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長野 彩乃 2021.11.16

社会人2年目の「自分探し」〜京都へ“留学”しました〜

マーケティングチームの長野です。新卒でディレクターとしてロフトワークに入社して4年目、今期からずっと興味のあったマーケティング部署へ移動しました。

ディレクター時代は、その短い期間の中で様々な課題を抱えた方々とお会いし、どうクリエイティブの力で課題を解決していくか?ということを考えてきました。そんななか、社会人2年目のときに大きな壁にぶちあたって悩み、所属する渋谷オフィスを離れ、京都オフィスへ1年の間“留学”(とロフトワークでは呼んでいます)しました。

今回、みなさんにお伝えするのは、場所を変えてみるという体験から壁を乗り越えるコツを見つけた、私の思い出話です。

長野 彩乃

Author長野 彩乃(マーケティング)

大学院では工学研究科デザイン科学を専攻。小学生を対象としたワークショップや、音声対話システムの体験、モチベーションデザインへのアプローチの研究を行うなど、UXに基づいたサービスやデザインの研究を行う。
UXデザインの考え方を用いてビジネス分野でさまざまな課題解決に取り組むべく、2018年ロフトワークに入社。

Profile

社会人として求められるスキルの変化に戸惑った2年目

大学院を卒業し、高校の頃から目指していたクリエイティブ関係の仕事につけた1年目。渋谷オフィスに所属し、様々な案件にアシスタントディレクターとして関わりながら、ロフトワークの仕事の仕方や考え方を学んでいきました。少しずつ任される仕事の範囲も増えていき、大変なことはあったけれども、成長を実感できた1年目でした。

変化があったのは、2年目に入って少したった頃。仕事で求められることが大きく変わり、その変化になかなか追いつかず、失敗が重なりました。「本当に自分は成長していたのか?」という不安や焦りで、気持ちが負の循環にはまり、心ばかり焦りました。

京都オフィスにしばらくの期間“留学”して強制的に環境を変えてみては?と提案してくれたのは、八方塞がりだった私の状況を知っていた先輩でした。会社のメンバー全員が集まる全社合宿で、京都オフィスのメンバーを紹介してくれました。

すぐに答えを出さなかったらもう自分は決められない。その場で京都に行くことを決めて、合宿から帰ってすぐに渋谷のリーダーとマネジメントに留学を相談しました。実は、京都オフィスのメンバーを紹介してもらったとき、みんなでお酒を飲みつつ話をしながら、かなり夜遅くまで大泣きしていました(笑)。

今思えば、優柔不断な私が決断できたのは、大泣きしている私の話を聞いてくれた先輩の思いやりもありますが、お酒と深夜の勢いのおかげもあったかもしれません。大切な決断をするには適さない状況ではあったと思いますが、私には必要な状況だった気もします。

住み慣れた地から、京都へ。人と話すことで見えてきた「自分らしさ」

リーダーやマネジメントに留学を相談した後、決まるまで少し時間がかかるのかなと思っていましたが、すぐにお返事を頂きました。ディレクターとしての成長と、自分のやり方、仕事でやりたいことを改めて考えるために、京都オフィスへ半年間留学することが決まりました。

生まれてからずっと暮らしていた関東から、関西へ。住む地域がガラッと変わることに緊張もありましたが、今の状況を変えるために動いている充実感もあり、京都へ行くまでの渋谷期間も少し前向きに過ごせるようになりました。

そして京都での仕事がはじまりました。渋谷オフィスと京都オフィスの大きな違いは、社員の人数でした。人数が少ない分、一人ひとりが「その他大勢」になることはない環境でした。自分らしさを発信することが苦手だった私は、その他大勢にならないことに最初は少し戸惑いました。

▲京都市五条にあるロフトワーク京都オフィス。築約120年の木造建築をリノベーションし、1F,2FはFabCafe Kyoto、3Fがロフトワークオフィスになっている。
▲京都らしい畳の間で仕事ができる2F
▲1FのFabCafe Kyotoの様子

渋谷の1/4ほどの人数の京都オフィスは、一人ひとりとそれぞれコミュニケーションをとる時間が多かったです。一人ひとりが何をしているのかがわかりやすいので、みんなそれぞれの課題に向き合っていること、悩んでいることをたくさん聞きました。私と同じような悩み、過去にもっていた悩み、私が体験しなかった悩み、たくさんの悩みの中で、「自分らしさ」の輪郭が少し見えました。

▲京都チームの社内ミーティング風景。

場所を変えるっていうことだけで、私の中で挑戦でした。だからからか、京都では、様々な挑戦に興味が持てました。今やらずに、いつやるんだって。

京都では、自分にとっては苦手に感じていた、周りの人と積極的に話すこと、仕事関連のことについて勉強をし直すこと、noteの更新など、ずっと頭にあったけれど踏み出せなかったことに少しずつ挑戦しました。京都オフィス内でも、とにかくやってみる、挑戦することが推奨されていて、躓いてしまったり、悩んでしまったときは、ベテランの先輩たちがフォローしてくれました(人数が少ないからこそ、悩んでいることがすぐバレる)。

▲オフィス改良工事中に、臨時オフィスとしてお借りしていた両足院にて。

仕事も前向きに自分から「やりたい」と手を挙げられるようになり、元気に仕事ができるようになったところで、留学期間が終了。慣れるのに半年かかり「こんなことやってみたい」と行動にうつすには半年では全然足らず、結果、予定よりも期間を伸ばし、1年間の留学となりました。

留学期間を終えるとき、京都にとどまる、という選択肢もありました。しかし、今まで人が多く少し苦手意識のあった関東という地域に、愛着があったことに気づき、慣れ親しんだ関東に戻りました。

仕事で失敗しても人生は終わらない

なんとなく前を向けるようになった、という状態で、京都から渋谷に戻りました。その時は正直、自分の変化を明確に感じることはできていませんでした。今でも、渋谷で仕事をしていくなかで、普通に失敗はします。すべてうまくいくことは複雑なプロジェクトをやっているとなかなか難しいです。

でも「あ、私京都行って変われたかも」って思えたのはそんなときです。留学をする前には、失敗したら「どうしよう、こんなに何もできなくて」「自分は何もできないのではないか」「この仕事失敗したらどうしよう」と、ただただ人生の終わりのように、失敗を恐れていました。

しかし、戻ってきてからは「これで失敗しても死なないし、詰まってしまっても相談できる人たちは周りにたくさんいるし、自分は一人ではないから大丈夫」と考えるようになっていました。失敗に対して凹みもしますし、反省もします。しかし、感情が負の循環にはまりにくくなり、失敗からの立て直しが以前よりも時間がかからなくなりました。

深呼吸して、よし次、とあまり失敗を引きずらず、それを踏まえてどうする?と前をむいて仕事に取り組むことができるようになっていました。

▲京都オフィスと同じ建物にあるFabCafe Kyotoで行われたイベントにて。

場所を変えて、大きな深呼吸を

一度失敗してうまくいかなかった場所でもう一度挑戦したい、そう思えたのは京都に留学をしたからだと思います。

自分が失敗した場所から、別の場所に移動する。環境が変わるだけで、意識しなくても、それ以外のことも勝手に変わることに、東京に戻ってきから気づきました。

うまくいかないって悩んでも、失敗しても、自分は死なないし、乗り切る方法も助けを求める人もたくさんいることを知りました。それは場所を変えて、大きな深呼吸をすることで気づけたことです。当たり前のことでも、自分を追い詰めてしまっている状況では、その事実に目を向けることはできなかったと思います。

▲京都出勤最終日はみんなでゲーム大会をして送り出してもらいました。

渋谷オフィスでも、一息ついてまわりをみれば助けれてくる人ばかり。毎日色んな人に助けてもらっています。当時、なぜそのことに気づけなかったのだろうと思いますが、それは過去のことだと、あまり気にしていません。

京都の先輩に、「話を聞いたときは『もうこの子だめじゃないか』って思ったけどこんなに復活するとは思わなかった」と言われました。私もそう思います(笑)。今は渋谷で、自分のやりたいことを見つけて、自分らしさも日々探しながら、元気に過ごしています。

▲渋谷に戻った初日、京都オフィスからサプライズでお花をいただきました

自分にあった仕事や場所を探せて、一緒に考えてくれる環境で働くことができて、自分は運が良かったなと思います。今の場所で今までの経験を精一杯生かして頑張っていきます!

最後に、しょっちゅう泣きまくる私をいつも応援してくれた先輩、初対面で遅くまで泣きながら話す私に付き合ってくれた京都の先輩、うまく行かず空回しした仕事をフォローしてくれた先輩方、すぐに京都行きを承認してくれたマネジメント、ずっと知り合いがったかのように温かく受け入れて、支えてくれ、「いつでも待ってるよ」といってくれた京都の方々には、本当に感謝しかありません。ありがとうございました!

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