに登ることができる。梯子を使わずに上の棚にある本にアプローチできるうえ、地震が起こった際に本が落ちてこないという安全面にも配慮されたスマートなアイデアだが、何より、「本棚は登ってはいけない」という常識を覆すデザインにワクワクさせられてしまう。
リサーチを通じてより斬新な視点を取り入れたいとき
ここまで個人でできるトレーニングを紹介したが、例えば新規事業の立ち上げや新規サービスを開発するプロジェクトで、リサーチを通じて大胆に思い込みを覆すような視点を獲得したい場合は、どんな打ち手があるだろうか。
いくつかアプローチがあるが、ここでは「エクストリームユーザー」の視点を借りる手法について紹介したい。エクストリームユーザーというのは、市場において大多数を占めるマジョリティのユーザーに対して、ライフスタイルや職能、趣味・趣向などが一般とは異なる少数派のエクストリーム(極端)なユーザーのことを指す。彼らは多くのユーザーとは違ったニーズを抱えており、彼らの視点を紐解くことで私たちが想定しなかった着想を得ることができる。
最近の事例だと、ロフトワーク京都のディレクター・国広さんらのチームがパナソニック株式会社 オートモーティブ社(以下、パナソニック)と行った、開発中の新しい車載用サウンドシステムのためのデザインリサーチも、そういったアプローチのひとつだ。さまざまな領域で活躍するクリエイター9名に実際にサウンドシステムを体験してもらい、感じたことを言語化・整理し、84のインサイトを抽出した。
注目するべきは、インタビュイーに音楽家や音響技術に詳しい専門家だけではなく、能楽師や劇作家、小説家など多様な感性を持った人々を採用したことだ。このインタビューを通じて、開発中のプロダクトが取り扱う「(自家用車の中の)パーソナルな音響空間」について、本質的な問いや新たな視点を数多く得ることができた。
私たちの世界は、たくさんの「常識」や「思い込み」でできている
私たちは、しばしば目の前にあるものや馴染みの環境やルールが絶対的なものだと思いこんでしまうことがある。しかし、実のところ多くの物事が相対的であり可変なものかもしれない。「新しい視点」や「画期的なアイデア」を得るために、まずは身の回りにあるあらゆる「当たり前」を日々疑うことから始めてみてはどうだろうか。
今回は、思い込みを外しながら新しい視点を得るためのトレーニング方法と、実際にプロジェクトでも採用されているエクストリームユーザーインタビューの手法を紹介したが、他にもさまざまなアプローチがある。実際にプロジェクトでリサーチやアイディエーションを行う場合は、目的やテーマに応じていくつかの手法を組み合わせている。
次回は応用編として、私がロフトワーク渋谷のメンバーと設計した「異業種に携わる参加者どうしが、課題と視点を交換しながら互いの事業領域で新しいサービスのアイデアを出し合うワークショップ」について詳しく紹介する。このワークショップを通じて、当コラムの主題である「誰もがクリエイティブに発想する」ための、ひとつのアプローチを提示できたらと思う。
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