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小川 敦子 2024.02.27

Insight Research Report「都市と水」vol.2
京都千年の地下水

2025年に策定される「京都市グランドビジョン」の策定に向け、京都市の未来にとって有益な価値を生み出すための新たな価値観の創造を提唱するべく、内外のさまざまなステークホルダーとの議論『ラウンドテーブル』を2023年10月より開催しています。正式名称:令和5年度カルチャープレナーの創造活動促進事業〜カルチャープレナー等の交流・コミュニティ創出、副題《文化と経済の好循環を創出する京都市都市戦略》を京都市より、株式会社ロフトワークが正式受託し、全体のプロジェクトデザインと進行を現在担当しています。
プロジェクトの一環として、「都市と水」をテーマ軸に据えて、フィールドワーク・リサーチツアーを行い、<京都>という都市を改めて捉え直すことにトライしました。参加者は、京都府立大学大学院生、大学生の他、都市史、都市政策、経済を専門にする有識者、行政、情報機関、企業、アーティスト、デザイナーなど年齢、性別、専門領域も実に様々で、総勢約30名近くの方々が集まり、2日間に渡って、ツアーとディスカッションを行いました。

リサーチツアーレポートの第2回目は、「京都千年の地下水」というテーマで関西大学環境都市工学部都市システム工学科地盤環境工学研究室 教授 工学博士 楠見晴重氏をゲストに迎え、フィールドワークを交えながら行ったレクチャーについて、お届けします。

編集・執筆:小川 敦子(ロフトワーク)
写真: 鈴木孝尚(16 Design Institute)

Speaker

楠見 晴重

楠見 晴重(関西大学環境都市工学部都市システム工学科地盤環境工学研究室 教授 工学博士)

専門は岩盤力学、地盤工学、地下水工学。関西大学工学部土木工学科卒業。1982年関西大学助手、2002年同大学教授、2007年同大学環境都市工学部長、大学院理工学研究科長。2009年10月~2016年9月まで同大学学長。また、1990~1991年英国Imperial College客員研究員、2017年ポルトガル国立土木工学研究所Visiting Fellow。現在、関西大学環境都市工学部教授。文部科学省大学設置・学校法人審議会特別委員、文部科学省私立大学研究ブランディング運営委員会副委員長、(一社)日本私立大学連盟副会長、(公社)土木学会副会長、関西支部長、(公社)地盤工学会関西支部長、ISRM(国際岩の力学学会)専門技術委員、ISSMGE(国際地盤工学会)専門技術委員等を歴任。また、国土交通省道路防災ドクター等多数の公職に就任。2020年4月令和2年度文部科学大臣表彰科学技術賞受賞。 主な著書に『岩盤崩落の考え方』、『ロックメカニクス』、『NHKスペシャルアジア古都物語 京都―千年の地下水脈』など多数。

京都が都になったのは、地下水が豊富に湧き出る場所だから?

今日お話しする「京都千年の地下水」というタイトルについて、京都は千年経っている都ですが、都となった背景に「地下水」が大きな要因の一つにあると考えています。清水寺のすぐ下にある音羽の滝も、東山から湧き出る地下水ですが、この水も1000年以上枯れることなく、ずっと湧き出ているそういうお水でした。“井戸水の街、京都”という認識は、あまり浸透していませんが、色々なところで地下水を汲み上げる井戸や湧水の情景が「京都らしい風景」の一つだと捉えています。

京都と地下水の関わりについて、まずはじめに説明をしていきたいと思います。

生麩や豆腐などは、そのほとんどが京都の地下水で作られています。また、伏見では今から450年ほど前、室町時代からお酒を作りはじめています。京都では伏見以外でも洛中の方が酒蔵が多いときもあったのですが、洛中の酒蔵として今残っているところでは佐々木酒造さんぐらいでしょうか。京都市内には約30ヶ所程の酒蔵がありますが、ほとんどは伏見になりますね。

それから、茶道ですね。地下水は茶道とも大きく関係しています。京都の小川通りには、3つの千家があります。表千家、裏千家、武者小路千家がありますが、それぞれの家元には必ず井戸が掘られています。その井戸の水を使ってお茶を点てるということが永年続いています。中でも裏千家の「梅の井」は非常に有名な井戸ですね。

次に、産業ですが、染色や友禅などの産業にも繋がっており、鴨川や桂川で友禅流しを行っていました。風情があり良かったのですが、染料を落とす、流すことで川の汚染に結びつくことから禁止されました。染色業者は室内に人工的な川を作って、友禅流しを行っています。その水は地下水を利用しています。1日あたり相当量を汲み上げています。堀川通の東側に点在しています。川の水から地下水になったことで、友禅染の会社の方にお聞きすること、昔とは違った色が出てくる、新たな色が生まれていると言います。エルメスなどブランドとのコラボレーションなど、新たな動きが生まれているようですね。

世界遺産の下鴨神社では、毎年7月の末にみたらし祭の足つけ神事があります。敷地内には川のような水がありますが、お祭りの日に人々が蝋燭を持ち、水の中を歩くと一年間無病息災だと言われています。深く井戸を掘り地下水を汲み上げて流しています。上賀茂神社と下鴨神社が5月15日に行う葵祭は五穀豊穣を祈願するとともに、京都の水を守るお祭りでもあります。

初期の平安京の時代の京都御所は船岡山に鎮座していました。では現在の京都御所の地は、当時高級官僚や貴族が住んでいました。貴族の館は、平屋建てで寝殿造です。広い庭には池を持つことが当時のステータスシンボルでした。池の水は上から細い水路からのものと、他には井戸からの地下水を使い、池の水を供給していました。池の周辺には樹木や草花を配置して、その風情を鑑賞するようになり、それが発達して日本庭園となったと言われています。そこで子供が水遊びしたり、池に船を浮かべて月見をしたり、貴族や高級官僚は楽しんでいたと言われています。

二条城の日本庭園や、天龍寺の庭園など有名な庭がたくさんありますが、当時の平安京の状況が残っているのは神泉苑です。当時の平安京の池が残っていると言われています。当時の平安京には大きな川は無く、宇治川、木津川、桂川は、平安京の中心地から離れており、当時の鴨川は雨によってすぐに氾濫し、暴れ川と言われていました。今の鴨川は南北まっすぐのびていますが、これは昭和初期に河川の改修をしましたので、人工的な川なんですね。

このように京都は、産業、食文化、伝統文化そのものが地下水と関わっていることが多いです。

「都市と水」の関係性を考える

ここから世界を見てみますと、「都市と水」ということで、世界の4大文明、エジプト、メソポタミア、インダス、黄河、それぞれの文明は大きな川の縁で生まれています。エジプトはナイル川、メソポタミアはチグリス・ユーフラテス川、インダスはインダス川、黄河。文明が発達するには大きな川との関係が深いのです。

一方で、日本はどうでしょうか。例えば荒川、淀川、木曽川など、東京、大阪、名古屋には大きな川がありますが、昔の日本の都である京都や奈良には大きな川はありません。なぜ昔の人は大きな川がないところに都を定めたのでしょうか。盆地だからという理由で京都を選んだとされています。つまり、昔から地下水に注目をされていたのではないかと言えるのではないでしょうか。

なぜ、京都は地下水が豊富に湧き出ているのか? 科学的な分析の結果、明らかになった「水盆」の存在

ここから科学的な話になります。なぜ、京都に地下水が豊富にあるのか。京都の地下を見てみたいと思います。

地下の構造を解明するために、先端技術を使用して地下の可視化を試みました。地下の構造をどのように解明するか? 立体的なデータをとるためには、“水を通さない基盤岩層”を探る必要がありました。

京都全域を把握すると、宇治川、桂川、木津川と、3つの大きな川が天王山(京都府乙訓郡大山崎町の山で京都府西側エリアに位置する)に集約されています。川の反対側に位置する男山山頂には石清水八幡宮があります。

天王山は“古生層(こせいそう/​​日本列島の骨格をなしている古生代シルル紀から中生代ジュラ紀(約4億4000万~1億4300万年前)にわたる地層)”という地層で、この辺りの地層を丹波層群と言いますが、その特性としては砂岩(さがん)と頁岩(けつがん)で構成されていることです。京都盆地の基盤岩は、基本的に丹波層群古生層から成っています。この古生層は水を透し難い層で不透水層を形成しています。その上に砂礫層と粘土層が互層となっている大阪層群が厚く堆積しています。

天王山と男山の狭隘部には、桂川、宇治川、木津川が合流して淀川となって大阪湾へと流下していきますが、この狭隘部は古生層から成っている天王山と男山が地下で繋がっており、自然に形成された地下ダムのような地層となっています。京都盆地の地下水は、広く堆積された大阪層群に賦存されており、最も厚く堆積している旧巨椋池付近で約800mとなっている。また地下水の出口は天王山―男山の狭隘部で幅約1㎞、深さ30m程度です。これらは京都市内と八幡市内で行われた弾性波探査と京都盆地で行われた重力探査結果、ならびに京都市内で行われた学術ボーリング結果のデータから解析されました。

解析の結果、京都盆地は南北33km、東西12km、基盤岩までの最大深さ800m、ラグビーボールを半分に切ったようなイメージの形状で計算していくと、京都盆地の下には約211億トンの水が溜まっていました。琵琶湖は約275億トンと言われていますので、それに匹敵するぐらいの水が溜まっている。

京都は周りは山に囲まれているからこそ、保水力があるから地下水が豊富だと言われていますが、東山や北山、西山だけで、これだけの水量を確保するのは当然無理です。何が大きいかと言うと、淀川水系の宇治川は琵琶湖に通じている。琵琶湖に入る川はいくつかありますが、出口は瀬田川しかありません。瀬田川から宇治川に入り、三川合流をしている。降った雨は、木津川、桂川から山川合流地点に集約されていく。しかし、全ての雨が浸透するというわけでもなく、地下に浸透したりしている。大きく見れば、地下に浸透するのは1/3、河川に流れるのは1/3、蒸発するのは1/3ほどになります。都会で降った雨は地下に浸透されません。ほとんどが地面がアスファルトですから。ほとんどが表面流出になってしまいます。田んぼや森林は地下に浸透しています。

平安時代には井戸を掘る技術というのは、当然基本手や簡単な道具で掘っていたので、せいぜい数m程度あることからごく浅い地下水を使っていました。京都市内のボーリングデータ約7553本分を対象として、その全てを地表から5mまでの砂礫と粘土の分布を調べました。一般的に利用する地下水は砂礫層から汲み上げます。砂礫層を浸透する地下水は自然に濾過されていますから、昔でしたらそのまま飲料にしても問題が無かったと思います。したがって、地表面から深さ5mまでの砂礫層の割合を調べることによって、良質な地下水であるかどうか大方わかります。そして調べた結果、下鴨神社、現在の京都御所あたりは、砂礫層の比率が高いことから、比較的良質な地下水を確保できたと思われます。

世界では、水メジャーの時代が始まっている 水が潤沢にあるはずの日本は、実は世界の水を搾取している状況にある

ここから、今の時代の話をしていきますが、20世紀は石油の時代と言われていました。車や化学繊維ができたりしました。21世紀は水の時代と言われています。2003年6月に先進7カ国が「先進国サミット」をフランスのエビアンで開催しました。当時のフランス首相のシラクが「21世紀は水の時代」といいました。水が色々な面で、中心に回っていくと。地球上の水は約14億kmLです。97.5%は海水。2.5%は淡水ですが、そのほとんどが地下水や南極などの氷河です。人間が容易に使える川や湖の水は0.01%しかありません。

限られた資源ですから、水は足りません。特にアジア、アフリカの31カ国が絶対的な水不足と言われています。それが来年2025年度は48カ国に増えると言われています。地球の人口は80億を超えていますが、人口増加に伴い、限られた水の奪い合いが発生すると考えられます。石油メジャーならぬ、水メジャーを作ろうとしています。水を支配したものが世界を征すると言われています。

現在は、地球から水がなくなる日を「DAY0(デイゼロ)」と読んでいます。アメリカでは、オガララ帯水層という豊富な地下水が発見されたことで、乾燥地帯から穀倉地帯に一帯を開発しました。それまでは五大湖のうちの1つと同じぐらいの地下水が溜まっていたのが、地下水が汲み上げられて、枯れてきています。1年で1.5m低下している。20%はもう持続不可能な状況になっている。

カンザス州は放牧がすごく有名ですが、牛肉の加工や飼育によって大量の水が消費されています。ハンバーグ一個あたり作るのに必要な水は1700ℓ程度。肉食は大量に水を消費します。コロラド川の上流域も水がなくなって枯れています。

アマゾンの森林伐採も水不足の原因です。豊富な森林、熱帯雨林によって、光合成がおこり、二酸化炭素を吸収し酸素を放出し、気候を安定させてきました。この森林では雨がたくさん降り、潤沢な水が生まれていた。しかしながら、アマゾンでは違法伐採が行われています。毎分、サッカー場ほどの広さの森が消滅しています。このぐらいのスピードで森がなくなっている。これが大きな問題で、森林伐採が行われているアマゾン川はこれまで枯れるようなことはありませんでしたが、近年、水位がかなり減少しています。

自然に発火する山火事も一因です。山火事が毎年世界各地で起こっています。カナダの森林火災で消失した面積は東京以上でした。オーストラリアもそうですし、毎年のように森林が減少しています。世界はこういう状況です。

日本でも樹木を伐採するようなことが起こっています。
再生可能エネルギーによる太陽光発電を政府は進めています。日本は山間部が70%、平野部が30%。太陽光発電は、木を伐採して斜面にパネルを設置している状況です。集中豪雨で太陽光発電が水没すると感電してしまいますが、太陽光発電の2割が災害の恐れがあるようです。太陽光は民間に任せられていて斜面につくられている。違法に許可を得ずに森林を伐採し、パネルを設置している状況も多い。電力を生み出すためには原子力発電の場合一機100万キロワット程度となりますが、太陽光パネルで100万キロワット発電しようとすれば、東京の山手線内側ぐらいの面積が必要になってきます。風力発電の場合は、その3~4倍の面積が必要となります。東北の白神山地に150機の風力発電を作ろうとしたが、木を伐採をして設置しようとして反対されたという事例もあります。このような状況が続いています。森林を保護しないと、ワイルドファイアになるなど、森林がなくなってしまう。DAY0に近づいています。

2003年に京都で行われた環境会議「世界水フォーラム」において、日本は批判されています。浄化された飲料水が簡単に提供されているのは世界で10箇所くらいしかありません。日本はその中に入っている。水道水も飲める。そういう国は本当に少ないんですね。一方で、日本は世界の水をたくさん使っている。日本は肉類などを輸入していますが、バーチャルウォーターといって、牛を飼育すると水をたくさん使います。綿製品や豆類など輸入元では水をたくさん使っています。それらの水を間接的に輸入しているとしたら438億t/年日本人は水を結構使います。4人家族で1日1tを使用している。水洗トイレや風呂などで利用しています。途上国は100ℓ程度です。途上国は1/3以下。50ℓを確保するのに、片道3時間かけて水を確保している地域もあります。

日本は自給率を高めなさいと言われています。日本は世界の水を搾取する状況が続いています。水に対して、日本人はもっと色々なところに意識を持たなければならないですね。

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多元な世界を実現したいなら、僕らはみんな自律的になる必要がある